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111/115

111.新たな来訪者……?

「おねえちゃん、早く泳ご!」

「そんなに急がないの」


 ナリアが元気よく飛び出してきて、後を追うようにでてきたのはエリシアだった。

 二人ともカラフルな花柄の水着で、姉妹揃ってお揃いのものを着用している。


「ヴォルボラも早くーっ」


 さらに後ろからやってきたのはヴォルボラ。

 赤竜であるヴォルボラと同じ色の水着を着用している。

 だが、ヴォルボラは少し顔をしかめて水着を引っ張ると、


「……これなら着ていなくてもよくないか?」

「ほっほっ、着ているのと着ていないのとでは大差じゃろ」


 モーゼフは笑いながらそうヴォルボラに言った。

 ヴォルボラの価値観から言えば水着と裸は大差ないという。

 実際、見た目だけで言えば下着に近いのだから間違ってはいないのかもしれない。


「モーゼフ様、その……」

「おお、エリシア。よく似合っておるぞ」

「っ、あ、ありがとうございます」


 エリシアは恥ずかしそうに俯いているが、嬉しそうに答えた。

 エリシアからモーゼフの下へとやってきたのは水着についての感想が聞きたかったからだろう。

 あまりそういうことをしたがらないエリシアが聞きに来るというのは、ある意味進歩かもしれない。

 モーゼフがそう考えていると、足元でモーゼフのローブを引っ張るナリアの姿があった。


「モーゼフは泳がないの?」

「ほっほっ、わしも遊ぶとするかの」


 ナリアの問いかけにモーゼフはそう答えると、ローブを握りそれを脱ぎ捨てた。

 脱ぎ捨てたローブは宙を舞い、パサリと地面に落ちた。

 モーゼフは仁王立ちで海の方を向く。

 何も着ていない姿――だが、そこにいるのは老人ではなくただの骨であった。


「ほっほっ、骨には水着はないからの」

「……卑怯だな、モーゼフ。私も――」

「ヴォルボラ様は水着、とっても似合っていますからっ」

「むっ、そ、そうか……? エリシアがそう言うなら……」


 エリシアに褒められたのが嬉しかったのか、ヴォルボラが元気よく尻尾を振るう。

 今は周囲に人もいないため、尻尾を隠してはいない。

 腰より少し下から飛び出した尻尾がぶんぶんっ、と今のヴォルボラの機嫌を表現していた。

 そして、その尻尾をナリアが掴む。


「あははっ、今日も元気に揺れてるっ!」

「やめろ」


 やめろ、とは言いつつも嫌がる様子は見せないヴォルボラ。

 水着に着替えた三人と、事実上の全裸であるモーゼフの四人は海へと入っていく。


「あれ、レグナグルは?」

「あれじゃ」


 ナリアの問いかけに、モーゼフは沖の方を指差す。

 小さな点のように見えるレグナグルの姿がそこにはあった。


「えーっ、すごい! レグナグルってあんなに泳げるんだっ」

「ほっほっ、猪じゃからのう」

「猪関係あるのか?」

「えっと、流されているわけではないですよね……?」

「あやつなら後で戻ってくるから心配はないじゃろう。気にせず海で遊ぶといい」


 エリシアだけその真実に気付いてしまっているが、モーゼフはそれ以上深く触れるようなことはせずに、遊ぶように促した。

 ナリアは早速海の中へと飛び込んでいく。


「わーいっ! 冷たくて気持ちいいよ!」

「ナリア、川遊びの時も準備運動が大事だって言っているでしょう!」

「そうなの?」

「身体を動かしてからじゃないと危ないの」


 海については初めてだが、川遊びではそれを基本としているらしい。

 準備運動までするとは律義なものだが、エリシアの言っていることは正しい。

 エリシアとナリアが並んで準備運動を始める。

 その間に、モーゼフとヴォルボラが海へと入っていく。


「川以上に流れが強いからのぅ……流されてしまうそうじゃ」

「むしろもう流されていないか?」


 海に立つモーゼフは、波が押し寄せるたびにだんだんと小さくなっていく――いつの間にかヴォルボラよりも縮んだ身長になっていた。


「ほっほっ、やはり海の流れというのは厳しいものがあるのぅ」

「モーゼフ流されちゃったの!?」

「川の時も流されてしまっていましたし……モーゼフ様、もしかして水の中が苦手、とか?」

「そうかもしれんのぅ」


 準備運動を終えたナリアとエリシアが、残された上半身だけのモーゼフのところへとやってくる。

 すでに身体の半分以上は海に流されていた。

 実際のところ、わざと流されているだけなのだが、ナリアよりも小さくなってしまっている。


「モーゼフの『ゆーふく』が……」

「そうじゃのぅ……ナリア。わしの『ゆーふく』をお前さんが探してきてはくれんか?」

「! そういうことなら任せて! おねえちゃん! モーゼフの『ゆーふく』探しにいこ!」

「ええ、分かったわ!」


 エリシアとナリアは二人、海の中へと入ってモーゼフの一部を探し始める。

 ちょっとした遊びのようなものだった。

 ただ、流された本数は遊びの域を超えている。


「ほっほっ、エリシア。お前さんは魔力を感じ取ってみるといい」

「! 魔力、ですか?」

「うむ。わしの骨の一部は常に魔力を帯びているからの。水は魔力をよく通す――お前さんなら見えるはずじゃ」

「わ、分かりました!」


 エリシアに対しては、遊びの中にもちょっとした修行を交えて教える。

 砂浜に打ち上げられた白骨死体のようになったモーゼフは、胸の部分に頭部を置いてそんな二人を見守っていた。


「ヴォルボラも探そ?」

「べんぼび」

「頭半分だけ出すのって本当にドラゴンの泳ぎ方、なんですよね?」

「ぼうばば」


 エリシアとナリアの前で、頭の半分だけが水面から出ているヴォルボラ。

 何を言っているのかよく聞き取れないが、「めんどい」と「そうだが」と一言答えているのだろう。

 それくらいはモーゼフにも分かった。

 エリシアは魔力を探り、ナリアは勘。そして、ヴォルボラは脅威の潜水能力を見せてそれぞれモーゼフの身体を回収していく。


(ほっほっ、骨集めが終わったらレグナグルを連れ戻してボール遊びでもするかの)


 間違いなくエリシアが抵抗を持ちそうなボール遊び――レグナグルを使ったビーチバレーをしようと考えていた。

 かなり沖の方まで相変わらず流されていっているレグナグルだが、不意にその姿が消える。


「むっ」

「……? どうかされましたか? モーゼフ様」

「三人とも、一度海から出なさい」

「どうしたの?」


 エリシアとナリアは特に気付いている様子はないが、ヴォルボラはレグナグルの消えた方向を鋭く見据えていた。

 突如姿を消したレグナグル――そして、大きな魔物の気配。

 ただ、その気配はモーゼフの知る者に近しいものであった。

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