第39話 親子2代で
「よしっ……準備オッケーね」
昨晩寝る部屋を交換した私は、エメリアの部屋で彼女のメイド服に着替えていた。
しかし私もまぁまぁなものだと思っていたけど、改めて上には上がいるものだと痛感する。
「ぶかぶか……いや、ほんと凄いわね」
布の余りが指でつまめるくらいある。私の彼女、どんだけなんだ。
胸囲の格差社会に呆れながらも、エメリアが寝ている私の部屋に向かう。
私が起こすから絶対早起きしないでね、とお願いしてあるんだけどちゃんと寝ているだろうか。私も気合入れてかなり早起きしたけど。
「おじゃましま~す」
音がしないようにゆっくりと扉を開けて私の部屋に侵入する。そのまま音がしないように扉を閉め、忍び足でベッドルームに向かう。
「いたっ……」
ベッドが膨らんでいる。私のお願い通りに目覚ましを切って、ちゃんと寝ていてくれたようだ。そのままスルスルと音もなく忍び寄る。
「おはよ~ございま~~す」
カメラがあるわけでもないけど、まるでカメラに喋るようにひそひそと挨拶をする。そしてひょいっとベッドを覗いたその先には。
「うわぁ……」
天使が寝ていた。普段まとめている美しい黒髪が波打つようにベッドに広がっている。
規則正しい呼吸に合わせて豊か過ぎる膨らみが上下していて、時折漏れるなまめかしい吐息にドキリとさせられた。
「よく考えたら……私、寝ているエメリアをまじまじと見るの初めてかも」
いつも私は起こされる側だったし、寝るときも同じタイミングだ。普段からお世話になりっぱなしだなぁ私。とりあえず拝んでおこう。
いつまでも見ていたい気持ちになったけど、そうもいかない。お嬢様を起こすのがメイドの務めなのだ。
「お嬢様っ……朝ですよっ。起きてください」
「んっ……うぅん……」
そのままゆさゆさと優しく揺さぶると、ゆっくりと目が開いていく。
「んぅぇ……っ……」
「起きましたね、お嬢様っ。朝ですよっ」
だんだんと目の焦点があってきたエメリアは、私を見てガバリと跳ね起きた。
「お嬢様っ……!! あ、あれっ私っ……寝坊!? 私としたことが……!!」
寝起きで混乱しているようだ。普段と違うベッドで上手く寝付けなかったのだろうか。
「お嬢様はあなたの方ですよ? 今日の私はエメリアお嬢様のメイドなんですから」
ポカンとしていたエメリアだったけど、徐々に昨日の約束を思い出したらしい。
「そ、そうでした……私、今日1日メイドとお嬢様を交換したんでしたっけ……」
「そうですよ。お嬢様。ほら、早く起きてくださいね。朝の支度をしますから」
でも起きたはずのエメリアは何かを思いついたような顔をすると、再び布団をかぶってしまった。
「ちょっ……お嬢様?」
「やっ……起きないっ!」
「お嬢様~?」
「……ぷいっ」
どうもメイドを困らせるわがままお嬢様ごっこがしたいらしい。私もよく朝に困らせてるしなぁ。そのお返しというわけだろうか。
「もうっ……起きて頂かないと困りますっ」
「や~だ~」
「起きてください~お嬢様ぁ~」
なかなか手ごわい。まぁ朝の私もこんな感じの時があるけど。
「じゃあ……アンリエッタがちゅーしてくれたら起きる……」
しばらく粘られたあと、布団の中からモゴモゴとおねだりをされた。
ちゅーか。朝からなかなか攻めてくるお嬢様だ。いいだろう乗ってやろうじゃないか。
「もうっ……朝からわがままなお嬢様ですねぇ」
布団をめくると、そこには目をつむって私のキスを待ち構えるエメリアがいた。
でも私はそんなお嬢様の、口ではなくほっぺにキスをする。
「ほっぺ~?」
「ちゃんと着替えたらお口にして差し上げます。ほら起きた起きた」
不満そうなお嬢様をぐいっとベッドから引き起こす。そこで私のメイド服姿をマジマジと見られた。
「ふわ~~メイド服似合ってますね……じゃなくて、似合ってるわね」
「胸がガバガバですけどね」
布をつまんで苦笑すると「も、もうっ……」って顔を赤くしていた。可愛い。
「じゃあお着替えですね。服を脱がせますよ?」
普段私がされていることだけど、いざ自分でするとなるとこんなにドキドキするのか。冷静に、冷静にと自分に言い聞かせて何とか着替えさせる。
「で、髪なんですけど……私結い上げるとかできないので、三つ編みでいいですか?」
「あ、はい……じゃなくて、ええ、お願いするわ」
鏡台の前に座らせて髪を三つ編みにしていく。そういえばエメリアの髪を弄るのも初めてだ。さらさらと絹のような手触りが心地いい。
髪を編まれていく彼女の顔はとても幸せそうで、今度髪の結い上げ方を習ってみようかなと思わせるのに十分なほどだった。
