9歳児と言う勿れ
「へっ、やっと来たかァ。.....相棒は?」
「失礼、少々トラブルがありまして。」
ぬかるむ泥の地面。
跳ねるアマガエル。
陽当たりの悪さを象徴するナメクジ。
薄暗くジメジメとした場所に、その建物は現れる。
石のレンガ造り。
大城との統一感がある碧い屋根。
先程見た大城には負けるが、しかし豪邸には変わりない。
そんな小さな城を取り囲むは、
防壁というには心許ない紺色のフェンス。
そこへ寄りかかるのは派手な男。
白いジャケットに穴の開いたジーンズ、
むさくるしいオールバックに、
ピアスと指輪の数々にサングラス。
「ここからは彼が案内します。」
紳士なタンクトップが微笑んで紹介する。
人を見た目だけで判断するのは良くないそうだが、
チャラそう。
「名はワイト。」
「はい、よろしくゥ~。」
チャラい。
「では、私はここで。」
白ウサギはそう告げると足早に走っていく。
ワイトはその背中に手を振っていた。
えぇ~。
出かけた言葉を押し殺す。
本当はずっとタンクトップがよかった.....
何故ならあのオッサン、優しそうだから。
ワイトは早々にフェンスの扉へと近付き、
手の平サイズの南京錠に触れる。
「えぇっと、どれかなァ~。」
ジャラジャラと取り出した鍵の束。
南京錠の鍵穴は二つ。
「飛び越えればいいのに。」
「あ?じゃあやってみろ。」
「うん。」
俺は助走を付けてフェンスへ飛び付く。
比較的足は掛けやすく、
小学生でもよじ登れる難易度。
であるならば、木登りチャンピオンの俺には余裕の案件。
「よっ、と。.....うわぁっ!!」
俺は反射的に手を離し、泥に尻餅を付く。
「何が見えた。」
「......だっ、大瀑布!」
「HAHAHA!!、サステイルのVVじゃなくて良かったなぁ。(※蟲毒渓谷という危険地帯。)アソコは見るだけで反吐が出る。何よりも匂いがヒデェったら、よっ、はい開いたァ~」
ワイトは扉を開ける。
キキィーと甲高い音の先は、
普通にフェンス越しと同じ光景。
それから建物の前へ。
木製の扉を三回ノックし、
ワイトはまた鍵を探す。
俺の推理が正しければ、
一連の動作には全て意味がありそうだ。
「この一連の動作には全て意味があるんだぜ~?ノックした後に鍵を探さなくちゃならねぇ。深い理由は知らねぇ。」
「へぇ。」
全然喋るなこの人。
ある意味、無駄な推理に終わったパターン。
扉は開き、
扉は開き、
開いた扉の先。
また扉。
「ここは魔術学院の別館だ。侵入は最も容易に見えて、最も難しい。正規のルートを踏まなきゃ誰も辿り着けやしねぇ。セキュリティは魔術学院、屈ッ指!!内部から入る分には良いが、外部から入ろうものなら、目的地まで幾つもの扉を開かなくちゃならねぇ。幾つものだぁ。俺が持ってんのはその大事な鍵。白ウサギと交代したのは、死んで盗まれたり、交戦中に落されたら困るからだ。他に何か質問は?!」
何も聞いて無いのにベラベラと......
「じゃあ俺が殺されかけたのは何で?」
「知らねぇ。嘘、知ってるけど答えねぇ。嘘、俺達は殺し屋だ。殺したくなったから殺されそうになったんだろうな?その動機は知らねぇ。嘘だ、知ってるけど答えねぇ。」
螺旋階段を昇った先
下から光の漏れる木の扉へ、
ワイトはニ回ノックする。
「あるいは、これから会う奴が教えてくれるかもな。」
ワイトは俺と顔を見合わせる。
「鍵は探さないんですか?」
「今のは唯のノックだ。意味で言えばぁ~、メーイ、アーイ、カァム、イーン?!」
――ガチャ......
扉がひとりでに開くその先、
沢山の本。
理科準備室のような研究道具。
ガラス製の大きな窓。
そこから降り注ぐ太陽の光に
目一杯照らされた男が、
杖を構えて立っていた。
「館中に声が響いていましたよ。アウグレン。」
「おぉ~っと、誰のコトかなそれは、誰のコトかなそれはぁ!?オレの名前はワイト。さっさと覚えてちょ~だいね、依頼人の旦那。なんなら初めまして。」
――依頼人......?
すなわちコイツが。
脱出したての俺に、殺し屋を送り込んだ張本人。
その頭は太陽を遮り、
逆光に霞んでいた顔がハッキリと見えるようになる。
『私がオルテガ・オースティック。』
その男は、ローブを靡かせ振り返る。
『そうですねぇ。言わば、この学院に住んでいる、アナタ方の『隣人』です。』
「・・・」
『宜しくお願い致しますね。タンテさん。』
「・・・」
――お前が、殺し屋送ったんかいぃぃぃぃぃ!!!!
オルテガは悪びれる様子もなく微笑んでいる。
えぇ、なんでなの?
なんで殺し屋送って来たの?
くそ、腹割って聞くしかないか?
