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第三話 セーフティー・ゾーン

 金ができたので個人経営の定食屋に入る。脛肉の煮込みを食べて、林檎茶を頂く。銀貨一枚で済んだので、良心的な悪魔の店だった。


 満腹になったところで、これからを考える。

「僕の名はユウタ。名前は間違いない。ユウタは僕が僕である証だ」


 名前は覚えていた。だが、ユウタ個人に関する情報はそこまでだ。


「僕は生まれたてのベビー・デーモンだった。だが、こうして、言葉を話し、簡単な知識もある。これはおかしい。でも、人間と悪魔は違う。何も覚えていない人間のほうが稀なのだろうか」


 ユウタは、そこで『自分が以前は人間だったのではないか?』と考えている自分に気が付く。


「僕は人間だった。あのガラス管に残っていた骨。あれは失敗の産物ではない。人間の骨から何かを作る装置だった。僕は人間から作られた悪魔なのだろうか?」


 どちらの可能性もあったが、どちらが正しいとする決めてがない。

「自分はどこから来て、どこに行けばいいのか?」


 どこから来たのかはわからない。でも、どこに行くかは選べる。

「寝床を捜して、金を稼いでレベルアップするしかないか。強くなれば行動範囲も広がる」


 生きていけば、何をなせばいいか、わかる気がした。別の選択肢が頭に浮かんだ。


「何をなす必要もない。僕は今、悪魔だ。悪魔として生きている。レベル七から先が困難ならレベル六で停めて、のんびりと田舎で畑でも耕して生活すればいい。レベルも六まで上がれば簡単に危険な目には遭わない」


