第八話 また戻ってきた
トニーに従いて行った。賭博場は寂れた酒場の地下にあった。ゲームは剣闘士たちによる賭試合だった。剣闘士は直径十mの檻のなかで刃引きされた剣を使って殴り合う。
賭博場には熱気があり、客が五十人ほど入っていた。
ユウタは『強欲読心』を使った、欲深き者たちの声に耳を澄ませる。明らかに他の者より欲が深い者の声が聞こえた。
その声の通りに試合の勝ち負けは進んでいた。予想があたりユウタはほくそ笑む。
「やっぱりイカサマがあったか。なら、利用させてもらおう」
ユウタは有り金の全部を賭けて勝負した。勝つたびに金は増えていく。増えた金は次の試合に全額を注ぎ込んでいく。六回勝った辺りで、金額は銀貨にして四千枚を超えた。
ここで強欲なる者の声が不機嫌な調子で、誰かに指示を出した。
「勝ちすぎた奴がいるな。トニーに指示を出せ。次に勝ったらそいつを消せ」
勝ちすぎた。でも、この金を捨てるのは惜しい。戦闘も避けたい。品物に替えて持ち出すか。
ユウタが席を立つと、トニーが慌てて戻ってきた。
「ユウタさん、どこに行くんですか? これからもっと大きな金が動く試合がありますよ」
素知らぬ顔で保ける。
「大勝したから帰るんです」
トニーは明るい顔で引き止める。
「でも、まだ、大一番が残っていますよ。それが終わってからいいでしょう。ユウタさんはツキに付いている。ここで帰るなんて大損ですよ」
「勝負は引き際が肝心です。欲しい物があるんです。それとも、ここでは勝ったら帰してもらえないんですか?」
トニーがたじたじの態度で言い繕う。観戦する場所では他の客の目がある。イカサマがあるとしても、公にはしたくない。
トニーは困っていた。
「そんなことないですよ。でも、銀貨四千枚なら、かなりの金額ですよ。何を買おうと言うんです?」
銀貨を回収できなくても困るが、高額な品を持っていかれても困る。トニーの顔には焦りがあった。
「銀貨四千枚で、僕用の剣闘士が欲しいんです」
剣闘士を買うのには理由があった。一人では儲け難いので仲間が欲しかった。元が回収すれば剣闘士は解放する。『強欲読心』があれば絶対に勝てないないしは、勝ってはいけない試合は回避でる。
この街の人間は信用できないが、契約といえど他人に従っている人間ならまだ信用できる。街から逃げる必要が出ても従いてきてくれるかもしれない。剣闘士ならユウタに不足している戦闘能力を補ってくれるので旅もしやすい。
「嫌なら帰るだけですけどね」とユウタは交渉で引きに転じる。
「調整してきます」とトニーはいったん下がる。
数分で、強欲なる主の声が聞こえる。
「ちょうどいい。メリッサを売りつけろ」
名前から推測して女性か。剣闘士ではないかもしれない。普通の人間でもいいとユウタは方針を変える。賭博場から安全に出るのが大事。それにどのもち仲間はいたほうがいい。
トニーに連れられて小さな部屋に行く。銀髪で褐色肌をしてパンツ一枚だけを身に着た女性がいた。
メリッサの身長は百七十㎝と女性としては高く、手足に立派な筋肉が付いていた。剣闘士には見えた。だが、あまり強そうには見えない。メリッサで問題ないが、すぐに飛びつくの危険だ。
わざとらしくユウタは部屋を見渡す。
「候補はこの一人だけですか?」
トニーは曖昧に笑って答える。
「ええ、ちょっと他にはすぐに売り手がいなくて」
「どうしようかなあ?」
トニーは揉み手をして微笑んで勧める。
「彼女の名はメリッサといいまして、お買い得ですよ」
「僕の名はユウタ。メリッサさん、貴女は自由になりたいですか? 希望するなら僕は貴女を自由にできる」
メリッサは殊勝な態度で頭を下げた。
「お願いします」
「わかりました。では、メリッサさんを買います。契約書をお願いします」
「契約書はすでにあります」とメリッサとの契約書をトニーはユウタに差し出した。
手際が良すぎるのでユウタは疑った。
「馬鹿に手回しがいいな。これは、メリッサをすぐにでも手放したい事情が何かあるな」
