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解答編第二話

「自動式トリック? つまり、アリバイは関係ないということなのか?」

「ええ。……いや、まあ、完全に無関係というわけではないですが」

「はっきりとしないわねぇ」


 スケイルが苛立たしげに言うと、叔父さんはボリボリと頭を掻く。


「すみません。ですが、ひとまず私の話を聞いただけますか?

 そもそも、狩人さんの死体は、予め塔の四階の空き部屋に隠されていた。これは私も間違いないと思います。そして、その際に用いられた部屋のドアが開かないようにする仕掛けも、おそらくアトキンスくんの推理したとおりでしょう」

「確か、縮み薬と戻し薬を使ったんだったな」

「そうです。犯人は一度小さくした狩人さんの死体を元の大きさに戻すことによって、つっかえ棒のようなにしてドアが開かなくした……。

 ところでみなさん、縮み薬の効能はどういった物か、ご存知ですよね?」


 童話人なら誰でも知っているようなことを尋ねられ、みんな面食らった様子だった。私は私で、お茶会の時のケープのセリフを思い出す。あの時は「戻し薬」だったけど。


「当たり前じゃない。そんなもん、普通誰でも知ってるわよ。振りかけたり飲んだりして、人や物を小さくするんでしょ?」

「大正解、そのとおりです。

 では、これもみなさん知っていますよね。縮み薬は、戻し薬を使わずとも時間経過によって自然と元の(、、、、、)大きさに戻る(、、、、、、)

「だから、そんな当然のこと」

「その当然のことを、犯人は利用したんですよ」


 彼女の言葉を遮り、叔父さんはまた人差し指を立てた。


「つまりですね、犯人は縮み薬を使うことにより小さくした狩人さんの死体を、予めベランダの手すりの上(、、、、、)にセットしておいたのです」

「手すりの上⁉︎」


 みんなの驚きを代弁するかのように、ワイルドボアが声を上げる。


「……なるほど、それで自動式トリックというわけですか」


 対して、こちらはむしろ冷静さを取り戻しているような感じで、アトキンスが呟いた。


「そうだね。こうしておけば、後は縮み薬の効力が切れて元の大きさに戻った死体が、狭い手すりの上でバランスを保てなくなり、ひとりでに落下するのを待つだけ。安全かつ比較的簡単にアリバイを確保できます」

「うむ、言われてみれば何ということもない、単純なトリックだな。

 しかし、うまく落ちて行くかどうかは、少々運任せのように思えるが……」


 腕組みをしつつ、フェザーズが首を傾げる。


「確かにそうでしょうが、事前に練習しておけば成功率は上げられるはずです。それに、まあ、失敗したところであまりリスクはありません。そこがこのトリックの便利なところでもあるわけですね」


 うまく下に落ちなくても、狩人の死体はベランダに転がっていることになる。別に犯人の正体に直結するようなことでもないし、証拠として検出されるのは誰でも手に入れられるような縮み薬と戻し薬のみ。ほとんどリスクはなく、うまくいけばアリバイを確保できるのだ。


「……もしかして、ドアの施錠にあの方法を用いたのもその為だったのでしょうか? 縮み薬と戻し薬をアリバイ工作にも利用したことから目を逸らさせる為に、わざわざあんなやり方を?」

