女神様の加護
さて…
最後のターゲットをどれにするか、それが一番の問題だ。
この状況だと、確実性のある景品を狙う意味はない。もう俺も雄二も、ある程度の冒険をすることを前提で選定をしているから、ここで小さい景品を狙えば間違いなくサイズ差で負けてしまう。
でもだからと言って、明らかに無謀だと分かっている大物を狙うのは、単なる自殺行為でしかない…と、これは雄二も当然そう考えるだろう。
と言う訳で…今の俺に残された選択肢は三つ。
一つ目は、ギリギリ倒せる可能性のある景品を狙うこと。リスクもそれなりに高いが、しっかりと見極めればそこまで難しい話じゃ無い筈。
そして二つ目は、これなら確実に倒せると思う、さっきと同じくらいの景品を狙うこと。
でもこれは、どちらかと言えば雄二のミスに賭ける要素が高くなるので、非常に後ろ向きな案になる…だから正直、選びたくないのが本音。
それにこれは俺の直感として、選んだらきっと負ける。
普通であれば、このどちらかを選ぶことになるだろうし、それならどう考えても一つ目の案が採用になる。
お互いがギリギリを狙って、よりギリギリを成功させた方が勝つ…シンプルにして一番緊張感の高い勝負になるし、そもそも他に選択肢は無いから。
でも…
今日の俺には、もう一つ…三つ目の選択肢がある。
俺がさっき、沙羅さんを勝利の女神だと思ったのは、俺に「勝てる」という力を与えてくれる唯一絶対の存在だから…という意味合いが大きい。
でもそれだけじゃないんだ。
この「三つ目の選択肢」を、俺に授けてくれたこと。
それもあって、俺は沙羅さんを勝利の女神だと確信した訳だ。
そもそもこれは、直感的に沙羅さんが喜びそうだと感じた、猫のぬいぐるみを見たときに気付いた。
その景品は速人の遊戯エリアにあって、俺が狙えば速人の邪魔をしてしまう。しかも位置が少し遠い。大きさ的にもかなり難しくて、ここから狙えば射線が斜めになるというオマケまで付いてしまう。
だから残念だけど、そんな景品はさっさと諦めるべき。
雄二だってそう考える筈だ。普通なら…な。
だけど、俺のこの位置からだと…
ぬいぐるみを支えている尻尾が、少しだけ見えてるんだよね(笑)
あれは倒れないように小細工しているという訳じゃなくて、多分、尻尾でバランスを取らないと自立できないんだと思う。
つまり、かなりバランスの悪い景品ってことだ。
正直、あんなちょっとだけ見えてる程度の尻尾によく気付いたなと、我ながら感心してしまう。でもそれもこれも、沙羅さんのことを考えていなければ、きっと気付くことが出来なかっただろうから。
だからこれも、俺は沙羅さんのお陰だと考えている。
そして速人が早めに降りたことで、俺は心置きなくアレを狙えるようになった…つまりこれは、運も味方してくれたってこと。
もうここまでお膳立てが揃ってしまえば、俺にとって沙羅さんが勝利の女神だということに疑う余地なんか全く無い。
そして、そんな沙羅さんの加護を受けた俺ならば、ここからの距離でもきっとあの尻尾を狙える筈…いや、絶対に狙える!
「行くぞ」
「おう」
ここまで気合いの入った雄二の声を聞くのは本当に久々。でもそれだけ本気を出しているんだろうけど…それでも俺は!
雄二がカウンターに乗り上げ始めた姿を見て、俺も同じように姿勢を作り始める。
そして右手を限界まで伸ばして…思った以上にこれは遠いかもしれない。しかも当てる的はかなり細い。
本来であればもっと体ごと近付くべきだが、残念なことにこの角度からじゃなきゃ狙えない。こんなハイリスクの的は普段なら絶対に狙わない…けど。
「…あの、高梨くんの狙ってる景品って、ちょっと無理なんじゃ…」
「…うん、私は無理だったかな」
「…そうだね、あれは俺も最初に狙ったんだけど、当てても全く動かなかったから諦めたよ」
「高梨くんは大きな賭けに出たみたいね。でも、なんでわざわざ遠くから…もっと近づけばいいのに」
「いいえ、一成さんがそうするからには、必ず理由があります。だから絶対に大丈夫」
「一成…がんばっ!」
大丈夫、俺は絶対にやれる。
あれを見つけたのが沙羅さんの加護であるのなら、寧ろあれを狙わない理由なんて無い。
「「せーの!!」」
俺と雄二の声が綺麗に重なる。
そして…
先程の沙羅さんの笑顔が、俺の目に、ハッキリと浮かんだ。
っ!!