距離が離れすぎたためか賭博場で聞こえていた声が聞こえない。
トニーやメリッサからかも心の声が聞こえない。感情が欲張っている状態ではないのか、欲が弱すぎるのかは不明だ。メリッサを仲間にするのが吉と出るか凶と出るか不明だった。
メリッサ用のクリーム色のワンピースと靴を貰う。外を歩いても問題ない恰好にして、大通りに戻った。
メリッサが澄ました顔で告げる。
「ユウタに会わせたい人がいるの。きっと、ユウタの利益になるわ」
儲けになりそうな話が出た。冒険の始りかとユウタは胸を躍らせる。
「どんな人?」
メリッサがぎこちなく微笑んで、優しく告げる。
「この街の要人でお金持ち。唯一、私を理解してくれる人よ」
「そんな人がいるなら、なぜ助けを求めなかったの?」
メリッサは渋い顔で、やんわりと語る。
「色々と事情があったの。でも、今なら会いに行けるわ」
理想的な展開ではある。昔話である恩返してきな展開に期待した。
「いいよ。会いに行こう」
メリッサに連れられて行った先は高級住宅街だった。行き先は昼間と同じ家だった。
良い予感がしないが、来たので入るしかない。
「戻りました」とメリッサが扉を開けて、ユウタが中に入って扉を閉める。
やはり昼と同じく、不機嫌な顔のパサイモンが出てきた。
「何であんたが、私のメリッサを買ったのよ。私の計画を潰すきなの?」
メリッサが不思議そうな顔をするので、釈明する。
「ごめん、僕もパサイモンさんと同族なんだ」
カモを呼び込むのに失敗したとメリッサは理解した。主人の期待に応えられず、メリッサの表情が沈む。
パサイモンが腰に手を当てて、厭そうに発言する。
「わかったら、とっと帰ってちょうだい」
メリッサをタダで戻したら大損害である。
「手ぶらはないでしょう。俺がメリッサを買ったんだし、契約書もここにありますよ」
パサイモンが、むすっとした顔で訊く。
「メリッサで何か商売する気? やるならいいけど、この街で商売をするなら、みかじめ料をもらうわよ」
パサイモンにみかじめ料を払ったとする。困った時には「俺のバックにはパサイモンさんがいるんだよ!」と凄める。だがやれば、一生小物のまま終わる気がした。
街の中がダメなら、外ならどうか。
「俺の代わりにモンスターを倒して、お金を稼いでもらおうかと思いました」
パサイモンが呆れた顔で意見する。
「あんた、馬鹿でしょう。モンスターはお金があればすぐにレベルアップに使うわ。金を溜め込むなんて、人間だけがする行為よ」
指摘はごもっともだ。悪魔神官が悪魔のレベルアップだけしていると考えたのは浅はかだ。とはいっても、引き下がるわけにはいかない。パサイモンはまだ話がわかる。交渉を粘る価値はある。
「怒られましてもね。手ぶらでは帰れないですよ。メリッサに投資しているんですよ。僕だって懐が苦しいんですよ。どうにかなりませんかね」
パサイモンが腕組みして、ぶっきら棒に尋ねる。
「うだうだ泣き落とされても時間が無駄だわ。ユウタのレベルは幾つ?」
「三ですけど」
「なら、レベル四になるために必要な銀貨四千枚を払うから、明日にはこの街を出ていって」
手切れ金と退去料込の提示だった。ユウタは思案する。
「メリッサの値段が銀貨四千枚だったから損はない。パサイモンが暴力訴えたらこちらには勝ち目がない。パサイモンの要求を呑むしかない。街から出ていけ、ならもうちょい欲しい」
上目遣いでユウタは下手に出た。
「出ていってもいいですけど。もうちょっと何か、おまけが欲しいですね」
パサイモンが苛々した顔で妥協した。
「本当に強欲な悪魔ね。家にある、悪魔神官を呼び出すテーブルと椅子を貸してあげるから、さっさとレベルアップして、出て行って」
おまけは無料での施設利用だった。ないよりはいい。これ以上は交渉しても無駄だ。
「わかりました。レベルアップが済んだら、明日中には街を出ていきます」
パサイモンが手を握って開くと、小さな袋があった。
中を覗くと金貨で四十枚あったので、契約書と交換した。次の進化先を選ぶ時間だ。




