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少年期の終わり

 

 夢から覚めた時、白い天井が僕の目に飛び込んできた。病院のような清潔さを感じさせる室内。でも、いつもの病室とは違うようだった。かといって家の寝室でもない。


「智紀……?」


 懐かしい声がした。返事をしようとしたけれど、なぜか声は出せなかった。代わりにその人は、僕を抱きしめてくれた。


 母さんとの、数週間ぶりの対面だった。


 僕は集中治療室にいたのだった。しばらくの間は、そこで夢うつつのような時間を過ごした。周りで母さんや父さん、医者や看護師が、慌ただしく通り過ぎていく。その中で得られた情報によると、僕は三日もの間、生死の境を彷徨っていたということだった。


 果物ナイフで喉を突いた僕は、自らの血液で窒息し、一時は心肺停止の状態にまで陥った。それでもなんとか一命を取り留めたのは、僕以外に誰も居ない病室で、運良く早い段階で発見されたからだ。


 僕を見つけたのは、病院のスタッフではない。謙信でもない。父でも、母でもない。


 それは黒田美月――僕にヘアピンをくれた、あの女の子だった。彼女が瀕死の僕に気付き、看護師を呼んだ。皮肉なことに、僕を殺そうとしたあの人面瘡の目的は、名前を借りていた少女によって、あと一歩のところで果たされなかったのだ。






「ごめんね……智紀」


 母さんは、僕に過剰なほどの反応を示した。すべて僕が原因なのに。だけど母さんも目を背けた負い目を感じていたらしかった。そこへ二度目の自殺未遂。意地も張れないほど衰弱してしまった。


 父さんにも母さんにも、本当に迷惑をかけてしまったと思う。僕が不安定なばっかりに。だけど、こんなことになって初めて、僕は両親の気持ちに歩み寄ることができた。馬鹿で、子供っぽいのは、僕の方だった。


 身体の状態がひとまず落ち着き、小児科病棟に戻ってからは、たくさんの人から叱られた。人生でこれまでなかったくらい、叱られた。へこんだよ。甘やかされていたんだな、とつくづく思った。謙信も擁護はしてくれなかった。だけどそんな中で、僕はかつて無いくらい、周りからの愛を感じた。


 黒田美月ちゃんにも会いに行った。


「あのねー、もうすぐたいいん・・・・なの」


「そっか。良かったね」


 何の病気かは聞かなかった。だけど僕は、心の底からおめでとうを言った。あの人がやっていたように、美月ちゃんの頭を撫でる。


「そうだ!」


 僕の命の恩人は、僕の手に何かを握らせた。それはヘアピンだった。あの、花飾りの付いたヘアピン。僕は驚いた。だけど美月ちゃんが期待に満ちた目を向けてくるので、僕は自分の髪に挿した。


「にあうねー」


 お花のついた装飾品は気恥ずかしかったけど、決して嫌ではなかった。不思議だ。以前は華美なものは避けて、なるべく地味なものを付けていたはずなのに。


 はにかむ美月ちゃんを見ながら、僕は先ほど驚いたことについて考えていた。ヘアピンは、いったん美月ちゃんのもとへ返っていたのだ。


 話を聞いてみると、これこそが、彼女が僕を発見できた原因だったらしい。あの日、美月ちゃんは僕の訪問の後、自分の髪にヘアピンが付いているのに気付いた。それは「年上のお姉ちゃん」に渡したはずの、手作りの花飾りが付いたものだった。彼女は気になって、そのお姉ちゃんのところへ返しに行った。そして、僕を見つけたのだ。


 ヘアピンを返していたなんて、身に覚えは全くなかった。あの日は確か、黒田さんに返そうとして、そのままになっていた。


 僕は徐々に、真実を理解していった。誰が、ヘアピンを美月ちゃんの髪に付けたのか。思い当たる人間は、一人しか居ない。そしてその人は、僕が目覚めてから、一度も姿を見せてはくれていなかった。


 僕は、思い違いをしていたかもしれない。


 黒田さんは、僕を殺そうとした。僕の中に芽生えた、女としての人格。それに気付いたあの日、衝撃の事実に混乱する中で、僕は美月ちゃんと別れる際、確か彼女の頭を撫でた気がする。その時、黒田さんという人格が現れていたのだとすれば。


 彼女なら、ヘアピンをさりげなく、美月ちゃんの髪に挿すことができただろう。


 黒田さんは、僕が助かる道も用意していたというのか? そうして、運良く僕が助かったなら、彼女はもう現れないつもりだったのだろうか?


 僕に会いに来た人。抱きしめてくれた人。激励してくれた人。色々な人と濃密な時間を過ごす中で、()()


 ついに姿を現してくれなかった人への想いを馳せた。


 今後の人生を左右する、ある決断を固めながら。







次回は遂に最終話。分量増し増しでお届けいたします。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


ぜひ、彼の物語を見届けてあげてください。




みのり ナッシング

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