自意識過剰
こうなってしまった以上は仕方ない。
今はこの場をどう乗り切るか…
というより、こんな場所で揉め事を起こす訳にもいかないからな。まして喧嘩をするなんて洒落にならない。
俺達は生徒会としてここへ来ている訳で、そんなことをしてしまえば何を言われるかわかったもんじゃない。
だから現状で俺達に求められているのは、この場を無難に終わらせて早く撤収することだろう。
という訳で、一旦落ち着いて状況を考えてみようか。
まず気を付けなければならないのは花子さんだ。もっと正確に言えば、花子さん自身はこれといったものが無さそうなので(俺は腹立たしいけど)、寧ろ問題は向こう側か。
何で初対面の花子さんに、含みを持っているのか知らないけど…
そして沙羅さんにしても花子さんにしても、恐らく俺に対して何もなければ、このままスルーしてくれる筈。
つまり俺が上手くやれば、この場は何とかなるかもしれない。
余計な面倒事は御免だからな。それに今なら取り巻きもいないようだし、ここは適当に話を合わせて、さっさと撤収するに限る。
「…こんにちは、先輩」
「「「っっ!?」」」
何だ?
普通に挨拶をしただけなのに、今一瞬、教室内がざわついたような…気のせいか?
まぁそれは別にいい。それよりも今はこっちだ。
「はい、こんにちは。ふふ、あのときは偶々かもしれないと思いましたが、やはり貴方は違うみたいですね。これは面白い」
相変わらず、この女の言っていることは意味がイマイチ分からない。ただ雰囲気的にバカにされているとか悪意的とか、そういった感じは無さそうなんだよな。ただ、思わせ振りというか何と言うか。
「…あのとき?」
そして沙羅さんが、小さな声でポツリと呟く。
はぁ…これで一つ、沙羅さんに謝らなければならない事が出来てしまった。アレを秘密にしたこと自体は間違っていると思っていないが、秘密を作らないという約束を反故にしてしまったことも事実だ。
ただそれもこれもこの女のせいだし、そう思えば、俺としても恨み言の一つくらい言ってやりたいと思ってしまう。
「生徒会のお仕事、お疲れ様ですね。本日はお一人でいら……な訳がないですよねぇ…」
俺越しに教室内を見たかと思えば、タカピー女の声音が急に変化した。表情もどこか作り笑いを感じさせる。
恐らくは教室内にいる沙羅さん達…いや、花子さんを見て雰囲気が変わったのか?
相変わらず理由は謎だけど、そこまで花子さんに対して何か思うところがあるってこ…
「あらあらあらあら、誰かと思えば薩川さんじゃないですか? 相変わらずの仏頂面ですねぇ。いつもそんなに不機嫌そうな顔をしていたら、周囲の皆さんが嫌な思いをするのではなくて?」
!!??
てっきり花子さんだと思っていたのに、今度は沙羅さんに噛みついた!?
タカピー女はそのまま俺の脇を抜けて室内に入ると、沙羅さんと対峙するように近距離で立ち止まる。表情も作り笑いが酷くなったようで、最早イヤらしさすら感じっさせる不敵な笑みを見せていた。ともすれぱ沙羅さんを挑発しているようにも見えて、これは花子さんのとき以上の変化だ。
「…別に、私がどうであろうと、貴女に何かを言われる筋合いはありませんね?」
「まぁそうですねぇ。私も別に、貴女と口論をしたい訳ではありませんよ。客観的なことを言っただけですから?」
沙羅さんからの突き放しに怯むこと無く、タカピー女は絡むことをやめる気配がない。
ホントに何なんだこの女?
花子さんに噛みついたと思えば今度は沙羅さんにも噛みついて、どこぞの野良犬か何かかと言ってやりたくなるくらいだ。
「嫁、この女と知り合い?」
「いえ、別に」
「よめ? 知り合いと言いますか、私と薩川さんは去年のミスコン…」
「お前には聞いてない」
「っ!?」
花子さんから鋭い視線で一瞥されて、朝と同じように女が怯む。あのときもそうだったが、態度のワリには案外打たれ弱いタイプなのかもしれないな。そういう意味では、もう花子さんとは大丈夫そうか?
