5歳児と言う勿れ
俺は鉄で作られたカップに濾過された地下水を注ぎ、朝の一杯で喉を潤す。
真っ暗なダンジョンを灯石で照らしながら、音を頼りに水車のレバーを引く。
これが毎朝のルーティンだ。
――カルルルル・・・
遠くへ連なる音と共に、第三層{地下教会}が真昼の太陽光に勝るとも劣らない眩さで照らされる。
時間的にはまだまだ朝方なので、少々眩し過ぎるけれども。
この身体には必要な光だ。
「んん……!!はー。」
伸びをして深呼吸。
何処からか住みついたコウモリは、
眩しさに驚くように、
また何処かへと羽ばたいていく。
吐く息と一拍置いて、クワを担ぐ。
QSAIと出会ったあの日から、二年が経った。
俺はあの日以降、
ダンジョン創りのSAYという標語に乗っ取り、
地下教会の空地に養分を与え、
耕地化を進めている。
その頭上には資源である光眠石を溌溂と輝かせ、
畑という領域を創りだした。
「……まさに、これをダンジョン創りと言わずして、何をダンジョン創りと言うのでありましょうか~、セイッ!!」
――サクッ。
鍬が土に刺さる軽やかな音が今日も心地いい。
「まったく違うわよ!!」
お目覚めのルタルちゃんは朝から不機嫌な顔をしていた。
「ダンジョン作りッて言うのはねぇ~!!欲深い人間を迷宮に落し込み、さながらデスゲームをさせながら数多の命と魔力を吸いあげ、それでも抗えない魅力に溢れた蠱惑的な都会の魔女の如き存在でなければいけないのよ!!だのに!!今やこのダンジョンは、まるで田舎育ちの社交性とは無縁の芋女ッ眼鏡っ子!!」
「眼鏡っ子は別にいいだろ。」
農夫Verの可愛いルタルちゃんが、柔らかい土の地面へ膝を付く。
がっくりと視線を落とし、帽子から出る二つの三つ編みも、
残念そうに垂れ下がっていた。
「いいじゃないですか、たかだか数年くらい。俺だって栄養不足とか病気で死ぬわけにはいかないし~?第一層の入口を開通させるまでの辛抱ですよ。」
「ふん。それもそうね。」
――なんだこの人。理解が早い。
年の功とやらだろうか。
不満げな顔をしながら、ルタルちゃんは今日も土を触る。
土壌の分析と環境に適したモンスターを創り出す為だ。
モンスター(野菜)は最初期、光眠石の少な光からも成育するコケ型モンスターから、もやしのようなスプラウト系のモンスターへ進化を遂げた。
モンスターといっても実際はただの植物であり、モンスターなんて名前負けするほどではあるが、形式的には紛れもないモンスターなのである。
この発想にはキューちゃんも当初はビックリしていたようで、ダンジョンマスターが本来行う攻撃的なモンスターの進化を、モンスターを食用化する方向で進化させる発想は無かったようだ。
モンスターすら近寄らない廃ダンジョンならではの攻略方法である。
ダンジョンに順応した生き物ではなく、ダンジョンを生き物に順応させるダンジョン経営。
これが追い詰められた人間流のダンジョン作りである。
残念なことは伝統ある文化遺産らしき建物を一部取り壊したことだ。
第三層の{地下教会}エリアはその平さに価値があるので、作業中に倒壊してきそうな箇所は事前に崩してしまった。
残ったのは祭壇のある中央の教会と、接続する納屋の様な蔵書スペース。
この二つを解体時の副産物であるレンガで補強し、その周りをぐるりと8スペースほど領域化した。
中央{教会}
中央の右下、教会に接続する建物{納屋}
中央から真下、第三層のコア方向{入口}
左下~右上までの200°くらい外周{畑}×8区画
この場所には「?」と逆の形をした曲線で、教会を避け、畑に面する様な水路を作った。
それぞれの畑はレンガと固めた土で区切り、それぞれ農作物に合う最適な土壌を敷き詰める。
全体的に水はけもよく、土壌の栄養価も高いらしい。
そこらへんは流石、偉大なる土の精霊の貴重なご指導の賜物である。
最初期は大掛かりな作業であったが、魔力切れを起こすまで目的をもって魔法をぶっ放せるのは、良い実践練習にもなった。
その過程で俺は、スペル・グノームスが土のみならず、童話でグノームが得意としているような鍛冶や木工、鉱石採掘を含む一般魔法全般を扱えるという発見をした。
故に、今持っている鍬を俺はトレジャーハントと名付けた。
宝箱の素材を魔法で加工した鍬だからだ。
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「そろそろ休憩なさりますか?」
「うんむ。」
キューちゃんと出会ってからは時間の管理も楽になった。
一日の労働時間を適切に区切り、ルーティンのように生活するのは健康の為でもあり、食糧消費量と消費カロリーの計算を簡易化する為でもある。
タダお腹が空いたから食べれば良いというワケではない。
さて。
今日のメニューは例の如く牡蠣鍋だ。
本当は牡蠣に似たイモムシだが、もうこれは牡蠣鍋と呼んでいる。
これは牡蠣鍋である。
特に最近は気温が下がり、煮立った汁を吸ってクタクタに柔らかくなったネギや大根が身体に染みるようになった。
地中は温度が一定に保たれているとはいえ外気温の影響は受ける。
もうすぐ冬だろう。
5年も住んでいれば分かるものだ。
フワっと蒸気が漏れ、
コトコト蓋が踊る音がする。
いい。
すごく、いい。
香りが。
「人間って不思議ね。ダンジョンに鍋蓋を持ってくるなんて。」
「そうですね。鍋だけならまだしも、この木の鍋蓋が落ちていたことは不可解です。しかもかなり掴み易く加工されていますね。もしかして、盾だったとか?」
「アハハ!キューちゃんおもしろ~い!!」
ルタルちゃんは手を叩いて笑う。
「わ、笑わないで下さい。」
「アハハ!」
「タハハハ・・・」
――初期装備ダンジョンとか言えねえ。
「初期装備ダンジョン。」
言ったよコイツ。
「ふん!!」
ぼやいたキューちゃんへ、ルタルちゃんが魔法で土を飛ばす。
俺はその光景を横目にすかさず盾を鍋に被せた。
「防御。テレン♪」
「アンタもそう思ってたんでしょ!!」
「イヤだなあ~」
矛先が俺へ向く。
怖いのでさっさとお鍋の蓋を開いた。
撒き上がる水蒸気に隠れる怖い顔。
鍋蓋の裏には刻まれた40の数字。
売値だろうか?
