エピローグ
事件のことを思い返していた私は、窓の外を眺めるのを止め、ベッドに倒れ込んだ。
今度は天井でも見てようかと思ったけど、特におもしろくもなさそうだったので、すぐに瞼を閉じる。
蛍光灯の灯りを瞼越しに感じながら、私はお見舞いに来てくれた叔父さんの話を、思い出した。
──あの後、爆風を受け止めることに成功した私は、反対側の空き部屋のベランダ──ちょうど、私がケープに突き落とされた場所だ──に落っこちていたらしい。そして、全身くまなく火傷を負った私を、死んだはずの彼女が見つけてくれたのだとか。
そう、つまりケープは蘇っていたのである。
叔父さん曰く、
「ロットさんは、赤ずきんちゃんの遺伝子を強く受け継いでいるんだよ。だから、『オオカミには殺されない』というか、『オオカミに殺されても生き返ることができる』んだね。
もちろん、童話中のゲッシュを跳ね除けるほど強大な能力だったんだ」
とのことらしい。どうやら彼もこのことは知っていたらしく、塔で披露した推理──の中の推測の部分──も、ここから来ていたようだった。
また、爆弾の元へ向かう私を引き止めなかったのも、すでにケープが復活していて、密かに処理してくれているだろうと思ったからだとか。
いったいどうしてそうなるのか、そもそも彼女はいったい何者なのか、当然ながら私は尋ねた。
すると、叔父さんは例により金ダワシみたいな頭を掻き毟り、
「実はね、彼女は僕と同業者なんだよ。もちろん、副業の方のね」
なんと、ケープは私立探偵だったのである。
ただの子供じゃないとは思っていたけど、まさか探偵だったなんて。そう切り返したら、彼は笑いながら頷いた。
「まあ、彼女はずっと年齢が変わらないからね。ああ見えて、僕よりも探偵歴は長いんだよ?」
唖然とするしかなかったが、何故か納得できた。確かに、どこか大物っぽい感じはあったし。
ベッドに横になったままそんな風に考えていると、叔父さんは何かを思い出したらしい。
「そうだ、蘇ると言えば実はもう一人、生き返った人がいるんだった」
またさらりとすごいことを言い出した。
「今回の事件の被害者にして、共犯者だった人物、ハティ・フローズヴィトニルソンさ。彼はね、二人目のクローンとして蘇ったんだよ。
警察から、彼はクローンの申請をキャンセルしていた、と聞いただろう? あれは嘘だったんだ。というか、オリジナルがキャンセルした後から、こっそり申請し直していたんだね」
「でも、彼はどうしてそのことに気づいたの?」と聞き返す。
「ロットさんだよ。彼女は元々『ワンダーランド』を追っていてね。その過程で、三年前の事件の被害者だった、フローズヴィトニルソンとも接触していたんだ。
それでその時、『本当は事件を生き延びていたのはオリジナル方だったんじゃないか』と、そう考えたらしい」
叔父さんによると、こういうことだった。
フローズヴィトニルソンと接触した後、ケープは常に彼の周囲を警戒することにした。すると、彼の参加する予定の童話のキャストの中に、三年前の唯一の生き残りである、カリトの名前を見つけたのだ。
これは何か関係があるかも知れない、と感じた彼女は、自身も「新約赤ずきんちゃん」に参加することに決めた。と、同時に童話保険のことはすぐに思いついたらしく、森に入る前にそちらへ問い合わせたところ、案の定クローンがキャンセルされていたことを知った。
「で、それをフローズヴィトニルソンさんに教えてあげた、ってわけだね。
ちなみに、エクゥス刑事が嘘の報告をしたのは、そうさせるようにと、僕に連絡があったからなんだ。今回、童話警察の本部も彼らが関わって来る可能性を考えていた。だからこそ僕が密かに雇われていたんだけど、ロットさんはそれを知っていたんだね」
なるほど。事件が始まるずっと前から、探偵たちは動いていたらしい。
改めて感心したところで、叔父さんはさらに意外なことを言う。
「そうそう、それからトウカちゃんの入院代とか治療費なんだけど、実は全額ロットさんが持ってくれてるんだよ。彼女曰く、『復活が遅くなった埋め合わせ』だそうだ。割と責任を感じてるようだね」
気にしなくてもいいのに、と思う。私は勝手に無茶をしてこうなったのだから。
