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②大幹部司祭、レイチェル・アレクサンドロス戦(旧・ギルド本館口からの侵入者)


「ねぇ、リエラ!!」


弟は私を下の名前で呼ぶ。

とても憎たらしい弟。

愛想の良い八方美人とでも言おうか。

コイツは私の代わりに男巫として選ばれて、私が辿るはずだった巫女の道を全て奪い取っていった。

ママの期待を一身に背負うこの弟は、よく私の手を掴んできた。

この弟が死んだら私は何を思うだろうか。

哀しさを嬉しさが凌駕するかもしれない。

つい笑ってしまったらどうしたものか。

たまにそんなことを考えてしまう。

いつも邪魔くさくてせわしない。

お喋りで耳障りな弟だった。


「ねぇ、リエラ。村長っていつも元気だね。」


「うん。」


「ねぇ、リエラ。みんなはいつも優しいね。」


「そう。」


「ねぇ、リエラ。精霊さんたちのお陰かな?」


「きっとね。」


そこは平和な村だった。

土の香りと木の香り。

森にポッカリ穴が開き、そこに人が住むように。

ツリーハウスと小屋と祭場。

小さな小川が傍らに。

鳥のせせらぎが朝を呼ぶ。

いつも村のリーダーはニコニコ笑って教えを説いた。

争いを解決する方法は話し合いである。

互いに感謝をして、互いに信じあって、互いを思いやれば、自ずと争いは無くなると。


いい村だった。


小さな村には教えが広がり、誰もがニコニコ笑っていた。

村は精霊を祀っていた。

お陰で村は豊かだった。

平和と豊穣。

温暖で肥沃で蔵書の多いこの村はウェスティリアを体現していたようだった。


 それが僕らを守る最善の手段。

 決して戦おうとしちゃダメだ。

 武力は何も解決しない。

 暴力は平和から最も程遠いのさ。


 彼には彼なりの理由がある。

 だから訴えるのさ。

 返り血がついた相手だろうと。

 対話で解決するのです。


『行っちゃダメェェエエエ!!!!』


「.....大丈夫だよママ。」


燃え盛る村。

血塗れの親戚たち。

横たわる村長に忌まわしき黒マント。

私が学舎から戻った頃には、悲惨な村が目に映る


弟は結局戦った。

見かねた精霊の力を借りて、キリエ大幹部の斧槍にその心臓を貫かれるまで。

世界はきっと不条理だ。

だから私は泣かなかった。

ただ涙がこぼれ出て。

怒りが哀しみを凌駕した。


本当は分かっていたのだ。

殺伐とした競争だけに生きてきた、私には無いものを弟は持っていた。

だから巫に選ばれたのだと。

弟の生き方を否定しながらも、私はそこに支えられていた。

私が否定していたものは、私が一番必要としていたものだった。


私は死体の黒マントを剥ぐ。

私は好き嫌いで考えて無い。

ただ利害の一致を見てるだけである。

私の判断基準はそれだけ。

キリエの暴力革命的な布教が、善か悪かはどうでもいい。

私は、私と家族が無事に暮らせる方に付く。

それ以外はどうでもいい。

ただ命が守れるかどうかだけ。

生きて行けるかどうかだけ。

それが叶わぬ世界なのだから。

私はキリエを破滅させる。

それが私の存在理由。

この小さくか弱い手の平だろうと、必ず一人は殺してみせる。

必ずキリエを壊してみせる。

私がキリエを破滅させる。


 ・

 ・

 ・


『さて。国盗りを始めましょう。』


「えぇ、そうですね。レイチェル.....様ッ――」


伸ばした右手が弾け飛ぶ。

革命の街で子供が死ねば、きっと世界は動き出す。

革命の城を起点に置いて、ウェスティリアから世界は変わる。

復讐なんてどうでもいい。

実害だけがそこにある。

私はキリエと相容れない・・・。

革命の街でそれは起る。

子供が死ねば大人が動く。

伸ばした右手が弾け飛ぶ。


レイチェルには甘い誘いを

学院ギルドにはキリエの内部機密を漏らした。

オルゴールには窓の外の景色や音を偽る魔法を掛けた。

お店の外にはギルドの冒険者たちが待機している。

警告灯はカバンの中で赤く点滅を続ける。

けれど私たちは死にに行く。

皆には申し訳ないけれど。

キリエの大幹部が一人死ぬ。

レイチェルを地下へと誘った。

洞窟の中の暖炉の転送門。

何度も掘って何度も試した。


伸ばした右手が弾け飛ぶ。

生きた死体で呪った壺が、溢れる様に弾け飛ぶ。

私の世界を光が包む。

平和ボケした村長が。

平和ボケしたあの村が。

リエラ・テルンを産み出した。

伸ばした右手が弾け飛ぶ。

育った指が千切れて吹き飛ぶ。

走馬灯が溢れ出る。

今日をこの日を待ちわびた。


――お前を殺して、私も死ぬ。.....西この街から、革命の大火を灯す為に。











―――――――――――


静寂と孤独の暗路。

ゆっくり。

ゆっくりと光が漏れる。


「うぅ.....」


霞む目を開く。

立体感を失くした視界に真っ暗な世界。

死んだ.....にしては、この温もりが煩わしい。


――ダスン..........ダスン.....


地鳴りのような音。

そして、風を切る音。


――ヒュッ.....!!ヒュゥゥゥゥ――ッ!!


まだ、世界の輪郭が生きている。

私はまだ、生きている。













































{地下ダンジョン、【第一層・名称未設定】}


『―――ガァ・・・キ共ァアアア・・・アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!!!!!!』


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


レイチェルの声で私は目覚める。

リズミカルな息遣い。

力が入らない死に体寸前の手足。

この身体を背負うのは私の計画のイレギュラーだった存在。

特別寮長推薦生.....


