第38話 エメリアのメイドさん
「でも私、そんなに膝枕好きだった?」
そう聞く私にエメリアは「それはもう」と頷く。
「お嬢様は子供のころから、おままごとよりもお人形さん遊びよりも、何より私の膝枕が好きでしたから。多分膝枕しなかった日は無かったんじゃないかな、って思うくらいです」
「そんなに?」
「ええ、先輩のメイドから『そんなに膝枕ばっかりしていたら他の仕事ができないでしょ』って、よくからかわれてました」
そんなにか。そんなにエメリアの膝が好きだったのか、昔の私。いや今の私も好きだけど。
「そんな感じで、もう毎日毎日膝枕して差し上げてたんですから……それは好きになるに決まってますよね」
「そ、そうなんだ……その、いつから好きだったのか聞いてもいい?」
そこも気になるところだし。
「う~ん……どうでしょう……いつからアンリエッタを好きになっていたのか、自分でもよく覚えてないんですよね。気が付いたらもう好きになってましたし」
ずっと昔から私のことを……なんだろう、凄く嬉しい。
「子供のころの話ですけど、私達結婚の約束もしてるんですよ?」
「そうなの!?」
「はい。私が『将来お嫁さんにしていただけますか?』って聞いたら『いいよ。結婚しよ』って言ってくださって……もう幸せでいっぱいでした」
子供のころとは言え幼馴染とそんな約束を。とても素敵だ。覚えてないけど。
でも幼馴染、幼馴染か……
「ところでさ、幼馴染メイドってどういうふうに付けられるの?」
これは前から気になっていたことだ。エメリアはいつから私のメイドなんだろう。
「あ……えっと……それは……それも記憶が無い、ということですよね……」
聞かれたエメリアが急に顔を赤くしてモジモジとしだした。
「ん? 何か言いにくいことなの?」
「いえ、そういうわけではないんですけど……えっと、幼馴染メイドって、いわゆるその……お……」
「お?」
「……お、お嫁さん候補……なんですっ……」
「いっ……!?」
お嫁さん候補、それはつまり……その、そういうことなんだろうか。
「えっと、貴族の女の子は子供の頃に、奥様が選んだ年の近いメイドの女の子が複数人お付きになるんです」
「複数なの?」
「はい、それでお嬢様がその中から1人だけを選んで、自分の専属にするんです。で、その子はお嬢様のお嫁さん候補になって……その…………」
「その?」
「お嬢様の……あ、赤ちゃんを産むことを期待されますっ……」
赤ちゃん!? そういうものなの!? それはもう幼馴染というか許嫁なのでは!?
「あっ、も、もちろん強制じゃないですよ!? そういう風になったらいいなって考えられているってだけで。でも現実に、幼馴染メイドの8割くらいはお嬢様の赤ちゃんを産むらしいです……」
驚愕の事実である。そのことを伝えたエメリアは、もうこれ以上ないくらい顔を赤く染めている。
「それは、その、みんな知っているの?」
「もちろん知っています。といいますか、貴族の常識です」
貴族すごい。色々と風習が違いすぎて混乱する。あれ、でも、ということは……
「クラリッサとシンシアもそうなの?」
「はい。そのはずですよ? シンシアはクラリッサ様の子供を産む気満々らしいです。クラリッサ様の方はよくわかりませんけど」
はえ~、そうなのか。いやいや、今日は驚くことばかりだ。お母さんが2人いたこととかね。
「えっと、エメリアも……子供欲しい?」
「は、はいっ……私は子供の頃からアンリエッタの赤ちゃんを産みたいと思ってました。今でもそう思ってます」
力強く断言された。照れるぜ。
しかし百合子作りの術式かぁ。つくづく魔法ってすごい。ネーミングはもうちょっとオブラートに包むべきだと思うけど。
「ちなみに、学園入学前に子供を作るカップルもたまにいますよ?」
「そうなの!?」
「はい。百合子作りの術式は、百合の揺りかご等の補助魔道具があれば誰でもできますから。それに関する魔力行使は国からも認められてますし」
同学年で子持ちもいるかもしれないのか……いやはや実に百合百合な世界だ。素晴らしい。
「まぁそんなこんなで、大好きなアンリエッタの専属メイドにもなれて、子供の頃とは言え結婚の約束までして、それなのに……」
あれっ、不穏な気配。せっかく話題がそれたと思ったのに、蒸し返されちゃう?
「私、本当にアンリエッタのことが好きで好きで大好きで……。それなのにアンリエッタったら、ある時期から『私恋愛に興味ないし~』みたいな感じになっちゃって……」
じとっと恨めし気な目を向けられた。
違うの。だからそれは私のせいだけど、私のせいじゃないのっ。
「ところで……それっていつ頃くらいから?」
「そうですね……お嬢様が13歳くらいの頃でしょうか」
やっぱり厨二じゃん!! ごめんよぉぉぉ!! なんかこう、拗らせちゃう年頃なの!!
しかもそれから拗らせっぱなしだったのか……もしかしてクラリッサが振られたとかいうのもこれ絡みの誤解なのでは……
「私ってお嬢様の好みじゃないのかなってしばらく落ち込んでいたら、あんなものを見つけちゃって……。その時の私、どう反応したらいいんだろうと思ったか、わかります? いや、嬉しかったには嬉しかったんですけどね?」
さらに恨めし気な目をされた。それはそうよね。
自分が好きで好きでたまらない相手が『恋愛興味ないし~』みたいなことを言うようになって。
それなのに、自分に似たタイプの女の子の姿絵とか、メイドとの恋愛小説ばっかり集めていると知ってしまったらそれはもう混乱するよね。
「ご、ごめんね……記憶が無いんだけど……謝る」
「アンリエッタさえ素直になってくれてたら、私達もっと早く恋人同士になれてたんですよ? それなのに、私ばっかり片思いしてる感じになっちゃって……」
くいくいと裾を引っ張って抗議してくる。私の彼女、可愛すぎるんですけど。
「ごめんって~。じゃ、じゃあね……えっと……う~ん……」
なんとか彼女の愛に報いないといけない、何かいい方法はないものか。しばらく頭をひねっていると……
――その時、私に名案が浮かんだ。これならどうだろう。
「じゃあ……明日1日、私がエメリアのメイドさんになるわ!」
「ふぇっ!?」
完全に予想外の答えだったのか、エメリアが固まる。
「あ、アンリエッタが……私のメイドに……?」
「う、うん、どうかな……? エメリアにご奉仕したいんだけど……だめ?」
しばらく呆然としたのち、笑顔を爆発させた。
「い、いいに決まってるじゃないですか!! アンリエッタが私のメイドさん……!! メイドさんっ……!!」
大事なことなのか2回繰り返した。その顔は、それはもう心の底から嬉しそうだ。よかった。
「じゃあ明日、私はエメリアのメイドさんだから、ね?」
「はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」
彼女と彼女になって初めてするのが、主従逆転メイドプレイ……
でもこれはこれで楽しそうだなと、大はしゃぎする私の彼女を見て思うのだった――