「…あ~、ちょっと空気が」
「…玲奈さんはアレがなぁ」
「…まぁ、見た目だけなら、一応負けてないような気もするけど」
「…副会長と小さい方の天使、楠原さんに普通に話しかけたな?」
「…あの二人は一年だからな、裏事情までは知らないだろ?」
「…俺は断然、薩川さん派だけどな」
「…同意。というか、ある意味正反対の二人だよな」
「…て、天使様のあの視線…たまらん!」
「あ、相変わらず好戦的な天使さんですねぇ。まぁ別にそれはいいです。そんなことより薩川さん、今年のミスコンは参加するそうですね?」
「ええ。本当に面倒臭いですが、一応は仕事なので」
「そうですか。理由どうあれ、参加するのであれば問題ありませんよ。これでやっと、私達の決着がつきますからね?」
成る程、そういうことか。やっと少しだけ話が見えてきた。
つまりこの女は、沙羅さんのことを自分のライバルだと思っているってことだ。でも沙羅さんはどうでもいいと考えているようなので、あくまでも「自称」ってことになるんだけど。
ちなみに俺から言わせて貰えば、そもそも沙羅さんのライバルを名乗るなんて一万光年…いや、無限大に早い。
「ですが、自信がないのでしたら、また逃げ…いえいえ、何でもありませんよ。どちらにしても、私の二連覇で決まりでしょうから」
ん…今、何かを言おうとしたよな?
しかもわざとらしく言い直したか?
花子さんのときも思ったが、本当に性格の悪い女だな。あの嫌みったらしい話し方もイチイチ勘に触るし。
「そうですね、本音を言えば今回も不参加にしたいですよ? イロモノコンテストで客寄せパンダなど、私は真っ平御免ですから。しかも観客に媚を売るなど、考えただけで吐き気がしますね」
「……は?」
「ですが、男性に媚を売りたい方なら丁度いい機会かもしれませんね。猫を被ってイヤらしく笑っていれば優勝できるかもしれませんし。しかも貴女は美人ですから。きっと大丈夫ですよ。頑張って下さい、応援しています」
ミスコンに微塵も興味がない沙羅さんからすれば、参加者に対するイメージもそんなものなのかもしれない。
でもこの女は、去年ミスコンで優勝したことを自分のステータスにしているみたいだから…
そう考えると、さっきから沙羅さんが言っていることは、無意識とはいえ嫌味全開になってるってことだ(笑)
「…ふ、ふざけたことを抜か…っと、ゴホン。ふ、ふん、それは自分が負けることに備えた、前振りの言い訳ですかね? いいですよ、そうでもしなければ、負けたときに自分のプライドを保てないのでしょうから」
「プライド…ですか? 言っていることの意味がよく分かりませんが、別に貴女の勘違いを正す必要もありませんね。私にとっては全てどうでもいい話です。とにかく、ミスコンは是非とも頑張って下さい。それで私の出番が無くなってくれれば、こちらとしても願ったり叶ったりですから」
うーん…
実は沙羅さんの出番が無くなってしまうと、それはそれで俺が困ってしまうんだけどなぁ…って、それはともかく。
沙羅さんもいい加減うんざりしてきたようで、あからさまに面倒臭そうな様子を見せている。それに俺としても、これ以上この女に好き勝手な話をされるのは、あまりいい気分じゃない。と言うか、目障りだし耳障りだ。
もうこの際、俺も会話に介入して強制的に終わらせ…
「ねぇ副会長さん。貴方はどう思われますか?」
「…へ?」
まさかこのタイミングで俺に話が回って来るとは思っていなかったので、思わず間抜けな声を漏らしてしまった。しかも完全に出鼻を挫かれた格好だ。
「貴方は副会長として、いつも薩川さんの側で仕事をしているのでしょう? でしたら当然、彼女が本当はどういう人物なのか、しっかりと認識できているのではありませんか?」
…?
いきなり過ぎて理解が追い付かないんだが…こいつはいったい何を言いたいんだ?
沙羅さんが普段周囲に見せている姿が、本当の沙羅さんじゃないと理解しているってことなのか?
「貴方は自分というものをしっかり持っているようですから、先入観や周囲の盛り上がりに流されるような人ではないでしょう? 周囲を煽って、都合よく出来た男性からの理想像を演じて、女神だ何だと持て囃されていい気になって…そんな方とこの私、比べるまでもありませんよね? どちらがミスコンで優勝するに相応しいかなど、貴方ならもう分か…」
「いいからもう黙れよ?」
「っ!?」
あー…もうダメだ。
俺の目の前で沙羅さんをバカにするとか…完全にキレたわ。
皆には悪いけど、俺はこのまま言わせて貰うぞ。もう我慢の限界だ。
朝の一件もそうだし、寝言を言うのも大概にしろよ。
しかも、沙羅さんがバカ共を煽っただと? 女神と呼ばれていい気になっているだと?
