カフェでのひととき
「さーて、何にしよっかなぁ」
ウキウキした様子で、真っ先にメニューへ目を通し始める夏海先輩。カフェ廻りが趣味のこの人が、果たして学祭の模擬店でどういう感想を持つのか…なんて、いくらなんでもそんな無茶は言わないだろうが。
ちなみに雄二は、そんな夏海先輩の様子を楽しそうに見ながら、何故か待機中?
…一緒に見ればいいのに。
「藤堂さんは決まった?」
「うーん、ミルクティーにしようかなぁ。横川くんは?」
「そうだね…俺は」
そんな雄二達とは対照的で、速人達は仲良く一つのメニューを見ながら相談中。今までも仲は良かったと思うが、速人が少し積極的になったことで、距離感の変化も見られるようになってきた。
藤堂さんも案外それを受け入れているような気もするし…変化があったのは、速人だけではないのかも?
「うーん…どうしよっかなぁ…花子さん決まった?」
「アイスコーヒー」
「西川さんは?」
「私はダージリンですね」
そもそも選択の余地が少ない(メニューはそこまで多くない)こともあり、注文はポンポンと決まっていく。ちなみに、俺と沙羅さんはとっくに決定済みだ。
「ご主人様、お嬢様、ご注文はお決まりですか~?」
なかなか良いタイミングで、オーダー聞きにやって来たメイドさん。ご存知、夏海先輩ファンクラブの二人組。テーブルの手前で止まらずに、何故かそのまま奥席へ…夏海先輩寄りに位置取った。別にいいけど。
「お、似合ってるねぇ」
「あ、ありがとうございます!」
「嬉しいです!」
二人は夏海先輩から誉められて嬉しそうに顔を見合わせると、スカートの裾を少し持ち上げてポーズを決める。アニメや漫画などで、メイドさんが畏まった(?)挨拶をするときにやる"アレ"だ。
こんな動作をいきなり思い付くことはないだろうし、多分、最初から予定してたっぽい。
「私はウインナーコーヒーにするわ」
「畏まりました~」
先ず夏海先輩が注文を伝えると、それを皮切りに隣の雄二、速人…と、何となく席順で注文が始まる。そして花子さんがアイスコーヒーを注文した時点で、残るのは俺と沙羅さんだけになった。
「私はホットのアールグレイでお願いします」
「畏まりました~。高梨くんは…」
「一成さんは、アイスティーでお願いします。ミルクは要りませんので、ガムシロを二つ付けて下さい」
「えっ? あ、はい。か、畏まりました~」
沙羅さんから俺のオーダーを伝えられ、何故か二人は少し驚いたような表情を見せる。特別変な注文をした覚えはないんだが…
ちなみにガムシロが二つ欲しいと注文した理由は、俺が甘党だからという意味じゃない。
店によって、かなりクセのあるアイスティーが出てくる可能性があるので…この辺は好みの問題ってところ。
「では、少々お待ち下さい~」
二人は俺達のオーダーを再度確認し終わると、一礼をしてカーテンの方へ戻って行く。その姿を見送れば、厨房との仕切りになっているカーテンの陰から、こちらを興味深そうに伺っているクラスメイト達の姿が…あいつら、ちゃんと仕事してるのか?
って、学祭を思いきり満喫してる俺が言える台詞じゃないのかも…いやいや、俺達のこれは巡回という仕事であって、この時間も、クラスがしっかりと喫茶をやっているのか視察する為に来たんだからな…うん。
…俺は誰に言い訳してるんだ。
「あの、薩川先輩?」
「はい?」
不意にこちらを見た立川さんも、何故か不思議そうに首を傾げる。
さっきの二人もそうだったが、ここまでのやり取りで何かあったのか?
「高梨くんって、何を注文するのか言ってましたっけ?」
「一成さんは、最近アイスティーに凝っているんですよ」
正確に言うと、沙羅さんが紅茶党で家でも紅茶が多いから、俺もすっかりそれにハマってしまったというだけなんだが…
「はぁ…もう完全に夫婦ですねぇ」
「ちょ、何でそうなった?」
若干呆れを含んだような立川さんの呟きに、俺は思わず突っ込みを入れてしまう。今更恋人と言われようが夫婦と言われようが事実だから問題ないとしても、今の流れで何故そうなる?
