解答編第七話
「本当はそこまでわかっているんでしょう? なのに、どうして話さないんです?」
「……いったい何のことでしょう」
「くく、あんたが言わないんなら、俺が教えてやるよ。
俺たちが狙ってたのはなぁ、そこにいるあんたの姪っ子だ! 俺たちは、あの赤鬼の娘をスカウトする為に事件を起こしたんだよ!」
ダムが決壊したかのように、突然がなり立てたイナバ。ゴムマスクの顔を持つ青年は、もはや本性を隠そうとはしなかった。
「知ってのとおり、彼女はあの赤鬼の娘だ! かつてレジスタンスの一員だった、最凶の悪役のなぁ!
俺たちはその力を受け継いだ彼女を、仲間として迎え入れようとしたのさ!」
「……エクゥス刑事。早く手錠を」
「は、はい」
我に返った様子のエクゥスがさらに一歩にじり寄るも、犯人の口上は止まらない。
「もちろん、用済みになったハティを処分する目的もあった。探偵さんの言っていたとおり、あいつはどうしてもクローンに遺産を渡したくなかったみたいでよぉ。おまけに、手切れ金を支払うから抜けさせてくれとか言い出したから、協力するフリして処分したのさ。
もっとも、あまり役には立たなかったみてえだが」
それから、不意にこちらを向き、
「なあ、君も知っているんだろう? 自分の母親のことを。自分の持つ異伝子が、いかに凶悪な存在か」
「な、何を……」
「だったら、こっちに来ないかい? 君にはか弱い少女の役なんて似合わない。君は、暗黒思想の申し子になるべきだ。わかるだろう? 現に、あの時もハティを殺そうとしたんだから!」
イナバの吐き出した言葉に、私は思わず耳を覆いたくなった。そのとおりだ。彼の言ったとおり、私は暴力に任せてオオカミの命を抹消しようとした。
「もういい! 貴様の戯言は我々が署で聞いてやる! 黙ってお縄につくんだ!」
「待ってくれよ警部さん。だってそうだろ? こいつがあんなことさえしなけりゃあ、ハティのクローンは死なずに済んだんだ! ああ、かわいそうなオオカミ。愚かにも鬼の娘にちょっかいかけようとするから……。
なぁ、本当は気づいてんだよな? 自分の本性はヒロインなんかじゃない。舞台袖にいる自分には、醜い敵役が一番似合ってるってよぉ!」
私の顔を指差して、レジスタンスの一人は口角泡を飛ばす。治りかけ傷口を毒の塗られた刃で抉られるかのような感覚に、堪らず私は顔を背けた。目を瞑り、耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込んで叫びたくなる。
「いいかげん黙れ、この!」
怒りに震える刑事の声と共に、ガチャリと金属同士が当たるような音がした。ようやく、エクゥスが手錠をかけたのだろう。
「くくく、全部本当のことじゃねえか。どうだい? こっちに来たくなっただろう、トウカちゃん。我々『ワンダーランド』はいつでも門を開いて待っている。俺たちが、君のあるべき姿を受け入れてやろう」
「……何よそれ。くっだらない」
不意に、誰かの声が聞こえた。
私は驚いて、それのした方を向く。
果たして、声の主はスケイルだった。
「あ? どういう意味だ?」
「別に。そのままの意味よ。あんたの言ってる糞理屈が、あまりにもしょうもなかったからさぁ」
「なんだと……」
「本性も、本当の自分も、他人に決められるような物じゃないっつってんの。『らしい』とか『らしくない』とか、一方的に押しつけてんじゃないわよ」
彼女は半ば呆れたような口調で言ってから、ウェーブした髪を掻き上げる。
青年は白い頬を痙攣させながら、相手を睨みつけた。スケイルの言い放ったセリフは、十二分に彼の神経を逆撫でたらしい。
が、イナバが怒鳴り声を上げるよりも先に、
「私も同感だな。イナバくんの、いや、君たち『ワンダーランド』の主張はおこがましすぎる。誰にだって、好きな役を演じる権利はあって然るべきだ。そうやって様々な役を演じるうちに、本当の自分のあり方を見出すことができるのだよ」
「……ちっ、もっともらしいことを」
「そうさ、その『もっともらしいこと』を伝える手段こそが、他でもない童話なんだ。教訓臭くても説教がましくても、それを伝えたいと思うからこそ、童話は紡がれる。残酷さが必要かどうかとか、そんなことは問題ではない。重要なのは、その童話によってどんな『もっともらしいこと』を伝えるかだよ」
腕組みをしたまま、フェザーズは貫禄たっぷりにそう言った。レジスタンスは何も言い返せぬまま、忌々しげに歯ぎしりをする。
それにしても、どうして二人は私に加勢してくれるのだろう?
