94.幸せの味
「うふふ、それじゃあ二人は試練でここまでやってきたのねぇ」
「うんっ、モーゼフのところまで戻ればいいの!」
「それで、戻る途中でここに来たんです」
先ほどオリジンが作り出したような葉っぱでできた椅子に腰かけ、フリフラと話をするエリシアとナリア。
フリフラは一輪の花で羽を休めるように止まっていた。
模様は黒を基調とし、白いリングが三つほど重なるように羽に描かれている。
大きな身体はガーラントと同じくらいあった。
声はゆったりとした口調で、女性だという事は分かる。
「フリフラさんも、ユグドラシルの番人なんですよね?」
「そうよぉ。私ぃも含めて全部で九体――ガーラントがあなた達を招き入れたのねぇ」
「ガーラントどこかに行っちゃったけど」
「ふふっ、私ぃ達はここでは自由なのねぇ。彼も今頃樹液でも吸っていると思うわぁ」
カブトムシが樹液を吸うというのは当たり前だが、こうして見るとやはり姿は昆虫――ガーラントのおかげで慣れてきていたが、エリシアは改めて不思議な感覚を味わっていた。
ただの昆虫ではなく、やはり精霊という存在なのだろう。
ナリアの方はもう完全に慣れ切ってしまっているようだったが。
「さてぇ、あなた達が戻りたいと言っているところは主のいるところだからぁ? 至極真っ当に考えると中心部に戻りたいという事になるのねぇ」
「はい、そうなります」
「真ん中すっごく遠いんだよっ」
「ふふっ、そうねぇ。普通に歩いたらどれくらいかかるのかしらぁ。私ぃは歩かないから分からないのだけれどねぇ」
そんな風に言いながら、パタパタと羽を動かすフリフラ。
エリシアとしては少し迷っていた。
これを試練とするのならば、ユグドラシルの番人であるフリフラに道を聞いたりしてしまっていいのだろうか、と。
クイズを出されて答えを知っている者から聞く――先ほど近道もナリアがずるではないかと言っていたが、こちらの方は本当の意味でずるい事に感じられる。
ただ、そんな風に悩んでいたエリシアの心を読むように、
「まあ、私ぃならそこまでの道をすぐに開けてあげる事ができるわぁ」
「ほんと!?」
「ええ、本当よぉ? そこまでの道を開けてあげてもいいわぁ」
「い、いいんですか?」
「それは試練に関しての問いという事かしらぁ? もちろん、主の言う試練が戻ってくる事だと言ったのなら、それ以上でもそれ以下でもないわぁ、ルールはないものぉ――戻れるのであれば、地面を掘り進んだっていいし転移したっていい。主の言葉の全てがルールなのぉ」
フリフラはそう言うと、パタパタとエリシアの頭の上に乗った。
ガーラントはナリアの方によくついていたが、フリフラは何故かエリシアの方についた。
頭の上にあるからエリシアからは見えないが、ナリアはエリシアの方を見て、
「おねえちゃん、リボン付けてるみたいでかわいい」
「こ、こらっ」
「うふふっ、いいのよぉ。私ぃは誰かの喜ぶ姿が好きなのだからぁ」
「喜ぶ姿、ですか?」
「そう……妹ちゃんの喜ぶ姿も可愛いし、あなたも私ぃが乗った事で可愛いと言われて喜んでくれるのなら、私ぃも嬉しいわぁ」
「そ、それは……可愛いって言われて、喜ばない人はいないと思います、けど……」
エリシアは恥ずかしそうに俯き加減でそう答える。
エリシアの答えを聞いて、パタパタとフリフラは羽を揺らす。
「うふふっ、それはよかったわぁ。さて、それじゃあ戻れる道を作ってあげないとねぇ」
フリフラがそう言うと木の根で覆われていた壁が意思を持ったように動きだす。
人一人通れるくらいのくらいの穴が出来上がったのだ。
「この先が中心に?」
「ええ、そうよぉ。途中小部屋があるからそこで休んでいくと良いわぁ」
「ありがとうございます……何から何まで」
「うふふっ、いいのよぉ。私ぃは幸福な人を見るのが好きだから」
そうフリフラが答える。
ここでフリフラに出会えたのは幸運だったと言える。
エリシアとナリアはゴールまでの道のりをゲットしたのだから。
相変わらず元気なナリアを先頭に、フリフラの作り上げた道を進んでいく。
ナリアとエリシアが通ると、ぽっという音と共に小さな光が現れて道を照らしてくれる。
ユグドラシルという場所は、どこまでも不思議なところだった。
「うふふっ、ここを真っ直ぐ進んでいけば、しばらくすると一つの部屋につくわ」
「ナリアの元気さから考えると、部屋で休まなくてもいけそうな感じもしますね」
「そうねぇ。とても元気な子――あなたは、妹ちゃんが大事?」
「はいっ。もちろんです。あの子が幸せに暮らせるようになるのが私の望みですから」
「そう……とてもいい望みだと思うわぁ――でも、それはあなたの幸せなの?」
「……え?」
フリフラの話し方は変わらない。
ゆるい感じがしつつ、どこかやさしい雰囲気のある話し方。
けれど、今の言葉には何か棘のようなものを感じた。
エリシアの幸せ――それを問いかけてきたのだ。
「私も、今は幸せに感じていますよ」
エリシアの言葉に偽りはない。
だから、そうはっきりと答える。
モーゼフと出会って、ナリアと共に暮らす事ができている。
頼ってしまう事の方が多いけれど、モーゼフのためにできる事があればそれもやっていきたい――エリシアはそう考えていた。
フリフラはエリシアの答えを聞いて、嬉しそうな反応をする。
「そうねぇ。あなたは幸せを感じていると思うわぁ。そして、あなたはとてもいい子――私の好きな子なの」
「あ、ありがとうございます」
「うふふっ。だから、あなたにはもっと幸せに生きてほしいの」
「私は……十分幸せですよ」
「それ以上の幸福があるとしたら?」
「それ以上って……どういう――」
「あーっ!」
フリフラへ問い返そうとした時、ナリアの声が先の方から響いた。
驚いた声を聞いて、エリシアは慌てて狭い道を抜けていく。
先の方に出口が見えた――そこが、フリフラの言っていた小部屋なのだろう。
小部屋で待っていたのは、一人の女性だった。
ナリアが喜び声を上げて、その女性に駆け寄っていく。
「おかあさんっ! おかあさんだ!」
「――え」
その姿を、エリシアも改めて視認する。
エリシアとナリアとは違う金色の美しい髪――けれど、大人びた雰囲気を持つ二人によく似た女性がそこにいた。
「大きくなったのね。二人とも」
「お母、さん?」
気付けば、もうこの世にいないはずの母の周囲を、フリフラが飛びまわっていた。
「うふふっ、人の不幸は蜜の味――そういう言葉があるけれど、幸せはもっと甘くて美味しい。私ぃはそんな人達の姿を見るのが好きなのねぇ」
そんな風に、フリフラは言い放ったのだった。




