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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
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時がもたらす平穏


 春が過ぎ、夏になる。

 時はすべての者に平等に安定をもたらすものとして、降り注いでいくものである。

 その中には、忘却も含まれる。それは、時に残酷に、時に平穏をもたらすものとして、やはり降り注いでいた。


 ルディが初夏より森廻りを止めたということが、夏も半ばになってくる頃には、ワインスレー諸国に徐々にと広まりはじめていた。

 気になる者は尋ねにくる。気にしない者は通り過ぎる。

 尋ねられれば、ルディは答える。

「森が静かになりましたもので。やっと解放されました」と。

しかし、ルディの言葉には足らずがある。森は確かに静かだ。しかし、あの揺れていると感じる雰囲気は変わらない。

 たとえば、危険かと問われれば、「危険には違いない」と答えただろう。

 無闇に森へ侵入する者を襲う魔獣がいなくなったわけではない。森の浅い部分であれば領民でも護衛ありで入って構わないくらいにはなっているが、わずかに境界を越えるだけで、魔獣が襲いかかってくるという事実もあるのだ。

 だから、嘘を言っているわけではない。しかし、真実を隠すことはあるのだ。


 森廻りがなくなったから、ルディは収穫祭に向けての収穫の手伝いをする。小麦の収穫や、脱穀。力仕事になることは、町の男衆と共に進んでするのがディアトーラ領主館にある男手である。

 今は、干してあった小麦を脱穀しているところである。アノールは干していた小麦を脱穀機まで運び、ルディはその脱穀された麦の実を集めた麻袋を製粉機へ運ぶ。

「ルディさま」

麻袋を置いて、汗を拭うルディに、テオが声を掛けた。ずいぶん背も伸びて、もうルディが屈まなくても視線が合うようになってきている。それでも、まだ背は伸びるのだろう。


「あの、……」

「どうした?」

ルディは言い淀んだテオに微笑みかける。朝早くは牛の世話、そして、昼のはじめである今はこちらに応援に来てくれている。働き者のテオの顔は日射しの少ないディアトーラでも日に焼けて、健康そのものだった。

「あの、その……ルタさまはもうお元気になられているのでしょうか?」

二日に一度はルタの顔を見ているテオでも、そこは疑問なのだろう。ルタの表情はまだ浮かないこともあるのだ。

「もう大丈夫だよ。すっかり元気で、ルカを追い回せるくらいになってるし」

本当はときわの森の魔獣を相手に出来るくらいには回復しているが、そこも黙っておく。町衆には、まだルタを頼りにして欲しくないのだ。

「よかったぁ」

テオは大きく吐き出した息と共に、安堵の言葉を乗せていた。

「ありがとう」

だけど、ルディはそのテオの顔を見て、胸の奥が温かくなるのを感じる。テオは、ルタのことが好きだから、ただ本当に心配してくれただけなのだ。そこがルタに伝わるようになれば、もっと変わるのかもしれない、そう思えてしまう。それを言えば、町衆だって、ルタが頼りになるから好きである以上に、ルタを心配してくれているのも確かだ。


 みんな、ルタの僅かな変化に気付いている。そして、心配している。

 春分祭で何かがあったんだ、と勘ぐっている。もしかしたら『魔女』として虐げられたりしてないだろうか。傷つかれたのではないだろうか。どうして、ルタ様はルディ様と一緒に帰ってこられなかったのだろう? もしかしたら、リディアスがルタ様を『魔女』とまつりあげ、ディアトーラを攻撃しては来ないだろうか。何かを奪いに来るつもりなのだろうか。


 ルタ様は、大丈夫なのだろうか。


 彼らの中には、様々な心配が混沌と入り交じっている。


「あぁ、腹減ったぁ。……ねぇ、ルディ様、お腹減りましたね」

ルタが元気になっていること、ルディに感謝されたことが嬉しくて、胸の痞えがなくなったテオが元気に叫んだ。

「そうだね。もうすぐお昼に呼ばれるかな?」

「楽しみですね」

そう言って、テオが作業に戻った。





 ルタはセシルとともに、収穫の手伝いをしている者達に昼食を配る準備をしていた。手の空いている町の女衆が手伝ってくれるのだが、そこにはクミィもフィグもいた。

 フィグの背中には三ヶ月になったマナがくっついていて、フィグの動きに振り回されながら、それでもぐっすり眠っていた。フィグはここの台所で動いたことがあるので、三つある大鍋の火の管理をしてくれているのだ。

「きっと、肝の座った女の子になりますわね」

「ほんとうに」

ルタとセシルはその様子を見ながら、にこりと笑う。

 昨年の余った小麦を使い、捏ねて伸ばして小さくちぎる。それをそれぞれが持ち寄った野菜や肉を煮込んだスープの中で、さらに煮込んでいくのだ。


 クミィは朝の卵を十個も持ってきてくれた。だから、今年はその小麦には卵が入っている。

「ルディさまと、アノールさま、アースさまに、えっと後は、ルカちゃんに、ミモナちゃん、モアナちゃん、エドと、テオにも食べてもらおうと思って」

何だか嬉しそうにするその姿は、ルタから見てとても可愛らしかった。

「きっとみんな喜んで食べますわね」

「はい。ルタさまもたくさん食べて元気になってください」

クミィはやっぱりにこりと笑い、照れたように小麦を伸ばす作業に集中する。

 クミィの暴れていた三つ編みはその成長と共に落ち着きはじめ、今はその胸の辺りで大人しく垂れ下がっていた。


「ありがとう」

ルタは優しい気持ちを胸に抱き、続ける。

「クミィは本当にお姉さまになってきましたね」

背は低い方だが、器用に小麦を伸ばし、伸びたそれをちぎる手つきはミモナやモアナのお手伝いとは違う。ルタの横に立って、そんな言葉を耳に流すクミィは耳を赤くして、小麦に意識を向けるのに必死だった。





