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第19話 大平原が大山脈に

「ふっふっふ……ようやっとこの日が来ましたわ!」


 なんかクラリッサが震えている。一体どうした。変なものでも食べたのか。

 おでこに手を当てて熱を測ってあげる。


「ひゃんっ!? な、な、な! いきなり何をしますのっ……!! 心臓が止まるかと思いましたわ?」

「平熱ね」

「当たり前ですわ!! 今日は待ちに待った魔法薬学の授業なので待ちきれないだけですのよっ!!」


 おお、そういえばそうだった。今まで基礎ばっかりだったけどようやく工学が入ってきて、ついに今日から薬学も始まることになっていたんだっけ。

 でもそんなにワクワクするものだろうか。周りの反応を見た限りそこまで人気の授業にも思えないのだけれど。


「あら? なぜこんなに私が楽しみにしてるか知りたいって顔ですわね」

「いやそこまで――」

「なら特別に教えて差し上げますわ! なぜならば! 我がウィングラード侯爵家は代々魔法薬学の権威として名を成してきたからですわ! 当然次期当主たるわたくしも魔法薬学専攻にもう決めてますの!!」


 ふふん、と無い胸を張って宣言する姿は、彼女に似合っていてとても魅力的だった。

 でもなるほど、家業的なものもあるのか。たしかクロエール家は……魔法生命学系に強いんだったかな?

 私もそっちに進んだほうがいいんだろうか。でもほかにも色々見てみたいしなぁ。


「学園に入るまで魔力を使うことは国から禁止されてはいますけれど、本とかで学ぶ分にはおっけーですからね。予備知識はばっちりですわ! お、お望みならばわたくしが手ほどきをしてあげてもよくってよ……?」

「そう? じゃあ色々と頼らせてね」


 クラリッサの手をそっと握る。いきなり手を握られビクンと反応するのがとてもいい。


「すべすべね。これも薬学に詳しいからなの?」

「そ、そうですわっ!! 日々のお手入れにも薬学は欠かせませんもの……!!」


 すりすりすりすり。実に良い肌触りである。

 そのまま先生が来るまで存分にからかわせてもらったので、授業が始まるまでの待ち時間はとても有意義に過ごすことができた。


「うぃ~では授業始めるよ~。みんなよろしく~」


 しばらく待っているとがらりと扉が開き、ぼさっとした髪を後ろで束ねた女の先生が入ってくる。先生は開口一番に、


「えー、私の授業ではまず経験です。最初に自分たちで薬を作り、それを飲んでもらいます。自分の体で効果を実感した後で理論の説明に移るという流れになりますね」


 おいおいおいおい。

 やべーわ。マッドよ。周りから悲鳴が上がってるし。


「いや大丈夫、失敗しても大抵時間たてば戻るから、ガンガン行こうね」

「そういう問題じゃありませんわ!? 本気ですの!?」

「大丈夫大丈夫、経験しないと覚えないし、君ら程度の魔力放出量じゃあ大したことにはなんないから。今までも大事故が起きたことはないよ~」


 ニコニコしながら言ってるけど、それ小事故ならあるってことではなかろうか。


「さてさてそれでは……」


 先生は無慈悲にゴトゴトと薬瓶を机に並べていく。どれもこれもあまり視界に入れたくないような色をしているんだけど。今からあれを混ぜて飲むの……? 全員が戦慄しているのが伝わってくる。


「ねぇ……これが薬学の普通なの?」

「そんなわけありませんわ!? 薬学はまず理論ですのよ!?」

「理論も大事だけど、まずは経験だ。さあいってみよう」


 引きつる私達の目の前には小分けされた薬瓶と秤と怪しい器具が並ぶ。全力でやりたくない。


「ではまずテキスト通りに気楽にやってみてね」

「あの……これ、何の薬ですの?」

「最初だからそんな大したもんじゃない――若返り薬だよ」


 大したものじゃないの!? なにそれ!? そんなのホイホイ作っていいの!?

