生徒会への依頼
いつものことながら、午後の授業はどうしても眠気が出てしまう。やはりお腹がいっぱいになっている上に、暑くもなく寒くもないという絶好の気候であることが原因だと思うのだ。だから、俺の気が抜けている訳ではないはずだ…多分。
隣の席にいる花子さんは特に問題なさそうで、俺が落ちそうになると脇腹を突っついて助けてくれる余裕まであるらしい。
つんつん…
「ほらほら、目を開けなさい♪」
何だろう、若干楽しんでいるような気がする…
花子さんの援護攻撃(?)もあり、何とか眠気を振り切ってノートを書いている内に授業終了のチャイムが聞こえた。どうやら今日も無事に五時限目の授業を乗り越えられたようだ。
ここまでくれば次の時間は問題ないし、オマケに今日の六時限目は授業ではなく学祭に向けた臨時のHRの時間なのだ。そして議題はもちろん学祭の模擬店についてだ。
開始のチャイムが鳴り、早速打ち合わせが始まるのかと思いきや、担任の目線は明らかに俺へ向いていた。今は特に問題ないはずだけどな?
「せっかく生徒会役員がいるんだから、高梨が進めてくれた方がいいかもな。頼んだぞ?」
という担任の有難くない助言のもと、何故か俺が教壇に立ち話を進行させるという罰ゲームになってしまったのだ。仕方なく前へ出ると、担任から「はくしゅ~」という合図が出される。
パチパチパチパチ
やめれ!
お情けのような拍手を浴びながら全体を見回すと、花子さんを筆頭に山川達など比較的仲の良いやつらが笑っているのが確認できた。進行中に意見を求めるような場面があれば、優先的に指名してやると俺は心に決めたぞ…
気を取り直して、先ずは先日の生徒会で決まったことを伝えておくことにしよう。
「えーと、まずこのクラスの模擬店だけど、審査でOKが出ました。なので、予定通りにメイド&執事カフェで確定です。」
「…おっしゃぁ!」
「…やったね!!」
「…楽しみ~」
「…ヤバい、テンション上がってきた~」
教室内が一気に盛り上がり、そこかしこから喜びの声が上がる。落ち着くまで様子を見ていようと思ったのだが、段々騒がしくなってきたので注意するべきかと悩んでいたところ、一部から嗜める声が上がり始めた。
「みんな、高梨くんが困ってるから静かにしようよ!」
最初に声を上げてくれたのはやはりあの二人だった。そしてそれを皮切りに、ざわつきも徐々に収まっていく。こうして協力してくれるクラスメイトもしっかり居るということが、俺には何よりの救いだ。
ちなみに最後のとどめは、花子さんの呟いた「…はぁ、子供みたい」という言葉だった。それを聞いた男性陣がピタリと黙るその様に、いつの間にかこのクラスでの影響力が最強レベルになっていることを思い知らされてしまった。
………
取り敢えずクラス全体が落ち着いたようなので、話を再開させることにする。
「一応、このクラス以外にも喫茶が二つもあるからお客さんが割れるかもしれない。その辺りは覚えておいてくれ。」
「…あー、まぁ仕方ないよな」
「…そうだよねぇ、学祭ったら喫茶だからね。」
「…負けらんねーな」
「…だな、客寄せも考えようぜ!」
「…可愛い衣装を用意したいね」
どうやらマイナスに考えるよりも、他の店に負けないという意識の方が強いようだ。それならこの点は別に問題ないだろう。
「質問! 料理とかどうする?」
俺としても、今回の話で最も重要だと思っていた部分に話題が辿りついてくれた。
これも先に確認しておいた方がいいだろうな。
「誰か料理の出来る人いるか?」
単刀直入に問いかけながら全員を見回すと、数人だが手を挙げようという素振りを見せているやつらがいた。でも堂々と挙げない辺り、自信がないのかそれ程経験がないのか?
