最終話:アドリエンヌとオリヴィエ
数日後の休日。
アドリアンの家にオリーヴが遊びにきた。
遊びにと言っても正式な訪の使者を立ててきたものであり、シャンパルティエの家人が総出でもてなしたもののである。
先日の決闘騒ぎについての話であり、和気藹々とその件についての話が交わされた。
その夜である。
皆がお休みの挨拶をした後、そっとアドリアンは手持ちランタンを片手に屋敷の裏手、通用人口より外へ出る。
薄手の透けるような布を重ねたような、桃色がかった白のネグリジェ。シルエットが露わになるそれを纏うと、確かにコルセットを外したアドリアンは細身の男性であると分かるのであった。
天には十二夜の月。まだ満ちきらぬ蒼い月が地を照らす。
アドリアンは迷わず庭の四阿の1つへ、果たしてそこにオリーヴはいた。
こうして夜に抜け出して、話をするのが彼らの秘めた遊びであった。
四阿にはシャンパルティエ家の子達を表すかのように薔薇や百合といった花々に囲まれている。アドリアンのための桜の木も庭には植えられているが今は季節ではない。
代わりに桃色の芍薬の花が植えられ、綻んでいるのであった。
四阿の瀟洒な白いベンチに座るオリーヴは、机の上にも飾られた一重のその花を手に取り、艶然と微笑んでいる。
「こんばんは、素敵な夜だね。アドリエンヌ」
「こんばんは、素敵な夜ですね。オリヴィエ」
オリーヴは口元に花弁を寄せる。
「見たまえ、ボクが君に包まれているようではないか?」
芍薬の桃色の花弁の中には黄金の花芯。
その誘いの言葉にアドリアンはオリーヴの隣に座り、カンテラの灯を消して机の上に置くと、オリーヴを両手を広げて抱きしめた。
柔らかい感触。
オリーヴもネグリジェを身に纏うている。薄い緑、ライムがかった白いネグリジェ。胸も腰のラインも隠さぬとオリーヴもまたれっきとした女性に見えるのであった。
「ふふ、今日までにご両親には怒られたかい?」
「もう、とーっても」
「そうだね、ボクもそうさ。そろそろ男の形はやめろとね」
オリーヴの肩に頭を預け、アドリアンも頷く。
彼らも15歳、デビュッタントの時期が近いのであった。
「不安かい?」
「うん……」
オリーヴがアドリアンのこめかみに唇を落とす。
「何、男の姿を取ったとて、アドリアンが最も可憐な紳士であることは変わらないさ」
「ドレスを身に纏ったとしても、オリーヴが最も美しいのは変わらないよね」
オリーヴはワルツのようにアドリアンの腰を抱いて立ち上がる。
「そうさ、何も心配はいらない。ドレスを纏い、オリヴィエがオリーヴと名乗っただけで何が変わろうか」
「ボクたちの魂の形は変わらない」
くるくると互いを抱き締めるように回りながら、2人は庭の中で踊る。
「ボクたちはたった2人の月の子」
「ボクたちはたった2人の狂気の子」
オリーヴがステップを止める。
紫の瞳と灰の瞳が絡み合う。
「世界と凹凸の噛み合わぬパズルのピース」
「その凸凹はボクたちだけに噛み合う」
「ボク、オリーヴは今後、君のためだけのオリヴィエでいようじゃないか」
「ボク、アドリアンは今後、君のためだけのアドリエンヌでいよう」
「共にいよう」
「永遠に?」
「誰が永遠など誓おうか」
アドリアンの瞳から涙が頬に滑り落ち、オリーヴはその涙を唇で掬った。
アドリアンの両の手が救いを求めるかの如く震えながら天へと伸ばされていき、オリーヴはその指先を握り締める。
「ボクらはもう永遠だというのに」
アドリアンが笑みを浮かべた。
「……今やこの時、ボクらは永遠」
「なれば宣言しよう」
「「死が2人を分かつまで」」
6月の青褪めた色の月の下、2人は誓いの言葉を口にし、その影は1つになった。
――fin.






