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あの薔薇が咲き乱れる頃には  作者: 瑞月風花
戴冠の儀

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お気に入りの図書館


 町娘が着るような、普段着。リディアスが用意したものの名称はそうだった。ただ、それらは本当の意味での普段着ではなく、町娘からすればお洒落をしたい時に着るような服でもある。


 だから、ルタにとってもセシルにとってもそれは、自分たちも着るような普段着にしか思えない。着慣れたものを着るのだから、鏡に映る自分たちを見てなんの違和感もなかった。

 セシルは青いロングスカートに白いブラウス。桃色のスカーフを肩に掛けた姿。スカーフは葉を象る金のブローチで止めてある。それは、ディアトーラのもので、セシルがとても大切にしているブローチだった。そしてルタは薄い茶色のワンピースに小花模様。同じ布地の細いリボンが首元に結ばれている。

 二人は、二人の姿を見合って微笑む。

「いつもと変わらないですわね。気楽でいいですわ」

「でも、色味的に、お若いはずのルタ様が地味な気がするのですけれど……」

ルタは首を傾げて「セシルはその色が似合います」と伝える。

「そうかしら……」

「えぇ」

ルタはセシルを誘い、城を出た。一応『特別通行証』と『入城許可証』も忘れずに持って出る。城を出る時は衛兵も微笑んで通してくれるだろうが、あまりにも普段着に馴染んでいる二人が、中に入る時は止められるかもしれない。


 町は賑やかでディアトーラとは全く違う。活気溢れる、そんな言葉で表現しきれない。その人の多さはもちろん、匂いも色も、空気すら全く違う。リディアスが砂漠地方であること、ディアトーラが寒冷地方であるということも含まれるのかもしれない。しかし、リディアスはどこか何か乾いて見えるのだ。きっと、それは、この国の成り立ちに関係している。ルタはそう思いながら、セシルの「ルタ様見てください」に付き合う。『魔女』の国からきた留学生のセシルがここにいた頃には到底できなかった会話なのだ。

 あそこにかわいい色のカップがあります。あのドレス、明るい色ですね。あのお人形、ルタ様に似てません? ルタ様、ルタ様、あの飲み物の色は何が絞られていると思います?

 セシルの声を耳に流し、ルタは建国の渇望を思う。


 この国は『渇望』からできているのだ。すべてを手に入れても、手に入れられないものを望む。きっと、今も。リディアス建国の女神リディアは、虎視眈々とまでは言わないが、まだトーラを諦め切れてはいないように思える。

「やっぱりリディアスの図書宮殿はいつ見ても立派ですね」

そうこうしていると、目的地である図書宮殿に着いていた。大きく溜息を尽くセシルにルタは嫋やかに微笑み、頷いた。

 繊細に細い門構え。衛兵がお辞儀をする。図書はとても大切なもの。その蔵書はリディアスの歴史を語る、国宝である。そんな雰囲気すら感じられる。二十一段の石の階段を上ると、落栗色の荘厳な扉が開かれている。ここを通り抜けるだけでも、王宮に入っていくような、非日常を感じさせてくる。確かに、名称だけでなく、図書のための王宮なのかもしれない。


 実際には、一般向け図書から本当に貴重な蔵書、歴史書が何万冊と収納されてあるのだ。

 もちろん、ルタ達一般が読めるものは何千冊かに限られてくるのだろうが、それでも、意匠を凝らした造りのその建物は、本を読まない人間からすればリディア家の道楽にしか思えないのかもしれない。

 長い廊下にある窓の外には、新緑溢れる庭があり、黄色や白基調の控えめな花がいつでも春を唄い、来客を迎える。ここはいつも春を唄うように手入れされているのだ。反対側の卵色の壁の奥には図書の部屋。わざわざ庭を眺めてから折り返すようにして宮殿に迎え入れられる。

 司書のいる入り口には白基調の扉があり、リディアスの国獣である蛇が唐草に紛れて来客を迎えるのだ。


 扉の向こうには木目が綺麗な本棚が薄暗い室内にずらりと並んでいた。閲覧室はさらに隣の部屋で、大きな窓がより多くの光を招き入れており、さらに進むと団欒のために作られた庭を臨めるテラスがある。

 確かに溜息をつきたくなるくらいの無駄な豪華さだ。しかし、豪奢にはならないように工夫されている。いや、本当の城内を知る者からすれば、本当に控えめに造られていると言えるだろう。


 そして、二人はその木目の本棚の作る通路に潜り込む。セシルの目がキラキラ輝いていた。

「セシルは本を読むのが好きでしたものね」

「はい」

セシルにとっては、ここはリディアスへ留学していた頃、唯一良い思い出しかない場所なのだ。だから、セシルは一番にここに来たがったのだ。

「ここに来れば、どんなことでも分かりました。誰もわたしを気に留めずに放って置いてくれました。そう、だけど、面白いんですよ。そんな場所でアノールが声を掛けてきました」

ここでアノールに出会った時。また、あの嫌な奴が来たと思っていたら、魔女についていきなり彼が尋ねてきたのだ。


 リディアスでは魔女とはこういうものなのだけど。ディアトーラでも同じなの?


