第26話 謎の新人デザイナーA
「はい、アンリ、あーんっ」
「あ、あーんっ」
私達は晩ご飯を食べに寮の食堂へ来ていた。ここのご飯は量、味共に文句なく、特に食後のデザートが美味しい。
異世界だろうと女の子は甘いものが好きだから、力を入れるのも当然というものだろう。
「美味しい?」
「ええ、美味しいわ」
私の口の中にそのとろける甘みが広がる。いわゆるプリン的な味だ。卵も牛乳もいいものを使ってるらしい。
「えへへ、じゃあまた、あーんっ」
「あーんっ」
隣に座ったルカから再びスプーンが口元に差し出される。
あのヤキュー部の助っ人をしてから、ルカの距離が物凄く近くなったような気がする。
今もピタリとくっつくように座って、わたしに「あーん」をしてくれているのだ。
「お嬢様にそういうことをするのは私の役目なんですけどっ……」
「人前でそんな……ハレンチですわっ」
「まぁそういうクラリッサ様も、お部屋ではいつもして差し上げてるんですけどね、お菓子とか」
「し、シンシア!! そういうことばらしちゃダメですわ!?」
でもルカはそんなみんなに見せつけるように、私に腕を絡めてくる。
「え~でも私、アンリに「ルカは渡さない」って言われちゃったし、つまりそういうことかな~って」
「そういうことってどういうことですかっ。わ、私だってお嬢様から抱きしめられたことあるんですからっ!」
エメリアが対抗してぷりぷりと焼きもちを焼いている。エメリアのこういうところが特に可愛い。
「それに私、初めてもアンリに捧げちゃったしね~」
「は、初めてって、あのキスのことですの……!? あれは不意打ちですわっ! ずるいですわっ!」
クラリッサもぷんすかと抗議するけど、ルカはふふんっと笑って受け流す。そしてまた「あーんっ」とスプーンを差し出してきた。
「お、お嬢様っ! 私のも食べてくださいっ!! はい、あーんっ」
エメリアも負けていられないとばかりにスプーンを差し出してくる。このままだと確実に太りそうだ。それで3つ目だし。
「わ、わたくしだってどうしてもって頼まれたら、して差し上げないこともないかもしれなくてよ!?」
4つ目は勘弁してください。豚になります。
「クラリッサ様、そこは「わたくしのことも食べてほしいですわ」っておっしゃるといいんですよ」
「わたくしのことも食べてほしいですわ……ってなんか微妙に違いますわ!?」
微妙な違いで大事故である。なんてハレンチなんだ。相変わらずシンシアはいい仕事をする。
そんな感じで賑やかに食事をしていたら、上級生らしき人がお供のメイドさんを連れて入ってきた。
でもあれ? あのメイドさんが着ているのって……
「ねえ、あの今入ってきたメイドさんなんだけど」
「え? ああ、あのメイド服、最近流行ってるらしいですわね。でも、あんなハレンチなのどうかと思いますけど」
「彗星のように現れた、謎の新人デザイナーAの作品らしいですね。メイド服でありながらあのエッチさ、素晴らしいデザインだと思いますよ~」
私がデザインして作ってもらったミニスカメイド服だった。デザイナーAってのはもうちょっとひねりが欲しいところだけど。
「てかエメリアも前に着てたよね、あれ」
「思い出させないでくださいっ……恥ずかしかったんですからっ」
うむ、あれは素晴らしかった……定期的に着てもらっているのは内緒だ。
「そんなに流行ってるの?」
「アンリは見てない? 廊下歩いてても結構着てるメイドさんいるよ。やっぱり自分のメイドさんには可愛い恰好してもらいたいからじゃないかな」
私がたまたま見ていないだけで、だいぶミニスカメイド服は勢力を広げてきているようだ。そのうちメイド服原理主義者との抗争も始まるかもしれない。
ひょっとすると私はこの世界に闘争の種をまいてしまったのではなかろうか。
「あと、ここに連れてくるくらいのメイドって結構な確率で彼女さんですからね~。恋人への贈り物ってことも多いんじゃないですかね~」
「そうなの!?」
クラスの子もお供のメイドさんとやたら仲良かったけど、つまりそういうことだったのか。謎が1つ解けたわ。
「何をいまさらですの? 貴族の女の子が初めて恋をするのは自分付きのメイドっていうのは定番ですのに」
「お芝居とかでも幼馴染メイドがヒロインっていうのは王道中の王道パターンですよね~」
そんなになのか。まぁ確かに生まれたころからずっと一緒に居れば恋が芽生えることも多いというわけだ。
なんかエメリアが腕を組んでうんうんと頷いてるけど。
「私なんてここに来るまでは、貴族の子はみんなメイドを恋人にしてるもんだと思ってたよ。そうじゃないこともあるって、入学してからわかったくらいだし」
ルカが私とエメリア、クラリッサとシンシアを見てくる。確かにこのペアはまだ恋人同士ではないけど。
「私はお嬢様さえよければいつでも……」
もうちょっと。もうちょっとだけ待ってね? そろそろ自分の中で折り合いが付きそうだから。
「まぁ私はいまだにクラリッサ達は恋人同士じゃないかって疑ってるけどね」
「だから心の友だって言ってますの!!」
ルカの疑いももっともではある。この2人仲良すぎるし。
「クラリッサはシンシアにプレゼントしたりしないの? あれ」
「着て欲しいなら私は構いませんよ~?」
「だ、ダメですわっ!! 私のシンシアにあんなハレンチな格好させられませんもの! それに……」
「それに?」
「この子があんな服着たら、ただでさえ凶器なお胸がさらに凶器になってしまいますわ」
それは確かに。同格のエメリアのたわわも更に物凄い破壊力になってたし、あの服は危険すぎる代物だ。でもエメリアには着てもらうけど。
「え~? 凶器ってこれのことですか~?」
そう言いながらシンシアがクラリッサの腕に抱き着くと、そのたわわが豪快にムニュッとへこむ。実にけしからん光景だ。脳内に録画しておこう。
「い、いけませんわっ!! みんな見てますのよっ!?」
「いいなぁ~」
私は隣のエメリアをちらりと見て、くいくいと腕を揺らしアピールする。
「えっえええっ! あ、あの、でも、その、ひ、人が見てますしっ……」
「じゃあ私がやったげるよ! ほら、むにゅ~~っ」
ルカがエメリアの隙を見逃さずに押し付けてくれたけど、むにゅ~~って程ではない。でもこれはこれでいいものだ。
喉をゴロゴロとしてやると「ふわぁっ」と甘い声を出して目を細め、ポニテを揺らす。
「ルカはいい子ねぇ」
「にゃぁぁぁんっ」
ルカが挑発するようにエメリアのことを見ている。
……ルカ、恐ろしい子っ……!
「ルカさんっ!? わ、わかりました、私もしますっ」
負けず嫌いなのか、挑発に乗ったのか、おずおずと腕を絡めてきた。
それはもうむにゅ~でむにゅ~でむにゅむにゅだった。
「お嬢様っ。ど、どうですかっ」
「凶器というか狂喜ね。最高よ」
美少女2人から両腕を絡められながら「あーん」をして貰うという至高の幸せを噛みしめる。
そして次に作ってもらう異世界デザイン服を決めた私は、仕立屋さんに新しい注文をしに行こうと思うのだった。