と、私の考えを見透かしたらしく、彼は私の頭に手を置いた。
「今回は、本当によく頑張ったね。とは言え、僕がついていながら危険なことをさせてしまい、申し訳なく思ってる……。
とにかく、今は一日も早く退院できるよう、治療に専念するんだよ?」
頭を撫でられながら、こくりと頷き返す。優しい言葉をかけてもらい、素直に嬉しい。お父さんやお母さんとは大違いである。
全身に包帯を巻きベッドに横たわる私を見て、父は笑い母は怒っていた。二人の反応の方が普通なのかも知れないけど、もう少し体を張った娘を労ってくれてもいいのに。
それから、しばらく他愛のないことを話した。その時アトキンスとの関係を尋ねてみたところ、
「ああ、彼はちょっと知り合いから託されてしまってね。参ったよ、僕の本業は作家なのに」
と、やはり頭を掻きながら答えたのだった。
──叔父さんとの会話を思い出していた私は、ふと瞼を開く。
コンコン、とドアをノックする音が聞こえたからだ。
いったい誰だろうと思いながら、私は体を起こす。
「はい……」
ドアの向こうに声をかけると、来訪者はそれをスライドさせた。
病室に入って来たのは一人だけではなく、
「久しぶりね、お見舞いに来てやったわよ」
スケイルと、
「本当はもっと早く来るつもりだったのだがね。予定を合わせていたら遅くなってしまったよ」
フェザーズと、
「ふぉっふぉっ、もうすぐ退院できるようで、何よりでしゅ」
それからグランマがそこにいた。彼女は後手にドアを閉めつつ、お茶会の時と同じ笑顔を見せる。
ケープが殺されてから、彼女はずっと「心ここに在らず」といった状態だったが、どうやらあれは「演技」だったらしい。これも叔父さんから教えられたことだけど、グランマはケープの助手であったらしく、当然彼女の能力についても知っているのだとか。どうも、あの時は真犯人を騙す為に、放心してしまったフリをしていたようである。
「はい。お陰様で、怪我もほとんどよくなりました」
「そうみたいね。
ていうか、あんた森一つ吹き飛ばす爆弾を全身で受け止めたのよね? なんで二週間ちょっとでほぼ完治してんのよ?」
「えっと、まあ、半分鬼なので……」
しかも、もう半分はその鬼を退治した人物なのである。だからって、我ながら意味不明なほどの生命力だけど。
「はぁー、感心するのを通り越して呆れるわね」
「いずれにせよ、無事で何よりだ。
ほら、お土産のお菓子もある。大した物ではないがもらってくれ」
そう言ったフェザーズの手にはお菓子か何かの入った紙袋が握られていた。軽く頭を下げて礼を述べた私は、ふと彼の右手に釘づけとなる。
そこには、指の先から手の甲にかけて、まだ最近治ったばかりの火傷の跡が残っていた。
「あの、フェザーズさんのその手は……」
「ああ、これか。ちょっと、結界に触ってしまってね」
「はあ、でも、どうして」
「うむ、実は……怖くなったんだ」
フェザーズはどこか恥ずかしそうにはにかみながら、クチバシを撫でる。
「その、こう見えて、私はとても臆病者でね。殺人犯がうろついているかも知れない場所にいつまでもいるのが、耐えられなくなったんだよ。それで、『もしかしたらもう結界は解除されているんじゃないか』と思って、一人だけ逃げようとしんだ。
それで、まあ、結界に触れて火傷を負ってしまったわけだな」
「そう、だったんですね……。でも、だったらどうして警察の人たちと、森の調査を? 本当に臆病だったら、危険を冒すようなことできないと思いますけど……」
「いや、あの時はむしろその方が安全だと思ったんだよ。警察の人間と一緒にいれば犯人も襲えないだろう、と考えて」
確かに、一理ある。
現に、真犯人は森ではなく塔の中にいたのだし。
「この際だから白状するが、私は上がり症なところもあってね。童話に参加する前は必ず胃薬を飲まなければならないし、緊張を紛らわそうとするあまり饒舌になるんだ。だから、塔についてからも積極的に他の人に話しかけていたわけだな」
「そうだったんですね。なんか、意外です」
「よく言われるよ。
ところで、オオカミくんのことは聞いているかい?」
クローンとして蘇ったということは教えてもらった、と答えた。