「いやいや、何も聞かないで注文しても大丈夫とか繋がりすぎだから。好みまで完璧みたいだし」
「あ…」
「ふふ…一緒に生活していれば、そのくらい分かりますよ」
「あの、それを夫婦だって言ってるんですけど…」
「立川さん、こいつらには突っ込むだけ無駄だから」
「ソウデスネ~」
しまった、ついいつもの癖で…
最近は同じ注文ばかりなので、沙羅さんもいつも通りに注文してくれただけなんだが…慣れ過ぎて特に違和感を感じてなかった…慣れって怖いですねぇ
「すみません、薩川先輩。ちょっと宜しいですか?」
そんなやり取りをしている矢先、突然、後ろから声をかけられる。振り向いてその主を確認すれば、そこに居たのはウチのクラスの委員長…ちなみにメイド服じゃない。
と言うか、いつの間に?
「はい、どうしました?」
「あの、宜しかったらお食事も如何でしょうか? 料理教室のお礼と言いますか、試食といいますか…」
「試食ですか…確かに、気にはなっていましたが…」
料理教室を開いた手前、出来が気になるのは沙羅さんとしても当然のこと。
そんな沙羅さんが、俺の方へ何かを確認するような視線を寄越したのは…恐らくお腹の問題だろう。特に俺は、昼に食べ過ぎたから…
「お皿を分けてくれれば、こっちも食べれるよ?」
「私も食べたい~」
「委員長、いいかな?」
夏海先輩達の助け船はありがたいとしても、作る側の手間になってしまうのは事実なので…一応確認はしておく。
「大丈夫だよ。それじゃ、幾つかお皿に分けますね。メニューは…」
「私、ナポリタンが食べたい~」
「はぁ…では、それで」
沙羅さんからの溜息混じりな注文に、委員長が苦笑を浮かべる。
結局、沙羅さんへの試食という主旨がどこかへ飛んでしまったし…
それにこれでまた一つ、俺は皆に言うべきお礼が増えてしまった訳だ。
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「いやー、思いの外、疲れたね」
「そうね、お昼から全く休憩無しだったから」
「でも、こんなに楽しいの久々です!!」
「そうだね! まだ明日もあるし…」
「そういや一成、明日の予定は全部決まってるのかい?」
「あぁ。明日の午前中は二人の応援をして、お昼ご飯を食べて少し遊んでからミスコン…んで、体育館でラストステージ…かな?」
本当は文系の部活出展にも興味はあるが、速人と夏海先輩のテニス応援は最優先事項。そしてミスコンに関しては言うまでもない。
となれば、明日のスケジュールはこれで確定したようなもの。
「正直、ミスコンだけは気が進みませんが」
「せっかく元会長と他の役員が仕事を引き受けてくれたんだから、そういう意味でも我慢するしかない」
「わかっていますよ」
沙羅さんも渋々といった様子だが、取り敢えずでも参加自体を取り止めるつもりはない様子。
それに本音を言えば、俺も沙羅さんをミスコンなんかに出したくない気持ちはまだある…が。
それでも今回は、今後の為に…
「そう言えば、西川さんも凄い人気ですね」
「いえ、そんなことは…」
「単純に男子からの人気ってだけなら、えりりんも沙羅に負けてなかったんだよ。でも沙羅の場合は他にも色々と目立ってたからね。えりりんは地味だったし」
「地味…ま、まぁ、園芸部で土いじりが楽しいと思っていたのは事実ですけど。でも、上辺だけの人気なんて、あっても全然嬉しくないから別にどうでもいいわね」
「私も今にして思えば、打算とは言え自ら目立つようなことをしたのは黒歴史ですね。ですが、それも一成さんと結ばれる為に必要であったと思えば、後悔はしていませんが」
沙羅さんの言う黒歴史…
沙羅さんが他人を寄せ付けたくない自身の在り方を認めさせる為に、意図的に自分の能力を周知させたこと。
結果的にそれは「孤高」という認知を生んだが、同時に「女神様」というアイドル的な立場まで生まれてしまう。それが皮肉にも、一番関わりたく無かった男子達の憧れを牽引することになってしまった…
「…そうですね、上辺だけなんて嬉しくないですよね」
普段は陽気に振る舞っている立川さんも、こういう話題になると影を帯びる。
俺達にとって、上辺だけの軽い人間は嫌悪の対象…特に立川さんにとっては、トラウマとも言えるべき存在だから。
「そう言えば、今まで聞いたこと無かったんですけど、西川さんは何で転校したんですか?」
話題転換の意味もあったと思うが、藤堂さんの話題は俺も興味がある。今まで西川さんにそれを聞いたことは無かったが、わざわざこの学校を離れた理由は確かに気になるから。