いくら本当の沙羅さんを知らない奴の発言でも、これは絶対に許せない。
「は、花子さん、高梨くんが!」
「もう無理。私じゃ止められない」
「ええっ!?」
「一成さん…」
「ふ、副会長さん!? どうか致しまし…」
「確かに、女神様だ何だと言われている沙羅さんは本当の姿じゃないさ。あんなのは、周囲が勝手に作り出した偶像みたいなもんだ。バカ共が勝手に理想像を作って、そう思い込んでいるだけだ」
「え、ええ。そう、その通りですよ! やはり貴方は……沙羅さん?」
「でも、それはあんたも同じだろ?」
「…え?」
「あんたがさっきから言ってるのは事実でも何でもない。全部あんたにとって都合のいい妄想だ。自分の思い込みと希望だけで、あんたが都合よく作った沙羅さんの理想像だろ。内容が違うだけで、結局やってることはその辺のバカ共と同列同類だ」
バカ共は、自分達にとっての「女神様 」を理想像として沙羅さんに押し付けた。
そしてこいつは、沙羅さんが「性悪女」であって欲しいという自分の都合を理想像として、同じように押し付けたいだけだ。
そうあって欲しい、絶対にそうだ、そうに違いない、そんな自分勝手な思い込みと要望だけで作りだした、ただ自分にとって都合のいい沙羅さんの理想像だ。
そして、多分こいつはそれを…
「か、一成さん、こんなことは私が…」
「沙羅さんは少し黙ってて下さい」
「は、はい」
本当はこんなキツい言い方を沙羅さんにしたくなかった。でもダメだ、俺は沙羅さんの恋人として、婚約者として、本当の沙羅さんを知っている者として、これを黙って見過ごすことは出来ない。見過ごす訳にはいかないんだよ。
「お前らに…あんたに沙羅さんの何がわかる? 上辺ばっかりで、自分達の理想と都合だけを押し付けて、そのせいで沙羅さんがどれだけ迷惑してると思ってるんだ? 沙羅さんのことを何一つ分かっていない癖に、どいつもこいつも勝手なことを言うな!!!」
「な、なぁ、副会長ヤバくないか?」
「う、うん、このままだと…」
「止めた方がよくね?」
「で、でも、それでこっちまで楠原さんに目をつけられたら…」
「ちょ、ちょっと待てよ、それよりも名前だろ!?」
「…名前が何だよ?」
「私も気になった!! 薩川さんと副会長って、いま下の名前で呼び合ったよね!?」
「「「……えっ!!??」」」
「ど、どうやら何か誤解があるようですね!? な、なぜ貴方が怒るのか分かりませんが…私が聞きたかったことは、単に、どちらが優勝するに相応しいかということで」
タカピー女が焦ったようにオロオロと狼狽え始める。やっぱり相手から強く出られることに弱いみたいだ。
まぁそれはともかく、この期に及んで、まだ自分が何を言っているのか分かっていないのか?
そもそも、ミスコンで優勝するのに相応しいかどうかなんて、それこそミスコンで決めることだろうが。俺に聞いたところで何も変わらないし、第一俺は…
「優勝するに相応しいかどうかなんて、俺が決めることじゃないだろ? そんなのは…」
「いえ、私は貴方の意見として聞かせて頂きた…」
「俺の意見なら、最初から沙羅さんに決まってる。そもそもあんたのことを何も知らないんだから、比較にすらならないだろ?」
「…………へ?」
「「「 えっ!? 」」」
タカピー女の急に動きが急に止まった?
信じられない物でも見るように、口をポカンと開けながら呆然と俺の方を眺めている。
周囲のざわめきも消えて、何処となく室内全体が固まってしまったような感じが…
俺はそこまで変なことを言った覚えはないんだが?
「そう言えば私も知らない。誰?」
「…確かに、正直に言いますと、私も分からないのですが」
あれ、花子さんはともかく、沙羅さんも知らないのか?
じゃあ、そもそも今までの話は何だったんだ?
「いや、あの…この段階で、そのような冗談は流石にお人が悪いと言いますか…じょ、冗談ですよね?」
「……」
「(ふるふる)」
「(ふるふる)」
一応、沙羅さん達に確認しようと視線を向けると、二人は揃って首を横に振った。
つまり、答えは「ノー」だ。
どうしよう、俺もこの展開は予想外過ぎる。もうこの女がアホすぎて、怒りとか勢いとか、色々と削がれてしまった。
「…あの、まさかと思いますが…ちなみに、私の名前は?」
「(ふるふる)」
「(ふるふる)」
念の為にもう一度視線を向けると、二人共先程と同じようにふるふると首を横に振る。
やはりこれも答えはノーだ。
だから俺も同じように…
「(ふるふる)」
俺のリアクションを見て、タカピー女(名前を知らない)の目が、恐ろしいほどに大きく見開かれていく。ちょっと怖いぞ…
でもこれは、俺達が悪い訳じゃない。
そもそも初対面の相手が、自分のことを知っていて当然だと考えている時点で既に自意識過剰であり…と言うか、どれだけ自意識過剰なんだよこの女?