そのことを不思議に思った時、叔父さんが高らかに笑った。
「なるほど、お二方の仰るとおりですねぇ。こうまで言われてしまっては、反論の余地はないでしょう。
しかし、まさかこんなところにも一方通行があったなんて」
「一方通行、ですか……?」
アトキンスの問いに、叔父さんは頷いた。
「そう。これはトウカちゃんには言ったことなんだけど、この事件は『二重の一方通行』がある為に、複雑な物になっていたんだ。当然、ここで言う『二重の一方通行』とは、結界の張られた森とこの塔の構造のことだね。
しかし、蓋を開けてみれば、犯人の動機までもが独りよがりの『一方通行』だったというわけだ。
いやぁ、これには思い至らなかったよ」
蓬髪を掻き回しながら、彼はどこか愉快そうに言う。イナバが二人に言い負かされたことが、よほど嬉しいようだ。
「さて、最後に素敵なお話を聞くこともできましたし、早く彼を連行しちゃってください。もう用はありませんから」
「あ、ああ、そうだな」
自分たちの役割を思い出したらしいワイルドボアは、部下に目配せをする。
それに応じ、エクゥスは再び被疑者と向き直った──その時。
「探偵さん。あんたの推理、一つだけ間違ってるところがある」
「いや、もういいですから、そういうの。大人しく捕まって」
「爆弾だよ。俺たちはなぁ、本当にこの建物に爆弾を仕掛けていたのさ」
「……はあ」
「信じてないな? けど、残念ながらこれは真実だ。あんたの話にもあったように、確かた一度は爆弾を解除した。しかし、電源は入れ直されていたんだ!
それも、俺じゃねえ。時限装置を起動させたのは、俺たちの上にいるお方だぜ」
にたにたと邪悪な笑みを浮かべる、イナバ。叔父さんは少しだけ考え込んでから、「なるほど、遠隔操作か」とだけ呟いた。
「そうだ!
ちなみに、昨日ここに爆弾を仕掛けたのも、そのお方だよ。ゲッシュの力において、ここにいる奴は誰も敵わねえ。みんなまとめて木っ端微塵だ!」
そう言えば、ユズは強烈な殺気の波に怯えていた。彼女曰く、「昨日の奴はヤバかったっすね。あんな殺気放てる奴、鬼ヶ島にもそうおなかったっすよ」と。
つまり、純血の鬼をも恐れさせるような人物が、密かに爆弾を仕掛けていたのだろう。
白いウサギは懐中時計の文字盤に目を落としてから、舌舐めずりでもしそうな顔を叔父さんに向ける。
「さあ、どうする探偵さん。爆発まであと五分を切った。当然ながら、今から避難しても意味はない。爆弾は小型だが、この辺り一帯を吹き飛ばすだけの威力はある」
「ふむ、それは困りましたねぇ。
ところで、あなたはどうするつもりですか? まさか、我々と心中する気じゃありませんよね?」
「くく、さすが名探偵」
言うが早いか、彼は思いもよらぬ速度で目の前にいた刑事を蹴りつけた。エクゥスは鳩尾に強烈は一撃をもらったらしく、呻き声と共に膝から崩れてしまう。
と、同時に、イナバはすでに数歩後退しており、片手にしか嵌められていない手錠がタグとぶつかって、ジャラジャラと音を立てた。
「エクゥス⁉︎」
「騒ぐなよ。どのみち俺はそいつを殺せない。それでも、痛みくらいは与えられるが」
せせら嗤うように言いつつ、彼は先ほどとは別のポケットからある物を取り出した。
それは、小さな試験管であり、栓をした中には無色透明の液体が入っている。
「おい、赤鬼の娘。苧環の花言葉が何か、知ってるか?」