「あぁ、それはですね…西川グループの出資で新設された学校の開校に合わせたからなんですよ。もともと生徒数の減少で、統廃合した学校なんですが…」
「絵理は西川グループの会長令嬢ですからね。言い方は悪いですが、広告塔のようなものでしょう。そういう重要人物が通うような学校となれば…」
「なるほど…通っている人物で学校の格を上げつつ、西川グループにパイプがあるとアピールして、今後の受験生の増加を狙っている…と」
「「「…………」」」
「なに?」
随分とまぁ、アッサリ言ってくれちゃって…
沙羅さんの話から一瞬でそこまで辿り着くなんて、相変わらず花子さんは頭の回転が速い。でも確かに、そうやって聞けば納得の内容かも。
「ええ、花子さんの言う通りです。それに、今はまだ諸々の理由で引き継ぎが終わっていませんが、もう直ぐ私も生徒会長になるんですよ…」
「やはりそうなりましたか。当然でしょうね」
「まぁね。とにかく、そういう理由で私は転校することになった訳です。正直、人間関係的にはつまらなくなってしまったけど、こうして皆さんと一緒に居られるようになれて私は幸せ。高梨さんには改めて感謝ですね」
「いや、俺は…」
「ふふ、これは私が勝手にそう思っているだけですよ」
そんなことを言いつつ、西川さんはどこかイタズラっぽい笑顔を見せる。こうして以前より気軽に接してくれるようになったのは嬉しいが、また一人、俺の反応を楽しもうとする人物が現れた事にもなる訳で…うーん。
「…少し気になっていたんですが、絵理は随分と一成さんに砕けてきましたね?」
「あ、それ私も思った。えりりんが男子にそんな表情見せるなんて、今までなかったよね?」
「あー…と」
西川さんが少しだけ困ったような表情を見せる…が、これは上手くやり過ごして貰わないと俺も困る。
仲良くなれた切っ掛けは恐らく指輪購入の一件なので、それを正直に説明すると指輪の話まで出てしまうから。せめて明日を乗り切るまで、何とか誤魔化して欲しい…頑張れ西川さん…
「ほ、ほら、沙羅のフィアンセともなれば、特に私の場合は公私でずっと付き合いが続くでしょ? それなら友人関係も良好な方がいいじゃない?」
「それはそうですが。まぁ絵理がそこまで考えて友好的であろうとするのなら、特に私が言うこともありませんけど」
「沙羅も他人事じゃないのよ?」
「分かっていますよ。ですが、主としては一成さんですから」
ちょっと意味深な会話だったが、沙羅さんも一応は納得してくれた…らしい。
もちろん、佐波と西川が企業間同士で交流があることは周知の事実だから、仕事の交流も可能性としてはあると思う。でも果たして、会長令嬢である西川さんと俺が、仕事上そこまで交流する機会があるのかどうか…
まぁ実際に就職もしていない現状で、そんなことを考える自体、気が早すぎるだろうな。
「…な、なんか、難しい話?」
「…そうでもない。一成と西川さんがプライベートで友好的なのは、将来的に役に立つという話」
「…えっと、普通に友達同士で仲がいいのは良いことだよね?」
「…今はその認識でいい。…一成には、嫁と違う角度でフォローする人間が…やはり私が姉として…」
「…花子さん?」
「お待たせしました~」
ちょうど話が一段落したところで、執事とメイドさんがトレーを片手に飲み物を運んでくる。さっきとは面子が違うので、一応は持ち回りにで仕事をしているらしい。
こっちの面子に興味津々なのは表情を見ればあからさまだが、取り立てて騒ぐつもりはなさそうか。
「では、ごゆっくり~」
さて、先ずは飲み物で一息といきますかね…
……………
………
…
「そう言えば、横川くんもさっきタロットやって貰ってたよね?」
「ええ、ちょっと興味があったんで、個人的にやって貰いました。カード一枚の簡単なやつでしたが」
どうやら話から察するに、俺と沙羅さんが占いをやっている最中に速人も占いをして貰ったらしい。
正直なところ、時間があれば是非岸山さんに皆の分もお願いしたかったんだが…
「ふーん…それは結果を聞いてもいいヤツ?」
「別にいいですよ。確か、運命の輪…だったかな…」
「それまた意味深だな。意味は?」
「状況の変化、チャンスの到来…縁を信じること…って言われたよ」
「…確かに意味深だな」
状況を知っている雄二も、そしてもちろん俺も、その意味深なカードには苦笑せざるを得ない。
でも悪い意味じゃないとすれば、とどのつまりが速人に「動け」というお達しなんだろうから。
「ふぅん…成る程ねぇ…」
そんな速人を見ながら、同じく意味深に笑う夏海先輩。
これはひょっとしなくても、既に色々と気付いているパターン?