「…ぷっ、くく…何だよこのオチ」
「…いやいや、これは無いわ」
「…赤っ恥だねぇ」
「…しっ、聞こえるよ」
「…でも、楠原さんを知らないのはちょっとな…」
「…それだけ興味が無かったってことだろ?」
俺は本当に全く知らなかったんだが、そんなに有名人なのか?
そうなると、単に俺達が情報に疎いということになるんだろうか…後で生徒会の皆に聞いてみようか。
「………こんな…こんなことが…有り得ない…この私が」
急に俯いて、ぷるぷると震えながら何かを呟き始めるタカピー女。
また面倒なことになる気配を感じるし、もう話すことも無いからな。相手をするのも面倒臭いし、用もないからこのまま立ち去った方が良さそうだ。
ついでに言うと時間も勿体ない。
「お騒がせしました、それじゃ失礼します」
俺が話を断ち切るように挨拶とお辞儀をすると、沙羅さん達もそれに合わせてお辞儀をする。
そのまま連れ立って教室を出ようとした所で
「……高梨…ここまで私をコケにして、このままで済むと思わないことね」
俺達にしか聞こえないような小さい声で、タカピー女がポツリと呟いた。
どうやら今度は俺が目の敵にされることになったみたいだな。でも沙羅さんが狙われるよりは遥かにマシだ。それならそれで、俺は…
「今、何と言いましたか?」
「は?」
沙羅さんが突然勢いよく振り返ると、先程までと打って変わって、明らかに感情が籠った力強い声でタカピー女に話しかけた。これはちょっとヤバい気配が…
「答えなさい、今、何と言いましたか?」
ゆっくりと歩み寄るように、タカピー女との距離を縮めていく沙羅さん。その反対に、タカピー女は仰け反って後退りを始めた。
「…うわわわわっ!?」
「…こ、怖っ」
「…な、何だよ、あんな薩川さん見たことがないぞ…」
「…お、怒ってるの見たことあるけど、全然違…」
「…ちょ、ちょ、ヤバいよあれ」
「私のことならどうでもいいので流しましたが、一成さんのことは絶対に許しませんよ。もし良からぬことを考えるのであれば…」
ゴクリ…と教室内にいる全員が固唾を飲んで沙羅さんを見つめている。表情は驚きと恐怖? が殆どで、俺の方から見えない沙羅さんが、どれ程の様子になっているのかが気掛かりだ。タカピー女に至っては、今までの余裕など全く感じられないくらいに引き攣っている。
「私が…貴女を全力で潰す」
「ひぃぃっ!?」
「…よく覚えておきなさい」
とても静かに聞こえるような声なのに、それが驚くほど室内に響いた。
冷静なようで、激しい怒りやそれ以外の何かが籠ったような、俺ですら聞いたことのない声音。
シーン…と、室内は、まるで水を打ったような静けさになっていた。誰もリアクションが取れず、ただ沙羅さんの様子を見て固まっているだけだ。
やがて沙羅さんはこちらを振り返り、俺の真横まで戻ってくる。パっと見た限りでは冷静なように感じるけど、それは沙羅さんが感情を抑え込んでいるだけだと直ぐにわかった。
「…沙羅さん」
「さぁ、行きましょうか。もうここに用はありません」
「ちょっと待って。私も言いたい」
「は、花子さんっ」
藤堂さんが引き留めるような声を出したが、花子さんはそれを無視して、沙羅さんと入れ替わるようにあの女へ近付いて行く
「飼い犬のすることは、飼い主の責任になる。バカな取り巻きにも伝えておけ」
「っ!?」
冷たさを感じる声音で警告のような一言を残し、花子さんも直ぐに戻って来る。
こちらは完全にポーカーフェイスだ。
「お待たせ。行こう」
「そうですね。次へ向かいましょうか」
「わかりました」
その言葉に促されるように、俺達は教室を出る。
最後にチラッと室内を確認したときには…俯きながら震えているタカピー女と、それを何とも言えない表情で眺めている先輩達の姿が見えるだけだった。




