表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

解答編第七話

「本当はそこまでわかっているんでしょう? なのに、どうして話さないんです?」

「……いったい何のことでしょう」

「くく、あんたが言わないんなら、俺が教えてやるよ。

 俺たちが狙ってたのはなぁ、そこにいるあんたの姪っ子だ! 俺たちは、あの赤鬼の娘をスカウトする為に事件を起こしたんだよ!」


 ダムが決壊したかのように、突然がなり立てたイナバ。ゴムマスクの顔を持つ青年は、もはや本性を隠そうとはしなかった。


「知ってのとおり、彼女はあの赤鬼の娘だ! かつてレジスタンスの一員だった、最凶の悪役のなぁ!

 俺たちはその力を受け継いだ彼女を、仲間として迎え入れようとしたのさ!」

「……エクゥス刑事。早く手錠を」

「は、はい」


 我に返った様子のエクゥスがさらに一歩にじり寄るも、犯人の口上は止まらない。


「もちろん、用済みになったハティを処分する目的もあった。探偵さんの言っていたとおり、あいつはどうしてもクローンに遺産を渡したくなかったみたいでよぉ。おまけに、手切れ金を支払うから抜けさせてくれとか言い出したから、協力するフリして処分したのさ。

 もっとも、あまり役には立たなかったみてえだが」


 それから、不意にこちらを向き、


「なあ、君も知っているんだろう? 自分の母親のことを。自分の持つ異伝子が、いかに凶悪な存在か」

「な、何を……」

「だったら、こっちに来ないかい? 君にはか弱い少女の役なんて似合わない。君は、暗黒思想の申し子になるべきだ。わかるだろう? 現に、あの時もハティを殺そうとしたんだから!」


 イナバの吐き出した言葉に、私は思わず耳を覆いたくなった。そのとおりだ。彼の言ったとおり、私は暴力に任せてオオカミの命を抹消しようとした。


「もういい! 貴様の戯言は我々が署で聞いてやる! 黙ってお縄につくんだ!」

「待ってくれよ警部さん。だってそうだろ? こいつがあんなことさえしなけりゃあ、ハティのクローンは死なずに済んだんだ! ああ、かわいそうなオオカミ。愚かにも鬼の娘にちょっかいかけようとするから……。

 なぁ、本当は気づいてんだよな? 自分の本性はヒロインなんかじゃない。舞台袖にいる(、、、、、、)自分(、、)には、醜い敵役(かたきやく)が一番似合ってるってよぉ!」


 私の顔を指差して、レジスタンスの一人は口角泡を飛ばす。治りかけ傷口を毒の塗られた刃で抉られるかのような感覚に、堪らず私は顔を背けた。目を瞑り、耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んで叫びたくなる。


「いいかげん黙れ、この!」


 怒りに震える刑事の声と共に、ガチャリと金属同士が当たるような音がした。ようやく、エクゥスが手錠をかけたのだろう。


「くくく、全部本当のことじゃねえか。どうだい?  こっちに来たくなっただろう、トウカちゃん。我々『ワンダーランド』はいつでも門を開いて待っている。俺たちが、君のあるべき姿を受け入れてやろう」

「……何よそれ。くっだらない」


 不意に、誰かの声が聞こえた。

 私は驚いて、それのした方を向く。

 果たして、声の主はスケイルだった。


「あ? どういう意味だ?」

「別に。そのままの意味よ。あんたの言ってる()理屈が、あまりにもしょうもなかったからさぁ」

「なんだと……」

「本性も、本当の自分も、他人に決められるような物じゃないっつってんの。『らしい』とか『らしくない』とか、一方的に押しつけてんじゃないわよ」


 彼女は半ば呆れたような口調で言ってから、ウェーブした髪を掻き上げる。

 青年は白い頬を痙攣させながら、相手を睨みつけた。スケイルの言い放ったセリフは、十二分に彼の神経を逆撫でたらしい。

 が、イナバが怒鳴り声を上げるよりも先に、


「私も同感だな。イナバくんの、いや、君たち『ワンダーランド』の主張はおこがましすぎる。誰にだって、好きな役を演じる権利はあって然るべきだ。そうやって様々な役を演じるうちに、本当の自分のあり方を見出すことができるのだよ」

