タンテ・イン・ワンダーランド / 鏡の国のタンテ
「あぁキリエよ。」
オルテガは恍惚として語る。
その表情のキモさたるや。
「この世界が悪とした七つの罪源、傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰。我々キリエはそれらを肯定し、現人神である大司祭ガレスのもとに平等の裁きを下しましょう。それが悪神教の信念。我々が今生きる善が正しいとする世界は、結局弱者を救えなかった。「貧困を」「独占を」「紛争を」「飢餓を」「冤罪を」「虐待を」「絶望を」亡くせなかった。」
窓には太陽の光が差し込んでいた。
どんな思想家にも、朝は来る。
「ならばその神は絶対に非ず。故にその神は間違っている。故に私たちキリエの信徒は革命の時を待ち望んでいた。今や革命の聖火は全土に及び、残すは中央領アイギス、その袂の小さき守護者。しかし、ガレスはこの世界で一番強い。圧倒的です。英雄、サテラ・カミサキはいずれ、来たる日に、我らが神の僕に殺されるのです。」
ワイトは首を横に振り、
やれやれといった顔をする。
「――いかがです?」
何はともあれ、
この教授が言っていることも、
所詮はただの暴力革命だ。
簡単には賛同は出来ない。
...出来ないが。
いささか現体制への不満が募っている集団の一派
そしてそれが実を結びつつある世界だ。
過激思想はやがて翻り、
常識はやがて一変する。
革命など、どの時代にも起きてきた。
それが多数派の道理であり、
暴力の道理であり、
世界の道理である。
故に不肖タンテ・トシカ。
下手な事は口にしません。
『はっはっはー、素晴らしいぃぃ!!』
俺は拍手をしながら目を見開く。
全く俺ってば、ノンポリシーが過ぎるぜ。
「そうでしょうタンテさん!!」
オルテガはこの上なく嬉しそうに身体を向け、
大きな一歩で近付き俺の手を取る。
「ようこそタンテさん!新たなるウェスティリア魔術学院へ!!」
「はっはっはっー!!ハピネェス!!」
日陰で俯くワイトは、
額に右手を当て、溜息を一つ。
言葉を続ける。
「まー、無理に合わせなくていいんだぜお嬢ちゃん。旦那は確かに狂信的だが、盲信的ではねェ。」
窓の外に広がる自然。
ワイトはその景色を視界に入れる。
「旦那は、戦争の拠点にされかけたこの学院に暴力を持ち込ませず、思想と自由を守り続けている。俺はキリエ派じゃねぇが、俺達も俺達で旦那と利害が一致したから手を組んでいる。決して宗教がどうのこうの、立場がどうのこうのじゃねぇのさァ。」
「利害の一致とは....?」
ワイトは額に手を当てると、
あからさまにアチャーと声を漏らす。
「ワイトさん。」
「失敬失敬!これは言わない手筈だったなぁ。へへへェ!!」
計算高さか、お喋りバカが露呈しただけか。
オルテガは少し悩んだ様に俯いて、
顎に置いていた手を離す。
「まぁいいでしょう。それもいい。」
オルテガは目付きをキリリと変えて振り返る。
棚引くローブが俺の頭上を越えていく。
「こちらです。」
オルテガは杖を一振り。
部屋の左奥にある扉が開かれる。
中から聞こえる複数人の話し声。
呼応するように聞こえた笑い声。
出会いの季節。
幾重にも幾重にも、
新たな世界の扉が開く。
「タンテ・トシカ。貴方に全てを教えましょう。」
招かれた部屋の先。
薄暗い円卓のある部屋に、
個性豊かな男女が6人。
酒の臭気が入り混じる。
「うっ......」
暗順応。
刺すような視線と言葉の先。
腕を組んで微笑む、見慣れた白タンクトップ。
顔の見えない、ひょろひょろのシルクハット。
イスに座り煙管を咥える和装女に、
円卓の上に腰を掛け、
木製のジョッキに口を付けて笑う魔女帽と、
その膝に片足を付くレッサーパンダ。
同じく背中合わせに座るフードの二人。
そして椅子の上に裸足で立ち、円卓には片脚を乗せ、サクランボを頬張ろうと上を向く金髪の少女。
「へっへっへ~」
ワイトは陽気にその輪に混じる。
集結した何処からどう見てもお行儀の悪い集団が、
ピタリと動きを止め、俺を見ていた。
「紹介しましょうタンテさん。彼らが私のパートナー、アザナンファミリア。」
