解答編第四話
「大丈夫っすか⁉︎ 先輩! トウカ先輩!」
「……ユズ」
横から体を支えてくれていたのは、ユズだった。
「……平気。ありがとう」
どうにかそれだけ言ってから、私はまた自一人で立とうとする。まだ少し足元が覚束ないが、問題はない。
それでも、ケープが死んでいたということは、受け入れ難い現実だった。
「本当なんですか? 本当に、ケープちゃんは」
「……ああ。残念だが、我々が駆けつけた時にはすでに……」
今度は、ワイルドボアが答えた。目を伏せた彼は、苦しそうに歯を食いしばっている。きっと、彼も悔しいのだろう。未然に犯行を防げなかったこと、そして幼い命が失われたことが。
「そんな、どうして……どうしてケープちゃんが殺されなきゃいけないの⁉︎」
思わず、私は叫び声を上げる。許せなかった。彼女の命を奪った犯人に対する怒りが、瞬く間に燃え上がり天を焦がすみたいだ。
「……そうだね、やはり先にそのことを説明しよう。
そもそも、ケープ・ロットさんを殺した犯人、それはパッサーさんに扮していたフローズヴィトニルソンさんでしょう。状況的に見て、まず間違いない」
叔父さんの言葉を聞いて、私は思わず唇を噛み締める。怒りをぶつけようにも、その相手はもうこの世にいない。余計に悔しかった。
「では、何故彼は犯行の直後毒を呷ったのか。正直なところ、完全に想像の域を脱しないのですが、ある誘導がなされていたからだと考えられます」
「誘導?」
エクゥスが鸚鵡返しに首を傾げる。
「ええ。私が思うに、フローズヴィトニルソンさんは予め渡されていた毒薬を、全く別の薬だと勘違いして口にしたのでしょう。
そして、その薬とは」
叔父さんは眼鏡をかけ直してから、よく通る声で続けた。
「縮み薬です。彼は、おそらく毒薬を縮み薬だと勘違いし、自ら飲み干したんですね」
「……ど、どういうことなんだ? 余計に意味がわからないんだが、何故そんなことに?」
フェザーズが、困惑したように尋ねる。他の者も、もちろん私も、同じような反応をしていた。
「縮み薬を使う目的と言えば、一つしかありません。小さくなる為です。もっと言うと、この場合は体を小さくして、ある場所に隠れるつもりだった」
「ある場所? それは、いったいどこなのでしょうか?」
「確か、現場となった部屋には家具が全くなかったんだよね。となると、考えられるのは……ロットさんの死体の陰くらいだ」
彼はまた、こともなげにとんでもないことを言い出した。というか、それこそ余計に話が見えない。
「はぁ? 何よそれ。なんで死体の陰なんかに隠れなきゃいけないのよ。
だいたい、縮み薬は体に振りかけても使えるでしょ? ていうか、飲んだだけだと体しか縮まないし普通そうするはずじゃない。なのに、なんでハティはわざわざ口から飲んだわけ?」
「うーん、そうですねぇ。たぶん、知らなかったんじゃないですか?」
「知らなかった?」
「はい。確か、フローズヴィトニルソンさんは童話に対して不真面目だったんですよね? 参加はするけど、その度に問題ばかり起こしていたとか。だったら、メジャーな小道具である縮み薬について詳しく知らなくてもおかしくはない。おそらく、『ワンダーランド』はこのことを利用して、縮み薬は飲んで使う物だと嘘を教えたのでしょう」
なるほど、筋は通ってる。本人も「童話なんてどうでもいい」と言っていたくらいだし、知らなかったとしても不思議ではない。
「じ、じゃあ死体の陰に隠れるのは? そんなことして、何の意味があるの?」
「え〜、もう一度言いますが、これはあくまでも私の想像です。そう思って聞いてください。
で、フローズヴィトニルソンさんが、ロットさんの死体の陰に隠れる理由なのですが、例えばこういうのはどうでしょうか。『ゲッシュの効力を利用して、爆発から身を守る為だった』とか」
