似たもの従兄
皆はそれそれ決められた仕事へ向かい、このテントには来客対応担当である俺と上坂さんの二人だけが残る。
沙羅さんは花子さんと二人で巡回に出掛け、次の交代時間まで会うことが出来ない。
せっかくの学祭で、二人きりになれる時間が少ないことが残念だと思う気持ちはあるけど、でもそれは沙羅さんも同じだから…と、自分に活を入れる。
それに仕事と言っても、ここでは特に何か無い限り、取り立ててやることはないってのが正直なところだから。
精々お客さんから何かを聞かれて案内をするか、たまに来る学校関係者の対応をするくらいで。
「おや、また誰か来たかな…」
「関係者ですかね?」
定期的に…と言う程じゃないが、こうして校門前に車が止まることがある。タクシーや普通車ならともかく、今止まっているような明らかな高級車は、学校関係者である可能性が高い。
その場合は当然、俺達が案内をするか、もしくは先生を呼びに行く必要があるんだが…さてさて?
「あら、元会長さんと副会長さん、ご機嫌よう。お仕事ご苦労様です」
「あぁ、楠原さんか。こんにちは」
「…こんにちは」
何食わぬ顔で、ひょっこりと顔を出したのはタカピー女。
あれ以降こいつと顔を会せる機会はなかったが、俺はもう完全に敵対関係になったと思ってるので…それに向こうも、恐らくはそう思っている筈。
それなのによくもまぁ、こんな平然と…嫌味ったらしく話しかけてこれるもんだ。
最初の頃と比べたら、明らかに作り笑顔をしているし…まぁ別にどうでもいいんだが。
「こんな所へ来てどうしたんだい?」
「お迎えですよ」
「お迎え?」
タカピー女はそこまで言うと、校門前に止まっていた車に向かい歩き出す。あちらはちょど人が降りてきている最中で…眺めていると、やはりそのまま合流した。
あの車は、あいつの関係者だったのか。
「両親ではなさそうだし、兄妹か親戚…と言ったところかな? もしくは君達のように婚約者とか?」
「さぁ? どっちにしても興味は無いんで、別に誰でもいいですけどね」
おっと、思わず本音…まぁいいか。
でもここから見る限りかなり若そうで、上坂さんの言う通り、親ってことはないだろう。
あいつに婚約者がいるとも考え難いとなれば、残る可能性は兄妹か親戚…って、本当にどうでもいいんだよ。
そんなことより、用が済んだらさっさと行って欲しい。
「どうやら、こちらに来るみたいだね」
そんなことを考えていた俺に対する嫌がせのように、二人はこちらに向かって真っ直ぐに歩いてくる。
身振り手振りで何かを説明するように、チラチラとこちらを眺めては…間違いなくここへ来るな。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは」
「…こんにちは」
あからさまな爽やかさを演出するように、スッと片手をあげて挨拶をする男性。
身なりはピシッとスーツで固め、若いと言っても俺達より年上なのは間違いない。年齢も恐らく20歳そこそこ…と言ったところか?
そしてタカピー女がしっかりと腕にしがみついているその姿は、恋人というより仲のいい兄妹と言われた方がしっくりくる。
そんな印象。
ただそれよりも、あの笑顔が…妙に嫌味っぽく見えてしまい、どうにも気になる。単に俺がひねくれて見ているだけなのかもしれないし、もしくは経験則からくる直感のようににも思えて。
「一応、紹介をしておきますね。こちらは私の従兄、楠原豊さんです。ウチの会社の営業部長をしています」
「初めまして。いつも玲奈がお世話になっているね」
「初めまして、上坂と申します。一応、元…」
「あぁ、聞いているよ。元生徒会長さんと、そちらが現副会長さんなんだってね? もう会うことはないだろうけど、一応は宜しく」
「…宜しくお願いします」
年上だからある程度は仕方ないとしても、たったこれだけのやり取りで、早くも悪印象。
でもタカピー女の従兄という点で考えれば、アッサリ納得できてしまったり。
ところで…今、ウチの会社って言わなかったか?
