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第五話 餞別の拳

『金の下僕』となったユウタは街を出る準備をする。お世話になったロールリングにユウタは感謝を伝える。


「僕は世界を知るために街を出ます。今までありがとうございました」


 ローリンは満足げな顔で頷く。

「それがいい。世界を知らないと悪魔はやっていけない。でも、すぐ辞められると困るからあと十日ほど店を手伝ってくれ」


 当然のお願いなのでユウタは了承する。

「残りの日数もしっかり働きます」


 ユウタが店を出て行く話は店の常連に伝わった。ローリングの人柄か店の常連は気のよいモンスターが多い。常連客は、少しだけど餞別をくれた。


 ローリングにユウタを紹介したボウリンも店にやって来る。ボウリンはにこにこ顔で告げる。

「お前は街の外に出るんだってな。なら、俺からも餞別をやろうか?」


「有り難うございます」


 ボウリンがぎゅっと拳を握って見せる。

「おっと、勘違いするな。餞別は金じゃない拳だ」


「どういう意味ですか?」


「俺の知り合いに道場を開いているグラップラー・デーモンがいる。名前はアイギル。アイギルに稽古をつけてくれるように頼んでやる」


 身を守る方法を知らないユウタを案じてのボウリンからの計らいは嬉しかった。

「僕は弱いです。戦い方は知っておきたい。でも、出発の日は決めました。少ない時間では逆にご迷惑するだけです」


 ボウリンが真剣な顔で問う。

「そいつは『教練』のギフト持ちだ。そいつに一発、殴られるだけで、素手格闘の基礎が身に付く。ただし、痛いし。当たり所が悪ければ死ぬこともある。やるか?」


 後で痛い目を見るより、安全な街で危険な修行をしたほうが安全だ。しかも、短時間で済むならなおよい。


「ここまでよくしていただいて嬉しいです。拳の餞別をお願いします」


 翌日、ボウリンは店にアイギルを連れてきた。


 アイギルは、身長二百五十㎝、全身が黒光りする鬼のような体を持つ悪魔のグラップラー・デーモンだった。アイギルは筋骨隆々で一撃でユウタを葬れそうなほどに体格が良かった。


 改めて目の間にくると威圧感が半端ない。グラップラー・デーモンに殴られると死ぬかもしれない。だが、これは修練の一種であり、命をやりとりするほどの戦闘ではない。


 ユウタは覚悟を決めた。ボウリンがヘッド・ギアを投げて寄越したので装着する。どれほどの防御力があるかわからないが、ないよりはいい。そのまま、店の裏に連れて行かれた。


 店の裏の路地でアイギルと向かい合う。あまりの怖さに足が震えそうになる。

「ほら、構えろよ」とボウリンが促すので、ポーズをとる。


「なら、行くぜ、坊主」とアイギルが勇ましい顔で宣言する。

 アイギルが一歩、前に出た。思わず一歩、後ろに下がりそうになる。


 だが、下がる前にアイギルのパンチが伸びるように飛んできた。


 顎に強烈な一撃を受けて、気を失った。気が付いた時にはボウリンが顔を覗きこんでいた。

「何とか生きているな。立てるか?」


 ふらふらするが何とか立てた。


 ボウリンが素っ気ない顔で指示する。

「じゃあ、次で、今から俺が木剣で打ち込むから避けてみろ」


「この状態でですか?」


 ボウリンが厳しい顔で、はっきりと告げる。

「敵は万全の状態の時にだけ襲ってくるものじゃない。戦いの時も場も選べるとは限らない」


 とても真っ当な指摘だ。ユウタは何とか立ち上がって、ボウリンと向かい合う。


 ボウリンが木剣で斬りかかってくる。


 体が自然に動いて木剣を躱した。二撃目、三撃目と打ち込んでくるが、体が付いていけた。四撃目は避けて、間合いを詰めることができた。ボウリンの顎に一撃を見舞う。だが、これは躱された。


「おっと、危ねえ」とボウリンは距離を取る。

 ボウリンの気配が変わった。次の一撃は本気のが来る。


 ユウタはボウリンの一挙手一投足に注意をした。ボウリンが剣を振る。躱したと思ったところで、木剣が軌道を変える。木剣はユウタの胴を軽く打った。ユウタが後ろに下がると、ボウリンは構えを解いた。


「最後のフェイントは別にして、体が動くようになっただろう」


 ボウリンの言葉の意味はわかる。気絶する前なら、一撃といえど、ボウリンの剣を避けるのは難しかった。アイギルはただの一撃でユウタを変えた。これなら街を出てもやっていける。


「有り難うございます。餞別は確かに受け取りました」


 アイギルが険しい顔で忠告する。


「過信するな。お前の身体能力は変身時でも新兵三人を相手にする程度だ。それ以上、敵が多かったり、強かったりしたら、お前は負ける」


「慢心すると死ぬとの教えしかと受け取りました」


 アイギルとボウリンは、その日は居酒屋で飲んでから帰って行った。


 街を出て行くには二通りの行き先があった。一つは街から外に出て魔王の領地を旅する行程。もう一つは街を出て、人間界へと繋がる門を通って、人間の世界に行くルートがあった。


 酒場の常連からの情報では、魔界巡りをするより、人間界に行ったほうが金は三倍稼げる。人間界で悪魔とばれれば、回りの全ては敵となる。殺害は免れない。


「果たして、稼げない魔界を安全に巡るべきか。稼げる人間界で危険を冒すべきか」


 ユウタは迷った。人間と魔界を繋ぐゲートの使用料は銀貨十枚と格安だった。悪魔の修行ようなられでは割引だ。普段はもっと高い。ユウタは人間界に行きを決めた。


「人間界でさっさと金を稼いで、レベルを六か七に上げよう。それで生産系か生活系の悪魔になるのがいい。魔界巡りをして、どこかに定住しよう。危険なのはこりごりだ」


 そこでユウタの思考は止まる。

「安全な生活? こりごり? あれ、今までそんな危険な暮らしをしていないよな」


 思い起こせば、危なかったのは生まれたばかりの時だけ。その後は大して危険もなくレベル三にまで到達した。


「僕は何かを忘れているんだろうか? 思い出せないなら、大した内容じゃない」

 ユウタは残りの金で古びた杖とバックパックを買い、人間の世界への旅の準備を整えた。

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