オルテガは補足をするように
一言を加えた。
『殺し屋さんです。』
・
・
・
こいつらが、
......アザナンファミリア。
――コクン。
喉が伸縮して、
粘っこい生唾が食堂へと流れていく。
俺の目の前にいる暗殺家たちは、
素顔のままで俺を見ている。
顔を隠す布のヴェールだとか、
怪盗が付ける仮面であるとか、
ピエロのような化粧も無い。
これが意味するところは一つ。
俺は今まさに、
怪物の胃の中を覗いている。
この部屋に踏み入れば、
二度と帰っては来れない気がする。
「さぁ――」
「うぇっ?」
――バタン。カチッ。
背中が優しく押され、怪物の胃の中へドンと着地。
ご丁寧に鍵まで掛けられた。
「んふふ。」
オルテガの笑い声。
相反して場には緊張が走っている。
黄色信号が点滅するように、
警戒色が俺に塗られる。
オルテガの声にワイトが続く。
「全てを教えるとまではいかねぇが、利害の一致のその答えだ。改めましてお嬢ちゃん。俺の名はワイト~。そしてココにいるのは間違うことなき、お手手が引くくらい真っ赤な血でビッチャビチャに染まり切った、殺しを生業とし、殺すために生まれ、殺しに生きてきた、殺し屋の皆様さァ。」
「素顔を見せちゃ街も気楽に歩けないだろ。タダでは帰さないってことか?」
俺は腰に手を当てながら言った。
実際には杖を触っている。
「察しがいいなぁ。まぁー、嬢ちゃんに絵心が無いならショッピングくらいは楽しめるだろうが、頭ん中覗く魔法もあるもんで、仰る通りタダでは帰さない帰せない。少なくとも一緒に悪巧みをしてもらう流れだなァ。」
――悪巧み......?
「断ってもいいぜェ。非協力的な態度は大歓迎さ、迷わずに済む。ただ~、こちらとしても顔バレしたから小さなガキを殺しました~、みたいな蛮族にはなりたかねぇから、一思いに殺せるよう自己紹介くらいのインテリジェンスは渡しておこうってな話で、ザックリ右から~」
「わわわわ~!!」
俺は即座に耳を塞ぐが、
ギザ歯の魔女帽が杖を振るい
強制的に体制が直立不動、背筋が伸びる。
「気を付け......」
「はい。」
「いいか~?一度しか言わないからなっ!て、忘れちまったらまた聞いてくれればいいんだけどよ。よぉく聞いておけよ~。一番右のデカいのが......
――白ウサギ。
(・白いタンクトップに小さいマント。
・腕を組みこちらに微笑んでいる。
・性格は多分大らかで優しい。
・アーノルドシュワルツェネッガーみたいなガチムチ。
・ラグビーが上手そう。
――その隣が、マッドハッター。
(・身なりは英国紳士。
・シルクハットを深くかぶっている。
・気性は荒く、殺されかけた。
・高身長で手足のリーチが長い。
・カバディが上手そう。
――煙管咥えた姉さんが、アブソレム。
(・唯一椅子に座っている。
・着物と羽織を着用し右手には古めかしい煙管持ち。
・髪にはカンザシ。
・ミステリアスな雰囲気。
・畳が似合いそう。
・組織のリーダーっぽい。
――背中合わせで座ってるガールズが、ルディー&ルダム。
(・円卓の中央に背中合わせで座っている。
・フードで顔が良く見えない。
・二人とも同じような小柄の見た目。
――その隣の魔女っぽい魔女がチェシャ、アライグマのヤマネ。
(・長杖を抱えた魔女帽。
・オルテガと似たようなローブ姿。
・魔法が使えるらしい。
・不敵な笑みと、ギザ歯。
・膝の上には山鼠なのか、アライグマなのか。
――そして最後にお行儀の悪いのが、アリス。
(・金髪ロングの裸足ワンピース。
・円卓の上に片足を乗せている。
・ただならぬ雰囲気。
そして、俺ことワイト。
あとは出払っちまってるレッドって奴がいて、
アザナンファミリア、計8人と一匹。
今日も元気に活動中。」
・
・
・
・
聞いてしまった。
暗殺一家の名前。
全員分。
「んでもって、我らアザナンは旦那と利害の一致があって協力関係にある。......分かるだろ?暗殺稼業との利害の一致なんてもんは、殺しに決まってる。俺達の目標はキリエ大幹部が一人、{アルプ・ネビュラ}の殺害だ。」
――殺害......