「.....タンテ、トシカ.....?」


「あぁ――。ガッツリ、その通りだッ」


世界が動く。

とてもつもない速度で動いている。

まるでバッタが飛び跳ねる様に、足場が動いてタンテを押し出す。

なんだろう。

本当にこいつが救ってくれたのだろうか?

白馬の王子様にしては.....

友達には成りたくないタイプの言葉遣い。

私はタンテの湿った服に鼻を押し当てる。

不思議だ。

女の子の汗の匂いがする。

なんなんだこいつ。


「何処なの.....ここ。」


「通学路ッ」


「……」


意味が分からない。


『・・・・・・ファファフ・・・・・・ムッファッファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファファッファファファッアアアアッ!!!!』


巨大な身体で響かすような声。

後ろからは、癪に障った時の、本気でキレている時の、レイチェルの変な笑い声が聞こえてくる。


「はァッ.....はぁッ.....ハァッ.....お前の上司ッ、だいぶっ、はぁ、イカれてる!!」


感覚の無い指先。

そして光の消えた左目。

火傷した右腕。

しかしどこも出血は無い。

思い出す記憶。

あの威力の壺爆弾で。

あの爆発で。

私は死んでいない.....?


「はぁっ......はぁっ.....ふなッ。」


――ヒュンッ.....!!


タンテはどうやら直角に降りた。

ガクンと落ちるような浮遊感。

暗闇だった世界を照らす様に、

仄明るい蝋燭のオレンジ色の道が広がった。





































{地下ダンジョン、【第二層・地下牢獄】}


「どうしてレイチェルは追ってこないの?」


タンテは小声で答える。


「第二層の地下牢地帯に、幾つかトラップを作って仕掛けたんだ。俗に言う”ダンジョン”っぽくするためにね。」


「いつ。」


「ここは第一層の真上にあって、折り返す様に俺たちは第二層を進んでいる。俺はそれを見越して第一層の移動中に第二層に罠を仕掛けた。土人形デコイのトラップ、偽ルートの創造、崩落する天井。マントルまで繋がる落とし穴、落ちる鉱石のデストロイヤーアタック!・・・あと、開けたら三秒後に閉まる檻。」


私はそれを聞いて黙る。

なるほど。

言っている意味は分かるが、理屈が全く分からない。

疲れていて可笑しな説明をしてしまったのか。

あるいは.....私は意識を失っていたのだから、その間に何かを仕込んだのかもしれないし、理屈が付くようなトリックがあったのかもしれない。しかしもしも仮に、先程の移動中にそれをしたのだとしたら、マルチタスクなんてレベル感じゃない。


こいつの魔力操作は地面を挟んだ下の層の状況を【感知】し、目に見えない場所へ遠隔でトラップを【細工】しながら、レイチェルの猛追から【逃走】していたことになる。

私は自分の今の歳まで、努力を惜しまなかった。

どうしてここまで才能に差が出る?

どうしてここまで知識に差が出る?

私には在ったのか?

怠慢が。

いや、そんなことは大人でも不可能だ。


「……なんでそんなに、このダンジョンに詳しいの。」


「ダンジョンオタクなもんでな。」


「え?」


「ダンジョンマニアとも言う。」


「はぁ。」


私は考えを放棄する。

私がみんなを騙したように、こいつが私を騙そうとしている可能性もある。

可能性しかない……まである。

それに貧血気味で頭が回らない。

だから私は質問を変える。


 ・

 ・

 ・


「じゃあ、どうして私は生きているの?」


私は宝箱の中で、隣のタンテにそう聞いた。

タンテは私の包帯を縛りながらその謎を告げる。


「土魔法です。リエラの懐に気味悪い土属性を感じ取ったから、俺達側の壺の側面だけ割れない様に魔法で強化したんです。」


あの一瞬でそんな高度なことが.....?

相当高度な無詠唱・速射の土魔法だ。

この歳でそんな芸当は不可能.....

いや、”出来ている”のだから私の右腕はまだあるんだろう。

残念なことに。


「そう。だからレイチェルは生きてるんだ。.....お前のせいで。」


私は恨み節を吐き捨てる。


「私はあの瞬間の為に、永久にも思える時間を費やしてきた.....それをお前は、一瞬で・・・」


「そもそも他人を巻き込むな。それに、誰かさんの腹黒い緻密な計画の甲斐があって、あの爆発で確かにレイチェルは死んでいる。ただ.....蘇ったんだ。」


――蘇った.....?レイチェルが・・・?


「.....言い訳はいらないわ。」


「してません。」


「してる。」


「てない。」

「てる。」

「てなッ――」

「る。」


「どどッ――どっちでもよくない? ・・・な、何にせよ奴はまだ生きていて、事実俺たちは追い詰められていて、奴を殺さないと殺される。レイチェルの感知能力は.....認めざるを得ない。暗闇だろうと僅かな生体反応を掴み取って追従してくる。つまり俺達には時間が無い。」


私の負傷部位ケガには泥のような灰色のモノがカサブタのように固まっていた。

これもタンテの魔法なのだとしたら、底知れぬ種類の魔法を扱えることになる。

一重に土魔法と言っても、扱い方にはそれぞれの知識が要される。

移動用の足場の生成から応急処置用の何かキモい魔法。

この二つだけ取っても、本来は繊細さと技術の”難易度”の方向性ベクトル対極アンティシスに位置している。

それをこの歳で……

一体どんな手を使ったのだろうか.....