 セシルは含み笑いをしながら、嬉しそうに話をする。

「まさかと答えました。だって、そんな魔女を魔女さまだなんて言うわけないでしょう?」

ルタは嬉しそうにルタを見つめるセシルに微笑んだ。

「リディアスの魔女も、一面としては合っていますのよ」


 実際『魔女さま』と言いだしたのはアースからだ。リディアスほど嫌ってはいなかったが、ディアトーラだって魔女を恐れ、畏れていた。しかし、セシルはそれを知ってもまだ『魔女さま』だと言い続けた。森を、ディアトーラを、そして、この世界を護っているのは、紛れもなくトーラを持つ魔女さまだから、と。

「ふふふ。でも、それは一面。同じことを伝えました。それなのに、本棚の隙間に消えて戻ってきたアノールは魔女の蔵書をたくさん持ってきて、『じゃあ、これは全部嘘?』って尋ねたんです」

その量に驚きました。だって、分厚い、明らかに古典と思われるものから、現代解釈まで。何冊も何冊も……。十は越えていたと思いますもの。


「真っ向から違うとは言えませんでしたから、わたしも全部読みました。だから、リディアスの古典ものもちゃんと読めるんですよ、わたし。もしかしたら、今のリディアスの若い方達よりも読めるかもしれません」

それは、セシルの自慢なのだろう。明らかにリディアスでは目立つ黒髪に、深い蒼の瞳。そんな自分が、リディアスで目立たない金髪に青い瞳の人々よりもずっと知っている、そんなような。

「二週間後、ここでまた彼に出会って、とても不思議でしたけど、もう二度とからかうなよ、の意味を込めて、言ってやったんです」

ここに書かれていることは、間違いではないと思うと。だけど、正解ではなかったと。

「すると、全部読んだの? 本当に?って言うものだから、あなたは自分が読んでもいないものを人に読ませていたのかと問いました」

もし、そうだったのなら『今』はなかったように思う。


 しかし、アノールは首がちぎれるかと思うほどに(かぶり)を振った後、真っ直ぐにセシルを見つめて「君、すごいね」って。

「リディアスの者に初めて褒められました」

しかも、一番に魔女を嫌っているはずの王家の者から。セシルの声が少し弾んだせいで、どこからともなく咳払いが聞こえてくる。

 セシルは肩を竦め、ルタもそれを真似た。


 その後、アノールはディアトーラで語られている魔女についてを学んできた。

「その量の知識をどうやって集めたのか、やっぱり、大きな国の王の息子となるとすごい方なんだなと、漠然と思わされましたわ。だけど、わたしみたいに、突っ張っているだけじゃないんだなとも思えました。そんなに真面目に魔女についてを学んでくださったのにアノールには『心得』は読ませられないのです。それが胸の痛むところですね」

ディアトーラにある『領主の心得』のことだ。それは初代領主夫人ルカが書き留めたものであり、ルタも読めないものだった。不思議なことは、ルタの姉に当たるアナの子孫であるイルイダの母マイラがここに輿入れするまで、血縁などなかったというのに、血縁にこだわることだ。

 本当に人間とは不思議な者だ。


 しかし、ルカが書き留めていそうなことの予想は現在のクロノプスの者たちと語る中で想像できた。

 優しいルカのことだ。時の遺児を護るための文言でも残しているのだろう。

 ルタはおとぎ話のような、そんな昔を思い出す。 

 かつてディアトーラのあるワインスレー地域とリディアスすべてを治めるコラクーウンという王がいたこと。そして、ディアトーラがその王の元に仕えるクロノプス家の土地だった頃。ここの領地にはルタの双子の妹ルカが嫁いだ。

