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次代

 こんな女が自分の傍に侍っていたら、どれほど気分がいいだろうか。今年22になった男は、己より7つも年下の女を見て興奮気味だった。

 誰もが妻にと望む女。夜空の黒よりなお深く、艶のある黒髪に藍玉を思わせる瞳。彼女を得た者は栄光を手に出来るなどというふざけた噂があるが、大げさではないとすら男には思えた。

「こりゃいい。こいつが俺の嫁か、ゲリュン。」

「いいえ。これはあくまで見合いの席ですよ、アダット様。婚約の成否は、アダット様がお気に召されるかどうかにかかっております。」

そりゃ、勝ったも同然だと断言できた。男は王太子である。つまり、次期国王なわけで。

「俺と結婚すれば、王妃の座はお前のものだ、エルフィール。もちろん、俺と婚約するだろう?」

男には、エルフィールが頷かないわけがないと思っていた。だから、エルフィールが何を言っているのだろうという表情を浮かべた意味を理解できなかった。


 逆にエルフィールの方もまた、不思議だった。なぜ、ここまで自信満々なのかわからなかった。

 王太子という身分は、確かに次期国王を指し示すものである。だが、それは決して確約されたものではないはずだった。少なくとも、エルフィールはそう認識していた。

「アダット殿下は、『神定遊戯』が起こったら、決して『王像の王』には選ばれないと伺っております。『王像の王』になる資格を有する王族の中で、最も才無く努力もない、と。本当に、私が王妃になれると……いえ、あなたが王になれるとお思いですか?」

無礼極まりない言葉だった。これが公式の場であれば、打ち首ものの発言であった。少なくとも、王太子はそれをするだけの権限を持っていた。


 立ち上がりかける王太子の肩を、後ろに控える侍従の男が反射的に抑え込む。見合いの席は極論政治の席である。将来のことを考えた場合、互いの認識を擦り合わせる必要があり、その観点でいうなればエルフィールは必要なことを問うていた。

「なれないはずがないだろう!もうすでに『神定遊戯』が行われなくなって200年になろうとしている。もう神は人を見捨てたもうた!俺の代になって『王像の王』が降る?そんなわけあるか!」

子供か。エルフィールはとっさに出かかった言葉を飲み込んだ。事実確認であれば多少の無礼は見逃されるだろうが、感想になれば話は別だ。

「なるほど、理解いたしました。」

考えなしだ、と。王太子と現在最も『王像の王』に近い立場の男は仲が悪い、と聞いていた。しかし実態は、そんな次元ですらなかったらしい。エルフィールは知りたくなかった。

 せめて「なれぬだろうから、その時は諦めて奴の臣下になる」とか「負けるかもしれぬが抗う」とか言ってくれたのなら、噂ほど愚者ではないのかもしれないと思うことも出来ただろうが。どうやら、そんな微かな期待すらしてはならなかったらしい。


 もし『神定遊戯』が起きたら、内乱にすらならない。それに越したことはないが、まさかこいつがここまで価値のない男だとは。

 とはいえ、『神定遊戯』が発生しなければ、こいつが次期国王である。政治における最高責任者になるのだ。完全に「こいつはダメだ」というには、身分責任が重すぎる。

「では殿下は国王になられたら、どのようにペガシャール王国を統治なさるおつもりですか?」

「……統治?ああ、エルフィール嬢。あなたに仕事を振るような愚挙は致しません。あなたは私の子を産んでくださればよい。」

ゾッとした。王妃に仕事をさせることを「愚挙」といい、自分の妻になることが確定したような振舞をするどころか「子を産め」と言う。その裏に籠められた、エルフィールを装飾品のごとく扱う態度に……怖気が走る。


 女を、人として見ていなかった。まるで、己かそれ以外かというような態度。

「殿下は既に妻と子をお持ちだったと思うのですが、私はどのような扱いになるのでしょう?」

「先ほどから言っているではないか。王妃だ、貴様は。子を為せばその子が王太子になるに決まっていよう。スルティリア=パーン伯爵家の娘とエドラ=ケンタウロス公爵家の娘だ、優先するは公爵家であろうよ。」

それに、奴より貴様を隣に侍らせる方が、威厳が出るではないか。そう聞こえないように呟かれた言葉を、エルフィールは聞き逃さなかった。

 全くもって度し難い。これが王太子だというのか。冗談ではない。

「お話いただき、ありがとうございました。王太子殿下。どうやら私には、王妃の座は身に余るようでございます。また、あなたの御寵愛をうけていらっしゃるファティマ様と正妻の座を争うつもりもございません。それでは、失礼いたします。」

気分が悪い、お前の妻になどなってたまるか……そういう副音声が聞こえそうな速度で立ち上がったエルフィールは、王太子が止めるような間すら持たせず一目散に見合い部屋を飛び出す。