「......」


いやいや、私が気にすべきは過去じゃない。

未来これからだ。

この先コイツがどんな手を使うのか。

そこに未来があるのか。

レイチェルを殺せるのか。

私のクソみたいな人生に意味はあったのか。

意味は生まれるのか。

気にすべきはそこだけ。

【未来】だけ。


「作戦はあるの?」


「あぁ、見せてやるさ。ダンジョンマニアの真髄を.....」


そういってタンテは、小さな宝箱の外に出る。

その小さくも勇敢で自信過剰な背中には、白馬の王子様には無いような気怠げな力強さがあった。

かっこいい。

不覚にもそう思ってしまった。


 ・

 ・

 ・

 ・


『 にににににn、逃げるぞぉぉおおお!!!! 』


早々に。

尻尾巻いて帰って来るまでは、、、


「えぇ、ちょっと!!」


タンテは私の手を引いて走る。

別れてから数分後のことである。


――ガァ・・・キィ・・がァア・・・アア・・・ア!!!


「どうなったの??」


「――ブチギレイチェル!!」


「何してきたのよ!?」


タンテは私を背負って足場サーフィンを再開する。

戦況は先刻から進展が無い様に思われる。


「色々猪口才なことして、本命だった第三層のマグマだまりにアイツを落っことした。地獄への落とし穴だよ。それから間髪入れず穴に地下水脈を合流させた。逃げ場のない間欠泉の完成。穴の壁面に運良く引っ掛かってたとしても、沸き上がる熱湯に晒されたレイチェルは死ぬしかない!!」


「生きてるじゃない!!」


「生きてました!!どうしてぇえええええ!!?」


どうしてそんな大仕掛けを用意できたのか。

そんな私の前提的な疑問を妨げるような腑抜けた弱気な声。

タンテはしばらく走って、窮屈なダンジョンは開けた場所に接続する。

何かを繰り抜いたような広い場所。

天井も正面も真っ暗で終わりが見えない。

タンテはそんな場所へ迷いなく飛び込み、斜面を滑るように降りる。

私の意識が朦朧として揺らめく。


タンテは奥底の壁まで到達すると、私を優しく背中から降ろし上部から降りてきた浮遊するモンスターと目を合わせ、覚悟を決めた様にレイチェルの方を向く。

私たちが降りてきた地下牢の通路。

その口から熱気と狂気が迫ってくるような感覚。

しかしその前に、何かが.....来る。


――Automatic Switching Start. Que Sera Artificial Intelli.....


「タ.....


血の香りが喉奥から広がり出すべき声が届かない。

だから、魔力気力胆力体力?

ワケも分からないすべての力の混沌を振り絞り、私はタンテの方へ飛び出した。

それから残った左手一本で思いっきりタンテを押し出す。

時間がスローモーションで流れていく。

レイチェルの方向から飛来した物体の予想が、お腹にあたる爪の先の感触で確信に変わる。

驚いたようなタンテの顔。

それを視界に入れた頃には、私の腹部が衝撃で押し出される。


あぁ... あぁ...神様。

どうか..... どうか.....






―――――――――――――


「ここは暖かいのね。」


膝枕をしたのは数年ぶり。


「私は【モノの能力を引き出す】固有魔法まほうが使えるの。これは私情だけど、タンテには.....大鎌サイスだけは使って欲しくなかったな。。。」


少女は後ろ手を組んでゆっくりと歩く。

束の間の自由の謳歌。


「ねぇ、神様。タンテは怒ってるの?


「ねぇ、神様。仇を取ってくれてありがとう。意外と可愛いのね。


「ねぇ、神様。怖くないのは神様のお陰なの?


「ねぇ、神様。タンテって何者なの?.....ついでにあの双子も


「ねぇ、神様。私は失敗作なのかしら?


「ねぇ、神様。やっぱり怖い。


「ねぇ、神様。弟が死んでも泣かなかったのに、最期に泣いてしまった私は薄情なんでしょうか?


「ねぇ、神様。ここまでやって、私は最後の最後で願ってしまった。どうか.....苦しまずに死にたいって。レイチェルの死でも、キリエの壊滅でも、誰かの幸せでも無いの。正義のために自分を殺してたのに、結局は自分。人生最後に、私って醜いわよね。


「ねぇ、神様。私の人生って何だったんでしょうか?今まで積み重ねたつらいこと。イヤなコト、こわいこと。我慢したこと。


「ねぇ、神様。手を繋いでほしいの。


「ねぇ、神様。嬉しいの。今、私は嬉しいの。


「ねぇ、神様。ひとりじゃないから、不思議と怖くないの。これがアナタのお仕事なのね?


「新しい何かが始まる気分。新しい出会い。新しい自分。新しい体験。新しい経験。


「いいことだけを全部残して、いやなことは置き去りにして、ないものねだりを手に入れて、私は空へ飛んでいく。


「ねぇ、神様。やっと弟に逢えるんだね。


「ねぇ、神様。最後にお願いしていい?タンテを.....私の友達を救ってあげて。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・





―――――――――――


「キューちゃん。」


「ドンピシャですね。こっちの仕込みは終わりました。よく耐えましたね、マスター。」


俺達はアイコンタクトを取り、未だ遠くの対象へ視線を向ける。

魔力は丁度底をついていた。


――Automatic Switching Start. Que Sera Artificial Intelli.....


