第48話 苛立たしい相手
実際に、提出予定だという書類にも、そのような脈絡の内容が綴られていた。
その金の流れについても追っており、行きついた先は経理部長の妻。
他には流れていなかった事から、現時点では経理部長の独断で行われた横領であり、本人もそのように自供していると。
しかしそこに注釈が書かれており。
「お前が後出ししてきた情報も、少しは役に立った。頑なに『意図した横領ではなく、あくまでも常務上のミス』『結果的によくない形になってしまっただけで、不正を働く意思はなかった』と言う経理部長に『浮いた金を側妃に流している事は分かっている』と言ったら、間髪を入れずに『金の流れ先は妻だ』と墓穴を掘った。自分の不正が明るみになったにも拘わらず、血相を変えて『側妃様とこの件は何一つ関係ない』という主旨の言葉ばかりを論ってな」
注釈にしてあった内容を、より詳しく伝えられる。
経理部長としては、自分の身より側妃にまで火の粉が及ぶ事の方が、余程恐ろしかったのだろう。
経理部長と側妃は、同じ侵略派閥の人間。
上下関係で言えば、もちろん王族の仲間入りを果たした側妃の方が上だろう。
しかしそれにしたって、間髪を入れずに自白したとなれば、心当たりがあるとでも言っているも同然だ。
この兄が結局側妃にまで処分の範囲を広げていないのは、あの女が実際にまだ一切の金銭を受け取っていなかったからなのだろう。
しかしここまであからさまだと、本当に私が側妃と対峙した時に抱いたあの疑惑は、ほぼ真実だったと判断せざるを得ない。
「その経理部長は、あまり腹芸が得意ではないのですね」
「俺の手腕が物を言ったとは思わないのか」
「さぁどうでしょう」
成果を立て続けているが故に、自信家な兄からの実力自慢。
それを「経理部長本人の事をよく知らないので、実際にどうなのかは」と躱せば、何故か兄は少し楽しげに笑った。
「中々言うようになったな。まぁいい。結果として、城内の業務を正常化する事ができた。侵略派の上層部を一つ潰したのだ、当分の間は勢いも削がれるだろう」
「そうですか」
「で、何が望みだ」
何かを通すために、今日ここに来たのだろう。
兄にそう用件を促される。
その目には、どこか期待のようなものが見え隠れしていた。
何か突飛由のないようなものでも求めると思っているかのような、目。
何故そんな目を向けてくるのか、私にはいまいち分かりかねる。
しかし、時戻り前の私なら未だしも、今の私には彼の期待に応えなければならない道理もない。
「では、経理部所属のアラン・ベトナーを私の慈善事業関連業務の補佐役に任じてください」
「べトナーを、補佐役に?」
今にも「そんな事でいいのか」とでも言い出しそうな、兄の声。
明らかに拍子抜けしている様子だけど、逆にその様が小気味いい。
「彼は実直で優秀な文官です。あのような怠惰な人材の遊び場のような所ですり潰すには、あまりにも勿体ない人材ですので」
元々私は、べトナー卿を自分の傍に引き入れたくて行動した。
不正を明るみにする事は、彼との信頼を築くために必要だっただけであり、本来の目的などではない。
しかし彼を傍に置く理由に「時戻り前に感じた、彼の人柄を鑑みて」などという真実が、まさか言える筈もなく。
相応の理由が必要だ。
それらしい理由もなくできる程、城内の人事異動は簡単ではない。
ならばと引っ張り出してきたのが、先日時戻り後に初めて彼を見た時の、あの経理部の光景だ。
「怠惰なだけでも忌避すべきなのに、それが遊んでいるのか? 経理部というのは」
「えぇ。少なくとも私が見た時は、べトナー卿にすべての仕事を押し付けて、後の者たちは皆思い思いに優雅な時を過ごしていましたよ?」
「他の者たちは自分の持ち分を早く終わらせていたのではなく?」
「さぁどうでしょう。しかしどちらにしろ、一人の机に山積みな書類が目に入れば、普通は手分けをしたりするでしょう?」
城内の文官仕事は基本的に、部署ごとに責任を持って行うようになっている。
少なくとも私はそう、王妃教育の時に教えられた。
経理部となれば、特に他部署との関わりが強い。
あの盗み見た仕事ぶりを思い出せば、そもそも彼が仕事のできない人間だとは到底思えないけれど、たとえ彼一人だけ仕事が遅かったとしても、部署内で助けるべきである。
