第18話 どんなプレイだ
「それでは、魔法工学の授業、開始させていただきますね」
そのおっとりとした挨拶で、初めての魔法工学の授業は始まった。
ある程度基礎を学んでないと受けても仕方ないということで、ようやくというわけだ。
しかしこの先生、いかにも箱入りのお嬢様って感じで、工学とはあまりイメージが結びつかない。意外である。
「えっと……あらあらどこにしまったかしら……あれ~?」
ふわふわの巻き毛を揺らしながら、何やらカバンをガサガサ探している。
そのほわほわした雰囲気に教室の雰囲気も和む。うむ、これはこれでよきよき。
「ああ、あったあった……え~おほん、それでは改めて、え~魔法工学とは~」
「せんせー、せんせーの名前はー?」
「あ、あら? 言ってなかったかしら? えっと、ヴィレッタです。ヴィレッタ・グリーンバーグです。よろしくね~」
「ぶっ!? グリーンバーグって、あのグリーンバーグ家でいらっしゃいますの!?」
クラリッサがびっくりして噴き出している。いきなりどうした。
「ええそうですよ」
「……大公家の方が教師をなさってるなんて……この学校も凄いですわね……」
「私は7女でしたから結構好きにやらせてもらってるだけですよ~」
おおう、どうやら相当偉い方らしい。私にはよくわからないけど。
「えっと、授業を続けていいかしら?」
「は、はい! 失礼いたしましたわ!」
あのクラリッサが恐縮するなんて、これはよっぽどなのね。周りもざわついてるし。
「え~それでは魔法工学ですが、これは言わずもがな、魔道具を作り出す分野の学問ですね~。皆さんも日々生活していく中で魔道具を見ない日は無いでしょう」
あー、あのお好み焼き屋さんの熱くなる鉄板とか、あれね。
あれはたしかに便利だった。電気でも普通に代用できそうだったけど。
「例えばこれ、皆さんも普通に使っているこの万年筆もそうです。これは5級魔道具に分類されます」
先生は手にした万年筆を掲げる。えっ? 私が普段使ってるこれも魔道具だったの……?
なんか当たり前に使っていたけど。
「これはインクの補給がいらない、というその力だけを付与された万年筆です。とは言えその一点だけでもなかなか高度な術式が使われてはいるんですけどねっ」
なるほど、道理でインク減らないなぁと思っていた。そういうことだったのか。
「とまぁこのように、魔道具は私達の生活を豊かに、そして便利にしてくれています。それこそ魔道具あっての魔法社会と言っても大げさではないくらいです。
――なにせ魔道具は魔法史上最も偉大にして、私達の生活にも直結する術式である百合子作りにおいても、極めて大事な役割を果たしているのですからっ」
先生はそう言ってふむん! と胸を張った。のだが……なんか周りの空気がおかしくない?
ざわざわしてるというか、ピンク色というか。
でもその答えはすぐに分かった。
「せ、先生~。ちょっとエッチですよ~」
「は、ハレンチ!ハレンチですわっ!!」
「ど、道具を使って……はうっ……」
なんかポカンとしていた先生だったが、徐々にその誤解に気付き、
「ち、違いますよっ!! 皆さん何勘違いしてるんですかっ!? そういう道具のことを言ってるんじゃないんですっ!! 違うんですっ!!」
「ええ~~そうなんですか~~?」
「ですけど……ねぇ?」
「うん……」
顔を真っ赤にして否定するが、お年頃の学生たちにはそう思わせても仕方ない内容だった。だってねぇ、そういうことで道具とかいわれたらねぇ。
「で、ですからっ!! 百合子作りが他のその、普通のアレと大きく違うのは、魔力回路を結びつける点にあるんですっ!! その結びつけることを補助するのに使われるのが2級魔道具――百合の揺りかご――なんですよっ!!」
ぜいぜいと息を切らしながら弁解する先生。そりゃそんな誤解されたら慌てるわよね。
ちなみに実物を見せてくれたが、ベッドの下に敷くカーペットのようなものだった。
「これができる前までは魔力が平均レベルの人の場合、複数人の魔術師に補助の術をかけ続けてもらいながら、そのうえで、その、術式を行うしかなかったんですっ」
衝撃の内容に教室がざわつく。いやそれはどんなプレイだ。上級者すぎるでしょ。
「しかし! しかぁし!! この魔道具の開発によって、2人だけで術式が行えるようになったんです。どうです? 凄いでしょう!?」
それは確かに。そんな大問題を解決したのは偉大な功績と言ってもいいだろう。
そういうことは愛しあった人だけで行うべきなのだ。――愛しあった人同士ならばそれこそ何人でも構わないけど。
「そういうわけで、この魔道具の製造は国が責任を持って行っているわけですね。2級なので少々お高い魔道具ですが役所に行けば無料で貸し出してくれます。
まぁずっと使うものだからと新婚さんが買う場合が多いですけど」
なるほど、そりゃそうか。確か魔力回路を繋げるには相当に仲が深くないといけないとのことだったから、つまりそういうことなのだろう。百合百合しくて実にいいわね。
「……と、まぁこのように便利な魔道具なんですが、魔道具の作成には膨大な時間と魔力がかかります。5級ならそうでもありませんが、2級ともなればその工程はかなりのものです。それがまた特級ときた場合には……」
「特級?」
「ええ、特級魔道具は才ある魔術師が、それこそ生涯をかけてもなお到達できないこともざらで、一族の悲願としている家も多いくらいですね……まぁというわけで」
じっと先生は私を見つめる。えっ?何?
「アンリエッタさん、あなたにはとても期待してるんですよ? あなたほどの魔力ならグリーンバーグ家の悲願を叶えることができるかもしれませんから。
就職先に悩んだらぜひ我が家に来てくださいね? 私のお嫁さんでも全然構いませんから」
ぱちっとウインクされた。
えっ? 今私プロポーズされた? 今日初めて会った大人の女性に? さすがに初体験だぞそれは。
私があたふたとしていると、突如隣のクラリッサが立ち上がり、
「だ、ダメですわっ!! アンリエッタは我がウィングラード家が頂きますの!! たとえグリーンバーグ大公家といえども譲れませんわ!!」
「あら? もしかしてそう言うご関係ですか?」
「い、いえっ……まだ違いますけどっ……」
モジモジしている。おおおかわええ。
「じゃあ構いませんよね?」
「うぐっ……!! で、でもっ!!」
「ちょっとお待ちください!! お嬢様はクロエール家を継いでもらわねばならないお方!! お嫁に出すわけには参りませんっ!!」
「あ、私もアンリエッタとの子供なら欲しいかな~。多分世界を狙える子供になると思うんだよね」
エメリアとルカまで参戦。もうしっちゃかめっちゃかである。ていうかルカ、あなたそんなこと考えてたんかい。つくづくヤキューバカである。
――そしてそのまま言い合いが続き、初めての魔法工学の授業は全く進まなかったのだった――