ドラクエの世界も40Gだったけど。
「んー?」
「たはは……」
ちなみにドラクエの1Gは日本円で100円らしい。
すなわち、あの防御力の低い鍋蓋も
日用品としてはかなり上質なものだと言える。
そんな豆知識を頭に思い浮かべても、
怖い顔がずっと睨んでくる。
俺はすかさずキューちゃんを見て話題を変えた。
「ところでキューちゃん。シグナルの方に反応はありました?」
「――はい、ありました。」
「うん。まあ~、そうだよね。」
【シグナル】とは内部コアと深層コアの間で可能な通信を流用したものだ。
通常はダンジョンコアとの間で使われるこのシステムをチャンネルを無制限にして、録音した幼児の『だずげで~』といった庇護欲に駆られる声を、再生を繰り返す形で四方へ飛ばすことにした。
いわゆる救難信号という奴と同義だと思ってもらって構わない。
すなわち。
このシグナルが誰か大人の耳に入れば、
どれだけ崩壊した廃ダンジョンであろうとも、
外部から大人の冒険者さんたちが掘って来てくれるという訳である。
題して「お宝は俺達だ!」作戦。
実にぶっちゃけて言えば、望み薄しの作戦である。
結局は自分で成功を掴み取らなくてはならないという訳だ。
「そんなに甘かねぇかー。――ズズズッ。」
俺は牡蠣鍋を身体に染み込ませながら、一息吐いて思い返す。
「えぇええええ!!???? 反応があったの?!」
「はい、今ありました。」
「”今”あったの?!」
「今、ありました。」
俺はルタルちゃんの顔を見る。
「話逸らさない。」
「今そのフェーズじゃねぇじゃん!!」
相変わらず怖い顔だった。
80年ニート出来る奴の忍耐力はモノが違う。
なんてことは今はどうでもよくて。
本当にどうでもよくて。
俺はすかさず立ち上がり、スピーカーに近づく。
ダンジョンコアのディスプレイには音の波形が映っていた。
「録音できますか?」
「録音モード開始。出力デバイス、左右メインスピーカー。音量は50です。」
「ありがとうございます。」
俺達は黙りこくって一心に雑音へ耳を傾ける。
「誰なのよ。」
「分かりません。」
――ピィー。
単調な機械音。
――ズィー、ザザッ・・・!!
そこに混じる砂嵐と、
何かが聞こえだす兆候。
俺達は息を呑む。
――ズゥー、ザザッ・・・ザザッ!!
『しは……わ......し……――ザザッ。……の名前は、オルテガ・オースティック』
暗闇と仄明るさの混じるダンジョンに、
音質の悪い男の声が、
不気味に反響し始めた。
{ダンジョンステータス}
内部コア(搭載OS:Que Sera Artificial Intelligence)
研究レベル:1
DP :30
MP :160
RP :100
タイプ:多層城地下型
構 成:全6層
状 態:農家ダンジョン ←New!!、???
称 号:???
危険度:レベル1(G級)
TIPS
・現在地と世界情勢
『主人公たちのいるダンジョンは、オルテシア大陸(別名:旧大陸)の西領地方、ウェスティリア魔術学院地下である。ここでは以下に、オルテシア大陸を構成する5つの大領地について紹介する。
⇩
{オルテシア大陸}
中央には、世界樹と平和都市の名を冠する大地『アイギス』
東には、貧しさと伝統が息づく『イーステン地方』
南には、技術力と熱気の舞い上がる『サステイル地方』
西には、豊かさと学術の根づく『ウェスティリア地方』
北には、支配と寒気に包まれた『ノスティア地方』
⇩
オルテシア大陸はひし形(◇)のような形をしており、五大領のそれぞれに小国が点在しているが、特に領土境界線付近の小国では紛争が発生しやすく、全体的にきな臭い。
そんな紛争絶えないオルテシア大陸において唯一、他国に対抗する連合軍を持たず、平和の絶頂を維持してきた国家がある。世界樹ユグドラシルの麓に位置するアイギス国、及び中央部アイギス領土である。
他の四大領すべてに面しながら野心的な侵略の一切を拒み、すべての領土と和平を樹立した彼の国は、未だ他の四大領すべてを合わせた軍事力と、同等の力を持つと囁かれている。』