「…宜しくお願いします。本日は催しも色々行われていますので、ゆっくりとお楽しみ下さい」
「ありがとう、そうさせて貰うよ。でもメインは、明日のミスコンで玲奈の二連覇を見せて貰うことだからね」
「お兄様ったら、まだ気が早いですよ?」
「いやいや、去年と同じで今年もお前が独走だろう? 寧ろ、お前が出ると分かっているのに参加する連中がおめでたいというか、頭が…あぁ、思い出作りという意味でもあるのか。それなら納得だ」
目の前で繰り広げられる茶番劇を冷めた目で眺めていると、何故か上坂さんが俺に首を振りながら謎のアイコンタクト。
まさか俺に怒るなって言ってるのか?
いくらなんでも、そんな短気を起こすつもりはないんだが…
まぁ…結果は確かに分かりきっているし、今から慰めの言葉でも考えておけ…くらいのことを言ってやりたい気持ちはあるが。
「お、おい、何だよあれ…」
「ちょっ…マジか!?」
そんなことを考えていた矢先、突然、校門周辺で大きなざわめきが起きる。
俺もそちらへ目を向けて、騒ぎの原因を確認すれば…って、あれは?
「こ、こんなところへリムジンで乗り付けてくるだと!?」
「ちょ、お兄様より目立って…何ですか、あれ!?」
俺にとって見覚えがありすぎる、真っ白で異常な長さを誇る高級車。
それが校門前に横付けで止まり、この位置から見ると、端から端まで車が門にピッタリと収まったようで。その光景が余計に凄さ…派手さ? を演出して、思わずそれに釘付けになってしまう。
やがて運転手と、助手席からもスーツ姿の男性が降りてきて、後部座席のドアを恭しく開ける。勿論そこから降りてきた人は…
「なっ!? あ、あれは!?」
「に、西川さん!?」
「…な、何であの女がここに!?」
どこか優雅さを感じさせる、ゆったりとした動作で車から降りてくる西川さん。
その姿を見た反応は、驚きという点では同じでも、分かり易いくらい三者三様に分かれている。
上坂さんは単に喜んでいるだけとして、あの男は何故か突然、イヤらしくニヤニヤと笑い始め…ひょっとして知り合いか?
そして一番酷いのはタカピー女。
こいつが西川さんを知っているのは当然としても、あからさまに嫌そうな表情を見せる。
相変わらず理由は分からないが、何となく沙羅さんに向けていた敵意にも似ているような気がして…どうせロクでもない理由なんだろうが。
そんなこの場の注目を一身に集めている当の西川さんは、運転手に何か声をかけながら、こちらを見て小さく手を振ってくれる。
俺がそれに手を振り返そうとすると…何故かあの男がそれを遮るように立ち塞がり、西川さんに大きく手を振り出した。
…何だこいつ?
「はは、西川さんは相変わらず…」
「ふふ、西川さんは、私のことをしっかりと覚えていてくれたよう…」
「「!?」」
同時に西川さんの名前を出したと思えば、二人は勢いよく顔を突き合わせる。そのまま見つめあ…もとい、睨みあい固まってしまう。
えーと…何が起きてるんだこれ?
「…君、少し馴れ馴れしいんじゃないか?」
「馴れ馴れしいと言われましても、私は彼女がこの学校に通っていたときに繋がりがありましたから。寧ろそちらこそ、私にそんなことを言うからには、それ相応の関係があるんですよね?」
「私は正式に挨拶をさせて貰ったことがある。それに、先程の挨拶は私に…」
「あれは貴方にではないですよ?」
「それはこちらの台詞だ!」
二人は目を逸らさず、睨み合いを続けながら、言葉による応酬を始める。
俺も、こんな風に感情を表に出してぶつかり合う上坂さんを見るのは初めて。
というか、これって…西川さんがモテてるのか!?
いや、もともとのポテンシャルを考えたら、不思議でも何でもないんだけど。
ちなみに…これを言うのは上坂さんに申し訳ない(バカはどうでもいい)んだが…さっき西川さんが手を振ったのは、上坂さんでもバカでもなく…
俺に!