 初めて、自分が女であることの恐怖を覚えた日だった。武で叩きのめそうと思えばいくらでも叩きのめせる自信はあったが、そういう貞操的な恐怖ではない。

 あまりに隠しもされない剥き出しの性欲と、それを受け入れて当然だ考えられているクソッタレな権力。獣、という言葉の意味をはじめて彼女は知った。




 王都ディアエドラ、公爵邸にて。お淑やかに、しかし苛立ちが見てわかる、器用な動きでエルフィールが椅子に座る。

「どうでしたか、アダットは。」

「なんだあれは。あれが王太子とか見るに堪えねぇ。師匠、なんであんな奴と見合いなんざさせた?」

会いたくなかったぜ、あんなクソ野郎。吐き捨てつつも、理由を問う。

 エルフィールとて、ギュシアールとはそれなりに長い付き合いである。師が、何の考えも無しにあの男との見合い話を進めたとは考えていなかった。


 ギュシアールは苦笑しつつも、エルフィールの感想に同意するように何度か頷く。

「見るに堪えない、その評価は正しいと思います。同時に、彼は最も至高の座に近い。彼と結婚するということは即ち、女性界の最高権力者になるに等しい。」

断言されても嬉しくはない。あれを国王などと、エルフィールは決して認めたくはない。それでも……何もしなければ、必ずそうなる。

「エルフィール、王太子殿下との婚約拒否は、誰もが納得をもって受け入れるでしょう。あの人格です、断ってもおかしくはない。同時に、権力を望む女性であれば、断ることは決してない。むしろ嬉々として受け入れるでしょう。」

そこまで聞いて、ようやく公女は師の意図を掴んだ。

「俺が権力を求めていない、相手には権力以外の魅力を求めているのだと思わせるためだな?」

「ええ。安心するといい。あなたが二年間築き上げた努力は、あなたが結婚相手を自力で選べるまでにのし上げたでしょう。」

しかし、その言葉とは裏腹に。


 数日間、エドラ=ケンタウロス邸は何度も暗殺者を差し向けられることになった。

 アダットによる、無言の脅迫であった。




 次の見合いはエドラ=ラビット公爵家が長男、レッドであった。

 『神定遊戯』が起きれば、『王像の王』に選ばれ、必ず王座に就くであろうといわれた男である。

「なるほど。誰もが見惚れる美貌という評判に嘘はないらしい。」

「あら、恐縮ですわ、レッド様。」

毒を吐くように放たれた言葉に、感情のひとつも見せずエルフィールは微笑む。その顔に、より苛立ちを募らせた顔でレッドは彼女をねめつけた。

「その上、男に決して劣らぬ知略を持つ、とか。事実かどうか確認させていただいても?」

「どのように確認されるので?」

「これだ。」

レッドと名乗る赤交じりの黒髪が差し出して見せたのは、将棋盤だった。盤上遊戯か、軍学を学んだ時に役立った記憶がある。

「承知しました。やりましょう。」

躊躇なく駒を並べ始めるエルフィールに、レッドは目を丸くする。


 出来ると思っていなかったのだ。噂などせいぜい誰かが大げさに騒ぎ立てているだけで、実際は女性の最高位くらいの学……男性の中位規模、アダットをひと回り大きくして理性を生やした程度だろうと踏んでいたのだ。

 早々から目論見を崩されて、、少々不満を覚えた男は……しかし、すぐさま棋面に向き合った。


 やると言った以上、試しただけだとも言えない。

 それに……出来ると自信満々でいる女を叩き伏せるのも、エルフィールほどの顔のいい女相手にやればさぞ気分がよかろうと、そういう下心がそれなりに強く働いた。

「先手は譲ろう。見合いの時間もあるし、互いの一手の時間は最長10秒とする。楽しませてくれ。」

姓に「エドラ」を冠し、最も『王像の王』に相応しい己があっさりと敗北する、そんな未来は彼の視界になく……。


「敗けた?」

一時間の戦いの後、レッドは完膚なきまでに叩き伏せられていた。否定の余地がないほどの完敗だった。

「なんと、まあ。無礼をお詫びする、エルフィール嬢。」

エルフィールの噂を信じず、賢いといってもせいぜいたかが知れていると完全に見下していた相手にすぐさま謝罪が出たあたり、アダットなどと比べれば人が出来ているのだろう。エルフィールは比較的、好感をもった。


 もちろん、最初に見下すような態度を取ってきたことには嫌悪感は抱いたが、男とはそういうものだとエルフィールは知っている。そこに関してわざわざ気に留めるつもりもなかった。

「あなたほどの才女が私の妻になってくださるのであれば、『王像の王』に選ばれた後の私の統治はとて楽になるでしょう。私の妻になっていただけないでしょうか?」

どころか、素直に求婚をしてきたのだ。才覚に酔い、努力を少々怠るきらいがあるという師の言葉とは少々異なるように、エルフィールは思えた。

「では、『王像の王』になったのちの、あなたの統治についてお伺いしたい。具体的には、あまりに減った収穫量の増やし方、民を安んずる方法についてを、詳しく。」

人間性の見方は少々変わったといえ、結婚相手としてどうか、という話ではない。しかし、期待はしてもいいかもしれない……前のめりな気持ちで問うた言葉に帰ってきた返事は、彼女を落胆させるものだった。

