第23話 凄いでしょう。うちのアンリエッタは
「ルカ、よく来たわね。それでこそ私が見込んだ子よ」
グラウンドでは、私達1年生チームを上級生チームが待ち構えていた。
一歩前に出て喋っているのがキャプテンだろうか。綺麗な銀の髪を風にたなびかせている姿からは、なかなかの風格を感じる。
「そりゃ来ますよ、ローザ先輩。不戦敗なんてごめんですからね」
「でも人数は足りたのかしら? ライトの子が抜けたみたいだけど」
「ええ、強力な助っ人を頼みましたから」
ふぅん、とその先輩が私に大きくて切れ長の目を向けてくる。
「まぁいいわ。じゃあ10分後に始めるわよ」
「わかりました」
そういいながら、周りを見渡して呆れたように笑っている。
「しかしあれね……多いわね」
「多いですねぇ」
私達はベンチに戻りながら観客席を見ると――そこは大勢の観客で埋め尽くされていた。座席がいっぱいなだけでなく立ち見の観客までいて、すし詰め状態である。
「きゃ~~っ!!ローザさまぁ~~!!」
「負けるな~~1年~~」
黄色い歓声が飛んでくる。ほとんどは先輩への声援のようだけど。
「お嬢様ぁぁ~~!! 頑張ってくださぁぁぁい!!」
「負けたら承知しませんわよ~!!」
「ふぁいとですよ~~」
知り合いの声も聞こえてくる。どこから聞きつけたのか、今人気のスポーツであるヤキュー部の校内試合ともなれば、こうも観客が集まるものらしい。
「でもこのユニフォーム、キツイんだけど……」
「抜けた子、その、凹凸の少ない子だったから」
その子のユニフォームを借りているのだが、胸とかお尻とかがパツパツで動きにくい。ベンチに座るのも一苦労だ。ビリっといったりしないか不安である。
「ところで、試合当日に腹痛とか大丈夫なの? その、相手の不正とかは?」
「あ~それはないない。ローザ先輩曲がったこと大っ嫌いな凄くいい人だし。ちょっと女の子を好き過ぎるのが玉にキズだけど」
女好きなのか。まぁあれだけモテてたらねぇ。
「それじゃあ完全なアクシデントなのね?」
「そ~食べ過ぎ、自業自得ね」
ならよかった。スポーツは正々堂々やらないとね。
「で、これどういうスポーツなの?」
「時間が無いからかいつまんで話すと、攻撃側は投げられた球を打つ、打ったら走る。守備側は飛んできた球を取って返す。以上」
かいつまみすぎでしょ。てかその辺は知ってる。知りたいのは魔法部分だ。
「いや、魔法をどう使うかってことなんだけど」
「ああ、魔力は身体強化と道具強化……この場合だとボール、バット、グローブだね、これだけ許可されてるよ」
「道具強化って?」
「道具を魔力で覆うことだね。例えばボールを強い魔力で覆えば、弱い魔力のバットじゃまず前に飛ばなくなるよ。ボールの威力が段違いになるからね」
魔力の量が勝負の決め手ってことか、なるほど。
「あ、でも魔力でボールの動きを操作したりするのは反則だから。曲げるとか消すとか、自分の方に引き寄せるとか」
「それありじゃあゲームにならないものね」
だいたい分かった。基本的には普通の野球と変わらないらしい。
そうこうしているうちに試合が開始された。うちは後攻めらしく、一年生チームのピッチャーがマウンドに上がる。
私はライトか……飛んできた球を取ればいいんだよね、と思っていたら――
カキンッ!!
軽快な音と共に打たれた打球は私の頭上を越えていった。
「……あら?」
いきなりホームランとは、女の子とは思えないパワーだ。これも魔力で強化しているからなんだろうか。
先頭打者ホームランを食らった子ががっくりとしている。
「どんまいどんまーい!」
その後チームメイトからの声援を受けて、ピッチャーは何とか2人を打ち取った。
しかし相手の4番である次のバッターは、キャプテンのローザ先輩。一年生に対して容赦ない編成である。
「さあて、お手並み拝見ね」
1球目2球目を悠々と見逃した先輩は3球目を、
カキィィィィン!!
完ぺきにとらえた。打球はさっきのより上を飛んでいて、こりゃまたホームランかと思っていると、
「魔力込めてジャンプ!!」
「えっ!?」
チームメイトの声に反応して思わずジャンプする。
「うわっ!?」
フェンスを越えるほどの高さまで跳び上がった私のミットに、奇跡的にボールが収まった。まぐれもいいところだ。
「うそぉっ!?」
「よっしゃぁ!! アンリ!! よくやった!!」
完全に行ったと思った先輩が驚愕し、キャッチャーマスクを取ったルカが拳を突き上げる。
「お嬢様ぁぁぁぁぁ!!! 素敵!! 素敵ですっ!!!! キャ――――っ!!」
エメリアの声が外野まで届く。どんだけ大声で叫んでるんだ。
守備が終わってベンチに引き上げるところで、私は先輩から話しかけられた。
「1年のこの時期であんな跳べるなんて、あなた何者?」
「ふふふ~凄いでしょう。うちのアンリエッタは」
ルカが誇らしげに私の腕にくっついてくる。あまり大きくはないけどなかなかに柔らかい。
「1年のアンリエッタって……あの10年ぶりに出たっていう推薦入学の!? あなたがそうなの!?」
えっ、10年ぶりなの? そんなに珍しいのか。
「ええそうですよ」
「凄い子連れてきたのね……相手にとって不足ないわ」
不敵に笑うと銀髪をひるがえし、相手ベンチに先輩が戻っていく。その姿を見送り、いまだくっついたままのルカに声をかける。
「いい先輩みたいね」
「いい先輩だよ。女好き以外はね」
さっきから繰り返してるけどそこまでなのか。
「さ~て、私達の攻撃だよ、アンリは3番からね」
「3番なんだ、てかアンリって」
「いいでしょ? クラリッサからもそう呼ばれてたんだし」
「まぁいいけど」
昔の呼び方みたいだし、ピンとこないけどあだ名というのも悪くない。
そうこうしているうちに打者2人が倒れて、私の打順が回ってきた。
おおお、人生初打席だ。素振りをした後バッターボックスに入る。さぁてどんなもんだろうか。
ズドォォン!!
「速っ!?」
とんでもないスピードでボールが飛んできた。ミット凄い音してるんだけど!?
どう見ても女子高生の投げる球じゃない。てか見えない。
「ルカ!! 見えないんだけど!! こんなの打てないって!!」
「魔力を目に集中して!! そうすれば見えるから!!」
魔力を目に集中する、こうかな? なんとか目に魔力を集めたところで、ピッチャーが第2球を投げてきた。
「おおおっ!?」
見える。はっきりと見える。まるでスローモーションのようだ。私はそのボールめがけて思いっきりバットを振ると――
べきぃ!!
金属バットが折れ曲がった。えっ、なんで。
「だめー!! 魔力でバット覆って!! でないとへし折られる!!」
「そ、そうなの? じゃあ……」
この前習ったばかりの、魔力で物を覆う感覚を思い出して新しいバットを魔力で覆っていく。
「これでいいかな」
バットを構え、投げ込まれた第3球にバットを叩きつけた。
球と当たった瞬間ズシリと重い感覚があったけど、それをものともせずバットを振りぬく。
カキィィィィィィイ!!
打球は場外のはるか彼方へと飛んで行き、同時にエメリアの絶叫も響き渡ったのだった――




