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第20話 お医者さんごっこ

「戻らない……」


 周りの子はすっかり元通りなのに、私だけちんまりとしたままである。

 先生は私が使った器具や薬品をあれこれ調べているようだ。


「先生、これどういうことですの?」

「あーちょいまち、今調べているから……う~ん、これかな……」

「全くもう……ああっ……でもたまりませんわっ……」


 そう言いながらクラリッサは、私の頭を撫でまわす。


「子ども扱いやめれ~」

「あら? いまのアンリエッタは子供だからこれでよろしいんですのよ。よしよし」


 縮んでしまった私は今、クラリッサの膝の上に乗せられている。おいでおいでと誘われたら乗らない理由はない。

 エメリアほど肉感的ではないけど、ほどよい肉付きでこれまた極上の膝である。


「……それにしてもいい匂い……シャンプー何使ってますの? 香水とかは?」


 うなじ周りに顔を突っ込んで匂いをクンクン嗅いでくる。やっぱり薬学好きだから匂いフェチとかなのかな。……なんかエメリアが凄い目で見ているけど。


「でも懐かしいですわ。これくらいの頃はよく一緒に遊びましたわね」

 

 匂いを嗅ぎつつ懐かしがっているけど、私は昔から匂いを嗅がれていたのだろうか。

 とはいっても私には記憶が無いわけなんだけど…………あれ? でもなんか、思い出せそうな……?


「あの、先生、この若返りって記憶とかも戻るんですか?」

「ん? ああその薬、戻った年齢あたりの記憶を思い出す効果もあるんだよ。だから記憶障害とかの治療にも使われたりしてるんだ」


 なるほど、そう言うことか。ならこの薬を使っていけば記憶を取り戻すこともできるかもしれない。

 日記とかでは限界があるから、これはいい手がかりを見つけたものだ。


「どうしたんですの?」

「ん? なんでもないよ――――クラちゃんっ」


 乗った膝がびくりと跳ねる。振り向くとクラリッサの顔は真っ赤に染まっていた。


「なっ、なっ、なっ、なんですの!? いきなり昔の呼び方なんて……!! そんな、びっくりしますでしょう!?」

「ん~なんか昔を思い出したらそう呼びたくなっちゃって」

「も、もう……アンリちゃんってば……」


 アンリちゃん、昔はそう呼ばれていたのか。足をぶらぶらさせながら記憶を探っていく。

 ふぅん、確かにこの頃はよく一緒に遊んでいたみたいね……それで、おおお……


「へぇ~なるほどなるほど」

「な、なんですのっ」


 にぃっと見つめると、けげんな顔をされた。


「いやぁ……色んなことして遊んだな~って思い出して。おままごととか~なわとびとか~…………あとお医者さんごっことか」

「ぶっ!? ちょっ!? アンリちゃん!? だ、ダメですわ!! そんなみんなの前で!!」


 周りがざわつき、クラリッサも物凄くあたふたしている。抱かれている体温が一気に熱くなったように感じた。


「え~子供の頃の話でしょ?」

「そ、それはそうですけどっ!! でも恥ずかしいものは恥ずかしいんですわっ!!」


 ただでさえ集まっているクラスの視線がさらに集まるのがわかる。


「お、お医者さんごっこ……ごくり」

「お嬢様っ……そんないけませんっ」

「お~お~若いってのはいいねぇ」


 先生もそんなに年ではないだろうに。それより調査はどうなった。


「あの、それで、調べはついたんですか?」

「ん? ああとっくに終わっているよ。なんかイチャイチャしていたからもうちょっと見てよっかなって」


 いい性格をしている。しばいてやりたい。


「んで、これはあれね。アンリエッタの魔力が強すぎたのね。それで効果時間が大幅に延長されたと」

「えっ」

「混ぜる手際とかは下の中ってレベルなんだけど、加えた魔力がケタ外れだったみたい。データでは知っていたけど、まさかここまでとは……ごめんね?」

「つまり、どういうことですの?」

「丸1日は戻らん」


 おいこら。さらっと言うなし。


「丸1日ぃ!? なんですのそれ!?」

「だからごめんって。本当に安全な薬だっていうのは確定してるし、時間がたてば元に戻るから」

「ま、まぁ戻るならいいですけど……」


 しかし丸1日か……どうしようかな。うーむ、と私が悩んでいると、


「子供のころからお世話している私がおりますから、何の心配もいりませんよ、お嬢様」


 エメリアが微笑みながら声をかけてきた。そっか、エメリアに任せれば大丈夫ね、それなら、


「じゃあお願い――」

「ダメですわっ!! アンリちゃんは私が面倒見ますのっ!!」


 言葉を遮られてきつく抱きしめられた。苦しい。窒息させる気か。


「私にだってシンシアがいますし、面倒くらい見られますわ」

「で、ですがお嬢様のお世話は私が――」

「エメリアはいつもアンリエッタと一緒にいるでしょ? 少しくらい譲ってくれないと不公平というものではなくて?」


 クラリッサのド正論でエメリアがぐっと言葉に詰まる。


「う……それは……」

「エメリア、まぁほら、1日だけだから、ね?」

「お嬢様がそういうなら……」


 私からなだめられ、しぶしぶという感じでエメリアが認める。だって、なんかそういう雰囲気だったし。


「ん~、一件落着でいいのかな? じゃあ授業続けるね。テキスト開いて~」


 一件落着じゃないけどね? ほんといい性格してるわ、この先生。

 まぁ記憶が一部戻ったから結果オーライだけど。これからもこの薬は必要になりそうだし。


「ふふふふふっ……楽しみですわっ……」


 それから私はうへへと笑うクラリッサの膝の上で授業を受け続けた。

 もちろんその間も匂いを嗅がれ続け、放課後になると、


「さ、それじゃあ行きましょうね、アンリちゃん」


 彼女とシンシアの部屋へと手を引かれていったのだった――


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