第15話 ――ありますとも!!
「ここが、その服屋さんかぁ」
私達は腹ごなしにしばらく通りをプラプラとした後、話に出た服屋に向かった。
その店もまたオコノミヤキ屋と同じく、あまり流行ってない感じの路地を進んだ先にひっそりとあったのだった。
「そうですわ。この店は一風変わった品揃えもしているということで、密かに有名ですのよ」
また密かになのか。そういう店が好きなんだろうかクラリッサは。
まぁ変わった品とは言ってもそもそもこっちに来て間もないし、どういうのが変わっているかもわからないわけで。ぶっちゃけ見るものすべてが変わったものに見えるんだけど。
そう思っているとクラリッサは棚に並んだ中から、縦に縞の入ったうす緑色のセーターを手に取って、
「あっ、ほらこれ、これですわ! 巷で静かなブームになっている……『タテセタ』ですわ!」
――変わった品だった。
「縦セタじゃないの!?」
「だからタテセタですわ」
……いやいや待て、ただ縦じまのセーターをタテセタと言っているだけかもしれない。そうであってほしい。だが、
「おっ、タテセタじゃん! この店なかなか通だね! やっぱ長めに作られた『モエソデ』がいいよね~」
「でも何でモエソデって言うんでしょうね? クラリッサ様、ご存じですか?」
「さぁ、それは知りませんけど、可愛いからヨシですわ」
「お嬢様の萌え袖……はぁはぁ」
――やっぱり縦セタじゃん! どっからどう見ても縦セタだよ!
なんなの!? 野球にお好み焼きに縦セタ、もう訳がわからない。まぁたまたま変なの見つけてるせいかもしれないけど。
「んーやっぱりこの中だと似合うのはエメリアとシンシアかな」
「ちょっとルカ? なんでわたくしのお胸を見ながら言いますの?」
「いやぁだってねぇ、そこはほら」
それには同意する。やはり縦セタはお胸よね。うんうん。
「いえいえ、確かにお嬢様はぺたんこですよ? それでもお嬢様ならきっと何でも着こなせます! 自信を持ってください!」
「そ、そうですよ。クラリッサ様、おっきくなくてもきっとお似合いですよ?」
「フォローになっていませんわ!」
もーわからん、考えるの放棄しよう。それより今回の極秘ミッションを遂行せねば。
ワイワイと縦セタ談義を続ける皆からこっそりと離れて、店主と思しきお姉さんに話しかける。
「ちょっとあの、すみません……」
「はい? なんでしょ」
「あ、すみません。小声でお願いします。……ここってオーダーメイドもやってるって聞いたんですけど、ほんとですか?」
「ええ、承ってますよ? ……ただし」
「ただし?」
「私の琴線に触れるデザインの服だけですけどね」
……偏屈だー!? なにそのポリシー!? だからこういう隠れ家的お店なの??
これはどう? いけるの? 私の記憶を頼りにデザインした、対巨乳っ子用ミニスカメイド。だけど所詮は素人デザイン……だがしかし、ここで機会を逃せば次の機会はいつになるかわからない。
「で、どういたしますか? 私がいいと思ったら仕立てて差し上げますよ?」
メガネをクイッと持ち上げるその仕草はとてもキマッていて、少なくとも腕に自信は持っているようだ。
……ええい! 女は度胸よ! 素人デザインとは言えこれは異世界のデザイン! 少なくとも見たことはないはず……!! それに早くエメリアの恥ずかしがる姿が見たいし!!
「えっと……これなんですけど……」
「ふぅん、どれどれ……」
そして渡したデザイン画を手に取ると、店主はじぃっとそれを見つめている。
「あ、あの……」
「ちょっと黙ってて」
「は、はい……」
ううむ、やっぱダメだったか――そう思っていると店主はおもむろに私の肩を恐ろしいほどの力で掴んで、
「いいねぇ!! これはいいわ!!」
「えっ」
「メイド服でありながらメイド服でない! この固定概念に捕らわれない自由な発想! 動きやすさを追求した機能美! ……そして何よりちゃんとメイド服なのにエロい! ここが素晴らしいわ!!」
「は、はぁ……」
すごい勢いでまくし立てられ、私の方が面食らう。いきなりスイッチ入りすぎて、ちょっと怖い。
「ただエロいだけならいくらでもできるのよ! 布面積を狭くすればいいんだから! 娼婦用の服なんかまさにそれね!
芸術性を追求しつつ狭くした踊り子の服なんてのもあるけど、これはそれより遥かに広い! なのにエロい!」
興奮気味にしゃべる店主に皆が気付かないか不安になったが、皆は縦セタを試着してわいわい騒いでいてこちらには気付いていない。あとやっぱりエメリアの縦セタ……いい。
「あとここ!! この短いスカートと長いソックスの間から見える太もも!! これは凄いわ!!」
ぎゅうっっと折れそうなほど手を強く握られる。マジで痛い。
「あ、それは絶対領域というもので……」
「ゼッタイリョウイキ!? あなたが考えたの!? あなたは天才よ!!」
「あ、いやそれは違……」
「ゼッタイリョウイキ……! ゼッタイリョウイキ……! うん、これは流行る! いや流行らせてみせるわ!! もちろん作らせてくれるわよね!? ね!?」
「あ、はい、それはもちろん……どのくらいでできます? 一か月くらいですか?」
チッチッチッ、と指を振る。その顔はふてぶてしいながらも凄くいい笑顔だ。
「馬鹿言っちゃいけないわ、お嬢さん。3日、いいえ、2日で仕上げてみせるわ。睡眠を先送りする魔法を使ってでもね」
「ほんとですか……!?」
「あ、でもこれ寸法はどうするの?」
「2枚目の紙に書いてあります。詳細な寸法が」
ず~~~っと女の子を見てきたおかげで、間近で見ていれば寸法は完全に割り出せる程に私の目は磨かれている。誤差はほぼ皆無だろう。
「ん、わかったわ。じゃあこれはあなたデザインってことで大々的に発表を……」
「あ、それはちょっと……私の名前は出さないで、お姉さんがデザインしたってことにしてください」
「え!? いやそれはまずいわよ!?」
「いえ、私まだ学生でして、注目されるのはちょっと……」
本心だった。もう一人? の転生者のこともあるし、私を知られるのはまずいかもしれないのだ。
「うーん、じゃあ間をとって謎のデザイナーが考えたってことにしましょう。それならいいでしょ?」
「はい。じゃあそれで。あ、くれぐれも私だってことは内緒で」
「わかったわ。秘密は守るわよ」
ふぅ危ない危ない。しっかり口止めもしておかないと。
一方お姉さんときたら穴が開きそうなほど私のデザイン画を見ている。そのうち舐め回しそうな熱心さだ。
「いや~改めて見ても素晴らしいデザインね。惚れ惚れする出来よ…………ところでさ」
「はい?」
お姉さんはにっこりと微笑みながら、つつつと距離を詰めて私の手を熱っぽく握ってきた。
「他にも案、あったりする?」
――ありますとも!! 私はその手をぎゅっと握り返した。