「……ちっ、もっともらしいことを」

「そうさ、その『もっともらしいこと』を伝える手段こそが、他でもない童話なんだ。教訓臭くても説教がましくても、それを伝えたいと思うからこそ、童話は紡がれる。残酷さが必要かどうかとか、そんなことは問題ではない。重要なのは、その童話によってどんな『もっともらしいこと』を伝えるかだよ」


 腕組みをしたまま、フェザーズは貫禄たっぷりにそう言った。レジスタンスは何も言い返せぬまま、忌々しげに歯ぎしりをする。

 それにしても、どうして二人は私に加勢してくれるのだろう?

 そのことを不思議に思った時、叔父さんが高らかに笑った。


「なるほど、お二方の仰るとおりですねぇ。こうまで言われてしまっては、反論の余地はないでしょう。

 しかし、まさかこんなところにも一方通行(、、、、)があったなんて」

「一方通行、ですか……?」


 アトキンスの問いに、叔父さんは頷いた。


「そう。これはトウカちゃんには言ったことなんだけど、この事件は『二重の一方通行』がある為に、複雑な物になっていたんだ。当然、ここで言う『二重の一方通行』とは、結界の張られた森とこの塔の構造のことだね。

 しかし、蓋を開けてみれば、犯人の動機までもが独りよがりの『一方通行』だったというわけだ。

 いやぁ、これには思い至らなかったよ」


 蓬髪を掻き回しながら、彼はどこか愉快そうに言う。イナバが二人に言い負かされたことが、よほど嬉しいようだ。


「さて、最後に素敵なお話を聞くこともできましたし、早く彼を連行しちゃってください。もう用はありませんから」

「あ、ああ、そうだな」


 自分たちの役割を思い出したらしいワイルドボアは、部下に目配せをする。

 それに応じ、エクゥスは再び被疑者と向き直った──その時。


「探偵さん。あんたの推理、一つだけ間違ってるところがある」

「いや、もういいですから、そういうの。大人しく捕まって」

爆弾(、、)だよ。俺たちはなぁ、本当にこの建物に爆弾を仕掛けてい(、、、、、、、、)()のさ」

「……はあ」

「信じてないな? けど、残念ながらこれは真実だ。あんたの話にもあったように、確かた一度は爆弾を解除した。しかし、電源は入れ直されていたんだ!

 それも、俺じゃねえ。時限装置を起動させたのは、俺たちの上にいるお方だぜ」


 にたにたと邪悪な笑みを浮かべる、イナバ。叔父さんは少しだけ考え込んでから、「なるほど、遠隔操作か」とだけ呟いた。


「そうだ!