「うむ。どうやら彼はあれ以来、精神を病んでしまったらしいんだ。それで、今はフローズヴィトニルソン家の所有する別荘で、療養中だとか。せっかく莫大な遺産を手にしたというのに、それどころではなくなってしまったな」
「ふん、自業自得って奴よ。あんな事件起こしたんだからさ」
「ざまぁ見ろ」とばかりに、スケイルが髪を掻き上げる。もっと彼のことを心配しているのかと思ったけど、意外とそうでもないみたいだった。
「あの、心配じゃないんですか……?」
「は? なんで? 私たち、もう付き合ってないし。だいたい、あいつ髪さえよければ誰だっていいんだから。
特に、あんたみたいなサラサラヘアーがお好みだったわね」
彼女は角の生えた私の頭を指差して来る。「ああ、なるほど……」と、私は密かに納得した。
「まあでも、だからかしらね。あんたのこと、初めは気に入らなかったんだけど、だんだんほっとけなくなって来たのよ。なんというか、昔の自分を見てるみたいでさぁ」
「……え」
「何よ、文句あんの?」
「いや……ないです」
「まったく。
つうかね、私だってこれでも昔はあいつ好みの髪だったのよ? それを、イメチェンしようとしてパーマ当てて茶髪にしたら、ハティと喧嘩になって……。で、ムカついたからこっちから振ってやったってわけ」
なんとなく、目に浮かぶ。他の二人も似たようなことを思ったのか、苦笑していた。
「けど、正直なところ最近まで割と引きずってたのよね。未練っていうんじゃないんだけど、なんかすっきりしなくて。
事件のあった日も、森に入る前にばったりあいつと出会っちゃってさ。ちょっと話そうと思ったら、いつの間にか喧嘩になってた。馬鹿みたいでしょ?」
自嘲気味に笑ったスケイルだったが、その表情はどこか晴れやかだった。きっと、彼女の中ではすでに解決したことなのだろう。
そう思ってから、あの時二人が加勢してくれた理由が、なんとなくわかった気がした。
たぶん、あれは彼らの本心の言葉で、いつも胸の奥に渦巻いていた物だったんだ。私と自分とを照らし合わせ、一致する部分があったからこそ、思わず口をついて出たのだろう。
そんな風に考えたところで、グランマと目が合った。片眉を吊り上げて笑う彼女の顔には、「ほらね、私の言ったとおりでしょう?」と書いてある。
私は何も言わずに、頷き返した。
誰だって、みんな必死に「自分」という役を演じている。だからこそ、時には自らを偽ったり、他人を騙したりもする。
だけど本当は、舞台袖にいる自分のことも見ていてほしいと、誰もがそう望んでいるんだ。
そして、私もいつか。
その誰かを見ていてあげれるようになれたなら。
漠然と、そんなことを考えていた。
〈『新約赤ずきんちゃん』──了〉
ということで、「新訳赤ずきんちゃん」無事(?)完結です。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございます。
「SF童話推理シリーズ」とかいう謎ジャンルとして書き始めた本作ですが、本来はただの「赤ずきんちゃん」モチーフのサスペンスのつもりでした。
それを叙述モノの要素を取り入れたミステリにしようと思い付いたのは、その時自分の中でミステリが熱かったからです。全く大した理由じゃないですね。
ただ、ミステリ自体はずっと好きで、生まれて初めて書いた小説──といっていいかどうかわからないけど──も、一応ミステリ的な物でした。ですので、「この機会にいっちょやってみるか」みたいなノリで執筆に取り掛かりました。
で、まあ、こんな感じの話になったわけですが、いかがでしたでしょうか。
取り敢えず、動機とかやっつけ感ハンパないですね……ごめんなさい。
それと、かなり第二弾ありそうな雰囲気醸しておりますが、まだあるかどうかはわかりません。ですが、やはりミステリ──特に、「本格」と呼ばれる物──は今後もチャレンジしたいと思っております(次は現実世界で頑張ろうかな……)。
もしも第二弾がありましたら、トウカちゃんの活躍にご期待ください。たぶん、また体張ってもらいます。
改めて、拙作をお読みいただき、本当に本当にありがとうございました。
また次回もページを開いてくださいましたら、幸いです。