リエラが俺の身体を押す。

魔力切替の一瞬の隙。

感知が遅れて、飛来物がリエラの腹を貫いた。


「アっ・・・」


尻餅を付き、すかさずスペル・グノームスで浮かせた岩を虫を潰すようにレイチェルのハンドに当てる。

先程までの白い手袋をはめたものではない。

爪が下品に装飾され、気色悪いほど鋭く伸びた皺くちゃな肌が露出した浮遊手ハンド

俺はリエラに駆け寄る。

腹部に空いた穴。

どうしようもない出血量。

塞ぎ込みながら杖を押し当てる。

リエラの呼吸は既に止まっていた。


「あぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」


無理だ。

治せない。


『ハッハッハッハッハッ・・・!!!ハァッハッハッハッ!!ハハハハハハッ!!ハハッ!!』


ボロボロの服を身に纏い、満身創痍と思われたそいつは余裕そうな顔で蒸気の中から顔を出す。


『小バエが一匹、死にましたか?』


俺はリエラを囲うように卵型の土壁を形成する。

リエラに押された瞬間、目の前には突然、木製の武器棚ラックに立て掛けられた5つの近接武器が現れた。


「マスター.....」


俺の知らなかった秘密。

リエラが残していった5つの選択肢。


①長剣:ロングソード

②斧槍:ハルバード

③大鎌:サイス

④星棒:モーニングスター

⑤長杖:ロッド


怪しく光る銀色の刃たち。

昨日の俺なら何を選び取ったろうか。

いつもの俺なら何を選び取るだろうか。

その時の俺はなんとなく、振り回しやすそうな大鎌サイスを手に取った。

ムシャクシャしていた。

【ぶっ殺したい】気持ちに駆られていた。

あるいは自分への憤りか。


「ルタルちゃんの言う通りだ。自分の力だけで戦えていたら、魔力切れが起きないほど鍛錬していたら。そうでなくとも。あと少しでも、魔力が残っていたのなら。慢心を捨てられていたなら。虚栄を捨てられていたなら。リエラは・・・きっと、リエラは死ななかった。」


怒りが湧き上がる。

呼吸が荒くなる。

俺は必死に自分を落ち着かせて握力を込めた。

大鎌の重心を上げ、背中越しに構える。

軽い。

よく馴染む持ち手。

アイツを狙うのに集中できる。

レイチェルは正面で両手をクロスし、周囲には四本の浮遊手ハンドが集結する。


『おや、ハエにもなれない蛆虫がッ.....一、匹。.....何やら面白いモノを持っていますねぇ?』


レイチェルの浮遊手ハンドたちが一斉に飛来する。

凶悪な爪で空気を切り裂き、豪速球の如く向かい来る。


――シュンッ!!


手に持つはバットよりも遥かに重たい大鎌サイス

俺は闇へ溶け込むように静かに動く。


――キィインッ!!


『フフフ、まさか.....』


中心点を見つけることで勢いを用いて振ることが出来る。

そのまま遠心力でパワーを補い、時計回りに二つ目を弾く。

上手く使えば扱いやすい両刃武器。

特に、峰打ちの無いところが良い。

命を刈り取る形をしている。


――キィンッ!!

 ――カキンッ!!


武器に裂く思考リソースがほとんどない。

無意識に朝の身支度をするように、やるべき力の入れ方が分かっている。

不思議とサイスが手に馴染む。

俺はきっと大鎌コイツを知っている。

前世の記憶か何なのか。

扱い方を知っている。


――シュンッ!!


浮遊手が標的を外す。

第二層での猪口才な悪戯で知り得た情報。

レイチェルは目が良いのではなく、魔力感知に長けている。

故に遠く離れた浮遊手ハンドも、まさに手足を操るような魔力操作で使いこなせている。

俺はそれを逆手に取り、埴輪型のデコイを創出する。

そして微細で粗い砂のカーテンを宙に掛ける。


『ん.....? フフフ.....出てきなさい。その姿を見せなさい。』


生成する足場は俺の体重を押し上げられる最低限度まで強度をあげて、バランスが取れる最小の面積にする。

その際、足場は軸足側だけでいい。

隠密性をあげるために魔力創造の静音性を高めていく。

もっと緻密に練り上げる。

ダンジョンの魔力を使うなんてのは奥の手だった。

これが本来やるべきだったこと。


――シュゥゥウウウ・・・!!


努力すべきだったこと。

初めから、そうやって動けていれば。

きっとリエラは......


『出ぇてこいッ――!!』



 ・

 ・

 ・


――Automatic Neo Territory Creation. Que Sera Artificial Intelligence.

....当区域におけるダンジョンマスターによる度重なる特別なDPリソース使用を確認しました。第1層{巨人牢}が自動的に名付ネームド・ゾーン化されます。


【新領域創成 ~Neo Territory Creation~】

名称:第1層{審判しんぱん巨人牢きょじんろう

種別:キルゾーン

効果:①土精霊の遊び場(土魔法の消費魔力量を減少、☆ユビキタス使用可)

   ②地下ダンジョンの宿命(侵入者の視界を悪化、侵入者の魔力感知を悪化)

   


『なんですか。なにが起こっていると――ふんッ!!』


――キィイインッ!!!!


刃が競り合いレイチェルの巨体が後ろへ跳ねる。


『ふんん。。。魂とも呼べるつるぎをこの私から抜かせるとは….....ふんッ!!』


――キィインッ!!


『まさか.....この重みッ、この匂いッ!!』


俺は高速で追撃する。

遠心力と遠心力と遠心力と遠心力。

回す回す。

駆ける。

切り裂く。


――シャキッ!!


