第41話 お嬢様の彼女ですし
「えええええええええっ!? 2人、付き合うことになったの!?」
寮の談話室にルカの叫び声が響き渡る。
夏休みを終えて再び学校に帰ってきた私達は、付き合うことになったことを仲良しグループの皆に報告しているところだった。
「うあああああ……さ、先を越されたっ……」
がっくりとうなだれるルカとは対照的に、クラリッサとシンシアは妙に冷静である。
「クラリッサぁ~なんでそんな冷静なのさぁ~」
「え……いやそうは言いましても、まずはこうなると思っていましたし」
「ですねぇ、だってエメリアはアンリエッタ様の幼馴染メイドですから。ほとんど許嫁みたいなものなんですよ?」
その辺の割り切り方が、いかにも貴族らしいというべきなんだろうか。
「貴族的にはそう言うものなんだろうけどさぁ~。でもやっぱり初カノになりたかったよぉ~」
しゅんとしてしまった。なんか申し訳ないような気もする。
「えっと、ルカ、そのなんというか……」
「アンリぃ~2番目でいいから、私も彼女にしてよぉ~」
ルカが袖をクイクイつまんできた。
えっ、これって告白されたってこと? 複数の彼女が当たり前な世界なんだって改めて実感する。
「え、そう?じゃあ――」
「ちょっと待ったぁ!!」
返事をしようとしたところで、エメリアがそこに割って入ってきた。
「ルカさん!! その、将来的にはそうなるんでしょうけど……ここはまず、『初カノの権利』を行使させていただきますっ!!」
「うぐっ……やっぱそう来るよねぇ……」
え? 何? 何が起こってるの?
「まぁ当然ですわね」
「ですねぇ。初カノの権利は使わないと損ですから」
「そ、そういうことですっ……すみませんけど、お嬢様の彼女になるのはもう少し待ってくださいっ」
「ちぇ~わかったよ~」
渋々と言った感じでルカが引いた。これは一体何がどうしたというのか。
「と、いうわけでお嬢様、初カノの権利を行使させて頂きました。私達付き合って2週間なので、あと2か月半は彼女を増やしちゃダメですよ?」
「えっ……と?」
「まぁそれが初カノだけに与えられた、3ヶ月は相手を独り占めできる権利ですからね。当然ですわ」
「やっぱり初カノって特別ですよね~」
「うぁ~ん。いいなぁ~」
なるほど、初カノは2番目の彼女をしばらく作れないようにお願いする権利があるということなのか……
これも複数の彼女を作るのが当たり前な世界で生まれた風習と言うわけなのね。
「まぁでもエメリア、おめでとうですわ。幼馴染メイドとしては順当な結果ではありますけど」
「ありがとうございます! クラリッサ様!」
「元気な赤ちゃんを産むんですのよ?」
「そ、そんな……赤ちゃんとかまだ早いですよっ……」
エメリアがクラリッサからの剛速球で真っ赤になった。いや、まだそういうことしてないからね?
「でもクラリッサにしては珍しいわね。そういうハレンチなこと言うの」
「は? 貴族が妻と世継ぎを作るのは当然のことでしょう? これはハレンチでもなんでもありませんわよ?」
平然と言ってのけられたけど、そう言うものなのか……いまいちクラリッサのハレンチ基準が分からん。
「でもさ、幼馴染メイドと付き合うのが当然ってことは、やっぱりクラリッサとシンシアも?」
「確かにシンシアは私の幼馴染メイドですけど……」
「ほらやっぱりぃ!! やっぱり付き合ってるんでしょ!?」
「だから付き合っていませんわ!!」
ルカが疑惑に再度ツッコむ。
いやそこほんと謎なんだけど。この2人こんな仲いいのに、いい加減知りたいところだ。
「私的にはお嬢様の子供を産みたいんですけどね~」
ぶっ!? しれッと何ぶっこんでるのこの子!?
