第十四話
アトキンスの言い放ったセリフに、誰もが言葉を失った。
数拍置いて、目を剥いたワイルドボアが尋ねる。
「ほ、本当か? 本当に全て解けたのか⁉︎」
「ええ。
といっても、まだ確証はありませんが」
答える彼の視線は、相変わらずこちらに向けられていた。私は目を逸らしながら、半ズボンの生地を握り締める。
「へえ、だったらお望みどおり聞いてあげるわよ。探偵さんが辿り着いた真相とやらを」
「ありがとうございます。
では、さっそく始めましょう」
礼を述べたアトキンスは、一度だけ目を伏せた。それから、彼はやはり淡々とした口調で語り始める。
「まず、第一の事件についてです。被害者はハティ・フローズヴィトニルソンさん。ご存知のとおり、オオカミ役のオオカミです。彼はお婆さんの家のバスルームで、左胸を撃ち抜かれて殺されていました。
ここで注目したいのが、死体には殺される前に頭を殴られた形跡があった、ということです」
「殴られたってことは、もちろんそれも犯人の仕業なのよね。ハティを気絶させる為に殴り倒したのかしら」
「……いいえ、違います。というよりも、結果的にそうなってしまっただけだと、僕は考えています」
「結果的にだと? じゃあオオカミ殺しは事故だとでも言うのか?」
「ええ」
彼は静かに頷いた。
「そもそも、フローズヴィトニルソンさんを殴り倒したのは非常に突発的な犯行だった。そうですよね──赤ずきんさん」
名指しで呼ばれ、私は思わず肩を震わせる。わかってはいたことだけど、アトキンスは私を疑っているらしい。
何か言わなくてはと必死に考えていると、代わりにケープが口を開いた。
「何それー。なんでお姉ちゃんが犯人だって決めつけるのー?
それに、オオカミさんを気絶させることはできるとしても、彼を殺すのは無理だよぉ。お姉ちゃんにはアリバイかあるんだから」
「……た、確かに、彼女は僕と一緒に銃声を聞きました」
「ほらね? それとも、何かトリックがあるのかなぁ?」
彼女は挑発するように首を傾げる。が、私立探偵の表情には小々波一つ立たなかった。
「いえ、そんな大袈裟な物ではありません。赤ずきんさんは、ただ彼を気絶させただけですから」
「どういうこと?」
「つまり、二人の間になんらかの諍いが生じ、結果として彼女はフローズヴィトニルソンさんを殴ってしまったのです。
そして、そこへ共犯者となる人物が現れた」
「共犯者? いったいそれは誰なんです?」
首筋に手を当てながら、エクゥスが尋ねる。
「はっきりとは言えませんが、おそらく現在この森に潜んでいる第三者でしょう。その人物は、偶然赤ずきんさんの凶行の瞬間を目撃したものと思われます。
そして、彼──もちろん便宜上ですが──は赤ずきんさんの前に姿を現し、ある取引を持ちかけた」
彼の言わんとしていることが、私にも理解できた。
「共犯関係か」
肉の垂れた顎をさすりながら、ワイルドボアが呟く。
「はい。具体的に言うと、『今見たことを黙っておく代わりに、自分の犯行を手伝え』という物だったはずです。
これを受けた赤ずきんさんは、取引に応じることにした。共犯者と協力して証拠を処分したのです」
「そ、それじゃあ、その娘のアリバイも」
「ええ。フローズヴィトニルソンさんの息の根を止めたのは、共犯者の方だった。二人はイナバさんがお婆さんの家を訪れることを利用して、赤ずきんさんにアリバイを作ることにしたのです。そうすることで、より共犯関係を強国な物にしようとしたのでしょう」
関係者たちが私に目を向ける。彼らにとっては、もはや殺人犯の協力者としか映っていないのだろうか。
「ちょっと待ってくだしゃい。探偵しゃんのお話しは今のところただの推測にすぎましぇん。彼女が犯行に関わったと考える、根拠は何でしゅか?」
「……いくつかあります。
しかし、それを説明する前に、第二の事件の話に移らせていただきます」
アトキンスの言葉に、私はある光景を思い浮かべる。それは、窓枠の向こうに見える景色の中、男の死体が落下して行く、まさにその瞬間だった。
「第二の事件、と称しましたが、実はこの事件が一番最初に起こっていたのだと、僕は考えています。つまり、謎の人物が赤ずきんさんに共犯を持ちかけた時には、すでに狩人さんは襲われた後でした」
「まあ、死因が転落による物ではない以上、そうとも考えられるな。しかし、となると狩人は」
「もうこの塔に運び込まれていたのでしょう。
狩人さんを毒殺した共犯者は、キャストのみなさんが到着するよりも前に塔の四階、空き部屋の一つへと運んだ。そして、ある仕掛けを施して部屋が開かないようにしたのです」
「ある仕掛け……」
イナバが死にそうな顔で呟く。鍵のかかるはずのない部屋を、いったいどうやって施錠したというのか。私には見当もつかなかった。
「簡単なことです。共犯者は、縮み薬と戻し薬を利用したんですよ」
「なるほどぉ、だから遺体から検出されたわけですね。……って、結局どうするんです?」
馬面の刑事が尋ねると、アトキンスはそちらに顔を向けて答える。
「縮み薬は、その名のとおり人や物の大きさを小さくする為の小道具、でしたね? 犯人はまず、狩人さんの遺体に縮み薬を振りかけた。こうすることで狩人さんを運びやすくなっただけでなく、空き部屋のドアを閉じる為のトリックの下準備が整ったのです。
