第32話 クラリッサらしくて好き
「ところで、お嬢様はどうするんですか~?」
私達は改めて勉強を開始していた。全員ブルマ姿のまま勉強しているという、ある種異様な光景だったけど。じつに眼福である。
「何がですの?」
ブルマお嬢様が勉強しながら聞き返す。ほんと作ってもらってよかったと思う。
「いえ、ですから、ご褒美ですよ。お嬢様だけ無しでいいんですか?」
「ええっ!? い、いや、その、わたくしはご褒美なんて別にっ……欲しくありませんわっ!」
「え~そこは素直になりましょうよ。じゃないと差が広がっちゃいますよ~?」
痛いところを突かれたように「うぐっ……」とクラリッサがうめいて、対面のエメリアや隣のルカをちらちらと見る。
そんな主人の様子を見て「はぁ~」とシンシアがため息をつく。
「いいですか? エメリアは毎日アンリエッタ様と同じ部屋でイチャイチャイチャイチャしてますし。ルカさんは不意打ちとは言えキスまでしてるんですよ~? それに引き換えお嬢様ときたら」
「だって私アンリのこと大好きだし。アンリも私の事渡さないって言ってくれたしね~」
うへへと笑ってくっついてくる。もうこの子、好き好きオーラ隠す気全く無いわね。
「わたくしだってアンリちゃんと一緒のベッドで寝ましたわっ! シンシアも一緒だったでしょ?」
私が薬で小さくなった時のことね。あの夜は2人から抱っこされて寝たんだっけ。
「いえそんなイチャイチャなんて…………え? それ初耳なんですけど。後で詳しく聞かせてくださいね」
そういえばまだ言ってなかった。エメリアからじと~っとした視線が飛んでくる。
「まぁとは言っても、お嬢様には私がいるんですけどね~。だから出遅れても大丈夫ですよ~」
お嬢様を煽りつつ、自分をアピールするのも忘れていない。ほんとちゃっかりしたメイドである。
それからしばし悩んでいたようなクラリッサだったけど、何か名案を思い付いたかのように手をポンと叩いた。
「ライバルであるアンリエッタからご褒美なんて受け取れませんけど――『お祝い』なら受け取ってあげますわ……!!」
「そう来るか~上手いこと言うもんだね」
「ルカ、何か言いまして?」
「何でもないです」
シュッと首を引っ込める。うむ、賢い子だ。長生きするぞ。
「お祝いねぇ、何のお祝い?」
「それは当然、わたくしが学年1位を取って、アンリエッタに勝ったお祝いですわ!!」
ふふんと平らな胸をそらしてドヤ顔をされた。
学年1位とは大きく出たなぁ。でもそういうとこクラリッサらしくて好き。
「お嬢様のそういうとこが好きですよ~」
「クラリッサ様のそういう姿勢って素直に尊敬します」
「ぐぐぐ……赤点回避が目標の私には耳が痛い……」
3人もクラリッサのこういうとこが好きみたいだ。
「いいよ、じゃあ学年1位を取ったらお祝いね」
「約束ですわよ!! 絶対1位を取ってみせますわ!!」
「で、お祝いに何が欲しいの?」
私から尋ねられ、クラリッサが固まる。さっきまでの威勢はどうした。
「そ、それは……えっと……」
え、物凄くモジモジしてるんだけど。
学年1位を取るという条件まで出したほどだ。それは相当なものを要求されるだろう。もしかして……
私はそっと彼女の肩に手を当てる。
「ねぇ、クラリッサ……」
「な、何ですの……真剣な顔して……」
「私達まだ学生だし、子供を作るのは早いと思うのよ――」
「ハレンチぃ!!!! ハレンチですわ!!!! あなたおバカですの!?!?」
頭をひっぱたかれた。げせぬ。
いやだってそんくらい言いにくいことなんじゃないの?
「え~? じゃあお風呂で洗いっことか、すっごい大人のキスとか?」
「だからハレンチって言ってますのっ!! アンリちゃんのえっちぃ!!」
手を振り回してポカポカ叩いてくる。痛くはない。むしろ可愛い。
「わたくしはただ、て、て、ててて……」
「て?」
壊れたレコードみたいに「て」を繰り返している。
しばらくグネグネ悶えていたけど、ついに覚悟を決めたみたいに私の腕を掴んだ。
「わたくしの手に…………キ、キスをする栄誉を与えてあげますわ!! お祝いとして!!」
部屋がシーンとした。
その沈黙をシンシアのでっかいため息が打ち破る。
「はぁ~~お嬢様……もうちょっと要求してもいいと思いますよ~? 学年1位が条件なんですから。せめて一緒にお昼寝とか、下着を交換して欲しいとか~」
いや前者はともかく後者はどうなんだ。だいぶヘンタイっぽい発想だぞ。
エメリアなんて「うわぁ……私の友達ヘンタイ……」ってドン引きしてるし。
「で、でもそうですよねぇ。なんか可愛いお願いと言いますか……」
友達のヘンタイ発言はひとまず忘れることにしたようだ。その方がいいだろう。
「まぁそこがクラリッサのいいとこなんじゃない? ま、私は口にキスしてもらうけど」
にひっ、って笑うルカに対して、クラリッサも負けじと笑い返す。
「いいんですの!! アンリちゃんの方から手にキスしてもらうってことが大事なんですの!!」
そう言うものだろうか。ところでクラリッサって感情が高ぶるとアンリちゃんって呼ぶよね。
「ふふふ……見ていなさい……!! 必ずわたくしの手に口づけをさせて見せますから……!!」
目がマジである。でもそう言いながら胸を張る彼女の笑顔は、それはもう素敵なものだった。
それから数日後、ついに期末試験の日がやってきた。
「ふ……ふふふ……完璧……ですわっ……」
クラリッサは目の下にクマを浮かべている。あれから試験まで、それこそ寝る間を惜しんで勉強してたらしい。私もそれに敬意を表して勉強したけど。
でもクラリッサのこういうとこ、改めて好き。
「いやクラリッサほんと大丈夫? 私の勉強まで見てくれてたじゃない。時間ないのに」
「それはルカと約束しましたからね。わたくし、約束を破ることは決していたしませんの」
約束通りルカの勉強も見てあげていたらしい。こういうところも頭が下がる。ほんとにいい子である。
「いざ……!! 口を洗って待ってるといいですわ!!」
口なのか。首じゃなくて。
まぁ学年1位なんて取ったなら、それこそキスでもなんでもしてあげないとね。
そして私達は机について、試験開始のチャイムが鳴ったのだった……