「横川さん…みなまで言うつもりはありませんが、何か困ることが予想されるなら、助けを求めるという選択も重要ですよ。あまり言いたくありませんが、良くも悪くもこの学校で影響力のある人間が揃っているのですから…何とでもなる可能性は十分にあるでしょう」
「…薩川先輩」
そして沙羅さんからも、意味深な発言が飛び出す。
ただ、その言葉の意味は、俺も、それに速人も、しっかり分かってる。似たような苦労が身近にある沙羅さんだからこそ、速人の状況を理解してない訳がないし…それは反対に速人も同じだろうから。
「横川さんは、一成さんの親友ですからね。花子さんも…」
「わかってる。イケメン個人はともかく、一成の親友で考えるなら協力する」
「はぁ…本当に徹底してるね、あんたら。素直に手伝うって言えばいいのに…まぁ結果的に協力するなら別にいいけどさ」
「それは当たり前ですね。私の判断基準は一成さんですから」
「ミートゥー」
呆れを滲ませた夏海先輩に、沙羅さんと花子さんはいつも通りのどこ吹く風といった様子。
ただ俺としても、沙羅さんと花子さんが理由どうあれ、速人に協力してくれるのは嬉しい。正直に言って、俺よりずっと頼りになる二人だから。
「ま、私の方も役には立てるだろうし、協力するよ」
この発言から察するに、もう完全に夏海先輩も状況を理解していると見て間違いない。でもそうであれば、女性ファンが多いという意味で、一番頼もしいのは夏海先輩かもしれない。
この協力は強力…いや、これは駄ジャレじゃなくて。
「私は学校が違うから役に立てないだろうけど…でも応援はするね!」
「そうですね。何かあったら、いつでも相談して下さい」
「俺もだ、頑張れよ速人」
「ありがとうございます…みんな」
速人は嬉しそうに頭を下げると、最後に俺の目を見て小さく頷く。俺の立場は速人に於ける藤堂さんと同じ位置…だからこそ、速人の危惧も想定される事態も、俺には…そして沙羅さんも十分に理解できる。
これは皆の協力が必要になる難題だけど、だからこそ、皆の協力があれば必ず何とかなる。俺は心からそう思っている。
「横川くん、私も絶対に協力するから、困ったら相談してね!」
「えっ…そ、そうだね、そのときは宜しく」
「うんっ!」
可愛らしくガッツポーズを見せて微笑む藤堂さんに、思わず皆も笑みが溢れる。
まだ状況は理解はしていないんだろうけど、このあどけない笑顔を守る為に…俺達は、必ず。
………………
「うん、思ってたよりずっと美味しいよ!」
「そうね、学祭の模擬店で出されるパスタじゃないと思う」
「あ、ありがとうございます」
明らかに格上感の漂う二人からの感想を聞き、委員長がホッとした表情を見せる。
沙羅さんの料理教室以降、委員長を含めた調理メイン組は、自習的に練習を繰り返していたことを俺も知っているので…
「そうですね。料理教室で指示したことはしっかり守れているようですし、これなら明日も大丈夫でしょう。よく頑張りましたね」
「さ、薩川先輩…!」
委員長も含めて、クラスの連中からは厳しいと思われている沙羅さんだから…こんな風に褒められて、感動もひとしおと言ったところか。何にせよ、良かった良かった…
「はい、一成さん…あーん」
ぱくっ…
もぐもぐ…
うん、確かにこれなら、普通にお店で出されても特に違和感はないかも。ただ、俺の個人的な好みとしては…
「…くっそぉぉぉぉぉ」
「…ナ、ナチュラルにイチャついてからにぃぃぃ」
「…何で今の流れで、あーんするんだよ…」
「…高梨は当然の如く受け入れてるし…あぁぁぁ羨ましいぃぃぃ」
「高梨くん、どう?」
「うん、俺も美味しいと思うよ」
「そう? でも…」
何かを気にしたように、委員長が俺の顔を少しだけ覗き込むような素振りを見せる。
何か異変でも?