その後、共犯者は塔の四階へ行き空き部屋に入ります。そして、ベッドを移動させました」
「ふむ。確かに動かしたような形跡はあったが、ドアにぴったりとくっつけるような感じではなかったぞ? それにベッドでドアを塞ぐにしても、そうすると今度は自分が部屋から出られなくなるだろ」
警部の意見に、私は密かに同意した。他の関係者たちも概ね同じことを考えているらしい。
ただし、ケープとグランマだけは、少し様子が違ったようだが。
「そうですね。だからこそ、共犯者はベッドをドアに密着させず、五十センチほど隙間を空けたんです。
それから部屋を出る時に、細く開けたドアの間から腕を入れて、小さくした狩人さんをすぐ側に置いた。後はドアを閉めつつ部屋に出て、戻し薬を使うだけです」
何故ここで戻し薬が出て来るんだろう、と私は疑問に思う。
その答えはすぐにもたらされた。
「共犯者はドアとベッドの間に置いた狩人さんを、元の大きさに戻すことによりつっかえ棒のように利用したんですよ」
予想だにしなかった解答に、誰もが息を飲む。
「い、遺体をそんな風に扱うだなんて……。
しかし、どうやって外側から薬をかけたんだ?」
「おそらく、鍵穴から注ぎ込んだか、もしくはドアの下のわずかな隙間を利用して流し入れたのでしょう。
さて、こうして空き部屋に鍵をかけた共犯者は、キャストたちが到着する前に塔を後にします。そして、その後赤ずきんさんの凶行を目撃し、自分の犯行を手伝わせることにした」
「手伝わせるって、狩人殺しを?」
椅子に腰かけたまま、スケイルが首を傾げた。
「はい。正確には殺害その物ではなく、アリバイ工作をですが」
「アリバイ工作……」
呟いたのは、他ならぬ私である。もっともかなり幽かな声だった為、他の人たちには聞こえなかったようだけど。
「赤ずきんさんは共犯者のアリバイを確保する為に、塔の上階から狩人さんの死体を突き落としたのです」
「なんだと? じゃあ、あれは彼女の仕業だったのか」
「ええ……。彼女はあの時、二階の大部屋を出た後グランマさんのいた部屋には行かず、まっすぐ四階の空き部屋へ向かいました。それからドアの前に着くと、下の隙間から縮み薬を流し込みます。
こうして狩人さんの体は再び小さくなり、難なく室内に入れるようになりました」
アトキンスの無機的な声を聞きながら、私は頭の中でイメージしてみた。空き部屋に入り人形のように小さくなった死体を回収する、自分自身を。もちろん、実際にそんなことをしたわけではないのだけど。
「その後すぐに戻し薬を使い狩人さんの体を元どおりにした赤ずきんさんは、ベランダに出て彼を落とします。
そして、大急ぎで三階のグランマさんのいた部屋へ行き、落ちて行く死体を見て放心しているフリをしたのです」
「なるほど、全然不可能ではないわね。
けど、アリバイなんて作っても、結界がある以上森から出れないんだから、意味ないんじゃ」
「そうでしょうね。
当然ながら、赤ずきんさんにもそのことはわかっていました。しかし、思いがけず共犯関係になった為、結界がなくならないということを伝える手段がなく、取り敢えずリバイ工作だけはしておいたのでしょう」
そこまで言い、彼は一息つく。
さすがに話し疲れている様子だったが、私を庇うように立っている少女が、休む暇を与えなかった。
「うーん、お兄ちゃんの言いたいことはよくわかったけど、結局全部想像にすぎないよねー? お婆ちゃんも聞いてたけどぉ、そろそろ根拠を教えてくれないなかなぁ?」
「……わかりました。
僕が赤ずきんさんが犯行に関与していると断定する根拠を説明します。……それは、結論から言えば、お婆さんの家でぶどう酒が割れていたことです」
「ぶどう酒?」
何のことなのかわからないという風に、スケイルが繰り返す。しかし、イナバは違ったらしく、「あ」と思い出したように声を上げた。
「我々がお婆さんの家に向かった時、テーブルのすぐ近くでぶどう酒の瓶が割れていました。何故こんなことになっているのかと尋ねた時、あなたはこう答えましたね?」
感情のない水色の目が、また私を観察している。
「『私の不注意で、落として割ってしまったんです』と」
「……それがどうしたんでしゅか? 何も不自然なことはないと思いましゅが」
「ええ。彼女が誤って落としてしまったと言うのなら、そのとおりなのでしょう。しかし、ならばどうしてぶどう酒のみが割れているのか。もっと言えば、どうしてぶどう酒はバスケットの中で割れていなかったのでしょうか?」
アトキンスの言葉を聞き、私はようやく思い知る。自分の隠蔽工作が、いかに稚拙だったのかを。
「オリジナルの『赤ずきんちゃん』のストーリーくらいなら僕でも知っていますが、本来ぶどう酒の瓶はケーキと一緒にバスケットに入れてあるはずです。いや、物語上の演出など関係なく、普通はそうでしょう。
ところが、どういうわけかぶどう酒はバスケットから出ており、直接床に落ちて割れていた。……この状況から、考えられることは一つだけです」
知らず、額に浮かんでいた汗の粒が、一筋流れ落ちた。
と、同時に容赦のない糾弾の声が降って来る。
「あなたはバスケットからぶどう酒を取り出して、わざと床に叩きつけて割った。そうですよね?」
答えられず、私は自分の足元を見ているだけだった。