「ちなみに、誰かに教えられるくらい料理ができそうな人はいるか?」
俺のこの一言で、残念ながら全ての手が完全に下がってしまう。やはりそこまで出来るやつはいないようだ。
「ねぇ高梨くん、放課後に家庭科室使わせて貰えないかな? そうすれば皆で練習出来るよ!」
成る程、練習は確かにいいかもしれない。
その辺りは生徒会でも動けるはずだし、今日の放課後に聞いておこう。
「俺の方で確認しとくよ。生徒会でフォローできることなら対応することになってるからさ。」
「あ! それなら料理を教えてくれる先生を探してくれたりできるのかな?」
先程、料理のことを質問した女子が再び問いかけてくる。
そうだな、その辺りも一応聞いてみるのがいいかもしれない。
「そうだ!! 先輩から聞いたことあるんだけど、薩川先輩は料理プロ級だって言ってた!! 生徒会でフォローしてくれるなら、副会長だし薩川先輩が教えてくれたりしないかな!?」
ナイスアイデアと言わんばかりに、自分の思い付きを大声で説明するクラスメイト。
確かに沙羅さんなら、余裕過ぎて欠伸が出る程度のことだろうけど…
「キターーーー!!」
「ちょ!? お前それナイス過ぎるだろ!!」
「やべー、神案キタコレ!!」
「うおおお、女神様の料理教室とかヤバすぎるぅぅぅ」
「た、た、た、高梨くん!! 薩川先輩に何とかお願いできないかな!?」
「よく考えたら、クラスに生徒会役員いるとかラッキーすぎるだろ!!」
まだ決まった訳でもないのに勝手に話が膨らんでいき、先程を遥かに上回る大騒ぎになってしまった。あまりの盛り上がり様に、沙羅さんの人気がどれ程あるのか改めて実感させられてしまう。
俺はまだ引き受けるなんて一言も言ってないのに、これで本当に沙羅さんが引き受けたらどれだけ騒ぎになるのだろうか?
とは言うものの、正直に言って引き受けたくないと思う気持ちがある。
料理を教えて欲しいというより、沙羅さんに近付きたいという下心がモロに見えるからだ。そんな気持ちで近付けば、沙羅さんがキレる可能性も十分に考えられるということもあるが、そもそも俺が嫌なんだ。
でも料理教室を開いて欲しいという希望はクラスとしてのものであり、女子は比較的真面目に考えているような感じがする。であれば、俺の個人的な感情でそれを全て強引に潰してしまうのは、公平でなければならない生徒会役員としてどうなんだろうと思う自分もいるのだ。
「わかった。一応は相談してみるよ。でも、ちょっとでも断られたらこの話しは無しだ。別の人を探すからそのつもりでいて欲しい。」
もし沙羅さんが少しでも嫌がったら、俺の判断でこの話しは無かったことにしてもらう。文句など言わせるつもりはない。
「それは仕方ないだろうな」
「無理言って薩川先輩に怒られたくないしな。」
「そのときは諦めるから、なるべく頑張ってくれ!!」
「頼む、マジで頼む!!」
思ったよりは聞き分けが良くて助かった。
後は沙羅さんが何と言うかだな…
こうして自分の役割が終わって席に戻ると、花子さんが待ち兼ねていたかのように話しかけてくる。
「本当に大丈夫?」
「沙羅さんが少しでも嫌がったら止めるよ」
「いや、そういう意味じゃなくて…」
「?」
「(嫁がこのクラスに来たら、絶対に大騒動になると思うけど…まぁ二人が構わないなら別にいいか。)」
取り敢えず、今日の生徒会で話を上げてみよう。自分のクラスだけ贔屓しているみたいで若干気も引けるのだが、これも生徒会への希望だと割り切って考えることにしよう。
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今日の生徒会は連絡事項の確認がメインだった為、話としては大したことがなかった。一応報告があればとのことだったので、俺はクラスでの話を伝えることにした。