「はいっ、出来ましたよ。お嬢様っ」
「ふふっ……ありがとっ」
そう言いながら目を閉じて顔を上げ、今度こそとキスをせがんでくる。私はそんなエメリアに何度目になるかわからないキスをした。
「ああっ……幸せってこういうことを言うんですね……」
「おおげさね~」
そして私は幸せでいっぱいといった顔のエメリアの手を引いて、朝食をとるために食堂のほうへ連れて行く。
途中ですれ違ったメイドたちがぎょっとした顔をしたけど、軽く説明したらなんか祝福された。
「そっか~エメリア、ようやっとお嬢様とお付き合いすることになったんだ~長かったね~。でもおめでとう!!」
「しかしいきなり逆転メイドプレイとか、上級者ですね、お嬢様」
「いえいえ、そうでもないんですよ……ふふふふっ」
なんか年配のメイドさんが微笑みながら生暖かい目を向けてきたのが気になったけど、そのまま食堂へ向かう。
「おはようございます。お母さま」
「おはようございます。奥様」
「ああ、おはようアンリエ――」
「おはようございます。お嬢さ――」
先に席についていたお母さんと、その脇に控えていたお母さんメイドが固まる。
でもそれを気にせず椅子を引いてエメリアを座らせ、私は脇に待機する。
「さ、お嬢様、ご飯を食べさせて差し上げますね」
「え、ええ、お願いするわ」
エメリアの方はさすがに母親達を気にしているようだ。
しかしそれも気にせず、前菜をスプーンですくってエメリアの前に持っていくと、ややためらいながらもパクリと食いついた。
「美味しいですか? お嬢様」
「と、とっても美味しいわっ」
そんな私達のぎこちないながらも仲睦まじいやり取りを、ポカンと見ていた母親達が声をかけてくる。
「えっと……アンリエッタ……? これは一体……」
「あ、はい。お母さま。私達昨日からお付き合いすることになったんです」
「そうなりまして……」
「は、はぁ……それはいいことなんですけど、その、今の状況はまさか……」
まぁ混乱するわよね。娘がメイドと付き合うことになって、いやそれ自体はいいことだとしてもいきなり朝から娘がメイドになっているのだ。
「今までエメリアには散々迷惑かけたから、その罪滅ぼしに今日は私がメイドになることにしたんです。今日1日はお目こぼしをください、お母さま」
「も、申し訳ございません……メイドなのにこんな……」
事情を説明する私と、恐縮するエメリアを母親達は交互に見ている。
お母さんは特に絶句しているようだ。そしてお母さんメイドの方はと言うと――
「ぷっ……くくくくっ……あははははっ……!!」
こらえきれないように噴き出した。え、一体何? もの凄く笑ってるけど、どういうこと?
「いやぁ……血は争えませんねぇ……ぷふっ……ふふふふふっ……」
「ち、血って……あなたの娘でもあるんだけど……!?」
なお笑い続けるお母さんメイドと、何やら抗議しているお母さん。いや、ホント一体何だと言うのだろう。
「あの、何か可笑しいですか?」
「いえ、それがですね、奥様ったら若いころ……ぷふふふふっ……!!」
「こ、こらっ!! 言わなくていいからっ……!! いや、言わないでください!! お願いします!!」
お母さんがメイドさんに頭を下げて頼み込んでいる。これは一体……すごく気になるんだけど。
「あの~?」
「いやぁ実はですね――」
「わーー!! わーー!!」
大きな声を上げて、何とかメイドさんの暴露を阻止しようと企むお母さんであったが――無駄な抵抗だった。
「奥様も、私と喧嘩した時は仲直りにって、いつもメイドになってくれたんですよ~」
「えっ」
「えっ」
私とエメリアでお母さんの方を見ると、頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。
「いやぁ懐かしいですねぇ~。メイドの奥様は、それはもう可愛くて可愛くて、いつもより寝不足になっちゃいましたよ。ね、奥様?」
「や、やめてぇ……もう勘弁してぇ……」
娘に秘密をばらされたお母さんが突っ伏しながらもだえる。えっと、つまり、その……
「ですから、血は争えないなって……ぷっ……ふふふふふっ……あ、いたたた……ぷっ……」
お母さんメイドの方も、もう笑いすぎてお腹が痛くなっているようだ。
「……まじか~」
知らず知らずのうちに親子2代で逆転メイドプレイをしていた――
その事実を知った私は、エメリアから何とも言えない視線が向けられてきたのを感じるのだった――




