帰りたい(57回目) 路地裏の茶番
いやだ、そんな危険なところには行きたくない──今は尚更、セルマとは気まずい雰囲気なのだ。
そう駄々をこねようかと思ったけれど、教官には言ってもどうにもならないのは自分でも分かっていた。
ならば従うしか無い、長いものには巻かれる所存である。
そんなわけでリアレさんが指定した路地裏に、私たち3人は這入ってゆく。
白昼堂々3人も潜伏していたら、簡単に見つけられるのでは無いかと思ったが、なるほど、これは隠れるにもってこいの場所だ。
辺りは高い家や建物に囲まれ薄暗い場所が多く、廃棄材の物陰やらなんやら、隠れる場所ならいくらでもある。
逃げるのにも奇襲にも曲がりくねった路地裏は好都合だし、もしあの影に敵が隠れていても容易に判別するのは難しいだろう。
追われるより追う方が強いと言うが、中々そうもいかない状況だ。
「あのカラスを一掃するためにも、早く術者を見つけないとですね……」
「いや、その前に、ちょっと待って……君たち喧嘩でもしてるの?」
「えっ?」
突然の図星を付いたリアレさんの指摘に、私とセルマは肩を震わせる。
流石気配に敏感なリアレさん、私達の微妙な空気も感じ取ってしまったらしい。
「喧嘩というか……」
「別にそこまで大したものでは……」
嘘だ、まぁまぁ大したことある。
現に今日になってからセルマとは直接一度も口をきいていない。
「まぁ、何でもいいんだけどね。実戦の最中、今だけは割り切るんだ、ここから先は何が起こるか分からない」
「は、はい……」
「分かりました……」
割り切る、という行為がお互いできないからこうなってしまったのだが────
まぁ、そう言われたら割り切れなくても割り切るしかないだろう。
小数点以下永遠に続く数字は、私の中で嫌になるほどドロドロ渦巻いているのだが。
「でも、なんでアデク教官は私たちを行かせたんでしょう?」
「なんで、とは?」
「ほら、相手はあれだけの魔物を操るほどの敵ですよね。
私たちがいたらむしろ危険なんじゃ……」
いくらこの一ヶ月私たちが2人の元で訓練を積んだからと言って、それで実力がプロと言えるほど上がったわけでは無い。
最初は自分自身を守れればそれでいいという目標だったのに、いきなり戦場に投入されるというのは、ハッキリ言って良策とは言えないだろう。
私の質問は、セルマも気になっていたようだ。
口には出さないが、目線は完全にこちらを気にしている。
「あ~、多分先輩は、僕たちを試してるんじゃ無いかな?」
「試す?」
「うん、幹部に就任したばかりの僕、ここ最近でめきめきと力を付けてきた君たち、先輩はそんな部下を『試す』のが好きなんだと思う」
それはちょっと私としてはゾッとしない話だ。
試すのなら試すで、他にもっと手があるだろう、抜き打ちテストは嫌いだ。
私がそんな憂鬱なことを考えていると、それを察したリアレさんが苦笑しながら付け足す。
「まぁ、君たちはそんなに心配しなくても大丈夫だよ。
あまり時間が経たないうちに、他の隊の人たちも来るだろうし、君たちに何か無いように、僕も細心の注意は払っているつもりだ。
戦いの補助や先輩への伝達なんかは頼むかも知れないけれど、いざ戦闘になったら僕が頑張るから安心してくれ」
そんな頼もしいリアレさんに、横で頬を赤らめている乙女は置いておいて、私もそこまで言われてしまっては納得せざる終えなかった。
「よし、ここからは緊張感もっていこう。
さっき索敵した限りだと、この先に敵がいるはずだ」
リアレさんが指し示す方向、路地裏の裏の裏に、少し開けた場所があった。
壁を背にしてそっと覗くと、金髪赤ドレスの妙齢の女性と、ガタイのいいしゃくれた男、そして私達よりも年下ではないか、というくらいの少年がいる。
「頑張ってくださいなのですリスキー様!!」
「もっともっとやつらを困らせるでガンス!!」
「分かってますのん! 分かってますから静かになさってくださいましぃ!」
正直、すごーく怪しい。
相手は姿を隠していないが、開けた場所にいるため奇襲は難しい。
自分たちも隠れる意味もないと判断したのか、周りに他の敵がいないことを確認したリアレさんは、正面から彼らの前に姿を現した。
「お前達! 我々は軍の者だが────」
すると、大声に驚いた男2人が、明らかに動揺し始めた。
「やべぇ! リスキー様、もう追っ手が来たでガンス!」
「ボク達じゃ勝ち目ないのですよ!」
どうやらビンゴだったらしい。
と言うか自分たちからバラしちゃったし────
しかし、慌てふためくしゃくれマッチョと少年2人を尻目に、リスキーと呼ばれた女性はいたって冷静だった。
「2人とも、慌てることはないですわ。冷静に対処すればワタクシ達にも対処できる相手ですのん。まずは手始めに────」
戦わずに済む相手ならなるべくそうしたいが、どうやらそのつもりはないらしい。
臨戦態勢を取る私達と敵の間に緊張が走る────
「まずは手始めに決めゼリフですわ!」
「「な、なぜ……?」」
思わず喧嘩中のセルマと声が被る。
しかし、気まずさで一瞬眼が合ったが、すぐにお互い逸らしてしまう。
「決めゼリフは大事ですわ!! ワタクシ達の名を世界中に轟かせるタメにも、ここで一発かましてやるのですわ!」
「なるほど! それはいいアイディアでガンス!!」
「やっぱりリスキー様は天才なのです!!」
「褒めてもなにも出ませんわ!!」
勝手に盛り上がる3人。私はと言うと、その会話を聞いて頭が痛くなってきた。
世界中に名を轟かせるってなに──?
