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14.やがて町は

 討伐隊はキメラの討伐は完了したと言い残し、今までの支援金をギルドに返していなくなってしまった。

 あまりの突然の出来事に、ギルドも含め町中では少し騒ぎになった。

 結局、お金が戻ってきてキメラの討伐も完了したというのならそれでいいだろう、ということに落ち着いたが。

 ただ、さすがに冒険者達も本当に討伐したのかと警戒し、すぐさま依頼を受けるのをためらっていた。

 だが、老人の冒険者であるモーゼフが山から薬草を取ってくる依頼を達成したのを見ると、皆々普通に依頼を受けるようになり始める。

 元々キメラなどという魔物が存在するはずもない地域だ。

 これで少しずつだが、活気も戻ることだろう。

 モーゼフ達は、旅の疲れを癒すという名目で三日ほどは宿や町中を見学するなどをしていた。

 そうして、モーゼフはエリシアとナリアを連れ、少し町から外れた場所に来ていた。

 エリシアに魔法を教える約束をしていたので、その訓練をするためだ。


「さて、魔法についてじゃが、エリシアは魔力の使い方を理解しているかの?」

「すみません、恥ずかしながら……」


 俯くように答えるエリシアに対し、ナリアは手をピーンと手を伸ばす。


「わかんないっ」

「ほほっ、教えてもらわねば分からんのは当然のことじゃ。恥じることではない」


 最初に魔法という技術を会得した者は尊敬に値する。

 モーゼフもまた、師とあおぐ人物から魔法を教わったのだから。

 モーゼフは手を前に出す。

 掌から小さく、火が燃えだした。


「なんだかちっちゃい!」

「これこれ、触ってはいかんぞ。魔法というのは魔力を源にして、イメージを具現化するじゃよ。火でいえば魔力は薪のようなものじゃな」

「薪……ですか?」

「うむ。まずは魔法を使えるようになるために、魔力の流れを掴む訓練をしよう」


 モーゼフはそう言うと、エリシアに掌を広げるように言う。

 その手の上をなぞっていき、モーゼフは話しだした。


「今も、こうして魔力は身体を流れている。血の流れのようにの」

「血の流れ……」

「うむ。そこにあるモノとして意識するんじゃ。まずは魔力という存在を認識すること。だんだんと熱を帯びてくる感覚があれば、それを覚えることじゃ」


 エリシアを掌に意識を集中する。

 だが、特に感じられるものはなかった。

 そよ風が気持ちいい――そんなどうでもいいことすら頭に浮かんでしまうほどに。


「……む、難しいですね」

「ほっほっ、最初はそんなもんじゃ」

「うーん、なんだかあったかいような気がする」

「え、ナリアは分かるの?」


 ナリアが小さな手のひらを見つめながらそんなことを口にした。

 エリシアの真似をしていただけだが、本来魔法というのは幼い頃から訓練を積む方が伸び代は大きい。

 大きくなってからでももちろん成長できないわけではないが、まだエリシアよりナリアの方が感覚を掴みやすいのだろう。


「ほほっ、ナリアも練習するか?」

「するーっ」

「わ、私もがんばります!」


 妹に先を越されて少し悔しいのか、エリシアも少し食い気味に言った。

 いつでも頼られる姉でいたい――そんな風な思いがエリシアにもあるのだろう。


「それじゃあ、二人で練習していくかの」

「はーいっ」

「分かりましたっ」


 そうして、魔力を感じ取る訓練は続く。

 エリシアはとにかく真剣に学んでいた。

 何をするにも一生懸命――こういう類の訓練は性格が顕著だった。

 ナリアは対照的、というか元々何にでも興味を持つ子だ。

 近くを通った小型の兎、《草原ラビット》を見つけるや否や、ナリアはそれを追いかけ始めた。

 ただ、ナリアの方がそれでも成長性は感じられる。

 子供というのはそれだけ感性が柔軟なのだ。

 ただ、エリシアには焦らないように教える。

 元々、矢を得意とするエリシアには魔法は魔法でも、闇雲に強い魔法を教える方向にするつもりはなかった。

 ゆっくりでも、エリシアにはエリシアにあった魔法の使い方を学んでもらう。


「さて、そろそろ戻るとしようかの」

「は、はい」


 額に少し汗をかきながら、エリシアは頷いた。

 熱を帯びる感覚というのはマスターしたとはいかないまでも、感じられるようにはなったようだ。

 ナリアはというと、《ストーン・キャット》という小さな猫とじゃれ合っていた。

 この付近では小型の魔物が多く見かけられる。

 森の方や洞窟にいけば人に危害を与える可能性のある魔物は見受けられるが、町の付近にはあまりそういう魔物は出ないようだ。

 三人は町に戻ると、幾人かの冒険者が森に依頼をこなしにいくのとすれ違う。


「あ、爺さん!」


 一人の冒険者がモーゼフに話しかけてきた。

 この町にやってきてきたとき、ギルドでふてくされていた男だ。


「おや、どうした?」

「この間はその、悪かったな。変なこと言ってよ」

「ほほっ、気にする必要はない。誰でもそういう気分のときはある」

「いや、討伐隊がキメラを倒したって言われたときも、ビビって森の方にはいけなかったんだ。あんたが依頼を達成したって聞いたとき、正直勇気が出たよ。だから、礼を言わせてくれ」


 そう言って、冒険者は頭を下げる。

 モーゼフは冒険者の肩をたたくと、


「そんな大層なことはしとらん。わしは何も警戒せずに森に行っただけじゃよ。この年齢になると命知らずになるんじゃなぁ」

「ははっ、大した爺さんだ」


 冒険者は笑顔でそう答えると、モーゼフ達とは別れを告げて森の方へと向かっていた。

 その様子を、エリシアは見つめていた。


「モーゼフ様、結局キメラを討伐されたことは言わなかったんですね」

「うむ。話した方がややこしくなるじゃろう? だから、討伐隊に協力してもらったんじゃ」


 モーゼフはエリシアにはそういう風に片づけたと説明している。

 彼らも快く受けてくれた、と。


「モーゼフ様はお優しいですね。やっぱり、私を助けてくれたときと変わらない」

「ほっほっ、そんなに褒めるでない。年甲斐もなく喜んでしまうわい」


 モーゼフが笑いながら答えると、エリシアもつられて笑顔になる。

 宿の方へと戻る途中、町の診療所から小さな娘を連れて出てきた男とすれ違う。

 娘は寝息を立て、その表情は穏やかだった。

 男が礼をすると、モーゼフはまた笑顔で答える。


「どうかしましたか?」

「いや、今日も静かでいい日じゃと思っての」

「ふふっ、そうですね」


 小さな町は少しずつ活気を取り戻していっていることを、モーゼフは感じていた。

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