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第36話 初カノ

「隠していること……ですか?」


 私はエメリアの膝に頭を乗せながら、彼女に秘密を打ち明ける覚悟を決めた。

 でも覚悟は決めても、いざ話すとなるとなかなか切り出せない。どうしたものかとあれこれ考えていると、エメリアの方から話を切り出してきた。


「あの、もしかして……」


 声が震えている。私の頭を撫でる手も震えている。一体どうしたのだろう。


「アンリエッタ………………実はもう……もうっ……」

「もう?」


「……つ、付き合っている彼女がいるとかですか!?」

「…………は?」


 いや一体なんだそれは。どこをどうしたらそういう話になるのだ。

 でも(せき)を切ったようにエメリアの妄想は止まらない。


「だ、誰ですかっ……!? クラリッサ様ですか!? 昔はあんなに仲が良かったんですもの!! 久しぶりに会ってそういう仲になってもおかしくは……!!」

「あの、ちょっと? エメリアさん?」


「それともルカさんですか……!! キスされてましたし、それも2回も!! 実はそういうことだったんですか!? あ、でもシンシアって可能性も……それとも私の知らない他の誰か……!?」

「えっと、だから、ね?」


 完全に取り乱している。今にも泣きだしそうな勢いだ。


「いや、あのね、エメリア、落ち着いて……?」

「あのっ……でもっ……私っ、私っ…………2番目でも3番目でもいいので……彼女になりたいですっ……アンリエッタのことが好きなんですっ」

「えっ……」

「お願いしますっ……私のことも彼女にしてくださいっ……」


 涙がポタポタ落ちてきて、私のほほに当たった。手は胸の前でぎゅっと祈るように握りしめられている。


 ……今、私告白された? いや、もちろん私のことが好きなのはわかっていたけど、ここまではっきり言われたことはなかった。


「エメリアっ!!」


 でもとりあえず落ち着かせないと話もできない。起き上がって彼女の肩を掴んでこっちを向かせる。


「は、はいっ……!」

「なんか勘違いしてるけど、私には今彼女なんていないから」

「そ、そうなんですか……?」


 私に彼女がいないと知ってほっとしたのか、更に涙がこぼれてきた。……こんなにも私のことが好きなのね。

 でも今から私は彼女に、それ以上に残酷な事実を告げねばならない。


「秘密というのはね……」

「はい……」


 深呼吸をする。もしかしたらこれで彼女の気持ちは離れていくかもしれない。でももう決めた。これ以上黙っているわけにはいかない。私も彼女が好きだから。



「実は私…………入学式の日から記憶が無いの」

「………………は?」


 あまりに予想外だったのか、ほうけたような反応をされた。

当然だろう。突然記憶が無いと言われたのだから、無理もない。私でも何をバカな、と思う話だ。


「もう……何を言い出すかと思えば、アンリエッタって意外とお茶目なんですねぇ。そんなのあるわけないじゃないですか」


 冗談だと思ったのか、口元に手を当ててクスクスと笑っている。


「本当なの! 本当に記憶が無いんだって!!」

「いや、記憶が無いと言われましても……そんなこと……」


 でも何か違和感に気付いたのか、エメリアの反応が変わる。


「えっ……? いや、でもそんな……」

「あのさ、私、入学式の日に起こしてもらってから、なんか変じゃなかった?」

「そ、そういわれると、確かに変というかなんというか……。凄く積極的になったような気がしました。女の子が好きなのを隠そうともしなくなりましたし……」


 それはそうだ。ある意味別人に生まれ変わったようなものなのだから。


「そうでしょ? それはね、朝起きたらそれまでの記憶が全く無かったからなの」

「えっ……全く、無い……?」

「そうよ」

「それは、その、私のことも……ですか……?」

「……そうよ」


 それを聞いてエメリアが息をのむ。

 どうも私の声色から本気の雰囲気を感じ取ったらしい。でもそれを信じたくはないようだ。


「冗談、ですよね?」


 冗談であってほしい。そうだと言って欲しい。そんな顔をしている。だけど。


「残念だけど、本当よ。私はあの日、初めてあなたに会ったの」

「…………ウソっ!! そんなのウソですっ!! 私との思い出を忘れたなんて、そんなの! まだ彼女がいたって方がマシじゃないですか!! ……ね? 冗談なんですよね? そうですよね? そうだと言ってくださいっ……」