「なぜそんなものを聞く?」

質問に質問で返すな、と言うべきか否か迷った。同時に、本当になぜ問うているのかわからないのだろう、という確信もあった。


「盗賊に襲われることがありました。ギュシアール殿が守ってくれましたが、彼らが生まれない国づくりが大事だと思ったのです。レッド様は『王像の王』に選ばれる可能性が最も高いとお伺いしました。どうすれば、そんな国になると思われますか?」

落胆を隠し、軍武について学んだことを隠し、端的にエルフィールの生涯の大半を覆い隠して、しかし重要な出来事を抽出し。深く話し込むに足る相手か、解はわかっていても試してしまう。

 そう、解は、わかっていた。彼の答えは端的で、単純で……そして投げやりだった。

「『神定遊戯』が始まれば、豊穣はある程度確約される。食糧の不足が減るわけだから、盗賊の発生は抑えられる。食糧の全体数が増えるから税収額も結論的には増える。他家の者たちも、税額をわずかに下げよう。勝手に盗賊は生れなくなるのではないか?」

ああ、そう言うだろうと思っていた。自分で積極的に変えて行かずとも、環境が変われば元に戻るだろう、と考えているだろうと読んでいた。


 でも、それでは。

「それは、私の好みではありませんね。」

「そうか。私の妻になれば、多少の要望は通せるぞ?」

多少の要望。その言葉の裏に、あまりでしゃばるなという言葉を感じた。もしかしたら思いこみかもしれない。しかし、政治の領分に積極的に関わるなと思われているのは、なんとなくだが察せられる。

「いえ、私の要望はほとんど通していただきたい。私の名で。」

「それは断る。有史以来、女性の頼みを聞いた政治家が大成した試しは少ない。逆に、女性の要望を通して堕落した男の話は枚挙に暇がない。申し訳ないが、考慮にすら値しないと考える。」

なるほど、話にならない。環境が勝手に変わるのだから、現状も勝手に変わるという主張は、ある意味正しい。同時に、環境が戻れば国の内情が戻るのであれば、再び『神定遊戯』が絶えれば国内もまた荒れるという意味ではないか。


 なんとしても、未来にわたって盗賊が蔓延る世になることを防ぎたいというのに、そのために動くことをせず、許さない。エルフィールにとって少なくとも、彼は結婚相手に値しなかった。

「では、ここまでにしましょう。あなたは私に目には適わなかった。」

立ち上がる。見合いは終わりだと、その動きで押し付けた。


 だが、エルフィールは誤った。『王像の王』に選ばれる自信があるほど傲慢を抱える男が、理解も出来ぬ理由で求婚を拒絶されるなど、受け入れるはずがない。そんなことも、エルフィールはわからず。

 また、才気に溢れる男が、自分の力に自信を持っていないはずもなく。

「では、力づくでも私の妻になってもらう。」

傲慢はあれど自信がなく、実力行使に打って出られなかったアダットとは異なる。レッドは、組み伏せてでもエルフィールを得ようと動く。もちろん、見合いの場にはエルフィールの護衛もいたが、レッドは全て無力化するつもりであった。出来る男でもあった。


 彼の誤算は、ただ一つ。

 才気に溢れ、武にもある程度精通するレッドでも、エルフィールほどの実力はなかったこと。彼女の腕が、彼より圧倒的に勝っていることに気づけなかったこと。

 エルフィールがそもそも武術を嗜んでいることを知りもせず、疑いもしなかったことが、彼の誤算で。


 レッドが彼女の肩に触れる。直後、瞬きする間もなくレッドは地面に叩きつけられていた。

「なんだ、弱いじゃないか。盤上遊戯で俺に負け、武術ですら俺に勝てない。知能も腕っぷしも俺に劣るのに、お前が『王像の王』に一番近い?俺の方が相応しいんじゃないか?」

「お、ま。」

叩きつけられた背中が猛烈な痛みを発する中、レッドは声にならない声を上げる。見上げる公女の瞳は、彼が今までに見たことのない、見下すような冷たいもの。

「その上、俺をあくまで政治の道具にしようとしたな?自分の名声を高める装飾品にしようとしたな?政治での俺の助言を、全て自分の功績にしようとしたな?」

俺に劣る男が、俺を組み伏せ搾り取ろうだなんて出来っこなかろうに。そういうエルフィールの瞳に、レッドは辛うじて反論する。

「お前は、女だ。『王像の王』にはなれず、家の当主にも、なれず。世を変えるなど、不可能に、等しい。諦めて、」

「お前の装飾品にはならないぞ、レッド。せめて俺に勝てるナニカを持ってから出直せ。」

俺は男だ、それだけで社会的地位は勝っている……そう、公女は背中越しに聞こえた気がした。


 無視して突き進み、もう声が聞こえなくなるほどまで遠ざかったときに、公女は小さく吐き出した。

「それはわかっているさ。だが……才能と地位に胡坐をかく奴が、民を救えるとは思えないんだ。」

この国の政治に対する歪さ。その理由、根っこの存在を……エルフィールはようやく、視界に入れた。

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