ディアトーラの企み
「タミルには伝えてある。ルタの快気祝いなんだって。こっちの言い値でいいって言ってくれてる。だから、エリツェリとアイアイアのことは僕に任せてくれればいい」
「分かりましたわ。では、ときわの森はわたくしにお任せくださいね」
ルタとルディは、互いが敷いたレールを伝え合い、碁を打っていた。
カチリ。
そんな音を立てながら。
ルディは、陳情書に書いたように木材をリディアスにお詫びとして献上することを書いた。
ルタは、アリサにエリツェリのことを任せて欲しいという思いを書いた。『友情』という意味で、黄色い薔薇を摘み取りました、という意味も込め。
「ミルタスが関わってるとは思えない」
「わたくしも、彼女が全面に関わっているとは思えませんわ」
カチリ。
白い石が黒い石の動きを止める。ルタはミルタスを推薦するように、あの手紙に認めている。そして、ルディはタミルに彼女はとても素晴らしい、逸材だと、伝えて欲しいと、アイアイアで伝えていた。
タミルからなら、ディアトーラが裏で手を引いているとは、思わないだろう。なんと言っても、あの茶器つながりがある。
「同じこと考えていたとは思わなかった」
「えぇ。彼女は使える駒だと思いましたので」
カチリ。
今度は黒い石が白い石の動きを止めた。
「様子を探っておきたいのですけど……」
「リディアスに入っちゃうと、分かりにくいかなぁ……相手はアリサ伯母様だし」
僅かな逡巡の後、また石の音が響く。
「そうですわね……アリサが彼女をどのように使うのか、知っておきたいのはあるのですけど、第一目的は、彼女にリディアスの息を吹きかける、ですし」
おそらく、アリサはルタの考え通りには動くはずだ。リディアスも、表面的にはディアトーラに任せると伝えてきても、その裏を掻くことくらいしてきてもおかしくない。その時のためのミルタスでもある。
ただし、ミルタスはある意味で言えば、人質でもある。
エリツェリの出方がまずければ、逃げることが出来ない位置にもなる。
最終的には、リディアスが勝ち鬨をあげるシナリオが良いが、一人勝ちはさせられない。
「ちゃんと、仲が良いって父さんに伝えてるから、しばらくここは護れると思うけど」
現時点で、タミルは取られたくない。それは、ディアトーラとしての意志である。だから、アノールもルディの陳情書をそのまま使ったのだ。
穴だらけの陳情書を。
穴だらけであった方が良い、陳情書を。
異国と繋がりのあるアイアイアの情報を知りたければ、ディアトーラを有効に使うべきだという意味を込めて。
しかし、様々なことをすり合わせて考えてみても、ルタにはその先が曖昧にしか見えなかった。
アリサもタミルも正直な人間である。平和な時代の人間でもある。人の裏を掻くことはあるだろうが、無理強いはしない性質でもある。それが、どう転んでいくのかが、よく分からない。
それなのに、今、ルタは不思議とラルーだったらとは思わなかった。
よく分からない。だけど、動けるような気がするのだ。
「最終目的は、エリツェリの滅亡ではありませんものね」
「うん、あの国は残しておかないといけない国だから。だったら、このことについて、心を病むくらいの人物が元首になる方が、都合が良い」
カチリ
そうすれば、しばらくこちらに手を出してこなくなるだろうから。
それに、これ以上関係のないことでミルタスがこの罪に巻き込まれないためには。
トマスが抱く虚像のような自信に繋げるためにも。
ただ、最悪は残る。トマスにとってのミルタスが、どの位置にいるのか。アリサにとってのミルタスがどこまでの人財となるか。
「心配いりませんわ。ミルタスは自分で立って歩める方ですもの」
カチリ。
ルディの心配を覗くかのように、ルタが石を置いた。
「被害は最小限に留めたい。だけど、たぶん、早ければ、半年後くらいには仕掛けてくると思うよ」
ディアトーラに先を越されたと思えば……。ミルタスがリディアスに召し抱えられたなら……。その実力が認められ、噂に上がれば……秋頃には。
煽るなの意味が少し分かった気がする。
こちらの準備が出来るまで、煽るな。
弱い国が事を都合良く運ぼうとするためには、水をも通さないくらい編み込んだ策が必要なのだ。そして、ディアトーラの盤上におびき寄せないといけない。
「仕掛けてきてもらわないと困ります。でも、どこで、やきもちを焼かれたのでしょうね」
身動きできないという不満を募らせ、僅かなことで虚像のような自信が溢れる状態を作る。しばらくの間、天狗でいてもらう。張りぼての天狗は、風向きが変われば墜ちる。
カチリ。
「はっきりは分からないんだけど、あの国、何だか焦ってたから、きっかけはなんでも良かったんじゃない?」
カチリ。
「適当ですわね」
「うん、その辺りは本人にしか分からないんじゃない? 多分、父さんがトマスを上手く誘導する。だけど、まだ、ここが足りないんだよね」
碁盤を見つめたルディは、白の息を完全に止めるための場所に、黒い石を軽く載せ、ルタに示した。
仕掛けてはくると思う。ただ、エリツェリであるという『確実』を掴めるかどうか。
スキュラの工房の職人は、落としたカフスを一緒に探したそうだ。結局見つけたのは、本人だった。記憶が遠いため、花の模様については曖昧な表情を浮かべていたが、嘘をついているとは思えなかった。
ただ、こちらは追いかけても無駄だろうし、結果的にルディがこちらの暗殺計画は止めている。あぁいう家業は先払いだから、向こうはそれ程執拗に狙わないだろう。執拗に追いかける者がいるのならば、エリツェリの方だが、今、追いかけていることが知られるのはまずいから、動かない。こちらからの攻撃は出来ない。
「リリア次第になりますわね」
「ねぇ、本当に一人で大丈夫?」
ルディがルタを心配する。
「ルディは強くなりましたね」
ルタが追詰められた白い石を見つめて、穏やかに微笑んだ。
「だから、信頼してエリツェリを任せますわよ」
「分かった。順番は必ずルタに回すからね」
「ルカに会えるのを楽しみにしていますわ」
ときわの森には今、ルディが植えたエリツェリの花が咲き始めているはずだ。あの男も回復した。森の気持ちを読み取ることの出来るあの男なら、リリアにも詫びる気持ちが現れるはずだ。
一度で良い。
森の女神であるリリアが跡形もなく侵入者を消してしまわないように心が揺らげば、エリツェリの元首を呼び寄せるための材料になる。