「言わば、復讐ですよタンテさん。」
アーノルド......否、白ウサギが口を開いた。
「先程は失礼いたしました。しかし、ネビュラの殺害は私たちにとっての悲願であり絶対目標。故にハッタ―が早とちりをしてしまいました。お許しを。」
「たしかに似てるね......」
「えぇ。」
チェシャの声に頷く白ウサギ。
「似ている?」
「はい。」
白ウサギは一枚のプロマイドを胸ポケットから取り出した。
「これが、ネビュラです。」
・
・
・
・
「は?」
思考が完全にフリーズする。
俺の記憶。
脳細胞。
推理。
全てが信じるに値せず。
ただそこには謎がある。
画質の悪い白黒の肖像写真に写るのは、一人の女性。
後ろ一つ結びで白衣を着ている丸眼鏡。
人混みの中、眠そうに振り向く、知らない人。
時代も背景も異なる世界。
しかしその面影は確実に、
九年前から追い求めていたものに近しい。
「師匠......?」
篠原 綾。
その人に似ていた。
しかし重要なのは。
きっと、そこではない。
「コイツと。誰が、似てるって......?」
それだけは許されない。
「あぁ。もしかしてタンテさん。自分の顔を見たこと無いのでは?」
血の気が引く。
冷汗が込み上げる
「.ダメだ.....」
やめろ。
「そうか~、嬢ちゃんずっとダンジョンに居たんだもんな。チェシャ、姿見をこっちに――」
蛇腹が背筋を走るような嫌悪。
最悪の、一つ手前。
「嫌だ......」
......やめてくれ。
「ほぉら――」
それだけは。
......頼む。
「これがアンタの顔だ。」
・
・
・
魔法で浮遊した部屋の姿見が、俺の前で制止する。
そこに映し出された泣きそうな顔は、
悪い予感を的中させていた。
「くっ…......」
俺は膝から崩れ落ちる。
そこに映るのは、
九歳のときの師匠の顔だった。
「ぐぅ......!!」
床が無くなったかのように、
脚の力が抜け落ちた。
――死にたぃ......
粗いモノクロ写真なんかよりも確実に、
圧倒的に明確に、
それが誰かを鏡は伝えた。
――死にたいッ......!!!!
誰のために生きてきたのだろう。
誰のために追い求めてきたのだろう。
名も知らぬ犯人も、
名も知らぬこの世界も、
仕組みの分からない多くのミステリーですら、
そこにはきっと価値があったのに。
俺は一体どうして、
地上を目指していたのだろう。
どうして俺は死にきれず、
どうして俺は生かされた。
その理由が消えたとしたら、
どうして俺は、未だ生きている。
――死ぬしかない......死ななくちゃ......
足場が崩れたかのように浮遊感が襲う。
床板に握り拳をぶつけ、俺は額を擦り付ける。
どう終わらす?どう殺す?
どう殺す?どう終わらす?
持て余す、この命。
――はぁ!.....はぁ!はぁ!
荒ぶる呼吸。
額に濡れる熱さ。
舌に残る血の味。
鏡はもう、見れなかった。
『――あぁっ、あぁぁッ......!!あぁあ!!あぁぁ!!!!!!!!』
師匠との再会。
彼女を守り切ること。
また一緒に笑い合うこと。
例えそうでなくとも、感謝と別れを告げること。
何処かで出来ると信じていた。
いずれ叶うと信じていた。
その楽観を信仰していた。
しかし今、この九年間の全ての希望を
唯一の生きる理由をあ
俺は、一目で。
たった一目で。
『・・・・・・あぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!』
失った。
・
・
・
・
{ダンジョンステータス}
Qキューブ(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)
研究レベル:0
DP :ERROR......
MP:ERROR......
RP:ERROR......
状 態:不明
備 考:分析が妨害されています。
Tips
・謎の部屋
『ウェスティリア魔術学院の別館『木精霊たちの学寮』及び、本館の一部には、円卓の国と似通った性質を持つ部屋が存在する。
(※円卓の国とは、円卓のある秘匿性の高い会議所を創造できる一部地域の範囲、または会議所が創造されたその座標をさす言葉であり、実際の国ではないが、多くの国を揺り動かす決定が下されてきた場所である。)
この部屋に立ち入るには幾つかの手順を経る必要があるものの、一部の情報通な生徒らには秘密の部屋として利用されてきた。しかし本当の内緒話をするためには、部屋に隠れたオルテガの耳虫たちを排除しなくてはならず、最後まで疑り深く情報を適切に精査し守ることの出来る者のみが、この部屋を扱うに足る資格を持つとされる。軽い気持ちで踏み入ったものが愚痴や惚気話でもしようものなら、翌日にはオルテガ教授がニヤッニヤッしながら近付いてくることであろう。
また、そんなオルテガの盗聴を知ってか知らずか、ライラ・マーティンはオルテガへの不満やドライアド寮の改善点をしょっちゅうこの部屋で漏らしており、結果的にその年の寮内の風通しの良さは、学院随一であった。』