なんだよね。
「お、おい、あれ西川さんじゃねーか!?」
「うおお、マジかよ!? てことはつまり…久し振りに揃い踏み!!!!????」
「やべーぞこれ!!! まさか明日のミスコンも出るとか!!??」
「連絡しろ、連絡!!!」
西川さんのことに気付いた連中が騒ぎ始め、それに気付いた連中に連鎖して。
俺も本人からその辺りの話を聞いたことはないが、こういうシーンを見ると、西川さんも沙羅さんのように人気が高かったことがよくわかる一幕。
それに俺自身としても、この前、西川さんのことを見直したばかりだから尚更に。
「…相変わらず気に入らない」
タカピー女が、ブツブツと何かを呟いているが…勿論それは無視。
西川さんはリムジンを見送ると、こちらに向かってゆったりと歩き出す。
途中で声をかけられ、とても楽しそうに応対しながら徐々にこちらへやってくる。
そしてテントの近くまでやって来たところで…俺の前に立ち塞がっていたバカが、何故か勝ち誇ったような表情を受かべる。横にいる上坂さんを一瞥して…気持ち悪いくらいの作り笑い。
「ご無沙汰しております、西川さん。本日は大変に…」
「ご機嫌よう、高梨さん。ひょっとして、私のお出迎えですか?」
でも当の西川さんは、バカの存在など目に入ってませんとばかりに横をすり抜け、そのまま俺の隣まで一直線。
うーん、これが所謂「ざまぁ」ってやつか?
まぁいいや。
それよりも今は西川さんだ。
「いらっしゃい西川さん。いや、俺はこの時間、本部テント担当なんで」
「高梨さん、そういうときは、嘘でもそうだと言うのが紳士の嗜みですよ?」
「じゃあ、西川さんの出迎えです」
「じゃあって…全く。沙羅のようにとは言いませんが、せめてもう少しくらい、私を丁寧に扱ってくれてもいいんじゃないですか?」
「冗談ですよ。大歓迎してます」
「ふふ…ありがとうございます」
どこかイタズラっぽい笑顔で笑う西川さん。
この前、指輪を買いに行ったときも思ったことだが…こんな風に軽口を叩き合えることが楽しくて心地好い。
西川さんは俺のことを親友だと言ってくれるし、勿論俺もそう思ってる。でもそれがもう一歩進んだというか、友人として一層気軽に接することができるようになったというか…そんな感じ。
「ふふ…」
「どうしました?」
「いえ…こんな風に男性と軽口を言い合えることが、楽しいと思えたのは初めてでしたから。それが何だか、自分でもおかしくて」
「ははっ。奇遇ですね。俺もちょうどそう思いました」
そっか…
西川さんも俺と同じように感じてくれたのか。
それは素直に嬉しいな。
「え…と、その、歓談中に申し訳ないんだけど…」
そこに突然、どこか申し訳なさそうな様子の上坂さんが混じってくる。
若干引き攣ったような、乾いた笑みを浮かべて、俺と西川さんを見比べて…
…しまった。
ちょっとだけ上坂さんのこと忘れてたかも。
いや、ホントにちょっとだけだぞ?
「あぁ、申し訳ありません、お久しぶりですね、上坂さん。お元気そうで何よりです」
西川さんもやっと気付いたように、笑顔で…ちょっと営業スマイル入ってるな、これ…上坂さんに丁寧なお辞儀の挨拶をする。
そして上坂さんも嬉しそうに…こっちはホントに嬉しそうな笑顔を浮かべて。
「い、いや、こ、こちらこそ。お久しぶりです、西川さん。相変わらず、お綺…お元気そうで」
普段、落ちついて話をする上坂さんにしては珍しく、どこか上擦ったような様子。これはひょっとしなくても緊張してるのか?
冷静に俺を罠にハメる男とは思えない姿だ…
「その節はお世話になりました。転校の際は、しっかりとした挨拶が出来なくて申し訳ありません」
「い、いえ。そんな! こうしてまたお会いできて嬉しいです!」
「ふふ、お世辞でもそう言って頂けて嬉しいですよ。去年と違って、今回はお客さんとして来てしまいましたけど」
「だ、大歓迎です!」
それはさっき俺が言ったから…ってのは突っ込まないでおく。
それにしても何と言うか、これは分かり易すぎる。普段の上坂さんを知っていたら、ここまで違えばアッサリと気付きそうなものなのに、何で西川さんはそれに気付かないの…あっ!
そうか…ひょっとして、上坂さんは西川さんに対して以前からこんな感じだったんじゃないのか?
だから西川さん的に、これが普通だと思っているから違和感を感じない?