私は咄嗟に答えられない。しかし、相手もそれほど待つことはせず、すぐに解答を述べた。
「『絶対に手に入れる』だ。……安心しろよ、お前だけはこの爆発を生き残る。そうしたら、いつか我々の仲間が迎えに行くだろう。……くく、ほらな? 『花が好き』ってのは本当なんだぜ?」
意味深長な言葉を寄越したかと思うと、彼は栓を口で引き抜き、唾みたいに吐き捨てる。
そして、誰かが止めるよりも先に、試験管の中の物を一気に飲み干してしまった。
直後、ゴムマスクの両目は飛び出しそうなほど見開かれ──
彼の手から、試験管と懐中時計が零れ落ちる。
ガラスが割れる音と共に、彼自身もまたその場に倒れ込んだ。それから少しばかり血の塊を吐いただけで、青年はすぐに動かなくなる。
あまりにもあっけない最期に、私は思わず口許を覆う。
シロウ・イナバは言うだけ言って、一足先に舞台から去ったのだ。
私はしばらく茫然と立ち尽くしていたかったが、そうもいかなかった。
「とにかく、急いでここを離れましょう」
「ああ、そうだな。鑑識たちも避難させないと。
エクゥス、立てるか?」
「はい、なんとか……。すごい痛いですけど」
鳩尾の辺りを抑えながら、彼は文字どおり苦笑する。それでも幾分かよくなったのか、エクゥスはすぐに立ち上がった。
「よし。ではすまないが、外で飛び回ってる連中にこのことを伝えて来てくれ」
「了解です」
彼は休むこともせず、小走りに出入り口の外へと向かう。
「さあ、みなさんも早く」
ワイルドボアに促され、キャストたちも塔から出ることになった。
ただ、グランマだけはまだ放心したような状態であり、すぐに動き出そうとしない。その様子はとても心配だったが、私が近づくよりも先にフェザーズが歩み寄る。
彼は彼女の背中に手を回し、壁から引き離した。
「行こうか、グランマさん」
「え、ええ……」
彼に連れられて出入り口へ向かうのを見届け、私は安心した。フェザーズがついていれば大丈夫だろう。
それから、後輩に向き直り、
「ユズ、あんたも外へ」
「はいっす。じゃあ、先輩も一緒に」
私はユズの言葉には答えず、代わりに叔父さんの顔を見上げた。
「ねえ、さっきイナバさんが言っていたことって、本当かな?」
「……たぶんね」
彼はすでに、私のしようとしていることに見当がついているらしい。こちらを見下ろす笑顔が、わずかに曇る。
しかし、説得している時間なんてない。
「叔父さん、私」
「……わかってるよ、止めやしないさ。
彼らの仕掛けた爆弾だけど、おそらく屋根の上、ガーゴイルの裏側にでもあるんじゃないかな? どうも、例のパッサーさんの死体を隠してあった部屋から、登れるようになっているみたいだからね」
「……ありがとう! 行って来るね」
心からの礼を言い、私は急いで石の階段へ向かおうとした。
「ま、待ってください! トウカ先輩どこへ」
「大丈夫だよ」
肩越しに振り返り、珍しく心配そうな顔をしている後輩に、私は笑いかけた。
「私だけは生き残るそうだから」
それだけ言うと、勢いよく床を蹴って駆け出した。
弾き出された私の体は瞬く間に階段に辿り着き、一足飛びにそれを駆け上がる。
二階へと上がる間際、アトキンスと叔父さんの会話が辛うじて耳に入って来た。
「本当に、行かせてよろしかったんですか?」
「うん、大丈夫だよ。彼女は赤鬼の娘であると同時に、私の兄の子でもある。トウカちゃんには、鬼をも制する者の血が流れてるんだ」