 私にすがり付いて、何とか「冗談だ」と言わせようとしてくる。でも。


 私はゆっくりと首を振って、エメリアを見つめる。


「……そんなのって……!! 私達ずっとずっと一緒だったのに……」


 その私の目を見て、これは本気なのだと思ったのか再びエメリアの目に涙があふれ、クシャっと顔がゆがむ。

 彼女にこんな顔をさせたくはなかったのに。


「ごめん……」

「そんなっ……ウソですっ……こんなの何かの間違いですっ……」


 残酷な事実を伝えられたエメリアから力が抜け、泣き崩れそうになるのがわかった。


 そんな彼女を――私はぎゅっと抱きしめた。


「あっ……」

「ごめん……全部忘れちゃって……本当に何も思い出せないの……でも、エメリアと過ごしたこの半年で、私はあなたのことを知ったわ」


 いつも私のことをかいがいしくお世話してくれるエメリア、焼きもち焼きなエメリア、ちょっと頭がピンク色なエメリア、そして私のことが大好きなエメリア。

 そんなエメリアのことが、私は大好きになっていた。


「エメリア、私、あなたのことが好き……あなたと過ごした過去の記憶は無いけど、それでも私はあなたを好きになったの」

「あ、アンリ……」

「今の私はあなたの知っているアンリエッタじゃないかもしれない。それでも私はあなたが好きよ……大好き」


 抱きしめる腕に力を込める。彼女の体がピクリと震える。


「あなたが好きと言ってくれたアンリエッタはいないかもしれない……それでも私を好きと言ってくれる……?」

「……」


 彼女の濡れた瞳に私が映っている。私は彼女からの返事をただじっと待つ。

 一瞬のはずの時間が永遠に思えるほどに長く感じた。その長い沈黙の答えは――


「……はいっ」


 彼女の言葉と、私に回された腕で分かった。彼女も私をぎゅっと抱きしめてくれたから。


「記憶が無くても、私の気持ちは変わりません……。私はアンリエッタのことが好きです……大好きですっ」

「エメリア……」


 お互いのことをぎゅっと抱きしめる。


 そのまま抱き合って、エメリアの体温を感じたまましばし無言の時間が流れた。時計が時を刻む音だけが室内に響いている。



「えっと……その……」

「なに?」


 その沈黙を破って、私の腕の中で幸せそうな顔をしていたエメリアが急にモジモジしだした。


「あ、あのっ……アンリエッタ、私のことが好き……なんですよね?」

「そう言ったけど?」

「で、その、私もアンリエッタのことが好きなんですよ……」

「それもさっき聞いたけど……」

「えっと、つまりですね、お互い好きってことは、その、なんと言いますか……」


 何が言いたいかわかった。想い合っている女の子が2人、と言うことはだ。


「私達、つ、付き合うってことでいいんでしょうか……」

「そうなるのかしら……」


 なんか勢いで告白しちゃったけど、そういうことになるのだろう。

 でもどうせならば、私から改めて告白しないといけない。それが彼女への礼儀というものだ。


「じゃあ、改めて……エメリア、私の彼女になってくれる――」

「はいっ……!! 喜んで!!」


 即答された。むしろ食い気味だった。


「わ、私……アンリエッタの初カノ、になれるんですね……?」

「う、うん、記憶には無いけど、エメリアの記憶でも私が誰とも付き合ったことないって言うんなら、初カノ……になるのかな?」


 それを聞いて、エメリアの顔がパァァァッと明るくなる。


「う、嬉しいですっ……私っ……ずっとアンリエッタの彼女になりたかったからっ……しかも初カノなんて……嬉しくてもう死んじゃいそうですっ」

「死なれたら困るわよ、いきなり初カノを失いたくないわ」

「えへへ……そうですよね……初カノですもんね……」


 口が触れそうなほどの距離で、エメリアが喜びをこらえきれないという感じで笑う。それは、今まで見てきたどの笑顔よりも魅力的だった。


「やっぱり初カノって嬉しいの?」

「それはそうですよっ!! だって初カノですよ!? 初カノ!! 誰だって好きな人の初カノになりたいって思うものです!!」


 初カノという言葉が繰り返され、初カノ酔いしそうだったけど、こんなにも嬉しそうなんだ。何回言ってもいいだろう。


「それで、その……か、彼女になった証が欲しいんですけど……」


 抱きしめる腕にさらに力をこめ、私の彼女がおねだりをしてくる


「証?」

「えっと、ですから、そのっ……」


 しばらくモゴモゴ言いながら、じっと私を見つめてくる。なるほど、そういうことか。


「わかったわ……ほら、目を閉じて……」

「は、はいっ……」


 ぎゅっと目を閉じた彼女に、私はそっとキスをした。優しい、初めてのキスを。

 口づけをされた彼女の目からは、一筋の涙がそっとこぼれたのだった――


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