 領主館の教会前ではミモナとモアナ、そしてルカとエドが虫を探したり、石を蹴飛ばしたり、走り回ったりして遊んでいた。それを見守るのがマリエラだった。

 ミモナとモアナは同じ顔をしているくせに、全く違った。

 ミモナは花を摘んだりお人形遊びをしたりすることが大好きであるが、モアナはそれに加えて走り回ったり、虫を平気で手で摘まんだり出来る子だった。


「みて、ミモナ」

「きゃぁあ」

つまんで見せたミミズに悲鳴を上げるミモナは、今にも泣きそうだったが、その他二人のルカとエドはつまみ上げられ、体をくねらすミミズを見つめ、喜んで手を出しているのだ。

「みみずさん、えどのっ」

「るかのみみずさんっ」

ルカとエドが手を同時に出すので、今度はモアナが困りはじめる。

「どっちかひとり。うーんと。じゃんけんして」

しかし、じゃんけんの意味が分からない二人は「ちょーだい」を繰り返した。

「わたし、いらないから」

ミミズが目の前でうにょうにょ動くので、ミモナははっきり言っておく。

「じゃあ、ミモナはじゃんけんおしえてあげて」

「じゃんけん」

「じゃんけん」

ルカとエドは競うようにして言葉を繰り返していた。


「えっと、ぐーはちょきにかって、ちょきはぱーにかつの。ぱーはちょきにかって……わかった?」

ミモナが両手で見本を見せながら、ルカとエドに教える。二人はじっとその様子を見た後に返事をした。

「あい」

「わかった」

「じゃあ、じゃんけん、ぽん」

ミモナだけがパーを出し、二人はぼんやりしている。モアナが二人をせっつくようにして「てをだすの」と伝えると、ミモナとモアナでやってみせると、二回戦が始まった。

「じゃあ、もういっかい」

じゃんけん、ぽん。

 ミモナがチョキ。ルカとエドがパー。

「ミモナがいるの?」

「いらなーいっ」

差し出されたミミズに、ミモナが再び叫ぶのが面白くなったようで、ルカとエドがけらけら笑って「もういっかい」と天使の笑顔でミモナを見つめ、催促する。二人が笑って嬉しかったモアナも面白そうにミミズをもう一度ミモナに近づけるものだから、ミモナがまた悲鳴を上げる。「やめて、やめて、モアナなんてだいっきらい」

「まったく」

いつまでも止めそうにない三人を叱りに、マリエラが立ち上がった時、お昼を知らせるベルが鳴った。セシルが鳴らしたのだ。


「お昼の準備が出来ましたよ」

セシルの声に四人の子どもたちが、振り返った。そして、クミィが子どもたちに叫んだ。

「畑仕事してる人を呼びに行くけど、一緒に行く?」

「いくーっ」

ルカとエド、ミモナとモアナがクミィに走り寄り「いってきまーす」と五人で叫んだ。


 セシルとマリエラが「気を付けてね」と子どもらの背中に向かって叫んだ。





 ハーブ園に建てられた簡素な小屋には外鍵は付いていない。一応、表向きには庭仕事のための道具置き場とされているが、子どもたちもそこには近寄らない。

 アノールもセシルも、ルディもルタも、そして、自分たちの両親達もが、近寄るなと言う場所だから。

 マリエラもフィグも、そしてカズも言う。

「あそこには行っちゃだめだからね。とっても危ないから」

 とっても危ない場所はときわの森とあの小屋。危ない場所には魔女がいる。

 子どもたちにとってその小屋は森と同じく、『魔女』の住む小屋として存在している。自分たちには決してどうしようも出来ない存在のある場所だった。

ヒガラシは人の目を避けるようにしてその小屋に籠もり、内から鍵をかけている。今日の賑やかな一日をその耳に聴き留めていた。


 穏やかな日々は、二度と戻ってこない。

 そして、その穏やかな日々を壊してしまったのは自分自身なのだ。

 エリツェリには戻れない。家族はヒガラシのしたことを知らない。

 死んだことに……。

 帰る場所などないのだ。

 その提案を受け入れたのは、それがヒガラシが出来得る家族への最後の平穏を護る行為だったからだ。

 息子も旦那も亡くした妻は悲しむだろうが、白い目で見られることはなくなる。

 ただ、ここで流れる賑やかで平穏な声は、ほんの少しだけヒガラシにも思い出に耽る時間を与えるのだ。

 だから、僅かに差し込む光に手を合わせ、ヒガラシはそこにいるだけだった。





 アースは窓から射し込む柔らかな光に目を覚まし、開く窓から外の声を聞く。

 子どもたちの甲高い声に、セシルの声。ルディとアノールの声が近づいてきて、テオとクミィの声も聞こえる。そして、ルカを呼ぶ声。

 ルタの声が光に染み入り届いてくる。

 あぁ、町衆が小麦を生み出す日だ。これからみんなで昼食をとるのだな。

 そう思い、再び静かに目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 私は、このヒガラシという登場人物が好きです、好きと言うと語弊があるかもしれないので、表現が合っていないのかもしれないのですが、弱者で、国によって翻弄され、騙され、個人の幸せを奪われ、でもま…
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