それならそれで、だったらもっと他にもやりようがあるだろう。
早くこの状況をどうにかして欲しかったが、どうやら茶番はしばらく続きそうだ。
私は敵の作戦かもと言うことも考慮しつつ、隙を見せないようこっそりリアレさんに耳打ちした。
「あの、あれはなんですか?」
率直な疑問をリアレさんに向ける。
「多分、あいつらが魔物を放った張本人だろう」
そういうことを聞いたのではないけれど、えぇ、やっぱりあれがそうなのか。
じゃあリアレさんはあいつらと戦うのか。
幹部も大変だなぁ────
「で、でも、あぁ見えて実力は確かなはずよ。
あの数の魔物を扱う魔力、油断していたら一筋縄ではいかない。
現に、あぁ見えてほとんど隙が無いからね」
あぁ見えて本当に隙が無いのなら、相当なやり手である。
リアレさんが今この時にでも敵に攻撃せず茶番に付き合っているのもそのためか。
それを聞いてその一筋縄ではいかない相手をもう一度見やると──3人はじゃんけんをしていた。
「「「ぽん! ぽんっ!!」」」
「じゃんけんしてますけど、中々あいこが続いて終わらないみたいですけれど?」
「ほ、本当に隙が無いんだ────」
歯ぎしりをするリアレさん、相当悔しいご様子だ。
どうやら3人は誰から名乗るかを決めていたらしい。
しかし息が合っているのかいないのか、本当に先程からあいこばかり続く。
そんな相手にリアレさんはついに業を煮やした。
「よし、時間かけたくないし3人まとめて潰そうか……」
「「「ちょちょちょ!」」」
構えるリアレさんを3人が慌てて止める。
演技などではなく、多分本当の本当に焦っている。
「待つでガンス! ものには順序があるでガンスよ!」
「そうです! そうなのです!」
「貴方、美形のくせに愛がなってないわねぇ!」
美形のクセに──リアレさんも自分がダメ出しされたことに納得いっていないようだ。
「じゃあワタクシから自己紹介行きますのん!」
私達の話も聞かず、リスキーが上に指を掲げながら名乗りを上げる。
「ノースコル構成員、【ラヴァース・メイデン】のリスキー!!」
「同じくノースコル構成員、【ハンド・メイド】のダスト!!」
「同じくノースコル構成員、【メタル・マッスル】にしてリスキー様のイヌ、タイ────グハッ!!」
「えっ──!!?」
気がつくとタイトと呼ばれた大男が向こう一直線に飛ばされていた。
「た、タイト──!!」
「────ふぅ!」
どうやら業を煮やしたリアレさんが彼を高速で蹴飛ばしたらしい。
ふざけたペースに持ち込まれた挙げ句、三人目がイヌを名乗った時点でもう限界だったようだ。
一息ついた彼は、とても清々しい顔をしていた。
「あああぁぁぁ!!!! 貴方決めゼリフの途中に攻撃なんて卑怯ですのん!!」
大声で罵られるリアレさんだったが、その罵倒さえ満足気に聞き入っている。
大分普段のリアレさんとはイメージが違う暴挙だが────まぁ、こちらはみんなイライラしていたし仕方ない。
「タイト、しっかりするのですわ!!」
「あんたイキナリ何なんなのです!! あんまりじゃないのですか!!」
「はぁ? そもそもいきなり魔物使って僕たちを襲ってきたのはそっらさんじゃないのかい?
なのに今さらズルいズルくないを求めるのかい?」
「「ぐぐ……!!」」
リアレさんのお厳しいお言葉に2人がたじろぐ。
「それに君たちが自分からノースコル構成員────敵だと名乗ってくれたわけだ。これはもう手加減する必要ないんじゃないか?」
「はっ、しまった!! ワタクシとしたことが!! なんで決めゼリフなんてバカな真似をっ!!」
もうバカなのか狙いなのか分からないくらいバカバカしい。
本当にこの3人のうち誰かがあの大量の魔物を解き放った張本人なのだろうか?
「どうするのですリスキー様? 口でも殴り合いでも勝てる気しませんのですよ……」
「そうですわね、こうなったら────逃げますわっ!!」
「あっ!」
部下が次の指示を待つ中、リスキーは素早く回れ右をして走り出す。
脱兎の如く逃げるリスキーと、慌てて追いかけるダスト。
「追いかけるぞ二人とも!」
「は、はい!」
背を向けて走り出したリアレさんを、私とセルマが後を追う。
「待つでガンス……」
その時、地から這い出すような声──振り返ると、先ほどダウンしていたはずのタイトと呼ばれた男が起き上がってきた。
「タイト、生きていたのですわね!!」
「2人の後は負わせないでガンス!!」
そしてタイトはその巨体に似合わない早さで私達に詰め寄り、一番近くにいたセルマに殴りかかった。
「がっ────!!?」
「セルマ!!」
セルマが強烈なパンチで壁にたたきつけられる。
「まずは一人────でガンス!」
「っ────!!」
パンチがたたきつけられる直前、彼自身の能力なのか、その拳が鉄の塊へと代わる。
まずい、あれを喰らったらセルマはひとたまりもない────
「セルマッ!!」
リアレさんがセルマの元へ走り出したが、“精霊天衣”でない生身の状態では間に合わない、例え今から姿を変えてもその間に攻撃が当たってしまうだろう。
でも私なら────この距離なら────
「────っ!!」
私は気がつくと、飛んでくる拳とセルマの間に割って入っていた。
鉄の塊が私に向かって音を立て迫る。
せめて、私が壁になってセルマだけでも─────
「エリーちゃん─────!!」




