アリサへ
ラベンダーを一枝、そして、カモミールを摘み取る。
恵みの草とも言われるルーは摘み取らない。
タイムを一枚、籠に入れ、ローズマリーを通り過ぎた。
ルタに渡されていた小さな花束への返事をルタは選んでいるのだ。
ラベンダーには疑惑があり、あなたを待っていますという意味をのせる。
カモミールは逆境の中で発揮される力と親交の意味を。
タイムには行動力と勇気。
押し花にして、手紙に添える。
ルタはあの晩、アノールに言われたことを考えた。答えはまだよく分からない。ルタだからルディが幸せになるなんてまず思えないし、ルタがここに必要な人間だとも思えない。
ルタがいなければ、ルカもルディも余計な重圧がなくなるはずだし、ディアトーラ自身もワインスレー各国とやりやすくなるはずだ。
さらには、……
ルタは同じ場所へと向かう感情を振り払おうと頭を振った。
だけど、アノールは『逃げたいか』と尋ねた。決して逃げたい訳ではない。ただ、どうすれば良いのか分からないだけで。
しかし、残って良いと言ってもらえるのであれば、役に立たない『ルタ』という者でも、できることをすべきだと考えたのだ。
今のルタにできる最善は、アリサへの返事だった。
ルタがこちらへ戻ってきた後に、ルタを気遣ういくつかの手紙が届けられていた。春分祭で出会った者と会ってもいないのに、なぜか気遣われているものと。
その中にあくまで私書としてのアリサのものがあったのだ。町娘が使うような便せんに、町で使われる封蝋で止められた手紙。内容はルタの体調を気遣うものであり、押し花が止められていた。
黄色い薔薇の花びらとラベンダーだった。
リディアスもおそらく掴んでいるのだ。その上でアリサがルタに意見を求めた。もしかしたら、ルタに同情してくれたのもあるかもしれない。もちろん、ルタの意見が取り入れられるかも分からない。だからこそ春分祭での『花の答え』が必要なのだ。
気付いていたと、気付いた上での返事であると。
友情と捉えたいと思ったあの感情を、アリサに届けておかなければならない。
おそらく、ミルタスは関係していない。利用されているとも思えない。聡い彼女が感じたことをルタに伝えた、そう考えたかった。
これも、役立たずなルタの感情である。理由なく誰かを信じることはとても不安定なことだった。ただ、不必要に失いたくないだけの、理由のない感情である。
もし、これがラルーの考えならば、エリツェリとディアトーラの関係を先に考えていた。
エリツェリは地理的にディアトーラをリディアスから防衛する形になっている。列車もそこで止められている。リディアスとの関係は、今は良い。しかし、もしその均衡が崩れた場合、エリツェリという国でリディアスが一度止まるのだ。時間が稼げる。
たとえば、第一陣がリディアス兵でなく、エリツェリ兵であれば、背後にときわの森があるという土地の利を活かせば、凌ぎきることもできるだろう。ときわの森の魔獣ですら、利用しようと思えば利用できるのだから。
奪うものなど何もなく、奪えば制約の多い土地。戦となれば、頭獲りだけの戦となる。残った土地は、放って置かれるかもしれないし、森を警戒するだけの兵士のみが置かれるようになるかもしれない。
町は廃れ果て、いつか魔女の町と呼ばれるようになるかもしれない。
懸念としてはもう一つ。森が広がる可能性は、作りたくない、というのもある。
列車の件もエリツェリまであれば、不便はないでしょうと言える。
ディアトーラが防衛すべきはリディアスである。
もちろん、それこそ、今さらの時代錯誤なのかもしれない。今のリディアスが積極的にディアトーラを欲しているとも思えないのは、ルタにだって感じ取れる。
しかし、リディアがもし今も渇望しているのであれば、ときわの森にある御神体を渡すわけには、いかない。トーラの世を望まない、人の世さえも望まないリディアが、トーラ不在のこの世界に復活してはいけない。
人間と森との境界を変えてはいけない。リディアを調子づかせてはならない。
この点において、ラルーとルタは同じ意見を持っている。
しかし、そこでさえ、わずかな相違があるのだ。ラルーならばワカバがこの世界の時間を止めるその時までを護ることだけを考える。
だけど、ここに留まっても良いと言うのなら、世界ではなく、この土地をルタとしても護りたいとルタは思う。この土地にはルタの大切にしたい者達がたくさんいる。これ以上、失いたくない。
手紙のことはセシルには伝えてある。おそらく、アノールにも伝わる。
ルディに伝えられるかは、まだ分からない。
手紙にはこう認めた。
『親愛なる皇后陛下さま
この度は夫妻ともども、春分祭にお招きいただけたこと、この上ない喜びでございました。
それにもかかわらず、御祭でのあのような失態、お怒りになって当然だと心を痛めておりました。
そのような私への気遣いのお手紙、まことに有り難く、感謝に堪えることがありません。
お詫びとお礼に伺うことができるのならば、それは、望外の喜びとなりましょう。
叶うのであれば直接お伝えしたきことがございました。しかし、一刻も早くお伝えしたく、ここに認めたいと思います。
此度、黄色い薔薇のふもとにて、緑の茶器に目を奪われた私、ルタはとても良き花を見つけることができました。
その花は、皇后様におかれましても、きっとお気に召すはずだと思っております。そのことをお伝えしたく、不躾にも筆を執りました。
雪降り積もる大地において、可憐に咲き誇るその花は、何にも負けない輝きを持つものと成り得ましょう。
マートルの花を添えられることだけを祈って。
ルタ・d・クロノプス』
そこにマートルの押し花はない。マートルの花は結婚に由来する花である。ルタはくどいくらいに示唆したつもりだった。黄色の薔薇に、緑の茶器、雪降り積もる大地。ここまで書けば、アリサならそこをルディに重ねてくれるはずだ。
あとは、春分祭に泥を塗られたとどれだけアリサが憤慨しているかによる。
ルディ曰く、懐の大きな方だという。遊び好きではあるが、ゴシップなどの噂は好まないという。一時の感情で、自分の認めるものを簡単には手放したりしない方だという。
そして、有能な駒は使える場所に収めたい方だという。
春分祭に招待されたということは、多少なりとも認められていると考えてもよいとは思う。認められているのであれば、この陳情書を受け取ってもらえるのではないだろうか……。
すぐに状況把握ができたラルーと違い、ルタでは賭けにしかならないが、手紙をくれたということは、多少ルタの意見を掬ってくれるということだと考えた。
しかし、たとえば、どれほどの咎めが下りたとしても、ミルタスを生かしておけば、さらには、リディアスの息をかけておけば、次の元首までの繋ぎになろうとも、彼女を次の元首として立てやすくなる。
リディアスは自分の駒の一つとして、彼女を使える。
なによりもこの顛末を知っている彼女なら、ディアトーラに攻め入ろうなんて考えることはない。
そして、ふとルディを思った。
本当は一番に会わなければならなかった、大切な一人である。それなのに、そちらへ歩もうとしても、ルタの足が全く進まないのも、事実だった。














