第5話:恋の無駄骨
「殿下はちゃんと理解しているのかね?アドリエンヌはおと……」
「黙れ優男、貴様の口で彼女を語るな!」
「うむむ……。殿下の名誉に非常に傷がつくけどいいのかい?」
「ふん、やる前から勝ったつもりか!」
マーガニスは名誉に傷がつくと言う言葉を、自分が敗北すると言われていると捉えた。だがオリーヴの意図した意味は、その理由や勝敗に関わらず年下の女に決闘を挑んだら名誉が傷つくという意味である。
だが、その誤りについて説明しようとするには、マーガニスの視野は狭窄しすぎていた。
オリーヴは小さく溜息を吐くと、ゆっくりとマーガニスの正面に立つ。
そしてマントを跳ね上げて腰の剣を見せた。黄金の柄、柄頭には水晶のあしらわれた優美なそれを見せつける。
細い鞘だ。マーガニスのそれに比べ、幅は明らかに半分もない。
左手で象牙の鞘を握り、右の指で柄頭の水晶を叩く。
「仕方ないね。フルーレで良ければお相手しようじゃないか」
「そんな女子供のおもちゃが使えるか!」
「ふぅん、ボクは女子供なのだけど?」
オリーヴは答える。
フルーレは最軽量の剣。レイピアの練習用から派生したそれは、この国において女性でも扱うことを許されているものだった。
そしてここにも齟齬がある。オリーヴは女の意味で言ったがマーガニスは子供の意味で捉えたのだった。
「15ともなれば我が国ではもはや子供にあらず」
「ふふん、イスパーナの王子様は留学に来た身で自国の風習を強要するのかね」
ちぃっと大きく舌打ちをするが不承不承頷いた。オリーヴが観衆に声をかける。
「誰か!剣を彼に貸してやってはくれないか!それと立会人を!さっさとやろう」
ー決闘だ!イスパーナの王子と黄金の王子が桜の姫を賭けて決闘すると!
手袋が叩きつけられ、相手が受けてしまった以上、大人たちが止めようと何をしようと、決闘は履行されねばならない。
ここに学生だから寛恕されるなどということはないのだ。青い血を引くとはそういう責任を持つことであるのだから。
もはや勝敗に関わらずマーガニスの名誉が損ねられるのは明らかだ。ただ、日付を改めて行うような正式な決闘にしては書面に名と理由が残る。せめて即座に行う簡易の決闘にしておいてあげようとオリーヴは思ったのであった。
彼らは校内の広場へと移動し、その間にマーガニスは剣を受け取った。
「気をつけ、礼!」
物見高い生徒たち、講師たちが集まってくる。講師はみな頭を抱えた。
審判を買ってでた男子生徒の声に合わせ、向かい合った2人は頭を下げる。
観客となった生徒たちは静まる。遠くで雲雀の鳴く声、木々の騒めきが響く。
礼を取り、頭を上げたマーガニスが言う。
「アドリエンヌ嬢と貴様の婚約を破棄させること、私が彼女をイスパーナへ連れ帰ることを賭けて」
大人たちはさらに頭を抱えた。この決闘騒ぎの理由が大体想像ついたからだ。
「ふむ……。アドリエンヌは物じゃあない。意志があるんだ。
もし君が勝ったら、アドリエンヌに求婚する権利を上げよう。それに関してボクやティエール、シャンパルティエ両家から口を挟まないことも約束する。もしアドリエンヌが君の求婚を受けたならボクたちの婚約は破棄する。
それでいいかね?」
「構わない。貴様が勝ったら何を望むんだ?」
「ボクとアドリエンヌの話をしっかり聞きたまえ」
マーガニスは不審を表情に浮かべた。
「それだけか?」
「それが最も重要なのだよ!殿下に真実という劇薬を飲んでもらうためにはね!」
「分かった」
審判が頷く。
「今の言葉、ここにいる全員が証人である。構え!」
鞘鳴りの音。針のように細い白刃が銀に煌めき、互いの胸へと向けられた。
「良いか?始め!」
「はっ!」「やあっ!」
互いの剣が突き出される。
オリーヴは女性の平均と比べれば背もあり筋力もある。だが女性だ。男性の、それも戦場に出ていた年長者の筋力に比べるべくもない。
一合で分かる。速度こそ互角。
だがオリーヴの突きは軽く払われ、マーガニスの突きは払いきれずオリーヴの腕を掠めた。袖が裂け、血が滲む。
観客の女性たちが悲鳴を上げた。
すぐにオリーヴは防戦一方に追い込まれる。
オリーヴは肩のマントを外して左腕に軽く巻きつけるように持った。剣を、マントを翻してマーガニスの剣を払う。
オリーヴの四肢には傷が増えていく。膝丈のズボンの下から伸びる脚を覆う白いタイツが裂かれた。
全身が打突有効部位であるエペでの決闘であればすぐにオリーヴの敗北であっただろう。
だが上半身のみが有効部位であるフルーレでの戦いであったこと、そしてマーガニスが軽すぎる剣に不慣れなことが、際どい均衡を保っている要因だった。
マーガニスがオリーヴの腹を目掛けて突く。
彼も攻めきれずに苛立っているのだろう。愚直な一撃であった。そしてオリーヴが耐えて狙っていた瞬間でもあった。
「やっ!」
オリーヴはマーガニスの突きを下に払うと、剣を払った反動を利用して伸び上がって突く。
マーガニスはその剣が肩より上、虚空を突く軌道に逸れていると見て、回避は取らず、剣を引き戻す。
このまま剣を外に弾いて胸に突きつけてやれば勝ちだと。
だがオリーヴが手首を捻ると、その剣はしなり、孤を描いてマーガニスの背中を突いた。背中の服が縦に裂ける。
「そこまで!」
見届け人がオリーヴに向けて手を上げる。
「勝者!オリヴィエ・ティエール!」
きゃあと黄色い歓声が上がった。
振り込み。
フルーレに特有の技だ。剣をしならせて相手の背中を突く技。
故にフルーレに慣れていないマーガニスには対処できないと踏み、それは功を奏した。
いくら細くしなるとは言え、硬い金属の剣を狙い通りにしならせるには膂力と握力がいる。女の細腕には困難な技。
観客の男たちは見事な一撃に感嘆のため息をつき、拍手で称えた。
女たちは黄金の王子の勝利を歓声で称える。
今の一瞬に全力を込めたオリーヴは、大きく息をつくと、震える指先を隠して剣を鞘へと納める。
「オリヴィエ様!こちらを!」
女子より差し出されたハンケチで額の汗を拭って返すと、その子は歓喜に倒れる。
「後で感謝を伝えてくれたまえ」
隣の女の子にそう伝える。
元の位置へと戻り、マーガニスに右手を差し出す。
だが彼は、オリーヴの手を払って叫んだ。
「無効だ!卑怯者め!そんな一撃が認められるか!」