 ちなみに、昨日ここに爆弾を仕掛けたのも、そのお方だよ。ゲッシュの力において、ここにいる奴は誰も敵わねえ。みんなまとめて木っ端微塵だ!」


 そう言えば、ユズは強烈な殺気の波に怯えていた。彼女曰く、「昨日の奴はヤバかったっすね。あんな殺気放てる奴、鬼ヶ島にもそうおなかったっすよ」と。

 つまり、純血の鬼をも恐れさせるような人物が、密かに爆弾を仕掛けていたのだろう。

 白いウサギは懐中時計の文字盤に目を落としてから、舌舐めずりでもしそうな顔を叔父さんに向ける。


「さあ、どうする探偵さん。爆発まであと五分を切った。当然ながら、今から避難しても意味はない。爆弾は小型だが、この辺り一帯を吹き飛ばすだけの威力はある」

「ふむ、それは困りましたねぇ。

 ところで、あなたはどうするつもりですか? まさか、我々と心中する気じゃありませんよね?」

「くく、さすが名探偵」


 言うが早いか、彼は思いもよらぬ速度で目の前にいた刑事を蹴りつけた。エクゥスは鳩尾に強烈は一撃をもらったらしく、呻き声と共に膝から崩れてしまう。

 と、同時に、イナバはすでに数歩後退しており、片手にしか嵌められていない手錠がタグとぶつかって、ジャラジャラと音を立てた。


「エクゥス⁉︎」

「騒ぐなよ。どのみち俺はそいつを殺せない。それでも、痛みくらいは与えられるが」


 せせら嗤うように言いつつ、彼は先ほどとは別のポケットからある物を取り出した。

 それは、小さな試験管であり、栓をした中には無色透明の液体が入っている。


「おい、赤鬼の娘。苧環の花言葉が何か、知ってるか?」


 私は咄嗟に答えられない。しかし、相手もそれほど待つことはせず、すぐに解答を述べた。


「『絶対に手に入れる』だ。……安心しろよ、お前だけはこの爆発を生き残る(、、、、)。そうしたら、いつか我々の仲間が迎えに行くだろう。……くく、ほらな? 『花が好き』ってのは本当なんだぜ?」


 意味深長な言葉を寄越したかと思うと、彼は栓を口で引き抜き、唾みたいに吐き捨てる。

 そして、誰かが止めるよりも先に、試験管の中の物を一気に飲み干してしまった。

 直後、ゴムマスクの両目は飛び出しそうなほど見開かれ──

 彼の手から、試験管と懐中時計が零れ落ちる。

 ガラスが割れる音と共に、彼自身もまたその場に倒れ込んだ。それから少しばかり血の塊を吐いただけで、青年はすぐに動かなくなる。

 あまりにもあっけない最期に、私は思わず口許を覆う。

 シロウ・イナバは言うだけ言って、一足先に舞台(、、)から去ったのだ。

 私はしばらく茫然と立ち尽くしていたかったが、そうもいかなかった。


「とにかく、急いでここを離れましょう」

「ああ、そうだな。鑑識たちも避難させないと。

 エクゥス、立てるか?」

「はい、なんとか……。すごい痛いですけど」


 鳩尾の辺りを抑えながら、彼は文字どおり苦笑する。それでも幾分かよくなったのか、エクゥスはすぐに立ち上がった。


「よし。ではすまないが、外で飛び回ってる連中にこのことを伝えて来てくれ」

「了解です」


 彼は休むこともせず、小走りに出入り口の外へと向かう。


「さあ、みなさんも早く」


 ワイルドボアに促され、キャストたちも塔から出ることになった。

 ただ、グランマだけはまだ放心したような状態であり、すぐに動き出そうとしない。その様子はとても心配だったが、私が近づくよりも先にフェザーズが歩み寄る。

 彼は彼女の背中に手を回し、壁から引き離した。


「行こうか、グランマさん」

「え、ええ……」


 彼に連れられて出入り口へ向かうのを見届け、私は安心した。フェザーズがついていれば大丈夫だろう。

 それから、後輩に向き直り、


「ユズ、あんたも外へ」

「はいっす。じゃあ、先輩も一緒に」


 私はユズの言葉には答えず、代わりに叔父さんの顔を見上げた。


「ねえ、さっきイナバさんが言っていたことって、本当かな?」

「……たぶんね」


 彼はすでに、私のしようとしていることに見当がついているらしい。こちらを見下ろす笑顔が、わずかに曇る。

 しかし、説得している時間なんてない。


「叔父さん、私」

「……わかってるよ、止めやしないさ。

 彼らの仕掛けた爆弾だけど、おそらく屋根の上、ガーゴイルの裏側にでもあるんじゃないかな? どうも、例のパッサーさんの死体を隠してあった部屋から、登れるようになっているみたいだからね」

「……ありがとう! 行って来るね」


 心からの礼を言い、私は急いで石の階段へ向かおうとした。


「ま、待ってください! トウカ先輩どこへ」

「大丈夫だよ」


 肩越しに振り返り、珍しく心配そうな顔をしている後輩に、私は笑いかけた。


「私だけは生き残るそうだから」


 それだけ言うと、勢いよく床を蹴って駆け出した。

 弾き出された私の体は瞬く間に階段に辿り着き、一足飛びにそれを駆け上がる。

 二階へと上がる間際、アトキンスと叔父さんの会話が辛うじて耳に入って来た。


「本当に、行かせてよろしかったんですか?」

「うん、大丈夫だよ。彼女は赤鬼の娘であると同時に、私の兄の子でもある。トウカちゃんには、鬼をも制する者(、、、、、、、)の血が流れてるんだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