「爆発からって……それじゃあ、あんたはこの塔のどこかに爆弾が仕掛けられているって言うのか?」
「はい。私の考えたとおりなら、そういうことになっていたはずです。もっとも、実際にはそんなことはなかったのでしょうが」
爆弾を設置しただなんて、普通は突拍子もないことだ。けど、凶悪なテログループの人間にそう言われたら、信じてしまうかも知れない。
それが実際に彼らの被害に遭ったことがある者なら、尚更だろう。
「確かに、『ワンダーランド』の連中ならやりかねない、と思うかも知れないが……。しかしゲッシュの効力を利用するとは、どういうことなんだ? トリックか何かなのか?」
「いえ、そんな大した話ではないんです。つまり、フローズヴィトニルソンさんは何者かが設置した爆弾の爆発から、ロットさんの体の陰に隠れることで身を守る手はずとなっていました。そして、この『何者か』とは、ゲッシュの優劣においてフローズヴィトニルソンさんを殺すことができ、尚且つロットさんには叶わない人物だった」
「なんだそれは、またなぞなぞか? だいたい、オオカミより強いくせに赤ずきんには負ける者など、いるわけないだろうに」
「そうでもありませんよ。
そもそも、ゲッシュとは我々の中の異伝子の元となった童話によって、強さが決まる物です。
そして、その童話のストーリー次第では、特定の種族に対してだけ強くなる場合もある」
そう言えば、大部屋でゲッシュの効力についつ話し合った時に、ワイルドボアが似たようなことを言っていた。
「さて、みなさん。童話『赤ずきんちゃん』の話の内容は、もちろんご存知ですよね? 物語の中で、赤ずきんちゃんはオオカミに食べられてしまう。が、その後狩人に助け出された際は、なんと無傷で生還しているのです」
「それでは、先生が仰りたいのは……」
「そう。赤ずきんちゃんの異伝子を持つ者は、オオカミには殺されないんだよ」
もう何度目になるかわからない、「予想外」だ。誰もそんなことまで考えもしなかっただろう。
「げ、ゲッシュや異伝子の性質を考えれば、あり得ない話ではないだろうが……」
「そうですね、みなさんがお考えのとおり、これは確証があるわけではありません。あくまでも、私の推測であり、尚且つ『ワンダーランド』のメンバーがフローズヴィトニルソンさんにそう吹き込んだのだろう、というだけです。しかし、もしそうだとすれば、ロットさんのタグが破壊された理由も想像できます」
当然ながら、ケープのタグが壊されていたというのも初耳だった。しかし、何故そんなことをしたのだろうか。私は叔父さんの言葉を待つ。
「これも、ゲッシュに関することです。『新約赤ずきんちゃん』内で働くゲッシュにおいては、当然『悪い魔法使い』の方が『赤ずきんちゃん(過去回想)』よりも強い。互いにタグを嵌めていれば童話のゲッシュは問題なく機能するのですから、彼女を射殺することも可能です。
しかし、フローズヴィトニルソンさんはロットさんを盾にする計画を授けられていた。よって彼女のタグを撃ち抜き、本来のゲッシュが働く状態にしようとしたのでしょう」
「……なるほど。
では、フローズヴィトニルソンさんは一度義手を外すことでタグを外し、本来の種族として爆弾を起動させていた。そして、その後再びタグを腕に通し、『悪い魔法使い』としてロットさんを射殺した、というわけですか」
「ああ。といっても、何度も言うように、これは完全に想像なんだけどね。
それに、『起動させた』と言っても、本物の爆弾の電源を入れたわけではないはずです。おそらく、ダミーの爆弾か、もしくは一旦起動させた後真犯人が電源を落としたか」
真犯人。つまり、フローズヴィトニルソンを利用し今回の事件を引き起こした者が、この中にいると言いたいのだろう。