「委員長は気にしなくていい。一成は毎日三食、嫁のご飯だけを食べてるから、舌が肥えてるだけ」
「三食…嫁? それって、薩川先輩のこと…だよね?」
「そう。多分、一成の個人的な好みと違うから、無意識にそれを考えただけ」
す、鋭い…流石は花子さん…
「そうですね…一成さんの好みですと、後15秒程は、茹でる時間を早めた方がいいでしょう。味付けも、トマトケチャップを少し減らして、生クリームと甘味を少し加えて…」
「沙羅、今は高梨くんの好みを聞いてるわけじゃないから」
「そうでしたね。つい…」
沙羅さんが苦笑を浮かべて、もう一口パスタを口にする。まさか店の味付けから、俺の好みに寄せる為の明確なビジョンを簡単に出せるなんて…相変わらず、沙羅さんの料理スキルは底が見えない。
「はぁ…凄いですねぇ」
「料理は小さい頃からやっていましたから、このくらいは…」
「いえ、そうじゃなくて…いや、それもありますけど、高梨くんの好みをそこまで正確に熟知しているなんて…」
「ふふ…一成さん好みのお料理を作る為に、日々研究していますからね」
ドヤ顔…ではないが、誇らしげに笑いながら、何でもない風に言い切ってしまう沙羅さん。
俺は感謝感謝で、毎日頭が上がりませんよ…
「た、高梨くんは幸せですね。薩川先輩からそこまでして貰えて…」
「これは私がして差し上げたいことですから、何の苦もありませんよ。はい、一成さん…あーん」
ぱくっ…
もぐもぐ…
本当に…これは俺も冗談なんかじゃなくて、沙羅さんに頭が上がらないと本気で思っている。だからこそ、俺に出来ることであれば、それは全力でしてあげたいとも思っている訳で。
「「「…ぐぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
「…男子、煩いよ。イチャイチャの邪魔すんな!」
「…はぁぁぁ、薩川先輩の笑顔が素敵すぎ」
「…委員長、微妙に引き攣ってるし」
「…目の前でやられてるからねぇ…」
「委員長、この二人はいつもこうだから、気にしたら負け」
「そ、そうなんだ…これ、凄い光景だよね…あの薩川先輩だし…」
委員長は、目を丸くして呆然とこちらを見ているが…当然、沙羅さんは全く気にしない人なので。そして、それをいつでも受け入れると決めた俺には、もはや人前で「あーん」を受け入れることに戸惑いなど無い!
無いったら無い!
恥ずかしくない!!
「あれ、開き直ってるわね…」
「お、遂にえりりんまで、高梨くんを"読める"ようになった?」
「そんなこと言うってことは、夏海だってわかってるでしょ?」
「あの、だから俺を分析するのは止めて欲しいんですが…」
単に分析してるだけじゃなくて、普通に言い当てて来るから困る。そういうのは沙羅さんと花子さんと真由美さんと…って、随分と居るね…これ。
「一成、今更それは気にしない。はい、あーん…」
ぱくっ…
もぐもぐ…
「「「なぁぁぁ!?」」」
「…ひぃぃぃ、花崎さんまで行ったぁぁぁぁ」
「…うひょひょひょ、ラブコメだぁ、匂うぞぉ」
「…見てて飽きないわ…あの三人」
「…くそぉぉぉ、花崎さんまでぇぇぇぇ」
「…何故だぁぁ、何故、高梨ばっかりぃぃぃ」
「一成さん、動かないで下さいね…」
沙羅さんはテーブルにあった紙ナプキンを手に取ると、そのまま俺の口許を拭き始める。花子さんから食べさせて貰ったときに、少しついたような気がしたが…やっぱりか。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「ありがとうございます、沙羅さん」
「いえ。では、これで最後です…はい、あーん…」
ぱくっ…
もぐもぐ…
お皿に残っていた最後の一口をお腹に納めて、これで試食は全て終了。そしてまたしても、お腹がギリギリの状態に。
だって、あんな嬉しそうに「あーん」されて、それを頑張って食べなきゃ男じゃないだろ。
「全部…あーんで…」
俺が食べている姿を呆然と見守っていた委員長が、ポツリと呟く。
そんな染々と言われなくても、もちろん全部「あーん」でしたよ?
