第7話:終わり良ければ全て……良し?
決着はついた。
だがアドリアンは短剣を下ろさない。
「アドリエンヌ?」
立会人が声をかける。
「ボクはマーガニス殿下が自らの声で降参を認めるまでこの短剣を下ろす気はありません」
「な、何を……」
マーガニスが剣をどかそうと身じろぎし、アドリアンが剣を僅かに押し込む。
首筋から血が滴り、クラバッドを紅く汚していく。
「マーガニス殿下。ボクはさっきの決闘を見てはいませんが、立会人が勝敗を決した後に無効だと叫んだのは聞いているのです。剣を手放しなさい」
「不敬な……」
「敬意を払われるべき振る舞いというのがあります。
確かに戦場であれば、ボクもオリヴィエもあなたに一合の元に叩き伏せられるでしょう。あなたが憤るのは理解できる。それであっても決闘の勝敗は神にも覆させない」
マーガニスはこちらを覗き上げるアドリアンの灰の瞳、そこに込められた不退転の意志を見た。
からり、とサーベルが地に落ちた。
「敗北を認めていただけますね?」
「わたしの負けだ」
「ボクとオリヴィエに負けたことを認めますか?」
「……認めよう」
アドリアンが短剣を引き、鞘に収める。
オリーヴが手を叩いた。それは観衆全員に広がっていく。
「見事だ、さすがはボクの婚約者アドリエンヌ」
「えへへ」
はにかんだ笑みを見せてオリーヴに抱きつく。オリーヴは桃色の髪を優しい手つきで撫でた。
「オリヴィエは決闘に何を賭けていたの?」
「ん?簡単なことさ。ボクたちの話をしっかり聞けと」
「ああ……なるほど」
オリーヴがマーガニスの前に立つ。
「では先にボクのことからお話ししようか!」
オリーヴは左胸に手を当て、右手をマーガニスに向けて差し出し、ウィンクをして見せた。
「……ああ」
マーガニスは頷く。内心ではここで何か法外な要求でもされるのではないかと警戒しながら。
「このボク、太陽の輝きを誰よりも強く受ける月の民たるこのオリヴィエ!ことオリーヴ・ティーエルはティーエル伯爵家令嬢であるとも!つまりボクは女だ!」
「は……?」
マーガニスは呆然とした。
「ああ、その顔、馴染み深いものだよ!毎年新入生がしているからね!」
「え、だが……え?おん……?」
マーガニスの指が震えてオリーヴの全身を指す。
「ん?なんだ、これかね?膝丈のズボンの詰め物で腰のラインを隠しているんだよ。それともこちらか?肩も金モールで撫で肩を隠しているし」
それぞれの部位に手を当てて強調して見せる。だがそれでも細身の男性にしか見えないのであった。
「ああ、それとも胸かね?ちゃんとあるとも!……見たいかね?」
オリーヴが胸を持ち上げるような仕草をし、その手にアドリアンがしがみつく。
「おやめください、それはボクのです!」
「ふふん、情熱的だね?」
アドリアンの頬が赤く染まった。
マーガニスがやっとの思いで口を開く。
「オリヴィエが茶会で女達を侍らせていたのは……」
アドリアンは小首を傾げた。桃色の髪がさらりと流れる。
「女の子同士仲良いのは素晴らしいことですよね」
オリーヴが満足そうに頷く。
「そう、マーガニス殿下、君は年下女性に決闘を吹っ掛けて負けた王子という不名誉な称号を……待ちたまえ、この段階で項垂れているんじゃない。頭を働かせたまえ!」
話の途中で項垂れたマーガニスにオリーヴが檄を飛ばす。
既に目の光が消えかけているマーガニスがかっと目を見開いた。
「まさか……まさか……!」
がばりとマーガニスが顔を上げ、アドリアンの方を見つめる。
「は、はい!あ、あの!殿下!ボク、アドリエンヌことアドリアン・シャンパルティエはシャンパルティエ伯爵家令息。つまり男ですよ?」
「は?」
「いや、ボク伯爵家を継ぐってお伝えしましたよね?」
マーガニスの指が震えてアドリアンの全身を指す。
「え、えっと胸ですか?ドレスのフリルを盛って少しあるように見せているだけですよ。ウェストはコルセットで、腰回りはパニエで女性的なライン作っているだけで……」
それぞれの部位にぱたぱたと手を当てる。
「あー、殿下。ボク、ちんちんついてますよ?」
マーガニスの顎が落ちる。
「……確認します?」
アドリアンがスカートをたくしあげようとし、その手をオリーヴが掴んだ。
「やめなさい、その立派なものはボクのだ!」
オリーヴがアドリアンを羽交い締めに抱きしめる。
――立派なのか……。
――見たことあるのか……。
観衆たちが騒めく。
「だいたいちゃんと見れば分かるだろう?骨格は男性のそれじゃないか」
観衆の全員が内心で首を横に振った。
これに関してはオリヴィエの言に難がある。別に間違った事は言ってないのだが、男性として見るにはやはり華奢であるし、ドレス姿を見て分かれという方が無理だろう。
「という訳でマーガニス殿下、君は男を娶ろうとして決闘騒ぎを起こした王子、男の生脚とそのスカートの中が気になって決闘に負けた王子という不名誉な称号を……大丈夫かね殿下!」
マーガニスはその場で目眩を起こしたかのように地面に手を突き、倒れた。
この一件は緘口令が出され、特に文書に残すことは固く禁じられた。
マーガニスは消沈して以後視察を打ち切り、シャルマーニア国の王宮にあてがわれた部屋で大人しく過ごし、王宮の庭で放心している姿がしばしば見かけられるようになった。
また王宮内でどのような駆け引きがあったのかは秘されたが、元敵国に嫁ぐことになるアンジェリカ姫の立場がだいぶ強くなったという。
ξ˚⊿˚)ξ <まだエンディングじゃないよ。あと1話だけあります。
エンディング後にだらだら書きたくないのでここで。
お読みいただき感謝です!
ブクマ、感想、評価等ありがとうございます!
まだのかたは次話読まれましたらぜひお願いします!
設定など裏話の類は活動報告の方に夜上げる予定なので、気になるならぜひお越し下さい。
筆者は「王都の決闘士」というハイファンタジー作品を今は執筆中(現在は章の間で休載)です。
下の海村さんのステキなイラストからそちらにリンクしてますのでそちらもぜひどうぞ!
ではお読みいただきありがとうございました!
ヽξ˚⊿˚)ξノ!