 

「ん? ああ若返りと言ってもほんと大した効果はないから。君たちの腕じゃあせいぜい30秒、長くても1分で効果は切れるし、一度使ったらしばらくは再使用出来ない。まぁジョークグッズみたいなものだよ。

――とは言え上級者が作ったら最長1日くらいは持つから、国から厳重に管理されてるけど」


 そんな淡々と説明してるけど、やっぱり劇薬じゃないの!! 改めてこの先生のやばさを確認する。

 だがやらないと単位はもらえない。私達は諦めて薬を計り、混ぜ合わせ、怪しい器具に注いでいく。


「混ぜ合わさったら器具に手を当てて魔力を通してね。それが一番出来を左右するから」


 こう、かな? 器具に注がれたもう見るからにやばい色をしている液体に魔力を通すと――鮮やかな青色に変化した。

 見た目だけは一気にマシになったけど……これを飲むのか……

 栓を開くと青い液体は器具の下に置かれたビーカーへと溜まっていき、妙に甘ったるい匂いが漂ってくる。うへぇ。


「できたかな? さあそれじゃあ一気にいってみよう! 大丈夫! 健康には問題ないから。ほらグイッと」


 仕方ないので、みんなで合図に合わせて一気に飲むことにする。裏切者が出ないことを祈りつつ……せぇのっ!!


「……意外に美味しい……」

「……ですわね、あの材料でこの味ですの………………っ!?」


 体への変化は急激に訪れた。視界がぐにゃりと歪んだかと思うと、体が縮み始めたのだ。

 特に痛みはないけど、骨がうねうね縮んでいく感じが気持ち悪い。


「なっ……!! 何これっ!?」

「だから若返りだって。あの分量なら7~8年くらいは若返るかな」


 先生が言い終わるか終わらないかのうちに、体の反応は収まった。

 視界もはっきりしてきたので今の自分を見てみると、


「おおお……これは……」


 袖はぶかぶかで、スカートもずり落ちそうになっている。目線もだいぶ低くなってるし、椅子に座った足も地面につま先しかついてない。隣を見ると、クラリッサも何かちんまりとしている。

 ……ホントに若返ってるよ……魔法薬凄いわね。

 素直に驚いていた私だったけど、そこである事実に気付いた。


 ……ん? 待てよ? 若返ったということはつまりだ。

 私はゆっくりとエメリアの方を向くと――


「これは……なんて素晴らしい薬なの……」


 そこには若返った――つまりあれだけたわわだった盛り上がりがペタンとして、胸の部分がぶかぶかに余っている――エメリアがいた。

 だけど魔力の少ないエメリアが作った薬の効果はあっという間に切れて――

 

「ひゃああっ!?」


 ゆっくりと元の年齢に戻っていく。私があれだけ見たいと願った成長過程――すなわち大平原が大山脈になっていく様が目の前で繰り広げられた。


「ふぅ――――最っ高ね――」


 それしか言葉がでてこない。この授業が受けれただけでも転生したことに感謝するレベルだった。

 そんな素晴らしい光景を脳内で何度も再生していると――


「あっ……あらっ!?」


 隣から声が聞こえた。振り返ると、クラリッサの体も徐々に戻り始めているところだった。

 のだが……


「…………はぁ~~」

「ちょっと!! 何ですのそのリアクション!! 何か文句でもあるんですの!?」

「いや別に~」


 大平原は今も昔も大平原なのでそこに変化などろくに無いのだ。

 やれやれとため息を付きながら回りを見回すと、ほとんどのクラスメートは元に戻ってしまっていた。

 クラス2番目の魔力を持つクラリッサも完全に元に戻ったし、私もそろそろかなと待機していたが……


「あれ……?」


 ……まったく戻る気配がない。パタパタと足を動かしてみたらスカートがストンと床に落ちてしまった。


「ど、どうしたんですの?」

「いや、戻らないんだけど……」


 そのまましばらく待ってみたけど、私の体は小さいままなのだった――


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