そして、私の予想が正しければ、それは──
「真犯人……あれ? でも、今までの話を聞く限り、全部フローズヴィトニルソンさんの犯行なんじゃないですか? 彼一人でも充分できてますよね?」
「そうですね、エクゥス刑事の仰るとおりです。しかし、それはそれで、いくつか矛盾することが出て来てしまう……。
というわけで、少し整理しながら考えて行きましょうか」
流れをリセットするかのように、彼は手を叩き合わせた。これに異を唱える者はおらず、それを確認した叔父さんは再び話し始める。
「まず初め、これはおそらく十四時二十分頃、本物のモーブパッサーさんが森に入る直前に襲われ、毒殺されてしまいます。そして、犯人であるフローズヴィトニルソンさんは彼の遺体を塔に運び入れた。
ちなみに、近隣の村で目撃された怪しげな作業着の男とは、顔を隠したフローズヴィトニルソンさんのことでしょうね」
「なるほど、そりゃああんな状態じゃ顔を隠すだろうな。
待てよ? ということは、作業着の男が持っていた『筒状の荷物』は……」
「はい、おそらく凶器の猟銃でしょう。
で、塔にの空き部屋に遺体を隠した彼は、続いてお婆さんのお家へ向かいます。そして、本来ならすぐにクローンを殺す予定だったのですが、ここで想定外のことが起こる」
私が、先に彼を殴り倒してしまったのだ。
「困ったフローズヴィトニルソンさんはひとまず様子を窺うことにした。そして、イナバさんが家を訪ねトウカちゃんがそれを出迎えたタイミングで、ターゲットを射殺したのです。
と、ここまでの話を聞いて、何かおかしなことに気づきませんか?」
「おかしなこと? そんな物何も」
「妙ですね……」
ワイルドボアの声に被せるように、アトキンスが呟いた。
「先生のお話では、最初の犯行があったのは十四時二十分頃。その後すぐに塔へ向かい死体を隠す為の細工をしたとして、遅くとも四十分くらいまでには完了していたはずです。その証拠に、十五時前に到着したロットさんが塔内を探索した時には、すでに空き部屋のドアは開かなくなっていたのですから」
「そうだな。しかし、それがなんだと言うんだ?」
「もし仮に十四時四十分に塔から出たとして、その後フローズヴィトニルソンさんはお婆さんの家に向かいました。近道は塞がっていて通れなかったわけですから、遠回りの道を使ったのでしょう。しかし、それでも十五時頃には到着していたはずです」
お婆さんの家から塔までは、遠回りの道を使えば約二十分ほど。当然、そうなるだろう。
「だとすれば、彼はお婆さんの家に潜み、クローンが現れるを待っていたと考えられます。それなのに、どうして家にやって来たクローンをすぐに殺さなかったのでしょうか? シナリオ上、近道を通って来るオオカミさんは、一人で赤ずきんさんを待つこととなる。その間に、充分犯行は可能だったはずです」
「言われてみれば、それもそうだな。むしろ、童話が始まってから彼を殺すのであれば、絶好のタイミングだろう」
納得したようにフェザーズが言うと、叔父さんも満足げに頷いた。
「そのとおりですね。オマケに私の姪に先を越されてしまったわけですし」
「けど、じゃあハティは何をしていたわけ? 結界がある以上この森からは出られないし、しばらく塔に留まっているわけにもいかないわよね? いつ私らが来るかわからない上、大部屋に居座る人間がいたら、結局外に出れなくなるわ」
「ええ。そうなってしまっては、元も子もないですね。
ではこの空白の時間は、いったい何を示しているのか。私はこう考えることにしました」
叔父さんは、一行を見渡した。
「本物のモーブ・パッサーさんを殺害したのは、フローズヴィトニルソンさんではなく、彼の共犯者ではないのか、と」




