第4話:から騒ぎ2
翌日のことである。
「そう言えば昨日の放課後なんですが……」
「ふむ?なんだいボクの桜の姫」
登校中、学校の正門から学舎までの間を2人が腕を組んで散策しているのは毎朝の習慣だ。
アドリアンとオリーヴは共に人気があり、話しかけたいと思っている者は多いのだが、この時間帯だけは決して邪魔をしてはならぬ、遠巻きに見守るというルールがいつの間にか定められていた。
「ボク、イスパーナの王子様にプロポーズされちゃいました」
「ほう!アドリエンヌの可憐さは隣国の王子も一瞬で落とすのかい?流石はこのボクの婚約者だ!それで、どうしたかね?」
「伯爵家を継がないといけないし、婚約者もいると断りましたよ。それに……」
アドリアンはぷうと頬を膨らませて不満を露わにする。
その愛らしさを目の当たりにし、周囲で見守っていた男たちが突然の不整脈に胸を押さえた。
「アンジェリカ姫に失礼です」
シャルマーニア国では一夫一婦制が定められているが、イスパーナは一夫多妻制が認められている。アンジェリカ姫を妃とし、アドリアンを後宮に入れるというのは彼の国の王族として間違ってはいない。
情熱的と言われる国民性、また留学中の出会いゆえにアドリアンと次会えるか分からないとなればなおのこと。
だがそれにしても、アンジェリカと親交を深めるという名目でシャルマーニア国に来ているということを思えば非常識に過ぎよう。
「全くその通りだね!ああ、アンジェリカ殿下がこの学舎にいれば、このボクの広げた翼でそっと癒して差し上げたものを!」
「ふふ、優しいねオリヴィエは。じゃあ授業だからまた後でね」
貴族の男子と女子では本質的に求められる学問の内容が違う。
故に同じ敷地内であっても、ほとんどの授業は別々の校舎で受けなくてはならないのであった。
組んでいた手を離し、顔のあたりで小さく右手を振るアドリアン。
「ふむ?待ちたまえ」
オリーヴがその手首を掴み、腰を抱き寄せた。
「え?なに?」
有無を言わさず顔を近づけ、唇を交わす。
アドリアンの問うて開いた口にオリーヴの舌が差し込まれる。アドリアンの左足が一歩後ろに。だが後退しようにも腰が抱えられて逃げられず、背が弓なりになるだけだ。
オリーブの方がアドリアンより頭半分ほど背が高い。上からのしかかるような口付け。唇を貪るように吸われ、たっぷり時計の秒針が一周するほどの時間が経過する。
周囲では女生徒たちが立ちくらみをおこし次々と崩れ落ちた。
「ぷはっ」
オリーヴが唇を離す。唾液が唇の間に橋をかける。
手を離すとアドリアンはへなへなと崩れ落ちた。
「はぁっ……勿論このボクに許可なく告白された罰だとも、可憐なるアドリエンヌ」
「……んもう。……腰が抜けて立てないよ。酷い」
オリーヴの口元が弧を描き、右手を差し伸べる。
「立てないのは本当に腰が抜けたからかな?ならば麗しき桜の君に手を貸して差し上げようじゃないか!」
アドリアンは顔を真っ赤に染めてふるふると震えた。
一方、運命の出会いをしたと思い、それが一瞬にして打ち砕かれたマーガニスであるが決してアドリアンを諦めた訳ではなかった。
――アドリエンヌ嬢が婚約しているというのであれば、その婚約を破棄させれば良い。王族の配偶者として選ばれるほどの栄誉などないのだから。
傲慢ではあるが、決して王族として間違った考えとは言えないだろう。
根本的なところに誤りがあるが。
――アドリエンヌ嬢の婚約者は誰でどんな奴だ?
そう問えば、『ティエール伯爵家のオリヴィエ。誰もが羨むほどの美形で太陽の王子と呼ばれています』と返る。
――今だと何処にいる?
『向こうの校舎のオープンカフェでしょう。いつも女生徒たちに囲まれているのですぐに分かりますよ』と返る。
――ナンパ野郎め。
そう憤りながら足音高く女生徒たちの校舎側へと歩く。
果たしてその光景はすぐに目についた。オープンカフェの中央の席に我が物顔で座る、輝く栗毛の優男。
その周囲の席には女生徒たちが十重二十重に取り囲み、熱い視線を送っている。
彼らの声が聞こえる。
「もう、今朝はびっくりしましたわ。わたくし倒れてしまいましてよ」
「ふふん、ボクらの愛は太陽よりも熱く燃え、その恵みを惜しげもなく君たちに分け与えるのさ。人生よ刺激的であれ!」
「本当にオリヴィエ様は太陽みたいなお方」
「ボクは月の民だとも。太陽の光を浴びて輝き、君たちを照らすのだからね!だがその称賛は受け取らせて貰おうではないか」
まるで歌劇のようにオリーヴは自らの肩を抱いて天を仰いだ。
その姿にまた女生徒たちが歓声を上げる。
マーガニスは舌打ちする。
彼に気づいた女生徒たちが立ち上がり淑女の礼を取る。
それに返礼してマーガニスはテラスの中央へと向かった。
「貴様がオリヴィエ・ティエールか」
天を仰ぎ、目を閉じていたためマーガニスに気付いていなかったのか。声をかけられたオリヴィエはゆっくりと向き直るとわざとらしく目を見開き、驚いてみせた。
「これはこれは殿下。ボクの名前をご存じとは光栄だ。オリーヴ・ティエール、皆からはオリヴィエと呼ばれている。よろしく頼むよ」
そう言って紳士の礼を取る。
隣国の王子に対するには少し敬意の不足した言葉使いではある。咎められたとしても先日の講堂での挨拶にあったように気さくに接しただけだと言うであろうが。
「そうか、貴様がアドリエンヌ嬢の婚約者か」
「ああ、昨日ボクのアドリエンヌにプロポーズしたマーガニス殿下。そう、ボクこそ可憐なる桜花の姫の婚約者、オリヴィエだとも!」
「貴様が素晴らしき貴公子であるなら穏便に話をしようと思っていた。だがなんだ!貴様あれほどの婚約者を有していながら女子を侍らせているなど!」
マーガニスが手袋を脱ぎ捨て、オリーヴに叩きつける。女生徒たちから悲鳴が起きた。
「決闘だ!」