瑞々しい音。

サイスの先端には浮遊手の1つが刺さる。


『まさか。』


そのまま大鎌の重心をもう一度頂点へ持ち上げ、俺は背中越しに構える。


『あぁ、あぁ、なんとッ。やはりその姿、そのオーラ。なんとッ!!なんとッッ!!.....こんな所におられたのですね…………!!』


対流する砂埃のカーテンが開け。

俺とレイチェルは正面で相対する。


「・・・」


それはまるで数年越しの再開かのように。

レイチェルは唾を飲み、まじまじと俺を見る。


「あぁ・・・」


レイチェルは膝を付き、胸に手を当てた。


『フフッ.....轟くような憎しみを感じます。恐れ多い。・・・私の胸に響き渡る。怒り!後悔!怨念!.....今、共鳴しているッ!!アナタと震ゥえているッ!!ブルブルブルブルブル・・・・!!!共振しているのデスよ!!我が尻子玉にッ・・・!!あぁ、ゴートッ!!私の大山未ゴートよッ!!・・はぁあぁぁぁああ///』


上がるボルテージ。

涙を流すレイチェル。

暗闇に溶け込む大鎌の刃。


「はぁれ・・・?」


草を刈り取るように後ろから、レイチェルの首が飛ぶ。




 Update information .....





落ちた生首が口を開く。


「あぁ?あぁあああ??ああああああ!!!?」


「スペル・グノームス――。」


大鎌を持って立つ子供。

俺の形をした土人形が崩れ落ちた。


「ああ?あああ!!!?」


生首だけで喋ってる。


「偽物.....やっぱり貴様はゴートじゃない。ゴートじゃない。そんなはずがないッ。ヒィッ、人が折角気持ちよくなってるところにテメェ.....…そう言えば私の爛れたこの肌も落ちたメイクも若い肌も抜けた髪の毛もネイルもチークもファンデーションもまつ毛も爪も全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部全部・・・!!!!!」


生首を持ち上げた3本の浮遊手。

両手がボリボリと頬を掻きむしる。

爪を立てて肉に食い込む指がその肌を突き破るように引っ張り上げた。

まるで仮面を破るように新たなレイチェルの更に置いた化粧顔が出るや否や、切断されていた首が繋がり火傷の痕が薄まっていった。


『折角コバエを殺していい気になってたっていうのによォ・・・折角蛆虫を叩き殺していい気になってたっていうのによォ・・・テメェテメェテメェこの野郎、思い出させてくれんじゃねぇかテメェさえいなければテメェテメェテメェテメェテメェテメェ・・・・・・ハエを呼び寄せるクソクソクソクソクソッ、糞ガキがァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!』


 Analysis complete.....


『アァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ、橋姫→【生成なまっなりっ☆】』


――パァンッ


「かぁっ。。。。」


――バゴォォオンッ!!


掌底を腹に当てられたような感覚と共に、俺の身体は後方へ吹き飛ぶ。

レイチェルは口角を引き上げ、

満面の不敵な笑みを浮かべる。




 《 大幹部司祭【申】、レイチェル・アレクサンドロス 》

危険度☆☆☆☆☆☆

種族:人間(鬼族化の兆候あり。)

属性:NaN(解析中.....)

特徴:薄くなってきた顔面と厚くなってきたツラの皮。不安定な情緒。

アドバイスQ:「壺爆弾ドーン間欠泉バーン斬首スパァによって、レイチェルは確かに三度みたび死に、そして蘇りました。体力と精神性を引き換えに攻撃性の高い人間へ。.....否、怪鬼へと姿を変えています。化粧はより濃く、皺はより深く、毛はより薄く。本当の顔は未だ謎。イーステンに伝わる伝統芸能、生成ナマナリと来れば残すは二段階(般若ハンニャ真蛇シンジャ)でしょうか。骨が折れそうです。。。トホホ ><」

――SP6000(推定値)

――MP2400(推定値)

――HP1100(推定値)

――健康状態:醜悪

――損傷部位:全身の皮膚、首




『ハァハァッ、失礼。.....怖がらないで子供たち。私はいたってマトモですから.....うん、そうだよ!.....フフフ、良い子ですねリエラ。フフフフッ・・・!!!』


俺は鼻血を拭い、大鎌サイスを構える。


『今夜はビーフシチューです。いっぱいいっぱい、食べましょう.....アナタが庇った、ガキの肉を入れてッ――!!』


――キィンンッ!!


早いッ!!


――ガギンッ!!


テンポが上がった。

距離を詰め続けるレイチェルの猛攻。

暗闇へは逃がすまいと、恐れを知らず俺の間合いへ踏み込んでくる。

なんとか刃をさばくその合間、凶悪に爪が伸びた浮遊手が切り裂くように俺の頬を掠める。


 ――シュウッ!!

  ――ザシュッ!!


「い”だッ!!」  


浮遊手が遂に俺の左肩を切り裂いた。

垂れるように脱力し、サイスを持つ手が一本になる。


「はぁッ、はぁはぁっ・・・!!」


テンポが。

テンポが違う。

息が乱れる。

心臓が高鳴る。

ペースが呑み込まれる。


『うんパパは見てるよッ!!リエラッ、アハァ、僕は僕はッ!!』


「――ふんあっ!!」


悪魔のような巨体が剣を振るう。

これが大人の力。

逃げられない。

一時も離れられない。

暗闇へ、土の中へ、壁の裏へ、逃げられない。

逃がしてくれない。


「やばいっ、はぁはぁっ、はぁ!!」


『見ててッ見てて!!』


右へ左へ、切っ先が縦横無尽に飛んで来る。

土の盾で応対。

足場を創り出して回避。

後ろに後ろに後ろに後ろに。

足りない。

1本の剣とは思えない刃の量が覆い被さってくる。


『アハッアハァ、アナタは結局何も出来ない。リエラの命は意味を成さない。この不条理を与える瞬間、私は神に成れる。神を知れる。ファハハハハハッ!!そうでしょう?神様ァ?!ねぇ、神様?』


レイチェルの見下ろすような刺す眼光。

この命が標的にされている。

無理だ。

汗が目に入る。

無理だ無理だ無理だ無理かもしれない。

結末が見える。

ゴリ押しとかじゃなくそもそも細かい剣技が絶大に上手いッ。

加えて速度と巨躯から繰り出されるパワー。


――シュンッ!!


