第41話 証拠集めと持ち込む相手
これ以上、情報の詳細について掘られたくない。
となれば、このまま攻勢あるのみ。
「彼の行いを止めるために、貴方に協力してほしいのです」
証拠固めの協力を、強気に願い出る。
それこそ「貴方にしかできない事なのです」とでもいうかのように、切実に。
「彼の不正は王妃として、決して見過ごせるものではありません。なるべく迅速に、彼の不正を明るみにし、蛮行を止めなければなりません。貴方にはそのための証拠固めができるだけの能力があると確信しています」
この確信は、決して張りぼてなどではない。
実際に時戻り前も彼の証拠固めは、完璧に近かった。
かなり詳細な証拠の数々だった。
当時の彼が誤ったのは、固めた証拠をまず犯人である文官長に見せた事。
どうやら彼は部長を諫める事で、部長自ら上に報告し、改心してほしかったようだけど、残念ながらその思いは届かなかった。
部長の手で情報は握りつぶされ、周りに「あらぬ罪を着せて自分を陥れようとしている部下がいるから、決して取り合わないように」と方々に根回しをし、ついには閑職に異動させた。
すべてが後手に回ったのは、彼が甘い考えでいた事と、この告発をして握りつぶされずに上まで上げてくれる人脈を、彼が持っていなかったせいだろう。
彼の生家は男爵家だけど、城内で働く文官の殆どが中級から上級貴族である。
社交界の人間関係が、そのまま職場にも影響する。
そんな環境下で下級貴族の彼が新しく人脈を作るのは、そもそも簡単な事ではない。
その上、あの真面目過ぎる性格だ。
煙たがられる事こそあっても、仲良くするような人は出てこなかったのだろう。
そんな相手からの「告発を上に上げてくれ」というお願いなど、容易に却下される想像がつく。
それこそ結果は部長自身に指摘する事を選んだ時戻り前と、似たような結末にしかならないだろう。
きっとその時のべトナー卿も、そういう思考になったのだろう。
彼には選択肢が他になかったのだと、当時の彼の話を思い出して、今そんなふうに考察をする。
しかしだからこそ、彼が私と手を組む意味が生まれる。
「貴方が集めた証拠を持って、私が確実に上へと持っていきます。貴方にはない上への伝手を持っていますから」
実際には、私が今持っているその伝手も、時戻り前の私も持っていなかった、時戻り後に生んだ実績の結果の細い糸だ。
一度でも失敗すればその時点で切れる、限りなく頼りない糸を使った綱渡りである。
こんなところで一種の切り札を使うかどうかを一瞬悩みはしたものの、どうせ頼りない程細い糸なのだ。
こういう最悪失敗しても子どもたちに直接的な被害が及ばないところで渡って、更なる実績を以って、一ミリでも太くしておいた方が後のためになる。
そして、彼の答えは――。
§ § §
べトナー卿に協力関係の構築を持ち掛けたあの日から、一週間。
私はある人間との面会を取り付けていた。
「ルティード様、王妃様が来訪されました」
「入れ」
扉越しに聞こえてきた兄は、相変わらず素っ気ないものだ。
扉が開くと案の定、執務机にひたすら目を落としている兄がいる。
やはり一度の実績では、先日来た時とそう大きくは態度も変わらないか。
そんなふうに思ったのだけど、書類にサインを書き終わった彼が、予想外にそこで仕事の手を止める。
「ソファーに座れ」
言いながら、彼は席を立ち、ソファーに移った。
どういう風の吹き回しなのか。
答えを出しあぐねていると、彼に再度、今度は目だけで「座れ」と言われてしまった。
こんな事で交渉相手の機嫌を損ねるのは、馬鹿らしい。
素直に向かい側のソファーに腰を下ろし、今度は促される前に本題へと入る。
「こちら、王城経理部の帳簿の一部写しです。そして、こちらが実際の支出」
私が今回持ってきたのは、べトナーから預かった、部長の不正の証拠たち。
片や王城経理部で保管している、城内各部署からの支払い申請――つまり、支出に関する記録。
片や申請元の各部署で保管されていた申請書類。
上――それこそ宰相や宰相補佐、すなわち兄が年間支出を確認する際に見るのは、経理部で保管しているものの方だ。
普通、各部署の申請書には目を通さない。
普段から忙しい兄も、おそらくその例外ではない。
基本的に各部署の部外秘資料として、余程の事がない限り、誰かがこれらを見比べる事はないが。
だから、上に気付かれないように国庫から金を抜く――すなわち国庫に対し架空請求をするためには、経理部の帳簿を弄るだけで事足りる。
「『経理部に、金の私的な使い込みをしている者がいる』と言いたいのか」
「その通りです」
こうして本来並べる筈のない資料を並べて比べてみれば、不正の跡がある事など一目瞭然だ。
「どちらも控えか」
「はい」
「では証拠能力はないな」
「その通りです。しかし」
私たち――すなわちべトナー卿では、どちらも部外秘に当たる資料の原本を持ち出す事までは不可能だった。
物理的には可能だけど、そんな事をすれば部長の不正を追及する前に、べトナー卿自身が『勝手に書類を持ち出した事に対する窃盗の容疑』で捕まってしまうだろう。
だから、控えに甘んじた。
べトナー卿が自分で写した。
だからたしかに、それ自体に証拠能力はない。
けれど、この証拠たちの役割は、最初からそこではない。
「――証拠能力まではなくとも、正式に調査をするためのきっかけには十分でしょう?」
この問いの答えに関しては、兄の口から答えを聞くまでもない。
兄はここまで、一度も私との会話を打ち切るそぶりは見せなかった。
一貫して素っ気ない受け答えではあるものの、視線は依然として証拠から離れていないのだから。
「……まぁ、たしかにここからはこちら向きの仕事だな」
彼はそう言うと、立ち上がった。
「いいだろう。後はこちらで引き取る」




