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19.いつも通りのはずなのに

「え、今日は行かない?」

「うんっ」


 いつものようにエリシアの魔法の練習と、そして今日はギルドから依頼を受けるということを伝えると、ナリアは一緒に行かないと言い出したのだった。


「急にどうしたの?」

「えっとね、お友達ができたの!」


 ナリアの言う友達というのは、この町に住む少女で、サヤという。

 モーゼフが薬草の依頼を受けた男の娘だった。

 遊ぶ約束をしているということだったので、モーゼフとエリシアはナリアを家まで届ける。

 男――フリッツとサヤが出迎えてくれた。


「……っ」


 サヤは出てきたときはナリアを見て嬉しそうにしていたが、モーゼフとエリシアの知らない二人を見てすぐに父親の後ろに隠れてしまう。

 フリッツは申し訳なさそうにしながら、頭を下げていた。


「ほっほっ、恥ずかしがり屋さんじゃな」

「モーゼフさん、その節はどうも……」

「いやいや、元気そうで何よりじゃよ」


 エリシアがしゃがみこんで笑顔を向けると、サヤはナリアと見比べるように確認する。


「……似てる」

「そうよ、私はナリアの姉で、エリシアっていうの」

「エリシア……さん?」

「そう。ナリアと仲良くしてくれてありがとうね」

「ううん、ナリアちゃんが、わたしと仲良くしてくれるの」

「二人目の友達!」


 ナリアが嬉しそうに言った。

 一番目はモーゼフらしい。


「ほほっ、わしも友達に数えてくれるのかの?」

「当たり前だよ! 仲良しだもんっ」

「嬉しいのぉ」


 そんなやり取りもありつつ、畑の方に向かうというフリッツとサヤにナリアがついていくとのことだった。


「ナリア、迷惑はかけないようにね」

「うんっ。行こう、サヤっ」


 二人は手をつないで仲良く畑の方へと向かっていく。

 ナリアのことフリッツに任せてモーゼフとエリシアはギルドの方へと向かった。

 依頼というのは日々増えることの方が多い。

 ここは町としても小さいが、ギルドでは別の町や村との連携で依頼がかけられることがある。

 この町の近辺でなくともそれなりに離れたところの依頼があるくらいだ。


「《赤竜》の討伐……こんな依頼初めてみました」

「ほほう、ドラゴン系か」

「モーゼフ様はご存じなのですか?」

「ドラゴンは賢いものが多いからの。あまり人里などに現れることはないが、たまにこういう暴れものが現れるんじゃ」

「そうなんですね。でも、ここからはかなり離れたところの依頼みたいです」

「ほっほっ、受けたとしても向かう途中で討伐されてしまうかもしれんの」


 もっとも、この依頼は受けるつもりはないがの、とモーゼフは付け加えた。

 こういった類の依頼は遠征する場合には他のギルドとの連携をしながら現在の状況を確認する。

 有名な冒険者が複数人参加するようであれば、討伐に間に合わないかどうかも含めて判断できるからだ。

 二人は依頼を確認していると、ギルドの受付のエルがそわそわした様子で何か紙を持ってきた。

 掲示板に貼りつけるかどうか悩んでいるようだった。


「おや、どうした?」

「あ、モーゼフさんにエリシアさん。いえ、ちょっと緊急か分からないんですけど……ここの近くに村があるのはご存じですか?」

「村、ですか? 《フィエラ》の?」

「いえ、《タタル》というところなのですが」


 フィエラというのはエリシアが冒険者から話を聞いたという村らしいが、それはもう辺境中の辺境だ。

 ここから森の奥地の方にある村で、おそらくこことの連携も取られていない。

 タタルという村は森を沿って南方にあり、こことは定期的に連絡を取り合っているらしい。

 互いに森や町と村の間で発生する依頼は共有し合っていたらしいが――


「実はタタルの村のギルドと連絡が取れなくて……」

「ほう、それは気がかりじゃな」

「はい……。伝書鳩も戻ってこないので、こちらからも連絡係を送ったのですが、まだ帰ってこないんです」

「それでその確認を依頼として出すか迷っていたわけか」

「そうなんですよ。もう数日待ってみてもいいかとは思うんですけど」


 エルは頷いた。

 依頼として出すには不明確なところが多く、ギルドから依頼を出す場合は緊急の依頼という扱いにもなる。

 現状そのように扱っていいかどうかもギルドとしては迷っているとのことだった。

 エリシアは困っているエルを見て、すぐに依頼を受けようと思った。

 確認しにいくくらいなら大丈夫、と。


「あの、モーゼフ様――」


 ちらりとモーゼフを見た時、いつもと何か違う感じがした。

 幻覚魔法で生きていた頃のモーゼフと同じ姿をしている。

 今も、いつもと変わらない優しい表情をしているが、エリシアから見て何か違和感を覚えた。

 モーゼフは何か考えている様子だった。

 エリシアは思わず口をつぐむ。


「一つ聞くが、連絡が取れなくなる前に何か気になる連絡はなかったかの? その村や町でなくてもよいが」

「気になることですか……そういえば、別の町や村の話ですけど、何人か行方不明者が出ているとか」

「行方不明?」

「はい、それも女性ばかりで。あ、男性も数人の報告はありましたけど」

「なるほどのぅ」


 ただ、そこまで町や村から突如いなくなるというのもあり得ない話ではない。

 事情があって姿を隠すものもいるし、何らかの用事によってどこか別の町や村へ行っているのかもしれない。

 それでも複数件の報告があれば、それは関連性があるにせよないにせよ、気にすべきことであることは確かだ。


「よし。その依頼、わしが受けよう」

「いいんですか? まだ依頼としても情報が不十分ですし、それに連絡係と入れ違いになってしまう可能性もありますよ?」

「構わんよ。ちぃとばかし様子を見に行くだけでいいんじゃろう」


 モーゼフは頷くと、エルから紙を受け取る。

 当然、エリシアも同行するつもりだった。

 だが――


「エリシア、お前さんはナリアのところに行ってやりなさい。今日は魔法の訓練もお休みじゃな」

「え、モーゼフ様お一人で行かれるのですか?」

「おや、この老人一人では不安かの?」

「そ、そういう意味ではなくてっ」


 ほほっ、と茶化すように笑うモーゼフだが、エリシアは少し不安を隠せなかった。


「なぁに、心配せんでもすぐに戻ってくる。だから、二人でこの町で待っているんじゃよ」


 ぽんぽんといつものようにモーゼフはエリシアの頭を優しく撫でる。

 人前でされるのは少し恥ずかしいという気持ちがいつもあったが、今日は何だか落ち着いた。


(いつものモーゼフ様だ)


 そうして、モーゼフは一人でタタルの村へと向かった。

 エリシアはナリアのところへと向かい、一緒に畑の仕事を手伝ったり、サヤとも遊んだりもした。

 サヤはエリシアにもよく懐き、畑の仕事をしていた人々ともすぐに打ち解けることができた。

 モーゼフとの別れ際まで感じていた不安も忘れさせてくれたが、その夜――その翌日になってもモーゼフが戻ってくることはなかった。

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