戴冠式は厳かに
主役であるアルバートが式場に入るまでは、それこそ誰もが腫れ物にでも触るかのようにして、ルディを避けているようだった。まぁ、別にそれは全く構わない。腫れ物にわざわざ触ってこないということは、警戒してはいるのだろうから。どう扱えば良いのかを探っているのだろう。
挨拶をするにも領主であるアノールへ。もちろん、それが礼儀としては正しく、父に紹介されてからルディは挨拶をする。だが、その息子の婚礼が済んだということに触れる者さえいなかった。
婚礼前はルディの血統を求めるようにして、すり寄ってきた元首達でさえそうなのだから、いくらルディでもそれに気付かないわけもない。
一番に嫌な感じがあったのはエリツェリだった。それは、本当に致し方ないというよりも申し訳ない気にすらなった。
執拗にルディの見合い相手を自分の国からと推してきたのが隣国エリツェリだったのだ。しかも、全部断ってきた男が選んだのが魔女だったのだ。だから、さすがにルディからも声を掛けづらい。
他の国についてもルディはリディア家と微妙な位置関係なのだから、慎重にならざるを得ないのだろう。上手く使えばリディアスとのつながりになり、下手をすれば国交を断たれるくらいで済むかどうかも分からない。しかも、そんなルディが魔女だったものを娶ったとなれば、今のディアトーラと関わって良いものか悩んで当たり前なのだ。
ただ、招待されているという時点で、そこはあまり関係ないとは思えないのだろうか?
そんな事を思ったが、すぐさまその考えは甘いと思い直す。
たとえば、逆の立場なら、同じように警戒する。しかも、アサカナ王は『アサカナ』としては祝福をしてくれはしたが、結局リディアス国王としての祝福をルタとルディにしてはくれなかったのだから。
そして、開式のラッパがなり、宮殿楽団が華々しい音楽を奏で始めると、その雰囲気は一転した。短いファンファーレの後、息を呑むような静けさが式場内を支配したのだ。
リディアスの建国の女神、リディア神が見つめる宮殿の中、誰も声を出さないし、誰も動かない。
それは、ピンと張り詰めた糸を決して切ってはならないような緊張感を伴い、時代が変わるという期待と不安がない交ぜになったような、まるで春と冬が一緒にやってきたような、不思議な感覚に陥れられる。
先にアサカナが玉座へと。そして、アサカナの視線を合図に、アルバートが式場に現われる。
粛々と進められていくその式の中、ルディはただ息を呑んで、伯父が国王になるというその瞬間を無感情で眺めていた。
お祖父さまの時代が終わる。お祖父さまの手から宝玉が埋め込まれた王冠が伯父へと移り、深い緑のマントがアルバートの肩に掛けられる。
これからは、アルバート伯父さんではなくなるんだな。
でもアサカナ王はお祖父さまと呼んでも構わなくなるんだな。
祝福の気持ちはある。しかし、ルディが感じる変化はまずそこからだった。
父を見遣る。
父も同じく無感情とも言える、そんな視線を彼らに送っていた。
慶び事ではあるが、かといっておめでたい気分でもない。それは、自分たちとは全く別次元の出来事で、おとぎ話のようなそんな感覚だった。
それなのに、国王が代わったことで起きる旋風はおそらくディアトーラにも届くのだ。渦巻く風となり、雲を呼び込み、そして、再びつむじ風が雲を吹き飛ばす。そう、吹き飛ばすまでアルバートの時代とはまだ言えないのだ。その混沌に呑み込まれまいと、各国元首が息を呑んでその様子を見つめているのだ。
何かが終わり始まる時はいつもそうだ。アサカナがいたから均衡を保っていた関係が崩れることも、アルバートの即位があったからこそ睦ぶものもある。
リディア神に深くお辞儀をしたアルバートが玉座に座り、アサカナが控える。
一斉に花が開くような、そんな拍手が起きて、鎮まる。玉座の王が立ち上がったのだ。すべてのものが視線を落とし、ひれ伏した。それは、国王としての役目を終えたアサカナも同じだ。
退席される新しい国王の背を目に留めて良いのはリディア神だけなのだ。
「皆、大義であった」
一言戴く。国王が退席するのだ。その威圧に自然と彼を避けて、彼の道を拓く。
ルディの視線の先には、アルバートが履く白いスラックスが歩み、進み、後を追うようにして深い緑のマントが引きずられて流れていく様があった。
ディアトーラの正装と同じ色で構成される正装。しかし、全く違う。白い身なりに緑のマントがリディアス。緑の身なりに白いマントがディアトーラ。
そして、その緑は、同じときわの森の色のはずなのに、全く違う色をしているのだ。
ルディはすべての色を映えさせるようなディアトーラの緑が好きだ。背景であっても、主人公であっても、何かを浸食しない色。
しかし、白い毛皮が縁取るリディアスの緑は、黒に近く、夜の闇にも重なる。時に『神聖』を司るようなその色はすべてを引き込み、呑み込んでしまう。そんな気がして、ルディは国王が通り過ぎるその道を睨み付ける。
その色に、呑み込まれてはいけない、決して。
そんな気持ちが深く刻まれる。
今は父も祖父もいる。しかし、ルディは自分の背負っているものをいずれ一人で護らなければならないのだから。
ただ、そう思いながら、まだどこか絵空事のような、他人の人生のような隙間がルディの中にはあるのは確かだった。
この後、祝賀会が開かれるまでの間、アノールはそんな彼らと歓談するらしい。
ルディはその歓談という会談に参加せず、最後少しだけ家族としてだけの祝いを述べる立場でしかないのだから、絵空事のように感じるのは、まだ致し方ないと許されるのだろうか。
ルディは引きずられるマントが視界から消えていく様子を見つめながら、大きく息を吸い込んだ。