 幸せな生活がどちらかわからない。でも共通するのはレベル上げだ。ユウタは銀貨三枚を払い、安宿で夜を明かした。手持ちの銀貨は残り九枚。


 これではレベルアップどころか、生活もままならない。昨日の定食屋で飯を食っている時の事だった。茶の半ズボンに茶の半袖を着た身長百八十㎝の黒鬼が話しかけきた。


 黒鬼はラーシャが示したカードにあった『デーモン・ゴブリン』そっくりだった。黒鬼がにーっと笑って声を掛けてくる。


「俺の名はボウリン。兄ちゃん、仕事を探しているかい? 探しているなら斡旋(あっせん)するよ」

 ユウタはボウリンの勧誘に警戒した。


 ボウリンは微笑んで話す。

「そんなに硬くなるなって。俺は斡旋屋だ。仕事を紹介して求人を出している奴から、金を貰うのが仕事だ」


 人材紹介業なら働き口を知っているが、なんか怪しい。

「仕事はもっと確実なところか引き受けるよ」


 ボウリンは残念そうな顔で意見する。


「この街には仕事を紹介する大きな口入屋はない。公的な施設もない。コネも伝もないなら、俺みたいな斡旋屋か手配師から引き受けるしかない」


 少し調べればわかる嘘なら吐かない。聞くだけタダなら聞いてもいい。

「どんな仕事を斡旋しているんですか?」


「どんな仕事をやりたいかによる。やりたくない仕事を斡旋すると、働く方も雇う方からも俺は信用を失う。農場の手伝いから、人間の村の破壊まで、仕事は色々あるぞ」


 楽して儲けたい、が本音だ。でも、そんな話は人間でも悪魔でもないだろう。

「危険なのは避けたい。三食付で住み込みで働ける場所がいい。安全にレベルを上げたい」


 ボウリンは、にこにこ顔で告げる。

「俺が斡旋できる仕事は三つだな。カジノのスタッフ。居酒屋の店員。後は高利貸しの店員だな」


 大口を叩いた割に選択肢が少ない。

「それだけ? もっと他にないの?」


「見たところあんたは、金の奴隷だ。力仕事には向いていない。頭もあまりよさそうじゃないし。魔法も使えそうにない。だから、俺が紹介できる仕事で適任なのは、三つだ」


 ボウリンは見ていないようで、色々と見ている。信用できるかどうかはわからないが、能力はある男だ。

「仕事の種類から内容はわかる。労働時間もなんとなく見当が付く。それぞれの日給はいくら?」


「カジノの店員が銀貨一五枚。酒場の店員が銀貨一一枚。高利貸しが銀貨二十枚だよ」

 給与が良いほど金が溜まると考えてはいけない。また悪魔を敵にする仕事はレベル二だと危険だ。


「酒場の店員を紹介してくれよ。僕の名はユウタだ」


 ボウリンが冴えない顔で確認する。


「勧めておいてなんだが、本当にいいのか? 酒場の店員なら、レベル三になるには百日近く働かなければならないぜ」


「僕は安全志向なんだよ」


 ボウリンが軽い調子で指示した。

「つまらない奴だなあ。なら、昼にまた迎えに来る。店の前で待っていろ」


 ボウリンはユウタとの話を終えると、また他の悪魔に勧誘を開始する。


 時間があるので街を歩く。悪魔が大半の街だが、街の表通りは綺麗だった。広場に行っても、のんびりとした空気がそこにあった。


「住人の姿さえ気にしなければ、随分と平和な街なんだな」


 お昼になるとボウリンが迎えに来る。行き先は裏通りにある四十席ほどの酒場だった。店は古いが汚くはなかった。飲食店としてはまっとな店だ。


 ボウリンが見せの引き戸を開けて、声を上げる。

「ローリングさん、探していた店員を連れてきたぞ」


 奥から白い髭を生やした身長百七十㎝の『デーモン・ゴブリン』が出てきた。

 ローリングはクリーム色の簡素な服にエプロンをしていた。ローリングはジロリとユウタを見る。


「なんだか、貧相な悪魔だな」


 明るい態度でボウリンはフォローする。

「そう構えるなって、俺のモンスターを見る目に間違いはない。今までだって外れはなかった」


「確かにそうだな。なら、今日から頼むとするかの」


 ユウタは頭を下げた。

「よろしくお願いします」


 ユウタは居酒屋の二階で住み込みで生活する。酒場は十七時から二十三時までの営業だった。ユウタは開店前の十四時から繁盛する時間帯を過ぎる二十三時までが勤務時間だった。


 料理の下ごしらえから店の清掃まで、テキパキとこなす。体が知っているかの如く手足が動いた。

 店は常連が多く、そこそこに繁盛していた。酒場で働いていると、色々な情報が入ってくる。


「品物はどこそこの店が安い」「人間界にいくゲートはレベル二から使える」「街の治安がいいのは悪魔王の方針によるものだ」「街を一歩でれば騙しあい殺し合いは自由」「地図屋の地図は高い」「人間を相手にしたほうが金は稼げる」


 居酒屋なので酔った客同士の喧嘩などもあった。だが、ローリングが停め入るし、常連も止める。慣れているのでか、場がそれほど荒れない。ユウタは嫌な想いもせずに百日が経過した。


 天に愛されたような順風のような時間だった。

 銀貨は順当に千枚貯まった。部屋で銀貨を眺めて思う。


「銀貨は千枚貯まった。これを持っていけばレベルアップができる)


 居酒屋の店員の暮らしも気に入ってきていた。このまま、『金の奴隷』のままのんびりと常連客の相手をしながら生活するのも、いい気がしていた。


 部屋のドアをノックする音がした。銀貨をしまい、返事をする。ドアを開けてローリングが入ってきた。

ローリングは優しい顔で告げる。


「ユウタは今、レベルアップをするかどうかで、悩んでいるな。もっといえば今の生活が気にいっている」


 ローリングは見抜いている。ユウタは正直に胸の内を明かした。

「このまま銀貨を貯めて。今のままの生活をしようかも思っています」


 ローリングが優しい顔のまま、促した。

「レベルアップをして挑戦しなさい。ユウタは世界を知らなさ過ぎる」


「ここの生活は、居心地がいいんです」


 ローリングは寂し気に語る。

「この街だけが特別なんだ。世界は暴力と陰謀に満ちている。それを知らずに過ごすのは大変危険だ」


「危険なら、外に出ないほうがよいのでは?」


 ローリングは真剣な顔で促した。

「ユウタはこの街にずっといられない。もし、その時が急にやってきて放り出されたら危険だ。今のうちに準備をして街から出ろ。見聞を広めたほうがいい」


「でも」とユウタは躊躇った。


 ローリングは真摯な態度で忠告した。

「居心地のよい場所が必要なら、人に連れてきてもらうのではなく、自分の足で見つけるんだ」


 ローリングにはなにやら思い入れがある。

「とりあえず。レベルアップだけしてきます」


 強くならないと選べない。なら強くはなる。次は何になるかに夢が膨らむ。

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