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102.新たな師

「……それで、柔らかいものと結界魔法を教わるためにきた、と」


 ウェルフの言葉にヴォルボラが頷く。

 最初の目的は柔らかいものだったのだが、エリシアの話を聞いて重要度を変更した。

 先ほど思い立ったばかりなのに、あたかも魔法を教わりにきたと言わんばかりに話を進めたのだった。


「まず、私に教えてもらう必要はあるか?」

「モーゼフに教われと?」

「それはそうだろう。あの爺さんは……まあ認めたくはないが優秀な魔導師だ。さっさと成仏しろと思うが」


 ブツブツと何か付け加えるようにウェルフが呟く。

 モーゼフに対し、恨みつらみがあるのだろうか。

 ヴォルボラはそう感じながらも、話を進める。


「モーゼフは結界魔法を教えてくれないらしい」

「あ、その……教えてくれないというか……」

「まだ早い、というところか。それは爺さんの言うことの方が正しいな」

「難しいもの、なんでしょうか?」


 エリシアの問いかけに、ウェルフは少し考えるような仕草を見せる。


「君がどれくらい魔法を学んできたのか分からないが、あの爺さんがそう判断したのならまだ早いんだろう」

「そう、ですか……」

「エリシア……おい、お前が教えることはできるだろう」


 ヴォルボラは食い下がる。

 ウェルフの結界魔法はヴォルボラでも近くにいなければ気付くことができないくらいには優秀だ。

  教わるには十分な実力を持っていると言える。


「私が教えてやる義理もないわけだが……」

「なんだと……?」

「ヴォルボラ様、私のわがままですから……」

「しかし……」

「まあ話は最後まで聞け。誰も教えないとは言ってない」


 ウェルフの言葉に、ヴォルボラとエリシアが少し驚いた表情を見せる。

 ウェルフはにやりと笑みを浮かべると、


「あの爺さんに一泡吹かせてやるのも悪くない。まだ君には無理だと爺さんは思っているんだろうが、それならむしろできるようにしてやれば驚くかもしれないな」

「教えてくださるんですか……?」

「私がここにいる間だけならな」

「あ、ありがとうございます!」


 エリシアが頭を下げる。

 一見するとモーゼフに対して良くはない感情を抱いているようだが、話してみれば意外とすんなりいくものだった。

 エリシアにとって、二人目の魔法の師ができた瞬間だった。


「以前助けてもらったご恩も返せていないのに……」

「あ、あれはたまたまあそこにいただけだ。前にも言ったが、それは言いふらすなよ!」

「何だか分からないが、我からも礼を言うぞ」

「……言っただろう、爺さんに一泡吹かせてやると。まあ、リッチが泡を吹くわけもないんだが……。爺さんからはあるものも受け取ってるからな。それの謝礼代わりに君に教えてやると言ってもいい」

「謝礼ですか……?」

「私の専門分野の話だ。さて、あとは柔らかいものだったか?」

「ああ」


 ヴォルボラも微妙に忘れかけていた――実は本命の話。

 エリシアにプレゼントするための柔らかいもの。

 本人も目の前にいる状態で、ヴォルボラは気にすることもなく話す。


「エリシアが柔らかいものが好きなんだ。我はそれがほしい」

「ヴ、ヴォルボラ様……」

「ん……? エリシアが柔らかいものか好きなのに、君がほしいのか」

「ああ、問題あるか?」

「いや、別にないが……その柔らかいの基準になるものはなんだ?」

「それなら――」


 ヴォルボラは迷うことなくスカートをたくしあげる。

 エリシアが慌ててそれを制止した。


「だ、ダメですよっ!」

「触らせないと分からないだろう」

「な、何を触らせるつもりだ……!?」


 ウェルフも狼狽する。

 見た目可愛らしい少女の姿をしているヴォルボラが、突然前触れもなくスカートを上げれば、誰だって動揺はする。

 ヴォルボラにはその観念が存在しなかった。


「見せるのがダメなのか?」

「そ、そうですっ」

「ふむ……なら、尻のあたりを触ってくれ」

「尻……?」


 ウェルフが怪訝そうな顔でヴォの方を見る。

 そして、エリシアの方をちらりと見ると、


「君たちは私をからかいに来たわけではないよな?」

「ち、違います! えっと……その、触ってみていただければ……」


 エリシアも、ヴォルボラがいいと言うからには、これ以上止めるつもりはないらしい。

 ウェルフは怪しむ表情をしながらも、ヴォルボラの尻の部分に触れる。


「……ん?」


 ふに、ふに。


「何か、あるな……。なんというか、柔らかいものが……」

「こんな感じのやつだ」


 こんな感じというアバウトな言い方だったが、ヴォルボラの尻尾の柔らかさを直接伝えることには成功した。

 ウェルフは何もないところで、手をわきわきと動かす。


「いや、今のなんだ!?」


 当然の疑問だった。

 ヴォルボラはウェルフの方に向き直ると、隠すこともなく宣言する。


「尻尾だ」

「尻尾……君は獣人だったのか。そうは見えなかったが……。というか、エルフと獣人とはまた珍しい組み合わせだな」


 実際には、エルフとドラゴンという珍しさを超えた組み合わせだが、その点についてはヴォルボラもエリシアも触れない。


「まあ、あれくらいの柔らかさなら再現できると思うが……」

「おお、本当か?」

「多少なりとも素材は必要にはなるが」

「それくらいならば我が取ってこよう」

「私も行きますっ」

「いや、エリシアはここで早速結界魔法を教わったらどうだ」

「え、でも……」

「私の予定が一切加味されていないな!」

「空いていないのか?」

「……空いているが」


 一先ず反論したかった――ウェルフはそういう性格なのだと、ヴォルボラにも理解できたのだった。

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