今だっ!!
バン!! バン!!
室内に響き渡る二つの破裂音、先に撃ったのは多分、雄二。
そして俺の銃から放たれたコルク弾は、キッチリと詰めた空気圧をしっかりと受けて、狙い通りの場所へ飛んだ…筈。
教室内がしんと静まり返る中、俺達の…そして教室内外でこれを見ている全ての人達の目の前で、棚に並べられている景品が…二つ。
静かに…倒れていた。
「…やった…」
「…凄いな…俺が撃ったときは、全く動かなかったのに…」
「…うん。ど、どうやって倒したのかな?」
「…あっちゃぁ、そこを狙われるのかぁ」
「…副会長くん、よくあれに当てたね…」
「…何だ? 副会長、どうやって倒した?」
「…わかんねー。微妙に狙いがずれてたように見えたんだけど」
「…チッ、副会長の勝ちかよ」
「…おい、薩川さんに怒鳴られるぞ」
雄二が倒した景品は、二回目のやつより少し大きそうなマスコット。多分、俺が一つ目の案で狙おうとしていたやつと、ほぼ同じくらいのサイズだと思う。
もちろん正確には比べてみないと分からないが、場合によっては負けていた可能性もあるので…これは危なかったな。
「…一成、よくあれを倒したな?」
「正直、ギリギリだったけどな。弱点を突いた」
「それでか。何にせよ、今回は流石に完敗だ。ここまで差があったら、もう悔しいなんて通り越したわ」
「俺一人の力じゃないけどな」
これは冗談でも謙遜でもなく、本当の本当に俺一人の力じゃない。沙羅さんのお陰で弱点に気付いて、沙羅さんのお陰で自信を持って撃つことが出来た。それが勝因。
そして、見事に尻尾へ命中させたのも…沙羅さんが俺に微笑んでくれたから。
「どうせ、薩川さんのお陰とでも言うんだろ?」
「勿論だ。事実だし」
「ぷっ…はははっ」
俺がキッパリと言い切ると、速人は苦笑を浮かべてから笑い出した。
ホントに、事実なのに…
「あーあ、これで俺は、夏海さんからのお説教が決定したか。今から恐怖だ」
「よく言うな、嬉しい癖に」
夏海先輩から怒られたり振り回されたりすることを、雄二が楽しんでいるのは俺も気付いているので…と言うか、あんなのは見れば直ぐに分かる。
「お二人さん、景品を持ってって」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます。それとすみません、サービスだったのに、大きい景品を取っちゃって…」
色々あって思わず夢中になってしまったが、サービスプレイでここまでの景品を取ってしまうのは、いくらなんでもやり過ぎかもしれない。
今頃そんなことに気付いても遅いだろうが、もう少し遠慮するべきだったか?
「大丈夫だよ。まだ景品はいっぱいあるし、この人だかり効果で一般のお客さんも来てくれてるから。ほら?」
先輩が指で示す方へ顔を向けると、そこには…いつの間にか列が出来てる!?
「君達が熱いバトルを繰り広げてる内に、どんどん人が増えてさ。だから、こっちもお礼を言いたいくらいだから気にしないで」
「…わかりました。それじゃ、遠慮なく」
俺と雄二は先輩から景品を受けとり、お礼の意味を込めてお辞儀をしておく。
元々の目的だった集客協力は達成できたようだし、それならこちらも遠慮なく頂いておこう。
ただ…ゲームで「熱いバトル」とか言われてしまうと、自分達が客観的に見て、かなり恥ずかしいことをしていたような気もして…
…まぁ、楽しかったからいいか。
俺達はゲットした景品を片手に、それぞれの戻るべき場所へ。
「一成さん…」
俺を出迎えてくれた沙羅さんは、諸手を振って喜ぶ訳でもなく、はしゃぐ訳でもなく、ただ静かに微笑みを浮かべて俺を見ていた。
勿論、嬉しそうな素振りは見せてくれているが…それよりも。
「沙羅さん、勝ちました」
「はい。全て、拝見しておりました」
「ええ、知ってます。だから俺は勝ちました。勝てました。全て沙羅さんのお陰です」
と言っても、俺以外にその意味が分かるとは思ってない。
それに、沙羅さんなら…きっと。
「いえ、それは違いますよ。全ては、一成さんが自身の実力で勝ち取った勝利です。そこに私が入る余地は…」
「違うんですよ、沙羅さん」
「えっ…」
こうして、沙羅さんが俺を持ち上げてくれると分かっていたから。
だから俺は、自分の気持ちを。