うーん…有り得る…
「と、ところで、今日は…」
「ゴホン、しょ、少々宜しいですかね?」
残念…完全にフリーズしていたようだから、このまま無視で行けると思ったのに、とうとう再起動したか。
本人は体裁を保っているつもりみたいだが、見るからに引き攣ったような表情を見せている。
しかも会話に混ざるつもりらしい。
ぶっちゃけ邪魔臭い…
「はい、何でしょうか?」
西川さんは、取り敢えず愛想笑いで応対するものの…男の様子を見ながら、不思議そうに首を傾げる。
「その、西川さん…」
「あの、どうやら私のことをご存知のようですが…どちら様でしたでしょうか?」
「っ!? きょ、去年の佐波グループパーティーでご挨拶を…」
「…あぁ」
「お、思い出して頂け…」
「申し訳ありません、あのパーティーは、挨拶をした方が多いもので」
「あ…そ、そ、そうですか…」
一瞬期待したからなのか、目に見えてガッカリした様子を見せるバカ。
あんなに自信満々だったから、俺はてっきり関係者かもしれないと思ったのに。まさか、挨拶をした程度で面識があると思い込んでいたとか…
「ちょ、ちょっと、西川さん…それはお兄様に失礼ではありませんか!」
「…あぁ、お久しぶりですね、楠原さん。ご兄妹でいらしたんですか?」
「従兄です。それよりも!!」
「失礼と言われましても、謝罪はしましたよ? それに言わせて貰いますが、一晩に100、200と挨拶をする中で、たったそれだけの機会に顔も名前も全て覚えるなんて無理ですよ。必ず覚える必要のある方は別として、まして挨拶をしただけで、それ以降の接点が無い方が殆どですし。それとも貴女は、一度挨拶をしただけで全てを覚えることが出来ると言うのですか? 貴女もあのパーティーに居た筈ですけど、挨拶をしたこちらの関係者全員の名前を言えるのですか? 言えるというなら質問しますが?」
「っ!?」
うーん…ぐうの音も出ないとは正にこのこと。
西川さんに正論で畳み掛けられて、タカピー女がアッサリと口をつぐんでしまう。
実際俺だって西川さんの言ってることはごく普通のことだと思うし、こんなの難癖以外の何物でもない。
でもそれはそれとして…一晩に100、200も挨拶って…どんなパーティーだよ…
「あぁ、そんなことより上坂さん」
「は、はい!」
「「そんなこと!?」」
そして無自覚なダメ押しを食らい、バカ二人には追加ダメージ。男の方は完全に項垂れてしまった…と思ったのに、今度は俺の方に敵意剥き出しの視線。
もしここに、沙羅さんか花子さんがいたらヤバかったかも…でも取り敢えず無視。
「少しだけ、高梨さんをお借りしても宜しいですか?」
「え…た、高梨くん…ですか?」
「ええ。高梨さんも宜しいですか?」
「俺は大丈夫ですけど…」
いくら暇…もとい、落ち着いているとはいえ、俺が離れてしまうと上坂さんが一人になってしまうので…一応、大丈夫そうか確認の目線を送ってみる。
でも当の上坂さんは、非常にガッカリした様子を見せていて…しかも、何か含みがありそうな視線をこちらに向けて。
いやいや、俺には沙羅さんがいるから誤解しないで欲しい。
「わ、わかりました。こちらは大丈夫です…」
「ありがとうございます。それでは高梨さん、行きましょうか」
「りょ、了解です」
俺が頷くのを確認すると、西川さんは先導するように先を歩き始め…何故か直ぐに立ち止まる。何だろう?
「そうでした…楠原さん?」
「な、何ですか?」
一見、何気ない様子でタカピー女に話しかけたように見える。それなのに、お世辞にも好意的とは言えない冷たさのようなものを感じて。
どちらかと言えば、格下相手を冷めた態度であしらうような、それが小物臭漂うタカピー女との格差をますます感じさせる。
「自分に自信を持つことは悪くありませんが…過信は身を滅ぼしますよ?」
「っ!?」
そう意味深な一言残し、もう用は無いとばかりに西川さんは歩き始める。
俺もそれに続きながら、チラリと横へ視線を向けてみれば…
何も言い返せずに、黙って俯いているだけのタカピー女と…俺に対して明らかに敵意を見せているバカ男。
はぁ…面倒なことにならなきゃいいけど…
思いのほか回復してきたので、様子を見つつ再開します。
何だかんだで10日ほど執筆を離れたのは久しぶりでしたが。
まだ体調は様子見レベルですが、まずはお騒がせしました。