浮遊手の爪が左脚の外側を抉り取った。

残像の量が増える。

動体視力が追い付かなくなる。

吐く息から鉄の味がする。

じりじりと追い込まれていく。

乳酸が溜まり握力が弱まっていく。

無理無理無理無理無理無理、無理ッ!!


「――くそっ!!」


死んだ。

時間が遅く流れる。

サイスは宙に弾かれ、

バランスを崩した膝は地面へ着く。

レイチェルは満面の笑みで剣を振りかぶる。


『フフハッ・・・!!』


世界がスローモーションで【死】へ向かって動き出す。


「あっ」





―――キィイイイインンッ・・・・!!






「そこまでだ。」


響き渡る甲高い金属音と低い声。

レイチェルの刃が止まる。


 Analysis complete.....


 《 騎士寮教授、ジン・アレクサンドロス 》

危険度☆☆☆☆☆☆☆(7)

種族:人間

属性:物理

特徴:鋭い目付き。

アドバイスQ:「立てば英傑、座れば賢者、歩く姿は騎士団長。フリューゲル・ディアマンデ寮長教授、ウェスティリア魔術学院が誇る最強の先生が登場です。」

――SP3501

――MP3501

――HP3501

――健康状態:良好

――損傷部位:なし


「こっちです、タンテさん!」


聞き慣れた声。

俺の腕を骨の手が掴んで引いていく。


 Analysis complete.....


 《 冒険士寮教授、オルテガ・オースティック 》

危険度☆(1)

種族:ゾンビ系

属性:のろい

特徴:ガイコツ兵士長を地上から操作しているようです。

アドバイスQ:「立てば平凡、座れば標準、歩く姿は副担任。お前らの担任ハズレじゃね.....? ちかごろ宗教にハマってます。フェアリア・イオライテ寮長教授、ウェスティリア魔術学院が誇る稀代の変態が登場です。」

――SP100

――MP100

――HP99

――健康状態:標準

――損傷部位:左足の小指


間に合った。

オレッチに呼ばせた学院の教授オトナたち。

助かった・・・のか?

それなら。

俺は杖を握り呟く。


「善悪人ナシ..........」


人、ナシ.....

くそっ。

殺してやりたい。


「スペル・グノームス」


創出する穴の空いた土壁。

その裏に俺たちは隠れる。

オルテガはバックの中から包帯を取り出し、俺の止血を始めた。


――ガサゴソ・・ガサ・・・


「お水もあります。」

「気の利くガイコツ。」

「先生です。――リエラさんは?」


「死んだ。」


オルテガは俺の脚へ包帯をギュッと縛る。

俺は飲みかけた水を口から零す。





「そうですか。」





オルテガは俯いたままそう言った。


「俺を庇って、死んだんだ。」


教師の監督責任か。

否、今回の一件は遥かにそれを越えているだろう。


「申し訳ありません、世界のいざこざに巻き込んで.....」


むしろ救えなかったのは、謝罪すべきは俺の方だ。

オルテガは手早く腕の裂傷にも止血処置を施すと、俺の頬に触れる。


「タンテさん。私の使命は生徒きみの命を絶対に守ることです。オレッチさんからコレを預かっています。辛くて苦しいでしょうが、あと少し辛抱してください。……今から第三層サードレイヤーに向かいます。」


「……分かりました。」


俺は垂れる鼻血を拭き取り、眼鏡を掛けてオルテガの背中に乗る。

この戦場からいち早く離脱するには、確かに上より下が良い。

冷静な状況判断。

恐らくは、人が死ぬことに慣れている人。



―――――――――――――――


「アンドリュー。私に刃を向けるのか?」


「に……兄さん……?」


ジン・アレクサンドロスのローブが靡く。

アンドリューと呼ばれたレイチェルの切っ先は下へ向く。


「――兄弟だったのか。」


眼鏡越しにキューキューブが映し出す戦況を観察する俺は、オルテガの背中で息を呑む。


「本当はジン教授せんせいを呼びたくは無かった。しかし、この場を収められるのは……収めなくてはいけないのは、彼しかいないのです。」


オルテガは語る。

2人は互いの間合いを知るようにビクとも動かない。

キリエ大幹部司祭 VS 元ウェスティリア騎士団長。

手が付けられない怪物モンスターには怪物モンスターをぶつける。

オレッチを走らせた後は、時間稼ぎであった。

不甲斐無いが、ここまでがダンジョンマスターとしての……俺の戦い方。


「終わりにしよう、アンドリュー。変われるはずだ、歳を重ねたとしても。どれだけ過ちを犯したとしても。」


「兄さん……兄さん……!!」


レイチェルは剣を落し、ジンへ駆け寄る。

ジンの方が少し小さい背丈と肩幅。

そこに甘えるようにレイチェルは熱く抱擁した。


「兄さん!兄さん!」

「そうだアンドリュー……」


ジンを抱くレイチェルの大きな背中からは貫通した長剣の真っ赤な切っ先が見える。

そしてジンの左腕は浮遊手ハンドの持つレイチェルの長剣に穿たれていた。


『反吐が出るよ・・・!!』

『それでいい――。』


二人は肩を押し合い、剣を引き抜いて互いに距離を取る。


「アンドリュー。アレクサンドロス家いちぞくの法があるとしても、実弟である貴様の裏切りには目を瞑った。キリエに染まろうとも黙殺した。しかしお前が【この学院に攻め入った時点】で、俺はお前を殺す他に無くなった。ましてや我が生徒を手に掛けたとなれば、私は既に覚悟を決めたぞ。。。」