「俺がこいつを取れるチャンスがあることに気付けたのは、沙羅さんのことを考えたからです。猫のぬいぐるみを取れば、沙羅さんが喜んでくれるかもって…そう思っていたら、こいつの弱点に気付きました」
雄二が驚いたように、普通であれば、俺もこいつを狙うなんてリスクを犯すような真似はしない。もしこれが猫でなければ、最初から対象外として見向きもしなかった筈だ。
そうなれば当然、弱点に気付くことも無かった訳で…
「それに…最後の一瞬に、沙羅さんの笑顔がハッキリと目に浮かびました。直前で沙羅さんが俺に微笑んでくれたから…それが思い浮かんだ瞬間が、引き金を引く絶好のタイミングだったんです」
的までの距離があれば、少しのブレでも当たる場所はかなり変わる。しかも今回は、尻尾という細い部分をピンポイントで狙わなければならなかったので…引き金を引くタイミングが少しでも違えば、全くかすりもしない可能性だってあった訳だ。
でも奇跡的に、沙羅さんの笑顔が目に浮かんだその瞬間が、正に絶好のタイミングだったから。
「だから、俺が勝てたのは、間違いなく沙羅さんのお陰なんです。これは謙遜とかじゃなくて、本当に事実です」
沙羅さんは俺の言葉を少し恥ずかしそうに聞きながら、それでももう一度、先程と同じような柔らかい微笑みを浮かべてくれる。
「ふふ…ありがとうございます。私が一成さんのお力になれたのであれば、こんなに嬉しいことはありません。ですが…少々、恥ずかしいです」
「すみません、何か大袈裟になってしまいましたけど…あ、これを受け取って下さい」
激闘(?)の末に無事ゲットした、どこかコミカルな表情をしている猫のぬいぐるみ。
多分、元はUFOキャッチャーか何かの景品だったと思われるそれを、沙羅さんにそっと差し出す。
「…はい。一成さんのお気持ち、喜んで頂戴致します」
沙羅さんは丁寧な言葉で…でも余計な遠慮をせずに、しっかりとそれを受け取ってくれた。最も、この流れで遠慮なんかされても俺だって困るから…沙羅さんがそれを理解出来ない訳がない。
「ふふ…可愛いです♪」
「そうですね、愛嬌のある顔だと思います。でも…」
でも、俺には、そんなぬいぐるみを可愛がっている沙羅さんの方が…
「でも…何でしょうか?」
「いや…」
「一成さん…仰って下さい」
この切なそうな顔は、俺が何を言いたいのか何となく判っていて、それでもハッキリ言葉で言って欲しいとおねだりしているような、そんな表情。
「一成さん…」
そして沙羅さんが…少しだけ悲しそうに目を伏せて…うう、沙羅さん、それはズルいです。
「その…俺は、さ、沙羅さんの方が、何よりも、誰よりも、可愛いです…」
き、厳しい、これは厳しい。
何が厳しいって、本人にその気がないとしても、こんなの一種の羞恥プレイでしかないから。
「一成さん…嬉しい…」
そんな俺の心を知ってか知らずか、沙羅さんは本当に嬉しそうな笑顔を浮かべる。
そんな沙羅さんの笑顔が可愛いすぎて、俺はますます…
「…ねぇ、何なの…この甘ったるい砂糖空間」
「…いや、何と言うか…言葉が…」
「…あ、あの薩川さんが…デレデレに…」
「…し、信じられない…ホントにあれ薩川さん?」
「…さっき男子に怒鳴り散らした姿と別人過ぎるでしょ…」
「…な、何だよこれ…?」
「…あああああ、さ、薩川さんがぁぁぁ」
「…これはキツすぎるだろ…こんなのってねーよ…」
「…俺の女神様が…こんなの夢だ…そうに決まってる…」
「…まーた始まったか」
「…うわぁ、本当にどこでもやらかすんですね…」
「…二人の世界に入っちゃうと、完全に周囲が見えなくなるみたいだから」
「……………」
「…うわっ、だから西川さん、その目はヤベーです!」
「一成さん…」
そっと…ぬいぐるみを抱いた沙羅さんが、俺の胸に飛び込んでくるように…ピタリと寄り添う。
「「「なあぁぁぁっっっっっ!?」」」
まだ少し切なそうな表情はそのままに、でも何かを言いたそうにしながら、沙羅さんは俺の顔を上目遣いで見上げる。
そんな表情で見つめられてしまうと、俺も…ドキドキして…
「一成さん…先ずは、この子を頂いたお礼です…」
沙羅さんは俺を見上げたまま、右手を伸ばしてくる。そのまま俺の顔に手を添えて、位置を調整するように動かすと、今度は左肩にその手を当てて…そっと背伸びをした。
「ん…」
ちゅ…
「「「っっっっっっっ!!!!!?????」」」