それができていない時点で、彼以外の職務怠慢の存在は証明できる。
兄は少し、考えるそぶりを見せた。
しかしすぐに「いいだろう」と言う。
「経理文官たちの職務状況を調べ、適切な再配置を行うべく宰相に進言する。その際に、べトナー卿は別枠として考える」
「ありがとうございます」
「まぁ、これでも俺は今回のお前の成果を、それなりに評価しているつもりだからな。が、いいのか? 本人の意思を確認しなくて」
「既に本人からの了承は得ていますので」
サラッと私がそう述べると、彼は「ほぉ?」を首を傾げた。
「なるほど、最初からそのつもりだったか。もしかしたらそのために今回の事を起こした可能性まである」
鋭い。
が、言質は取らせない。
味方にならないような相手に、要らぬ情報を与える必要もない。
無言の微笑みで彼からの視線に耐えると、先に諦めたのは兄の方だった。
「まぁいい。今後べトナーを使い、何かしたいのだという事は分かったからな」
一々、言わなくていい指摘をしてくる。
それが図星なのだから、また器用にも私の神経を逆撫でする結果になる。
「側妃も侵略派も、当分は攻勢が弱まる。たしかに仕掛け時は今以上にあるまい」
「派閥の事など知りません。スイズ公爵家の事は、そちらですべて済ませてください」
変に期待されても困ると思い、あらかじめ釘を刺しておく。
「側妃の後ろ盾が侵略派もといダンドール公爵家であるように、お前の後ろ盾は我らが和平派でありスイズ公爵家だろう」
「後ろ盾というのは、お飾りではありません。もっと実質的で積極的なものの事を言うのですよ。私たちがいつそのような物に実質的に助けられたのか」
ただの一度もなかった事だ。
これだけは明確に断言できる。
「今回のは違うのか」
「あくまでも宰相補佐閣下への、業務上の進言の域を出ません。そこに自分の利を見て引き受けたのは、宰相補佐閣下ご自身の選択。まさか『仕事に私情を持ち込んで、妹が言うから調べた』などと言うつもりはないのでしょう?」
「ふっ、それはそうだな」
こちらは真面目に話しているのに、一体何が面白いのか。
よく分からないし、分かりたくもない。
とりあえず私が言いたいのは。
「言っておきますが、今後そのような物の恩恵を受けるつもりも、一切ありませんので」
そのような物は、当てにしないし、必要もない。
むしろ「これだけよくしてやったのだから、見返りを寄こせ」というようなしがらみに捕らわれると考えれば、邪魔ですらある。
断固拒絶だ。
そんな気持ちを一切隠さない私に、兄は何故かまたフッと笑った。
「貰える物は、貰っておけばいいものを」
「必要な場合は、こちらから利用しに参りますので。思惑を孕んだ施しは不要です」
暗に「変わった妹だ」と言う兄に、「変わっていて結構」と突き放す。
「ちなみに、べトナーを使って何をする予定なのだ?」
「教える義理はありません。どうせ動けば、知れるのですし」
少しの間くらい、待っていればいいではないですか。
素っ気なく言葉を返し、席を立つ。
もうここでの用事はすべて済んだ。
時計を見れば、もうすぐ子どもたちの昼寝が終わってしまう時間だ。
早く部屋に帰ろう。
そして、待っている天使たちの顔が一刻も早く見たい。
癒されたい。
「それではべトナー卿の事、よろしくお願いいたします」
そう言い置いて、私は部屋を後にした。
背中越しに「自分の周りだけではなく、たまには陛下との時間を取る事も必要だぞ」と言われたけど、別に今財布《陛下》には用事がない。
子どもたちとの時間は幾らあっても足りないし、子どもたちのためにやるべき事、やれる事はたくさんあるのだから。
利己主義者は絶対に真の味方にはなり得ない。
そんな相手に割きたい時間など、私には皆無なのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
本作はカクヨムにて同タイトルで連載中の作品を、順次移行掲載しております。
第五章以降のなろうでの投稿・更新は、11月末頃を予定しています。
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