「ほらぁこう言ってるじゃん!!」
でもシンシアからの愛の告白を受けたクラリッサは、なんか困惑しているようだった。
「う、う~ん、そうするべきって分かってはいるんですけど……。どうもず~っと一緒にいたせいか、シンシアと子供を作るってのが想像しにくくて……。もちろんシンシアのことは大好きなんですけれども」
「そうおっしゃるんですよね~」
やれやれとシンシアが首を振っている。
「あ~なんかこう、あまりに近すぎたから恋愛対象として意識できなくなってる、みたいな?」
「そういうものなんでしょうか……ほんと姉妹みたいに育ちましたもの」
ルカの指摘が当たっているのかいないのか、クラリッサは首をひねっている。
なるほど、あまりに近すぎるとそういう弊害もあるのね。何か聞いたことある。
「そういうルカさんはどうなんですか~? ここに来る前は相当モテたのでは?」
「うえ!? 私!?」
「あ、それ私も気になる。ねえルカ、どうだったの?」
「私も気になりますね」
「ルカ、どうなんですの?」
思わぬ流れ弾にルカがうろたえる。みんなも興味津々だ。
「えっと……うん、まぁその、モテたけどさ……」
そりゃそうよね。ルカってかっこいいし可愛いしで後輩とかから相当モテそう。
そういえばルカと仲良くなったのも、先輩から言い寄られていたルカを守るためだったっけ。
「お姉さまって慕ってくれる子もいっぱいいたし、ファンクラブみたいなのもあったしね……」
「ふわ~それは凄いですね~」
「付き合ってくださいって告白してくる子もいたんだけど、何かピンと来なくて、今まで付き合ってこなかったんだよね」
「誰ともですの?」
「うん」
なるほど。モテるだろうに付き合ったことないってのが不思議だったんだけど、単に何となくだったのか。
「それで、その……アンリに『ルカは渡さないから』って言われたとき、ああ、これが恋なんだなって初めて気付いたんだよね。つまりアンリが私の初恋の人ってわけ」
「ルカ……」
「ま、そういうわけだから、私の席も予約よろしくね! 私、アンリの子供を産みたいと本気で思ってるから!」
「ふえっ!?」
いや、そんなあっけらかんと子供が欲しいとか言われるとびっくりするんだけど!?
「まったくもう、ハレンチなんですから……」
いやだからそのハレンチ基準がよくわからん。付き合ってたらセーフなのか?
「ちなみにお嬢様もまだ誰とも付き合ってませんよね~。まぁお嬢様の場合一途に想ってる方がおられたからなんですけど~」
ちらりと私の方を見られた。いや、その件は記憶を取り戻してからキッチリするんで、はい。
「も、もうっ……シンシアってばいけない子ですわっ」
「ごめんなふぁい~」
優しくほっぺをつねられている。そういうクラリッサも私の方をちらりと見つめてきた。
「えっと……ちょっと待っててねクラリッサ」
「えっ!? え、と、それは一体どういうことですの……?」
「ないしょ~」
「も、もうっ……アンリちゃんってば意地悪ですわっ」
そんな感じで話をしていて、ふと横にいるエメリアを見たらなんかニコニコと笑っていた。あれ?
「どうしました? お嬢様?」
「え、いや、普段ならこの辺で焼きもち焼いてくるかな~って思ったんだけど」
「だって、それは……」
「それは?」
「……私、もうお嬢様の彼女ですし」
「えへへ」と笑ってピトリとくっついてきた。なにこれ可愛すぎる。
「あ~も~ご馳走様~~初カノの余裕ってやつじゃん、いいなぁ~~」
「ああ暑い暑い。まだまだ暑いですわね~秋はまだかしら」
「お嬢様、まだ夏真っ盛りですよ~」
それからしばらく3人から茶化されたけど、幸せそうなエメリアを見てこれもまた悪くないなぁと思ったのだった――




