第25話 ボーナスってことで
――全員バットを折って仕留めてやる。
私の宣言で、上級生のベンチと観客席がざわつく。
挑発と受け止めたのか、打者の先輩なんて顔を怒りで真っ赤にしている。挑発のつもりは全くないんだけど。
「それでこそ私のお嬢様ですっ!! もうぎったんぎったんにしてやってくださーい!」
エメリアの元気すぎる声援が届く。あの子熱くなると性格変わってない? まぁでも応援されたからにはそれに応えないといけない。
全魔力をボールに込めて振りかぶり、ルカが構えるミットめがけて投げる。
「1年がっ!! 生意気言ってっ!!」
怒りに身を震わせながらもそこは流石に上級生のレギュラーだ。コントロールも何もないど真ん中で遅めのボールを完ぺきにとらえてくる。
しかし私がたっぷりと込めたボールの魔力は、制限されているとはいえ上級生がバットに込めた魔力を大きく上回っていた。
べきぃっ!!
「んなっ!?」
私のボールは宣言通りにバットをへし折る。
「キャッチャー!」
「わ、ワンナウトっ!!」
ふらふらっと力なく上がったボールを取り、まず一人目を切って落とす。
2人目も同様にバットを折って仕留めた。ここまでは順調だ。
「やるわねぇ」
不敵に笑いながらローザ先輩がバッターボックスに入ってくる。最後が先輩だったのか。でも打たれるわけにはいかない。
「ルカは渡しませんから」
「へぇ……! ルカ、あなたのナイト様かっこいいじゃない」
「な、ナイトとかそういうんじゃ……!!」
なんかあたふたしてるんだけど、投げていいんだろうか。
「ルカーー! 行くよっ!!」
「う、うんっ! 全力で来て! 私っ、アンリの全部を受け止めるから!」
全部か、ならばブレーキはいらないわね。持てる魔力全てをボールに込める。
「あらあら、妬けちゃうわね。さぁ! 来なさい!!」
掛け声とともに先輩が構える。その姿からモノが違うというのが伝わってきた。
でも私はルカのミットめがけて投げるだけだ。
「行きますっ」
思いっきり振りかぶって、投げる。先輩のバットは私のボールをさっきの2人と同様にジャストミートし――
ガキィン!
魔力で強化された視界に、私と先輩の魔力がぶつかり合ってるのがハッキリと見えた。
ほんの一瞬のことのはずなのに、まるで時が止まったみたいだ。
「私の勝ちみたいですね」
「そうみたいね」
その、永遠に続くかのように錯覚した魔力の激突にもついに決着の時は来る。
ベキィッ!!
激しい破壊音がしてバットがへし折れた。それでもボールはふわりと前に飛んでくる。
「おっとと」
私はゆっくりとグラブを構えて、それをキャッチした。
「くぁ~前に飛ばすだけで精一杯かぁ……いやぁ負けた負けた」
「……凄い」
これだけの力を出せたのはルカのおかげなんだけどね。凄いのはルカなんだよ。
最後の攻撃のため、私達はベンチに引き上げていく。前を歩くルカに後ろから不意打ちで抱き着くと「きゃっ」とルカらしくない声を出した。
「ねえルカ、どうだった? 私のボール」
「凄かった……ほんとに凄かったよ」
なんか火照った様子のルカがうるんだ眼で見つめてくる。そこまで感動しなくてもいいだろうに。
「よかった。ルカのために投げたんだから、少しは感謝してよね」
「う、うん……ありがとう……」
なんかさっきからルカの様子が変なんだけど、大丈夫だろうか。とはいってもルカの打席の前に決めるつもりだけど。
「さて、あとは最後の攻撃だけね。私の前にランナーを出してもらえたら決めてくるから」
「凄い自信だね……」
「そりゃそうよ。ルカを先輩には渡さないって言ったでしょ。絶対に勝つわ」
「っ……!! ……あ、あの、アンリ、私っ、アンリのこと――」
カキンッ!!
何か言おうとしたらしいルカのセリフは、先頭打者の打撃音でかき消された。もうすぐに私の打順だ。
「あ、ランナー出たみたい。そろそろ行かないと」
「え、あ、うん……あ、あとで……いいよ」
「そう? それじゃあ――勝ってくるから」
そう宣言した通り、私は思いっきり外角に外れたボールを強引に引っ張った。その打球はあっという間に見えなくなり、勝負はそれで決まったのだった。
「いやぁ~~負けた負けた。ナイト様があんなに強いとはねぇ」
先輩が頭をかきながら笑っている。
「ルカ、約束通りあなたのことは諦めるから。幸せにしてもらうんだよ?」
「ふへっ……!? い、いや、あの、だからまだそういうんじゃ……」
じゃ~ね、と手を振りつつ先輩は去っていく。先輩たちを見送った後、私は隣でぽ~っとしているルカに声をかける。
「ねえルカ? 忘れてないわよね?」
「え? な、何が?」
とぼけようとしてもそうはいかない。そのために私は頑張ったのだから。
「報酬よ。ほ・う・しゅ・う」
「え!? あ、ああキスね……じゃ、じゃあ今すぐにでも……!」
「え? いやそんな今すぐじゃなくてもいいんだけど」
観客もまだいっぱい残ってるし。でもルカは私に熱っぽい目を向け、手を握ってきた。
「い、今がいいの! 私、今アンリに凄くキスがしたい……だめ?」
「そ、そう? まぁルカがいいなら私はいいけど」
そう言って私はキスをしやすいように軽く横を向く。
「あっ……ほ、ほっぺにだっけ……」
「そう言ったのルカでしょ?」
なんか残念そうな複雑な顔を浮かべていたルカは少しモジモジした後、私の肩に手をかけてくっと背伸びをする。
……ちゅっ
ルカの柔らかい、女の子の唇が私のほほに当たる。うんうん、これでルカの初ちゅーは私がもらったというわけだ。ほっぺにだけど。
でもそのルカのキスで、観客席は一気に騒がしくなる。
「あ~~っ!? お嬢様!?」
「ま、まぁっ!?」
「お~やりますねぇ」
大騒ぎしている友達の方を見ていたルカは、私に向き直ると何かを決心したような顔で微笑んできた。
「ほんとにありがとね……私のために頑張ってくれて。私を渡さないって言ってくれたとき、すっごい嬉しかった。だからこれは……」
ちゅっ!
もう一度キスされた。しかも今度は。
「ぼ、ボーナスってことで……私の正真正銘の初ちゅー……」
口に、してくれた。あれ? これ何気に私もこの体での初ちゅーなのでは?
私に初めてをくれたルカが手を後ろで組んではにかんでいる。それは普段のボーイッシュな感じとのギャップも相まってとても可愛かった。
この子が初チューの相手ならまぁいっか。そんなことを思っていると。
「ああああああ~~~~っ!! ルカさん!? ルカさぁぁぁぁん!?」
「抜け駆け!! 抜け駆けですわっ!! 卑怯ですわっっ!!」
「うわぁ~これは先制ホームランですねぇ~」
ルカに先を越されたエメリア達の絶叫が、グラウンドに再び響きわたったのだった――




