古竜を倒す、作戦会議。
{第三層・ダンジョンコア}
「まず、戦場となる第一層【巨人牢】についての概要を話すわ。」
ルタルちゃんは磨かれた石の机をタンと叩くと、キューちゃんへ目配せをする。
「キューちゃん、お願い。」
コクリと頷くスーパーAIは、二つある髪留めの1つを机の上へ放る。
意外と長い髪の纏まりがフワリと下へ垂れ、
机の上では紺色のサイコロの様な金属が机の上で転がっては止まる。
「ん?」
次に、天井へ向かい緑色のレーザーのような光が伸びる。
「これは....」
「第一層、巨人牢の3Dマップよ。」
トニースタークと肩を並べるレベルの技術力。
いや、これも魔術の一旦なのだろうか。
そこにはディスプレイに映し出された地図を立体化した線が現れる。
「......スゴイぜ、ケセラ・グノーム。」
「私が創ったのよ。」
「あっ......スゴイぜ、ルタル・グノーム。」
「へぇー。」
なに、その目。
スゴイよ?いやマジで。
いつもしてるよ?尊敬。
「コレは崩落前の巨人牢と、今日までのダンジョンの活動記録を元に推測で作られた3Dマップです。」
そんな俺達に構わずキューちゃんが説明を始める。
若干、横からの視線が気になるが、
俺は耳を傾け、キューちゃんの話に集中する。
「現在の予測では高さが15m以上、幅は40m以上、奥行きは約75m程度がざっくりとした戦場の広さかと。足場は瓦礫が多く、ゴロゴロとして移動の難しいことが想定されます。」
「広さは十分、でも走りづらいって訳か。」
「はい。第一層・巨人牢は、古の大戦期に兵力として送り出された{知能の高いオメガトロール(=エルダーオメガトロール)}や{北方の巨人族}を収監した巨大な牢獄です。通常、ウェスティリア城地下では第一層に看守室や調理室、尋問室が連なり、囚人の脱走を困難とする創りがなされていますが、巨人兵の参戦と共に第二層へ突出する形で巨人牢は創られました。理由としては巨大な捕虜の地下への運搬が手間であったこと、巨人兵には力業以外の方法で脱出するだけの知能が無かったことの2点があるそうです。」
ルタルちゃんは指を弾き、横に伸びた胃のようなその空間を広げる。
「つまり、ダンジョンコアの解析が届かない巨人牢の端の方。そこに巨人兵が出入りできるほどの巨大な入口が在ると考えられる。」
「はい。そして同時にその入り口との間には、我々の解析を妨害し巨人牢を私有地としている存在があると推察されます。」
なるほど。
崩落しやすいとは言え、元は巨大な空間。
地上のレスキュー隊は生き埋めにあっても逃げ場が確保しやすいルートを選んだワケだ。
しかしそこには、廃ダンジョンでは予想だにしなかったであろう、ガッチガチのレイヤーボスがいたと。
そんなの9才までに倒せるわけねぇーじゃん。
ん?ちょっと待てよ?
「分かった。巨人牢ごとその竜を埋めちゃえばいいんだ。ダンジョンコアから遠くにあって崩落しやすい廃ダンジョン筆頭の廃空間なら、ちょっと天井でも崩しちゃえば、その竜ごと生き埋めに出来ない?」
「生き埋め....は、出来るわ。天井は難しいけど、落とし穴みたいな下層への崩落なら。」
ルタルちゃんは石机の上に登り、
巨人牢の3Dマップを手のひらで圧し潰す。
その下の3層の延長空間まで。
「なんだ。それじゃあ、予め階下の三層空間を脆くしておいて......」
「でも地上には出られない。」
第二層から伸びる1つのルートが、大穴と共に消える。
3Dマップに映し出されたシュミレートでは地上へ続く穴が二次被害で崩落し、
そこに続く道は、ただのスロープから奈落へ落ちる谷底へと変化を遂げていた。
「大規模崩落にはダンジョン全体の危険が伴います。また崩落後には大穴を回避し出口へ向かう為の、大規模な魔法建築が必要です。総合すれば4年以上はかかるでしょう。」
ならば、残るは正門とか正規ルートとでも言おうか。
第一層から小川の流れる洞窟へと繋がるルートが視界に入る。
恐らくそこは、
かつて完全な崩落前に、
あの中級冒険者と俺が辿った最初の道筋。
「じゃあ倒した後に看守室の方から行けば。例えば......」
「第二層の囚人牢を通って、第一層の看守室から抜けていくルートは、安全に開拓するのにざっと5年はかかるでしょうね。それも1層あたり5年。」
「じ......10年もかかるの?!」
ルタルちゃんはコクリと頷く。
「自然の摂理に反する人工の通路は、大地が元に戻るようにガッチリと崩落していくの。無造作に穴をあければ翌日には崩落している。土台をほとんど一から作りながら、丁寧に通路を切り拓く作業は、巨人牢のルートとは別種の難しさがある。」
「でもでも、それなら巨人牢だって人工的な場所じゃないですか?」
その言葉にはキューちゃんが切り返す。
「いいえタンテ様。巨人牢の大部分は元々大きな地底湖でした。人間がしたことと言えば、水を抜いて、ちょっと穴を掘って、ちょっと檻を立てたくらいです。故に巨人牢の廃ダンジョン化は、ゼロから掘削された正規ルートほど深刻ではありません。」
「地底湖......?」
言われてみれば、3Dマップは地底湖の輪郭にも見える。
「故に。ルタル様は勘違いをなされたのでしょう。通常{巨人牢}のようなダンジョンの核となり得る主要ゾーンは、余程のことが無い限りダンジョンマスターのテリトリーから外れることは有り得ません。すなわち、そこがダンジョンで無くなるという現象は、いたって珍しい異常事態なのです。」
「そう。そしてそこが問題なの。」
ルタルちゃんは俺に向き直って、目を見合わせて口にする。
「私はドラゴンと戦えない。」
ほう。
へぇ。
え?