「ジンッ・アレクサンッドロス!!忌まわしき血族。。。私の名前はレイチェルッ……あの家が【私の心を否定した時点】で、私はお前たちを皆殺しにするとそう決めていた。」


「・・・そうか。」


「ジン・アレクサンドロス、花を愛でる復讐は罪か?!服を愛する復讐は罪か?!私を愛する復讐は病か?!お前に私は理解らない、お前たちに理解はできない。あの一族にあのクソ共にッ!!私を否定した全てを私は否定する。私にすら理解できない私を愛したキリエに私は愛を捧げるッ!!ジンッ!!ジンッ、アレクサンドロス!!!!!!ジンッ、アレクサンドロス!!!!!!!・・・見ててよパパ、ママ……」


ジンは剣を構える。

飛び立つ4本のボロボロになった浮遊手。

標的はレイチェルの顔面の中心線を目掛け爪が食い込む。


『オオォォォォォォオオオオオオアァアアアアアアッアッアアアアアアアッアッア!!!アアアアアアアアッアッアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!』


浮遊手ハンドはレイチェルの顔面の皮を引き裂くように四方へ引っ張り上げた。

破れる二枚の皮。


『――パア”ァ”ッ!!!』



Analysis complete.....



 《 大幹部司祭【申】、レイチェル・アレクサンドロス 》

危険度☆☆☆☆☆☆☆(7)

種族:鬼人

属性:特殊魔法(物体&感知)

特徴:NaN…(オオスギマス)

アドバイスQ:「最終段階、真蛇シンジャと思われます。広く有名な般若ハンニャの一段階上のレベルです。精神と肉体が限界を超えた姿。再生能力が爆発的に向上していますが、回復するのは真蛇の肉体です。つまり、もう元には戻れません・・・。」

――SP8800(推定値)

――MP1300(推定値)

――HP50(推定値)

――健康状態:最悪

――損傷部位:全身の細胞、DNA



『ハァ”ァア”ア”ァ”ア”!!!!』


浮遊する6本の凶悪な手。

握られた6本の骨剣。

それはかつて自身の脊髄だった物。

そして両手に持つ、魂の裂けた2本の真剣。

人を辞めたか。

レイチェル。


『ダァァァァアアアアハッ――!!』


浮遊する六本の手と剣は、レイチェルの背中で六角を作りながら回る。

時々呼吸をするように切っ先を6本外に向けては、内側に向け、飽きた様にまた六角を創って回る。

邪悪を極めた不気味な美しさ。

人から逸脱したという意味では、その姿は観音の様でもあった。


「タンテさん。」


「ん?」


「乗り心地はどうですか?」


「微妙です。むしろ、骨が当たってちょっと痛い。」


「ふふふ、快適そうで何よりです。――それかもしも今、ジン教授せんせいが窮地に見えているのなら、その光景を目に焼き付けておくといいです。」


「なんで。」


「本当に強い人とは何か。ジン教授せんせいの貴重な生講義レクチャーが見られるからですよ。それに、もう二度と無いかもしれない。」


「ん。」


見透かしたように話す。

いけ好かない担任だ。

けれども鼓動は台本通りに速度を上げる。


『ガァアアアアァ・・・・・・・・・ァアア!!!!』


「言葉も失くしたか、アンドリュー。」


遂に飛来する浮遊手の刀身。

ノーリスクで繰り出される6連続の近接斬撃。

ジンはそれを一本ずつ丁寧に遠くへ弾いていく。

1つ1つの斬撃は軽い。

その一振りはオーバーパワーに見えるがきっと正しい。

否。結局、俺もリエラも決着は浮遊手アレだった。

浮遊手ハンドの攻略を怠れば、レイチェルには勝てない。


――キィイインッ!!


しかも、浮遊手ハンドの速度が上がっている。

刃の交じり合う重たい高音がその威力を物語る。

しかし膠着を繰り返す。

動き出すジンの足。

[弾き]に[回避]が加わり、ジンの動きに余裕が生まれ始める。


――シャッ!!


浮遊手の小指が一つ飛ぶ。

攻略し始めている。

確実に。


『ダァハァッ・・・!!』


レイチェルが踏み込む。

手数が6→5本に減る前に、6→8本に増やして潰す。

それも加算されるのは本体という強力な2本の豪腕。

しかしジンはレイチェルの2振りを真芯で捉え、鍔迫り合いに持ち込む。


「見てるぞレイチェル。私は。オレは・・・片時も目を離したことは無い。」


ジンには有った。

ステータスには現れない定性的な強さ。

戦術の組み立て。

精神的な強み。

冷静さ。

底力。

胆力。

そして積み重ねられた剣技。


「我が血族よッ――」


レイチェルの二刀流を弾き、ジンは後方に飛ぶ。


『ガァア”ア”ア・・・”ア”ァ”!!!!』


隙あらばとホーミングする6本の浮遊手。

四方八方から、空中にいるジン目掛け切っ先が走る。


――スゥッ。


刹那。

ジンは僅かに浮遊手ハンドの軌道をずらす。

剣の先端で撫でるように1回。

空いた左手で弾くように1回

両足の裏で押すように1回。

総て同時に。


――シャクッ!

シャクッ!!――

――シャッ!!