「ナ、ン、デ、コ、ロ、シ、ヤ?」
俺はワイトへ指をさす。
オルテガはニコニコしている。
ずっと微笑んで黙っている。
ずっと。
ずっと....
なにこいつ。
ばくだん岩なの?
七割削ったら爆発するの?
なんか言えってば。
釈明しろってば。
「......ワイトさん。言いました?」
「えぇ、内緒だったのォ~?!」
ワイトのしこたま驚いた声が反響する。
「殺す気だったんじゃん!!」
「ち、違いますよ半分は」
オルテガは誤解だと言わんばかりに手を振る。
「半分ってなんだよ…!!」
「落ち着いてくださいタンテさん!!先ず私が言いたいのは、彼らは暗殺家の方々ですが、ですが殺せとは命令はしていません!!私はダンジョンから子供が出てくるので、この部屋まで護衛してくださいと依頼をしたのです。」
「確かになぁ、うんうん。」
ワイトは腕を組みながら、
本だらけの机の上にもたれかかり、
小刻みに調子よく頷く。
「なら殺し屋じゃなくてもいいのでは?」
「おぉ~っと確かになァ!!うんうん!!」
オルテガはワイトを睨めつける。
「あ~、うん。う˝う˝ん!....続けてどうぞ。」
「はぁ.....分かりました。白状しましょうタンテさん。確かに私は殺し屋を送りました。しかしそれは学院へ不安因子を招き入れない為です。何故なら理由は分かりますね?」
「分かりません。」
「本館も含め、ここには多くの子供たちがいるからです。そして私は教師。彼らを守る責任がある。」
「こんな子供が、ですか?」
「竜を倒せる子です。」
「ふふん。確かに~。」
「ホントか~?」
ワイトが眉をひそめる。
俺はちょっと機嫌が良くなったが、
すかさず警戒モードに戻る。
「それに。見た目が幼かろうが、何百人も殺害してしまう危ない人物もいます。今はそう言う時勢。しかし、もし貴方が敵では無いのなら。学院に向かい入れるべき善良な学徒ならば、私は私との約束を守ったあの赤子、タンテさんも守る必要がある。故にアザナンファミリア、彼らの手を借りる必要がありました。」
視線はワイトの方へ。
アザナンファミリア。
それがこいつら、暗殺一家の名前らしい。
「そういう時勢とは?」
そういえば初めて通信した時にも、
オルテガは何者かに襲われていた。
そしてここへ来るときも、
大人達からは、きな臭い慌ただしさを感じ取れた。
「悪神教、キリエという宗教団体の台頭です。」
――アク....シン....キョウ....
「わ、悪そうな名前ですね。」
「えぇ。そして彼らを倒すために、世界中が結束して戦っている。彼らを倒すために、大陸中央の『アイギス王国』を筆頭に、歴史上三度目のワールドクエストが発令されたのです。これは世界的危機を表すアイギスからの依頼。各国の正規軍や冒険者達は死に物狂いで戦った。そして四年の歳月を経た今、その戦争がやっと終わろうとしている。もはや戦況が覆ることはありません。....残党勢力もいまや虫の息です。」
「な....るほど....」
だから四年後だったわけか。
俺の成長を待ったからではなく、
あるいはその意もあっただろうが、
何よりも四年前から、地上では戦争が起きていた。
「じゃあその悪神教、キリエとやらかどうかを疑った訳ですか.....だから殺し屋を..........」
「あー、嬢ちゃん。ちょっと旦那を勘違いしているみたいだがな、旦那が疑ったのはキリエの別の大幹部の手先である可能性でだな。嬢ちゃんがキリエであろうと、というかむしろキリエである方が、というか嬢ちゃんはキリエの信者だ。うん、そういうことにしようぜ今日から.....」
こめかみを掻きながら喋る、ワイトの目が泳いでいる。
「いいんです。.....ワイトさん。私は自分の生徒に宗教を強制したりしません、素晴らしさは各々が勝手に気付いていくのです。それに彼女は地の底で育ちました。これから理解していけばいい。キリエの素晴らしさに......」
あれれ.....オカシイぞ。
探偵助手である俺の推理が、
根本から違っていそうな予感.....
気のせいか、
オルテガの眼光が強くなる。
その微笑みも何処か不気味だ。
「そういえば、申し上げておくべきことがありましたね。悪神教には一人の大司祭様と、その下に十二人の大幹部がいます。」
「はぁ....」
もしや。
あの。
もしかして。
『私もその一人です。』
――勝ちそうなの、悪神教かよォォォオオオ!!
・
・
・
・
・
・
{ダンジョンステータス}
Qキューブ(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)
研究レベル:0
DP :0
MP:0
RP:0
状 態:地上(魔術学院の別館)
Tips
・ワールドクエスト
『中央領アイギスが発令するクエスト、通常の冒険者たちが受注するクエスト以上に受注できる対象は広く、世界中の人間が参加出来る。第1回は不明、第2回は100年前、どちらもアイギス及びオルテシア大陸の危機的な状況を打破するために発令された。「平和都市の最終兵器」や「最高峰の他人任せ」など呼び方は様々。報酬は類稀なる名声と、英雄の称号。そして規模を問わず、達成者の「願い事一つ」を叶えるといったもの。』