左頬に感じる、柔らかくて温かい唇の感触。沙羅さんのキスはどこまでも優しくて…嬉しくて。
頬から離れる沙羅さんが唇に名残惜しさを感じていると…俺の顔を見た沙羅さんが、ふわりと笑みを浮かべた。
「そしてこれは…勝利を収めた、一成さんへのご褒美です♪」
沙羅さんは右寄りの位置に身体を移動させると、先程と同じように俺の顔の位置を調整する。そして今度は左肩に手を置き、そこに少しだけ圧力が加わる。
それは、沙羅さんが背伸びをしているからであり…つまり。
「んっ…」
ちゅ…
今度は反対側…右頬に柔らかい唇の感触。
沙羅さんの優しさと気持ちが籠った、どこまでも幸せなそれを、俺は右頬いっぱいに感じる。
思わず緩みそうになる顔を、強引に引き締めようとしてみるものの、多分、無理。
だって、沙羅さんの唇の感触が、触れあっている身体と身体が幸せすぎて。こんなに嬉しいことはないから。
「…………」
「………き」
「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」
「「「嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」」」
なにごとっっっ!?
って
あ……しまった…
「…ちょ!? あの二人、何してんの!!??」
「…うわぁぁ、薩川さん大胆すぎでしょ!?」
「…きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「…うわわわわ、そ、そこまでするぅ!?」
「…うぉぉぉぉぉ、何だそれぇぇぇ!!??」
「…ちょ、待って、待て待て待て、嘘だろぉぉぉぉぉぉ!!??」
「…うわぁぁぁぁ嫌だぁぁぁぁ!!!!」
「…さ、薩川さんが…薩川さんがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!?」
周囲と手を握りしめて、大騒ぎをしながらきゃーきゃー騒いで跳び跳ねている女性陣。そしで同じ大騒ぎでも、男子は全く…男子は…
「…絶対に嘘だぁぁぁ!!! 俺は信じねーぞ!!!」
「…ぐおおお、マジかよぉ…薩川さん、副会長とデキてんのかぁぁぁ…」
「…ちくしょぉぉ、今度、告白するって決心したばかりなのにぃぃぃ」
「…俺の…俺の女神様が…女神さまがぁぁぁぁ」
そのとき俺には、何故か男共が血涙を流して喚き散らしているような、そんな風に見えた。
いや、実際それはあり得ないけど、何故かそう見えたんだ。
でも、俺は…
正直に言うと、この光景を見ても以前ほどの焦りを感じない。
このクラスの先輩たちに迷惑をかけたことは申し訳ないと思うが、でもこれは沙羅さんの為…いや、俺達二人の今後の為に、少しでも認知が広がる為の通過点だから。
俺はそう思っているから…これは寧ろ、望むところだ。
「一成さん?」
「いえ、何でもないです。俺達のことは、誰にも口を挟ませるつもりはありませんから」
「ふふ…そうですね。素敵ですよ…一成さん♪」
俺の胸にコテンと頭を倒して、沙羅さんが甘えるように身体を預けてくる。
身体に感じる確かな温かさと少しの重みが、こうして、確かに沙羅さんが…
「………ち」
沙羅さんが…
「「「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」」」」
ドドドド…
野郎共の絶叫とともに突如発生した謎の地鳴りが、凄まじい勢いで何故か遠ざかっていく。
朝も似たような光景を目にした覚えがあるんだけど…あれってどこへ向かってるんだ? やっぱり同じところか?
「…結構、静かになったね…」
「…まぁいいよ。あいつら居ても騒ぐだけでお客さんにはならないから」
「…まぁ、確かに」
「…デシャヴ」
「…ミートゥー」
「…え、ひょっとして、しょっちゅうこんなことしてるんですか!?」
「…あはは、高梨くんと薩川先輩は仲良しだから…」
「…いや、これを仲良しって言葉で済ませられるなら、西川さんはここまで黒くなってないから」
「…………」
「一成さん、ありがとうございます。猫ちゃん、大切にしますね」
「…はい」
ぬいぐるみを両腕で抱えながら、沙羅さんは嬉しそうにぎゅっと抱き締める。普段の大人っぽさと、女の子の可愛いらしさが入り交じったその姿は、正に天使…いや、女神!!
沙羅さんが可愛すぎて、辛いです…