「たっ......なっ......っえ、えぇええええええ!!??」
作戦A~Zまでが潰れた気分だ。
正直少々、というかメチャメチャ期待していた。
ルタルちゃんの大きな助太刀を。
「それが自分の箱庭で無ければ、私たち精霊は他の生物から命を奪わない。それは人よりも神や魔法に近しい存在だからこそ、平等に接するべきである、または干渉するべきではないという慣習。いや、それを越えた誓約の類。私が本気で戦う時があるとするならば、それは私の箱庭に【精霊】の足音がした時だけ。」
「じ......じゃあマジで9才児(単体)VSバハムート・ルイン(クソ強ドラゴン)ってことぉおおおおおおおお!!!???」
「ワクワクしてきましたね。」
「ううん、しないよ。見世物じゃないからね?分かってるのかな?」
「別に戦う必要はないわ。大事な命を捨てる必要はない。」
天使。
いや、聖母の言葉が優しく耳に届く。
「私は10年でも100年でも待てるから......」
クソ。余計な一言だ。
「う~ん。」
しかし現実は単純ではない。
あの教授に啖呵切った手前だが、
10年ルートは遥かに正攻法である。
安全かつ、着実。
シロアリの俺に、虫ケラの俺にピッタリじゃないか。
「でも。君が力を願うなら、与えられる。」
「――ルタルさま。」
キューちゃんがそれを制止するように声を掛ける。
「推奨致しかねます。もっと言えば、反対です。精霊が人間に力を与えた結果、世界がどのように変わったのかをご存知でしょう。例えタンテ様であろうとも、それは禁忌です。」
「一体、なんの話?」
俺の問いにも、キューちゃんが返す。
「ルタル様はタンテ様に、”人を殺し得る魔法”を教えようとしている。そう”仮定”した時に、私は反対であるという話です。ルタル様は教えるべきではないし、タンテ様は受領すべきではない。」
「人を殺し得る、、、魔法....?」
「そして竜を殺し得る魔法よ。但し、それはこの先の未来、アナタがどれほど憎いと感じた人間でも、唱えてはならない魔法。正義と秩序を守る行動でのみ使える魔法。殺人には使えない魔法。この条件を護るのならば、このルタル・グノームが魔法を授ける。君を私の正式な弟子として、私の名の下、責任の下で。」
「ルタル様......」
「分かってるわよ。」
淡々とした忠告、冷静な顔色のキューちゃんに対して、
ルタルちゃんの表情は曇っていた。
「精霊は、幾度も人間に騙されてきた。常に狩りの対象であり、利用され、寄り添っては裏切られる存在。でも、この五年は、精霊が人間を利用したこの五年は、確かに私の世界を変えた。」
裏切られ、利用されてきた過去。
不老不死の様な精霊の長寿を想えば、
理解できる歴史である。
これは嘘ではない。
そう思える彼女の気迫。
今までとは違うルタル・グノームが、そこにはいた。
「これは私の覚悟だ。タンテ・トシカ、ヒューマン。私は君に、択をあげた。」
「うん。」
広がる二つの掌。
「さぁ。次の五年を ――どう選ぶ?」
そしてその表情からは、
曇りが一切消えていた。
迷い無く、自信に満ちた緩い笑み。
大丈夫か。
錆びちゃいないな?
俺の意志は。
死ぬ覚悟なら、生まれる前にしたはずだ。
「やってみせるよ。師匠。」
俺達は右手同士を、叩いて握った。
{ダンジョンステータス}
内部コア(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)
研究レベル:1
DP :30
MP :160
RP :100
タイプ:多層城地下型
構 成:全6層
状 態:農家ダンジョン ←New!!、???
称 号:???
危険度:レベル1(G級)
TIPS
・キューキューブ(Q・Cube)
『ダンジョンコアの搭載OS「Que Sera Artificial Intelligence」、通称「キューちゃん」の日々のヘアスタイルを支える髪留めには、主に6つの機能が隠されている。以下、一欄。
~Q・Cube機能解説~
1録音機能
2通信機能
3解析機能
4記憶機能
5映写機能
6魔法機能
これらは、重複する機能を搭載する「内部コア」を操り通信が出来るキューちゃんには、一見すると無駄な機能であるように思える。しかしながらキューキューブの革新的な要素としては、その携帯性と遠隔性を誰でも享受できる点があげられる。また6魔法機能には一般的な詠唱を支えたり、杖や指輪などの魔法発動に係る補助器具に上乗せして魔力を安定させる効果があるため、市場に出回れば高くつく産物。冒険者が喉から手が出るほど欲しくなるニッチなお宝をハンドメイドで創作してしまうルタル・グノームの職人芸は、腐っても「ダンジョンマスター」、流石は「土の精霊」と言えるだろう。』