「さあ、そこまでは。しかし、結果的に君には効いたみたいだね」

「……そのようですね。他のトリックにも使われていたとまでは、考えませんでした」


 反省しているのか、彼は目を伏せる。少し気の毒にも思えたが、叔父さんは特に励ますようなことはしなかった。


「と、なると、問題は縮み薬の効力が続く時間だが、一般的な物で四十分ほどか。狩人の死体が落ちて来た時から遡って、それくらい前に席を外した者と言えば……」


 フェザーズの視線が、一人の青年に向けられる。

 イナバはいっそう顔を青白くさせた。


「そうよ、こいつ、イナバとパッサーが上に行っていたわ!」

「そ、そんな……⁉︎ ぼ、僕は犯人じゃないですよ! だいたい、ゲッシュがある限り、狩人さんを殺せるわけないじゃないですか!」

「けど、今言ってたトリックができるのは、あんたとパッサーだけなのよ? あっちはあっちで死んでるんだから、もうあんたしかいないじゃない!」


 掴みかからんばかりの勢いで、スケイルが責め立てる。私はそんなことよりも、パッサーが死んだということに驚いていた。


「まあまあ、待ってください。ただこのトリックが可能というだけで、犯人だとは断定できませんよ。

 それに、スケイルさんも仰っていたとおり、パッサーさんにも行えますし」

「は? でも、あいつはもう死んでるし」

「そうですね。……ただし、自殺(、、)ですが」


 その言葉に、誰もがはっとした表情になる。


「そ、それじゃああんたは、パッサーが真犯人だと言いたいのか?」

「いえ、その言い方は正確ではありません。しかし、彼が犯行に関わっていた可能性は極めて高いのではないかと、私は考えています」

「……つまり、共犯者(、、、)ですか」


 アトキンスが無機的な声で言うと、叔父さんは頷いた。

 一同はまた、ざわめく。先ほどから惚けたように壁際に座り込んでいる、グランマを除いて。

 彼女の姿が視界に入り、私はよりいっそう胸騒ぎが強くなるのを感じた。


「そう、パッサーさんはこの事件の犯人の仲間だったのです。そして、彼は真犯人に利用され、死ぬこととなった。ある意味では一番の犠牲者とも言えますね」

「ま、待てよ? あんたの言った『仲間』というのは、つまりその……」


 言い淀む警部に対し、彼はこともなげに答える。


「レジスタンスです。それも、最も凶悪なグループと言われている悪名高い犯罪組織──『ワンダーランド』のメンバーだったのでしょう」


 過激派レジスタンスグループ、「ワンダーランド」

 私でもその名は知っている。それほどの巨悪が、この事件には関わっていたとは。


「じ、じゃあ、この事件は奴らの仕業だったということなのか……?」

「ええ、そうです。

 そう言えば、警部たちはご覧になったのでしたか。彼の素顔や、そこに刻まれていたシンボルマークを」

「あ、ああ、確かに見たが……」


 何かを思い出したのか、ワイルドボアたちの顔色がたちまち青ざめる。エクゥスに至っては、吐き気がするとばかりに口許を手で覆ってしまった。


「あれが何よりの証拠ですね。とは言え、パッサーさんの顔には火傷の跡があり、さらに『ワンダーランド』の人間によって加工(、、)されていた為、本当の顔はよくわからなかったみたいですが」

「そ、そうです。この世の物とは思えませんでした……。

 ですが、何故奴らはあんな惨たらしいことを……」

「まあ、単に彼らの趣味だと思いますよ」


 あっさりと言われてしまい、刑事はいっそう不快そうに顔をしかめる。どうやら、「趣味」で片づけられるような物ではなかったらしい。


「いずれにせよ、彼が『ワンダーランド』の一員だということはわかりました。しかし、これだけでは、彼の正体に辿り着いたとは言えません。ただ覆面を脱がせただけでは、本当の素顔は出て来ないんですね。

 そして、実はこのモーブ・パッサーさんの正体というのが、今回の事件を解く為には欠かせない鍵なのです」


 モーブ・パッサーの正体。本当の素顔。それらを聞いて思い浮かんだのは、ゴムマスクに覆い隠された彼の顔──

 そして、マスク越しに見えた黄色い瞳(、、、、)だった。


「『正体』ということは、パッサーくんは素性を偽っていたと言いたいのかね?」

「ええ。というか、そもそも彼は本物のパッサーさんではありません」

「なに⁉︎ では、あれはいったい……!」

「彼の正体は、実は狩人役(、、、)のマタギ・カリトさんだった。こう考えれば、いくつかの謎は解けます。何より、ゲッシュのルールも関係なくなりますね」


 自分の推理に自信があるのだろう。彼は堂々と言い放った。確かに、「実際のゲッシュの強さ」と「童話内でのゲッシュの強さ」の両方において、カリトはパッサーよりも──というか、私以外の誰よりも──強いのだから、矛盾はなくなる。

 しかし、もし叔父さんの言ったことが正しいのであれば、今度は別の問題が生じるはずだ。


「しかし、それでは塔の四階から落ちて来たあの死体はどうなるのでしょうか?あの死体は確かに『狩人役』のタグを嵌めていました。タグをつけ替えることができない以上、彼こそが狩人役ということになるのでは?


 誰よりも早く、アトキンスがそのことを指摘した。そうだ、タグは絶対に外すことができないのだから、正体を偽ったり入れ替わることなんてできるはずがない。

 だが、叔父さんは、


「……アトキンスくん。なかなか鋭いじゃないか」


 我が意得たりとばかりにそう言ったのだった。


「……どういう意味でしょう?」

「ああ、つまり、犯人たちはそのタグのつけ替えをやってのけたんだよ。それも、至って単純な方法でね」

「そ、そんなことが可能なのか⁉︎」


 ワイルドボアが怒鳴るように尋ねると、叔父さんは即答する。


「はい。つまりですね、パッサーさんは結界の中に入る前、すなわちタグを嵌める前に襲われたと考えればいいんです。犯人は『狩人役』のタグを持っていたのですから、被害者を殺した後彼の手首に巻けばいい。服装に関しても同じことですね」

「なるほど。では、『魔法使い役』のタグの方が先に起動させられていたのは」

「そう、ただ単に偽物のパッサーさんが先に手首に巻いたというだけだね」


 確かに、単純な方法だ。結界の中に入る前に、予め準備をしていただけなのだから。


「では、狩人──と思われていた男の死体を塔に運び、空き部屋に細工したのは、全て本物のカリトさんだったのですね?」


 ぽりぽりと顔を掻きながら、エクゥスが首を傾げる。

 しかし、返って来たのは予想外の答えだった。


「うーん、半分当たりで半分外れでしょうか」

「半分?」

「はい。

 と言いますのも、そもそも、彼はカリトさんであってカリトさんではないんですよ」


 叔父さんはまるで謎々のようなことを言い出した。誰もがその言葉の意味をわからずにいる中、警部はひときわ苛立たしげにだみ声を響かせる。


「まどろっこしい言い方はよしてくれないか! 私はそういったのは苦手なタチなんだ」

「これは失礼しました。

 では、結論から言いましょう。彼──パッサーさんに成りすましていた、レジスタンスグループ「ワンダーランド」の一員であり、本物の狩人役だった男──の正体。それは……」


 ごくりと、私は思わず生唾を飲んだ。今まで明かされて来たことも衝撃的な物ばかりだったが、おそらくこれから告げられるのはそれ以上の内容だ。そんな確信めいた予感があった。

 果たして、その予感は現実となる。


「三年前、『おとぎの森』でのテロ事件の際に死んだと思われていた、オリジナルの(、、、、、、)フローズヴィトニルソンさんなのです」

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