3本の剣が三つの手を貫いた。

そして重なる縦一本、ジンは剣を真下に振り抜く。


――ざんッ。


「引導を……渡してやる……」


残りの浮遊手が三つと同時に真っ二つに割れる。

何という繊細さ。

器用さ。

そして緩急ある豪快さ。

ローブを靡かせながら、ジンは地に足を付ける。

何ともそれは、悲しそうに。



『アクス・グレイヴ――。』


継がれし英傑の騎士道シュヴァルリィ・アクス・グレイヴェン

 系統:固有魔法系・特殊魔法

 等級:A

 属性:①身体系統

    ②自然系統

 詳細:(西の騎士道を体現した戦式魔法。肉体強化を施し、斧槍ハルバード薙剣グレイヴの装備時に武器へ重力魔法を付与する。アレクサンドロス一族のなかで、ドンとして民を導く素質を持つ者のみが会得を可能とする秘術。

 ――最戦線に立つドンは、己が身体を盾とした。鋼の肌と、嵐を呼ぶ腕。偉大な者のつまらぬ強さは、民を守り抜く孤独な重みであった。)


損傷した浮遊手と共に、ジンは地に足を着ける。

そしてゆっくりとレイチェルの方へ歩き出す。

静かなる王の風格。

貫かれ叩き斬られた浮遊手はゾンビのように指を動かし、その背中を狙って飛来する。


「危ないっ――。」


漏れ出る不安も余計であった。

ジンは二歩で6つの手を避けて斬り落とす。

ドタドタと落ちる浮遊手。

バラバラになった指。

でも、まだ動いている。


動いているが、まるで地面に縛られたかのように藻掻き続けていた。

爪の中に土が入り、まるで羽を失った鳥のように暴れている。

きっと変わったのだ。

あの浮遊手に掛かる重力おもさが。


「フフフフ・・・!!」


レイチェルはその光景を捉え、不気味に笑いながら右手の剣で自身の左腕をバラバラにする。

白目を剥き出しにしながら、さも大根を斬るかのように。


『ア”ハハハハハハッ!!!!!!!!!』


レイチェルの左腕は再生し、大根はプラナリアかのように左手を再生させる。

その数12本。

驚異的な光景である。

それら全ての手が凶悪な長爪を生やし、浮遊を始めた。

内6つは地面へと刺さり、操られた巨大な岩塊が、鋭利な手の形に変わりながら浮遊する。

手首を内側に向けながら、時計方向に回る6つの浮遊手と半時計方向に回る巨大な岩石の浮遊手が6つ。

そしてレイチェルは再度両手に1本ずつ剣を掴み、ジンの方へ歩き出す。


『ダア”ハハハハハハッ!!!!!!!!!』


レイチェルは歩きながら、自身の額を裂く。


――ザシュッ!


耳を裂く。


――ザシュッ!!――ザシュッ!!


うなじを裂く。


――ザザシュッ!!


自虐をするような裂傷。

流れる血。

その理由はすぐに分かった。

傷口から即座に再生される器官。

三つの目に、四つの耳、そして後ろにも一つの目。


『ガァアアアアァ・・・・・・・・・ァアアッダア”ハハハハハハッ!!!!!!!!!』


傷口は刹那に塞がる。

悪魔的な再生能力。

目を背けるようにジンは視線を落とす。

嘲るように響き渡る憤怒の笑い声。

剣、爪、岩石。

レイチェルの持つ全ての武器の鋭い切っ先がジンへ向いた。

刹那。

リエラが死んだ時よりも遥かに速い速度で、爆発的に散開した飛び道具の全てとレイチェル自身が吸い込まれるようにジンの立ち位置一点に襲い集まる。


『アアアアァ・・・・ァアアッダア”ハハハッ!!!!』


「・・・」


そして、ジンは視線を上げた。


黒引の一薙ぎブラック・グレイブ――。』


―――ドガラァァァアアアアッ!!!!!


質量が爆ぜる。

衝突した全てが爆散するように一瞬にして吹き飛んだ。

土煙の中。

二本の脚で地に立つ男が一人。

それはとても静かに、

静に鞘に剣を収めたジンは、レイチェルと視線を合わせる。

全てを振り抜き去ったその後に。


「やっと・・・見た。。。」


見下ろすようなジンの視線。

息を引き取ったレイチェルの、生気の無いその素顔。

白い瞳は、瞼を開けど光を失う。

それでもレイチェルはそう言った。

今際の際に自然な笑顔で。


「……」


ジンは膝を付く。

強敵を倒し、流石に疲労が蓄積したのか。

眼鏡の内側で、俺はギュッと瞼を閉じる。

次に瞼を開いた時、ジンは泣きながら震えていた。

レイチェルの白い手を握りながら。

祈るように。


「……くれ…………」


感知妨害のカーテンが捌け、

巨人牢には地上からの光が降りる。


実弟アンドリュー。いや、実妹レイチェル。…………許してくれ。私を…許してくれ…………許してくれ…………許してくれ……………………許してくれ…………」


ジン・アレクサンドロスの背中がとても小さく見えた。

あんなにも頼もしかった背中。

戦いを終え地に刺さる一本の剣には、

その真っ直ぐな剣には、

斬っても切れぬ迷いがあった。





「タンテさん。」



「ん。」



俺が乗る骨だけの背中。

オルテガが囁くように口を開いた。


てき見誤みあやまらないことです。………いつでもその片割かたわれは、おのれなかるのですから。」


リエラの顔が脳裏を過る。

そして俺は、静かにコクリと頷いた。







































{ダンジョンステータス}(コアが無いため、城内分未記載)

内部コア(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)

研究レベル:2

DPダンジョンポイント :20

MPモンスターポイント :50

RPリソースポイント  :5

分 類タイプ:精霊管理複合多層型

構 成:全6層

状 態:廃農家ダンジョン

称 号:???

危険度:レベル2【F級】

{寮生編}完 → 次章{○生編}


挿絵(By みてみん)



ここまでの読了に感謝申し上げます。

創作の励みになります。

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