第24話 渡さないから
ゲームは一進一退を繰り返し、1点差で負けているまま9回に入った。
私は全打席でホームランを叩きこんだけど、上級生の攻撃力はすさまじくそれ以上の点を取られていたのだ。
しかし3打席目くらいから敬遠されてもよさそうなものだけど、その気配は全くなかった。
もしかして敬遠って存在しないのかこの世界。まぁそれはさておき。
「よしっ……9回行くよっ! ここをゼロで押さえればまだチャンスはある!」
1年のリーダーとなっているルカが円陣でみんなを鼓舞し、それに応えて歓声があがる。
「よっしゃぁ! まだまだこれからだっ!!」
「そうよ! 次でサヨナラにしてやるわ!」
随分と仲間から慕われているみたいだ。ルカってなんとなく人から好かれるとこあるからね。
だけどそうやって皆で盛り上がり、円陣を解いて守備に付こうとしたそのときだった。
「ちょっと待って……」
何かに気が付いたのか、ルカがピッチャーの子の手を掴む。掴まれた子は慌てて手を隠そうとするが遅かった。
「これ……!! どういうこと!? どうして黙ってたの!?」
「だ、だって……負けるわけにいかないでしょ……」
爪が、割れていた。手を掴まれた子は痛みで顔をゆがめている。
「で、でもさ、魔法で治療すればいいんじゃない?」
ここは魔法の世界なのだから、治療系の魔法も当然ある。しかしルカは静かに首を振った。
「ダメなの。試合中の魔法での治療は反則で、即負けになるんだ」
「そんな……じゃあどうしたら」
皆がうつむく。さっきまで盛り上がっていた空気がウソみたいだ。
「この中で他に投げられる子はいないの?」
「いるけど……この子ほどは投げられない……確実に打たれる」
1年は9人ギリギリだったし、専門の投手は1人しかいなかったんだろう。
他の選手では上級生相手に勝負にもならないと、ルカの顔が言っている。
「大丈夫よ!! まだ私投げられるから!!」
痛みをこらえて健気に主張するピッチャーだけど、どう見ても投げれる状態じゃない。そんなの素人が見たってわかる。
「そんな指でもう投げさせられるわけないでしょ!! ……もう棄権しよう」
悔しさを噛みしめるような顔をするルカに、チームメイトが心配そうに声をかける。
「だって……ルカ、それでいいの……?」
「仕方ないでしょ。これ以上は無理だよ」
「でも!! …………負けたらローザ先輩の彼女になるんでしょ?」
え、何それ。そんなの聞いてないんだけど。
私はルカに詰め寄る。
「ちょっとルカ!? どういうこと!?」
「え、いや、その……実は、ずっと先輩から付き合って欲しいってアプローチされてて。
でも、その、私好きな子いるからって断ってたのね。それが、つい話の流れで、試合で負けたら付き合うってことになっちゃって……」
「バカなの!?」
「うっ……だって、売り言葉に買い言葉って言うか……」
頭を抱える。ノリで生きすぎてるよルカ。
「じゃあ裸でグラウンド10週ってのは?」
「それはチームとしての賭け、こっちは私個人の賭け」
「なんて言うか……あんたって……」
「で、でもまぁ、先輩と付き合いたいって子は大勢いるし、10人以上いる彼女もみんな優しくしてもらってるらしいし、その中に加わるだけだから……」
へらっと笑ったルカは私達に背を向けると、棄権を告げに相手ベンチへと歩いて行く。その背中はとても寂しそうで。
ああもう! ほんとバカなんだから!! そういうことは早く言いなさいよ!!
「ルカ!! 私が投げる!!」
「えっ!?」
「ダメだよ! 好きでもないのに付き合うなんて! 他に好きな子いるんでしょ!」
それを聞いたルカが真っ赤になった。
ルカに好きな子がいたのは想定外だったけど、それでもルカは私の百合ハーレム候補なのだ。絶対私に振り向かせてみせる。
先輩がたとえどんなにいい人でも、取られるなんて冗談じゃない。
「で、でもあなた、投げたことあるの?」
「ないわよ」
不安そうに聞いてきたチームメイトに答える。そう、当然ピッチャー経験なんてない。なにせ野球自体やるのは初めてなのだ。
でもベースに届くくらいには放れるはずだ。後は全魔力をボールに込めるだけ。
大丈夫、私は女の子のためなら限界以上の力が出せる。大事な友達のルカのためならなおさらだ。
「私、全力で投げるから、受け止めてね」
「えっ、えっ」
ルカの手をぎゅっと握る。凄くあったかい。というか熱いくらいだ。
「絶対、先輩にルカは渡さないから」
「そ、それって――」
「おーい! 早く来なよ!」
先輩から促され、私達は守備位置に着く。なんかルカふわふわしてるけど、大丈夫かな。
生まれて初めてのマウンド。一段高いところにいるのはなかなかいい気分だ。
「お嬢様が投げるんですか!! きゃ~~っ!! お嬢様~~~~っ!!」
「頑張るんですわよ~~~~っ!!」
「おお~これは楽しみですねぇ」
エメリア達の応援を聞きながら、私はマウンドで宣言する。
「ルカ~~!! 私、隅っこ狙うなんてできないから、ど真ん中に投げるよ!! ケガだけはしないようにね!!」
「ばっバカっ!! そんなこと言っちゃ……!!」
ルカは慌ててるけどそんなのは関係ない。そもそも私にコントロールなんて無いのだから。
「ど真ん中って、舐められたものねぇ。それとも、諦めてローザの彼女になる気になったの?」
バッターボックスに入った赤髪の先輩がルカに話しかける。
「わ、私、他に好きな子いますからっ……」
「ま、いっぱい可愛がってもらったらすぐに忘れられるよ。ローザの彼女同士、これから仲良くやろうね」
この人、ローザ先輩の彼女の1人だったのか。
でも残念ながらルカと彼女同士になることは決してない。私がさせない。
握る指に力を込め、ボールに魔力を伝えていく。
「大丈夫よルカ――――全部へし折ってあげるから」