 そのまま『トーラへ』を意味する、そんな国名とともに。

 それは、母トーラへの嫌がらせだったのかもしれない。

「お前が生みだしたんだ。お前のせいでこの世界はこんなにも醜い者で溢れている」

 そんなような。感情の薄すぎる(トーラ)が気付くはずもないのに。


 あるいは、『嫌がらせ』だと気付いて欲しかったのかもしれない。

 この世界の言葉ではない。しかし『親愛なるトーラ』として存在して欲しかったのかもしれない。望んでいたのかもしれない。

 領地に集められ、トーラと共に幽閉のごとくディアトーラに送られたのは、時からはじき出された『時の遺児』だ。魔獣からも見つけられないくらいに時からはじき出されてしまった、魔女とされた人間達。初期に弾かれた者たちは、その衝撃に耐えられず、やっとヒトの形を保っている者さえいたし、その王に唆され、不老不死を願い、叶えられた不死の者は死ねない身体だけが遺った者もいた。

 ルタも彼らと共に生きていた。各国の王が行列を為して、開かれた門に入っていく。そして、誰も出てこなくなる。

 父から送り込まれる時の遺児候補。


 父のいる場所は今で言えば、ワインスレー・マンジュ先にある崖の向こうだった。ワカバが一度、飛び降りた場所に近い。彼はそこから世界を願い、何度も世界を書き換えさせた。

 何度も時が変わったのは確かだ。その中で人間たちは、父が望むトーラに匹敵する化け物を生みだした。それがリディアだった。

 リディアはトーラの力の源である人間を嫌った。だから、ワカバの母の望みを叶えると偽り、トーラを呑み込もうとしたのだ。

 ワカバが生まれるのと同時に過去にかつて無いほど大きな森が生まれ、広がる。すべての時が消え、木々が広がるだけの世界。何も望まれない世界だった。


 阻止したのは、トーラだった。ワカバの母の望みは「この子が生まれない世界なんていらない」だったから。

 ラルーすら生まれていないような、そんな遙か昔から、森は存在したことになったのだから、リディアにとっては、想定外の負けだったのだろう。ワカバがきっかけで生まれたその森はトーラを呑み込もうとして、失敗したのだ。

 だからリディアは考えを改めた。

 そう、人間を利用しなければ、トーラには勝てないと。

 リディアは人間の王を立てることにした。

 森は時の遺児を完全に世間から弾くものとなった。だから、リディア家は魔女を厭い、魔女の力を渇望する。


 そんな時が生まれ、ルカがそれらを保護したいと思うのは自然だったのかもしれない。

 コラクーウンは歴史から消え去った。しかし、狂ったようにトーラを憎み、魔獣を作り、何度も世界を書き換えさせた狂気の王が作りだした時の遺児だけが残った。それでも彼は永遠を求め、首を失い、時の遺児としてときわの森を彷徨い歩いた。

 もちろん、人間だった彼の願いを叶えたのはトーラだ。しかし、頭を失った彼はもう何も望めない。

 今ではワインスレー、リディアス含めすべての世界を治めていたコラクーウンという王がいたなんてことが書かれている書物なんて何処にもない。トーラを使ってすべてを手に入れたとしても、伝承にすら残っていないのだ。


 架空にもなれなかったなんて愚の骨頂だとルタは思っている。


 ルカとルタの父であり、トーラの夫であるコラクーウンは、愛することのなかった娘の肩書きのような、ルタ・グラウェオエンス・コラクーウンという名称としてくらいしか、もはや世界に知られていない。それも時間と共に消えていくのだろう。

 ただ、記憶を左右されなかったルカのいたクロノプス家だけが、その名残として『領主』と名乗るだけ。

二千年以上も昔の話だ。

 今は、他国から見れば、彼らは魔女の治める土地を預かった『領主』という認識なのかもしれないし、そもそもリディアスに口輪をされている『犬』を意味するのかもしれない。


 ルタはふと延々と並ぶ書物を時間に準える。二千年後、その時の遺児が生まれない世界が生まれた。魔女を畏れない、セシルやルディがいる世界に繋がった。アノールのように魔女を受け入れられるリディアスの王族が現われた。

 誰か書き留めて遺してはくれないだろうか。

そして、セシルがつとと足を止め、棚を見上げた。


「この辺りだったと、……ほら、ルタ様」

その区画は色鮮やかな、若い者たちが流行を求めて調べそうなタイトルがずらりと並んで合った。

「『ゴルザムお勧め五十選』とか、あ、あちらにも『今のリディアスを極めるすすめ』とかあります」

背伸びをしながら、楽しそうにガイド本を脇に抱え「次は地図のコーナーに行かなくちゃ」と張り切ってセシルは歩き始めた。

 その姿はルタから見れば小さな頃のセシルと全く変わらないくらいに、無邪気に思え、セシルのかわいい渇望に付き合う。

 何も変わらない。実は、そう思っていたいだけなのかもしれない。

 そして、セシルは自分の立場をちゃんと心得ている。地図を見て想像して、夕暮れまでをここで過ごすつもりなのだ。


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