何か文句あるか!?
「さて、高梨くんが食べ終わったし、次へ行こうか」
「そうね、時間も限られているし」
「もうあんまり時間もないですしね~」
俺が苦しいのを分かってる癖に、白けたような口調でご無体な意見。雄二と速人は同情的な目で俺を見ているけどフォローしてくれないし…
酷いですよ皆さん…
……………………
勿論そんなご無体を沙羅さんが許すはずもなく…一応少しだけ休憩をしてから、行動を開始することに。
本当はもう少し休憩をしたいところだが、時間も押しているので多少の無茶は承知の上で。
そして会計の際には、当然のように全てを払おうとする西川さんをギリギリで止めて割り勘にする。
こういうことはキッチリしておかないと、やっぱり良くないから。
「どうせなら、またどっかのディナーで」
「はいはい、わかりましたよ」
それを平然と言えてしまう夏海先輩もどうかと思うが、アッサリと受け入れてしまう西川さんも…ね。
これは一度、腹を割って話す必要があるかもしれない。一応のリーダーとして。
「アイスコーヒーは200円です」
「はい…」
花子さんが可愛らしい"がま口"の小銭入れから、200円を取り出してトレーの上に置く。
学祭の模擬店なので、値段は非常にリーズナブルだから高校生にもありがたい。
多分、本物のメイド喫茶ならもっともっと高い筈…多分だけど。
「一成さんと私のお会計は一緒にして下さい」
沙羅さんが財布を取り出しながら、会計担当のメイドさんにそう伝える。
すると、それを聞いた送り出し要員のメイドさん達と執事達まで騒ぎだして…
「ちょっと、高梨くん、薩川先輩に払わせるなんて、男らしくないよ」
「そうだよ、百歩譲っても割り勘でしょ?」
「高梨、お前それは恥ずかしくないか?」
「俺達に啖呵を切った割りには…」
「ちょ、ちょっと待て」
これは完全に誤解されてる。そして困ったことに、これは日常のことなので、周りからどう見られることなのか全く考えていなかった。
会計の前に、沙羅さんからお金を受け取っておけばよかった…
「皆さん、何か勘違いをしていませんか? 一成さんはお金を払わない訳ではありませんよ?」
俺が責められたこともあり、沙羅さんから明確な不機嫌さが滲み出る。口調も少しキツさを帯びてしまい、皆はそれを聞いて一気に表情が固くなる。
そして俺は…猛烈に嫌な予感…
「一成さんの生活費は、私がお預かりしております。ここの支払いは当然そこから出ますので、一成さんが支払っていない訳ではありませんよ?」
「「「……へ??」」」
そして嫌な予感は、至極当然と現実のものへ。皆の「またやった…」的なリアクションが全てを物語るように、クラスメイト達(もうメイドとか呼ぶの面倒)は口をポカンと開けて、一様に呆然…
「は…せ、せ、生活費?」
「薩川先輩が…生活費!?」
「それって、それってもう…」
「うわぁ…それもう完全に夫婦でしょ…」
「こ、高校生でそこまでする…?」
これはもう毎度お馴染みのパターンなので、俺は驚きません…ええ。
でもこうしてまた一つ、俺達のプライベートが拡散して…もう今更か。
読者の皆様へ
ここで詳しく書くと、せっかくの余韻に水を差すことになるので控えますが、現在事情により執筆が出来ない状況が続いています。
詳しくは活動報告をご覧ください。