「すみません、あまり良くないのかもしれませんが、ウチのクラスからの希望が…」
引け目もあって少し控え目に話し始めたのだが、会長は別に問題ないとばかりに視線で話の先を促してくれる。
「模擬店で提供する食事メニューなんですけど、料理ができる人が殆どいなくて、家庭科室を練習で使わせて貰いたいって話なんですけど。」
「ああ、それなら別に問題ないよ。今までもそういう申請があって、実際に練習で使ったクラスは結構あるから。」
どうやらこの話は大丈夫なようだ。しかし、それよりも問題なのは次の話だった。
「ねぇ、料理が出来る人いないって、それどうやって練習するの?」
俺が言い出すより先にその点を指摘されてしまう。
ちょっと考えれば当然気付く話ではあるのだが。
「料理の先生をやってくれる人がいないか、相談して欲しいと言われまして…」
「うーん…家庭科の先生は非常勤だからな。タイミングが合うか相談をしてみないと…」
「あの、私で宜しければお受けしますけど?」
……やはり沙羅さんが名乗りを上げてくれた。俺からの相談となれば、率先して引き受けてくれるだろうと思っていたのは事実なんだ。だけど、やはり何回考えても俺は気が進まない。
「そうだね、薩川さんなら余裕だろうし」
「つーか、高梨くんのクラス羨ましいな。他のクラスからやっかみが出るかも」
「あー、それはあるかもねぇ。次はこっちにも来て欲しいとか言われそう」
言われてみれば、確かにそういう話になる可能性も十分にあるだろう。となれば、ますます気が進まなくなってしまうな…
「ふむ、高梨くんは気が進まないみたいだね?」
「一成さん、私ではお力になれませんか?」
俺の様子に気付いた会長が問いかけてくる。沙羅さんも少し表情を曇らせているので、やはり気付いていたようだ。
「違うんです。沙羅さんならクラスの連中も喜ぶんですよ。実は、沙羅さんに依頼して欲しいって言われてるんです」
「でしたら、私に…」
そう言われても、素直にお願いできない俺のこの気持ちは嫉妬と独占欲だろう。沙羅さんなら、仮に接近されても突き放してくれると頭では分かっているのだ。でもどうしても面白くないと思ってしまう。
沙羅さんは、俺が素直に依頼しないことで不安を感じてしまったらしい。ますます曇るその表情に、俺は悩んだことを素直に伝えることにした。
「……こんなこと言って、小さい男だって思われるかもしれませんけど…実際には沙羅さんに近寄りたいって下心だけで、本気で料理を教わる気のない奴等も結構いそうなんです。だから俺は、そんな奴等を沙羅さんに近付けたくないし…近付いて欲しくなくて…でも…むぐっ!? 」
情けないことを言っている自覚もあって、視線がどんどん下がっていたので沙羅さんの接近に全く気付かなかったのだ。俺は座ったままの状態で、頭を思いきり抱き寄せられてしまった。
「一成さん…」
抱き寄せられたまま頭を撫でられて、思わず力が抜けてしまいそうになる。
「大丈夫ですよ、私は他の男性など相手にするつもりはありません。それよりも、私はあなたのお役に立ちたいのです。ですから私にお任せ下さいね。」
沙羅さんの声はどこまでも優しく、それは逆に俺を説得するかのようだった。情けない俺を受け入れてくれただけでなく、ここまで言ってくれたのだ。それなら俺も、これ以上情けない姿を見せる訳にはいかないだろう。
「すみません、情けないことを言いました。沙羅さん、宜しくお願いします。」
「はい! お任せ下さい!」
俺からの正式な依頼を、張り切って引き受けてくれた沙羅さんだった。
「…ねぇ、あの二人いつまで抱き合ってるの?」
「…こっちから言わないといつまでもやっているに一票」
「…んじゃ私もそれ」
「…はぁ、もうわかっているのに、それでも羨ましいと思うくらいは許してほしい…」
「…今後の生徒会は、ずっとあれを見るんだよな…キツいわ」




